東京暗黒街・竹の家
| 東京暗黒街・竹の家 | |
|---|---|
| House of Bamboo | |
| 監督 | サミュエル・フラー |
| 脚本 |
ハリー・クライナー サミュエル・フラー |
| 製作 | バディ・アドラー |
| 出演者 |
ロバート・ライアン ロバート・スタック 山口淑子 早川雪洲 |
| 音楽 |
リー・ハーライン ライオネル・ニューマン |
| 撮影 | ジョー・マクドナルド |
| 編集 | ジェームズ・B・クラーク |
| 配給 | 20世紀フォックス |
| 公開 |
|
| 上映時間 | 102分 |
| 製作国 |
|
| 言語 |
英語 日本語 |
『東京暗黒街・竹の家』(とうきょうあんこくがい・たけのいえ、原題:House of Bamboo)は、1955年に製作されたサミュエル・フラー監督による日本を舞台としたアメリカのフィルム・ノワールである[1][2][3]。戦後最初に日本でロケが行われたメジャー映画とされる[3][4]。
ウィリアム・ケイリー監督の『情無用の街』(The Street With No Name, 1948年)の舞台を戦後の東京に置き換えたリメイク作品である。
2012年にはサミュエル・フラーの生誕百年を記念して[1]、デジタル修復版が第13回東京フィルメックスで上映された[2]。
あらすじ
[編集]この節の加筆が望まれています。 |
キャスト
[編集]- ロバート・ライアン:サンディ・ドーソン
- ロバート・スタック:エディ
- 山口淑子:マリコ
- 早川雪洲:キタ警部
- キャメロン・ミッチェル:グリフ
- ブラッド・デクスター:ハンソン
- デフォレスト・ケリー:チャーリー
- ビフ・エリオット:ウェバー
- サンドロ・ギグリオ:セラン
- 英百合子:叫ぶ日本人女性
- ハリー・ケイリー・ジュニア:ジョン
- ピーター・グレイ:ウィリー
- ロバート・クオリー:フィル
- デフォレスト・ケリー:カーリー
- ジョン・ドゥーセット:スキッパー
- 島田テル:マリコの叔父[5]
- ロバート・ホソイ:医師
- ジャック・マエシロ:バーテン
- メイ・タカスギ:銭湯の番台
- リチャード・ロー:早川雪洲のセリフの吹き替え[5]
- レイコ・佐藤[5]
- ボブ・オカザキ[5]
スタッフ
[編集]- 監督:サミュエル・フラー
- 製作:バディ・アドラー
- 衣裳:チャールズ・ルメイアー
製作
[編集]企画
[編集]仮題は『The Tokyo Story』だったという[4]。
キャスティング
[編集]サミュエル・フラー監督が、マリコ役にシャーリー・ヤマグチ(山口淑子)を選んだのは『戦国無頼』(1952年、東宝)などの日本映画を観たからといわれる[3]。山口は本作では、男に完全に奉仕する日本人女性像を演じる[3]。
撮影
[編集]オープニングシーン
[編集]映画のオープニングシーンでは富士山をバックに蒸気機関車が走るが[2]、これは山梨県の富士山麓電鉄(現・富士山麓電気鉄道富士急行線)の富士吉田駅と河口湖駅の区間約5kmを、20世紀フォックス社が借り切って撮影したものである[6]。当初、20世紀フォックス側からは両駅間を1955年(昭和30年)2月7日から9日まで3日間運休して撮影したい」との打診があり、富士山麓電鉄は「公共の鉄道の運行を中止してまで映画のために貸すわけにはいかない」として一度は断ったが、外務省、運輸省、山梨県、東京都などから「国際親善・観光などに資することなので協力するように」との要請があり[6]、最終的に2月7日から9日のうち午前7時30分から午後4時までを運休して撮影することを承諾した[6]。この間、利用者は用意されたバス10台にて輸送された[6]。サミュエル・フラー監督らスタッフと、ロバート・ライアン、早川雪洲、山口淑子(李香蘭)ら俳優100余名は河口湖畔の宿舎へと入り、山梨ロケに備えたという[6]。エンドクレジットの後、「20世紀フォックスはアメリカ極東陸軍と第8軍の憲兵隊、ならびに日本政府と警視庁の貢献に感謝する」とテロップが流れる[4]。
この場所が選ばれたのは「富士山をバックに蒸気機関車の走るシーンを撮りたいから」という理由だったが[6]、開業時から電化されていた富士山麓電鉄には蒸気機関車はなく、わざわざ国鉄から借りてきての撮影となった[6]。そのため、電化されて架線のある場所を蒸気機関車が走るシーンとなっている[6]。なお、富士山麓電鉄に蒸気機関車が走るのは開業以来この日が初めてで、大勢の見物人が押し寄せたという。本作は当時のアメリカ人が抱いていた日本のステレオタイプである「ヤクザ(暴力団)、ゲイシャ(芸者)、フジヤマ(富士山)」などを題材にした映画であり、その撮影のためにわざわざ公共の交通機関を3日間にわたり運休させることに対して、一部の国民から反発があった。
ロケ地は山梨の他、東京都は八ツ山橋、国際劇場、佃島、日本橋箱崎町、隅田川、銀座、法務省旧本館(警視庁に見立てている)、桜田門、帝国ホテル、浅草の松屋デパート屋上など[1][2][3][4]。神奈川県は横浜市横浜港、鎌倉市高徳院など[2][3]。エンディングの松屋浅草屋上のスカイクルーザーで展開される銃撃戦は映画史上に残る名場面とされる[1][2]。山口淑子がセリフで「目黒のそば屋」と言うが目黒は映らない。日本で43日間にわたりロケが行なわれた。室内シーンの多くは、アメリカの撮影所に作られたセットである[3][4]。このため、室内シーンに出演する日本人俳優の日本語はすこしおかしい[2]。
作品の評価
[編集]本作は日本であまり好評を得られず、日本の主要な新聞は、女性主人公や日本の風習、服装、舞台設定の描写を非難したと報じた[4]。また日本の評論家は本作を「アメリカの観客にエキゾチックさを売り込もうとする純粋な商業的な作品」「日本の習慣や地理、感情を完全に無視するやり方」などと[4]、当時の日本では「国辱映画」だと非難された[3]。アメリカ人から見た日本人女性の恋人をkimono girl、あるいは単にkimonoと呼ぶ。
サミュエル・フラー監督は「大ヒットさ。アメリカ映画で初めて一つの障壁が打破されたんだ。"人種差別"という障壁がね」と得意げに語ったとされる[3]。
劉姣は「本作は従来の常に悲劇だった異種混交を描くハリウッド映画の規則を打ち破ったといえる。映画では描写されている貞淑な日本人女性像、マッチョなアメリカ人男性像、そして排除された日本人男性といった構図はこの後、同時代のほかの日本を描くハリウッド映画にも多大な影響を与えた」などと論じている[3]。
脚注
[編集]- 1 2 3 4 “第13回東京フィルメックス【特集上映 日本イスラエル60周年『イスラエル映画傑作選』、Focus on Japan、サミュエル・フラー生誕百年記念上映】”. OUTSIDE IN TOKYO (2012年). 2025年3月19日閲覧。
- 1 2 3 4 5 6 7 “『東京暗黒街・竹の家』 House of Bamboo / House of Bamboo”. 東京フィルメックス (2012年). 2025年3月19日閲覧。
- 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 劉姣 (2013年6月13日). “『東京暗黒街・竹の家』におけるマリコ像 : 満映時代における李香蘭の身体表象との比較”. 新潟大学リポジトリ. 新潟大学. pp. 19-33. 2026年3月22日閲覧。
- 1 2 3 4 5 6 7 “House of Bamboo (1955)”. AFI Catalog of Feature Films. 2026年3月22日閲覧。
- 1 2 3 4 “Full Cast & Crew: House of Bamboo (1955)” (英語). IMDb. 2025年3月19日閲覧。
- 1 2 3 4 5 6 7 8 高木圭介 (2025年2月7日). “【今日は何の日?】2月7日=映画撮影のため、富士急行が異例の3日間運休(1955年)/ 雑学ネタ帳”. 介護のみらいラボ. マイナビ. 2025年11月13日時点のオリジナルよりアーカイブ。2026年3月22日閲覧。