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東京のバスガール

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

「東京のバスガール」(とうきょうのバスガール)は、1957年(昭和32年)10月に、日本コロムビアから発売された流行歌のシングル盤。作詞・丘灯至夫、作曲上原げんと、歌唱は初代コロムビア・ローズである[1]。

この「バスガール」は路線バスの車掌を指す[1]。昨日のお客がきょうも乗ってきたり、酔っぱらいが乗ってきたり、都心のターミナル駅から郊外の住宅地に向かう、路線バスを連想させる部分がある。この時代には、まだ路線バスには必ず女性の車掌が乗車しており、切符を切ったり、体が不自由になったお年寄りの乗り降りを助けるなど、乗客の世話に当たっていた。バスがワンマン化されるのは1961年頃からである。唄は3節からなり、夢と希望を持ってバスガールになった若い女性が、見初めた若者に恋人がいてがっかりしたり、酔っぱらいに怒鳴られたりしてなかなか思い通りにいかないものの、一所懸命「明るく」走ろうとする、けなげで純情な姿を描いており、初代コロムビア・ローズの代表曲になっている。

一方、路線バスの車掌ではなく、はとバスのガイド嬢の歌とされて、2010年7月に発行された祥伝社新書「はとバス」60年に、歌詞がフルコーラス紹介され、また2010年8月21日に放送されたNHK『思い出のメロディー』では舞台にはとバスのバスガイドOGが3人登場し、彼女たちの現役の頃の写真をバックにコロムビア・ローズがこの歌を歌唱した。はとバスの東京都内定期観光バスでは、島倉千代子の「東京だョおっ母さん」とともに、ガイドが乗客に披露する歌にもなっている。

映画

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1958年7月22日には春原政久が監督した歌謡映画『東京のバスガール』が公開された[2]。観光バスでバスガイドをしているヒロイン佐藤ミネ子に3億円の遺産が入るという知らせが入って起きる騒動を描く[2]。ミネ子役を美多川光子が演じ、ミネ子の恋人立花吾郎役を新人の石丘伸吾が演じた[2]。

キャスト

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スタッフ

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  • 監督 - 春原政久
  • 脚本 - 西島大
  • 企画 - 茂木了次
  • 撮影 - 中尾利太郎
  • 美術 - 佐谷三平
  • 音楽 - 馬渡誠一
  • 録音 - 米津次男
  • 照明 - 高島正博
  • 編集 - 近藤光雄

脚注

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  1. 1 2 毎日新聞学芸部『歌謡・いま・昔』音楽之友社〈音楽選書〉1985年、112-113頁。
  2. 1 2 3 「東京のバスガール」『KINENOTE』キネマ旬報社。2026年10月1日閲覧。

外部リンク

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