李存進

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李 存進(り そんしん、856年 - 922年)は、末の武人。李克用仮子となり、民間伝承や小説『残唐五代史演義』の中では配下の「十三太保」の1人として知られた。

生涯[編集]

振武(山西省代県)の人。原名は孫重進。武功に加え、管理能力にも優れた。

初め、嵐州刺史の湯群に従った。湯群が誅殺されると、孫重進は李克用に投じて仮子となり、李存進と改名した。李克用に従って、軍功により石州刺史を任された。その後、李存勗に従って、歩軍右都検校司空、邠州刺史、慈沁二州刺史に進んだ。天祐12年(915年)、天雄軍を接収した際に、天雄軍都巡按使に任じられ、新軍の動揺をうまく抑えて威服させた。天祐14年(917年)、蕃漢馬歩副総管に進んだ。

天祐16年(919年)、振武軍節度使を兼ねた。同年、張文礼の乱で招討使の李嗣昭が戦死した後、存進は後任の招討使となった。7月、東垣渡で待ち伏せに遭い、戦死した。

伝記資料[編集]