有馬誠

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有馬 誠
生誕 (1956-10-20) 1956年10月20日(63歳)
出身地 日本の旗 日本 大阪府大阪市
学歴 京都大学
職業 実業家

有馬 誠日本実業家楽天副社長執行役員。

概要[編集]

大阪府大阪市生まれ(1956年昭和31年)、1980年京都大学工学部卒業。[1]

Yahoo! JAPANGoogleにて国内インターネット広告を中心にとした事業に着手 Google日本法人代表を退任後も、その2社以外の企業でも代表を含む役員を務めた経歴を持つ。

MAKコーポレーションにて代表取締役[2]を務めITに関する講演・執筆活動をしているが、同時に米国のネット広告会社「AdRoll[3]」社の副社長兼日本法人(「アドロール株式会社」)の 取締役会長を務め日本での事業立ち上げを支援

2017年10月より、楽天電通ジョイントベンチャーとして設立される「楽天データマーケティング(株)[4]」のCEOに就任し、楽天経済圏のデータと電通の持つ知見と顧客基盤を活用してテレビネット、実店舗を「データで直結した」マーケティングプラットフォームを開発

職務経歴[編集]

略歴[編集]

  • 2017年 07月 楽天データマーケティング(株)CEO
  • 2017年 07月 楽天株式会社 副社長執行役員CRO(Chief Revenue Officer)
  • 2014年 10月 アドロール株式会社 取締役会長 兼 米国AdRoll Inc. Vice President
  • 2014年 02月 株式会社MAKコーポレーション 代表取締役(現任)
  • 2013年 04月 日本マーケティング学会理事就任(現任)
  • 2010年 05月 グーグル株式会社 代表取締役
  • 2010年 01月 グーグル株式会社入社 専務執行役員営業本部長
  • 2004年 12月 株式会社アイ・アム設立 代表取締役社長
  • 2003年 06月 株式会社パソナキャレント(現・(株)パソナ パソナキャリアカンパニー)
  • 2000年 06月 ヤフー株式会社 常務取締役
  • 1996年 04月 ヤフー株式会社入社 取締役(第一号社員)
  • 1989年 04月 株式会社リクルート 情報ネットワーク事業部部長
  • 1988年 04月 株式会社リクルート (株)リクルート国際VAN取締役
  • 1987年 08月 株式会社リクルート入社 情報ネットワーク事業部
  • 1980年 04月 倉敷紡績株式会社(クラボウ)入社 情報開発部
  • 1980年 03月 京都大学 工学部石油化学科(現・工業化学科)卒業
  • 1956年 10月 大阪市生(昭和31年)

経歴[編集]


  • 【2017年7月~現在】楽天株式会社 副社長執行役員CRO(Chief Revenue Officer)
    • 楽天株式会社の副社長執行役員CRO(Chief Revenue Officer)に就任。楽天と電通は2017年7月26日、ビッグデータを活用し、デジタルマーケティング事業を行う新会社を8月中旬に設立すると発表した。出資比率は楽天が51%、電通が49%で、社長にはヤフー、グーグル、アドロールなどで要職を務めてきた有馬誠氏が就任した。有馬氏は楽天の副社長執行役員兼CROも兼務する。新会社は10月より営業を開始する。


  • 2014年10月~2017年7月】アドロール株式会社 取締役会長 兼 米国AdRoll Inc. Vice President
    • 2007年創業、米国カリフォルニア州サンフランシスコに本社を置くAdRoll社はインターネット広告の配信会社であり、特に行動ターゲティング広告と言われる購買見込みの高い顧客へのインターネット上の広告配信に実績を持つ。同社経営陣および日本法人の責任者からの要請を受け、日本での事業立ち上げを支援するため入社。平行して個人での講演、著書執筆などの活動を継続中。


  • 2010年1月〜2014年1月】グーグル株式会社 代表取締役 (米国Google社Country Managing Director)
    • 営業関連部門を直接統括し、主として同社の日本での営業強化を担う。2011年に本社Managing Directorに昇進。その間、日本法人は1,000名を超える規模に成長した。その後、計画の達成と家族の事情により[5]以降はIT革命をテーマにした講演活動に従事。(講演イベント:IBMビッグデータコンファランス、ULIグローバルコンファランス、日経BP主催CMO養成塾など)


  • 2004年10月〜2009年12月】株式会社アイ・アム 代表取締役社長
    • 急成長するインターネット業界の優秀人材の不足に着目し、同業界専門の人材紹介会社を創業。創業二年余で従業員数50名、黒字化を実現。2008-2009年のリーマンショックによる景気後退による、企業の人材採用の急減に対応し、一時縮小を余儀なくされる。2008年10月より取締役会長に就任。グーグルからの誘いを受けるため、共同創業者の中山隼雄氏の了解を得て経営を託し、退任。なお、この事業は現在も存続しており、2012年株式会社インターワークスとの合併を経て、中山グループにより堅調な運営を続け、2014年11月東京証券取引所より株式上場の承認を受ける(同年12月23日上場予定)。


  • 2003年6月〜2004年10月】株式会社パソナキャレント 代表取締役社長 (現:株式会社パソナキャリア)
    • 近い将来の人材サービス系での起業を念頭に、当時株式会社パソナ会長だった中山隼雄氏(元セガ社長)の誘いを受け、株式会社パソナに入社。同社の人材紹介事業部門を分離、独立させたパソナキャレント社の初代社長に就任。初年度より黒字化を達成し、一年で約2倍に成長させる。2004年10月、中山氏の任期満了による退任を受け、以前からの目標であった起業実現の為に退任。なお同社はその後も成長を続け、現在は株式会社パソナ パソナキャリアカンパニーとして有数の人材会社となっている。


  • 1996年4月~2002年6月】 ヤフー株式会社 1996/6より取締役、2000/6より常務取締役(当時のヤフー株式会社では、社内取締役は3名体制で、常務取締役はナンバー2ポジションにあたる)
    • 第一号社員として入社、取締役として広告営業および新サービス開発業務の基盤を作り、1997年には史上最速の株式店頭市場公開を果たす。その後同社の主力収入源である広告営業の責任者を担当しつつ、技術部長・コマース事業部長を兼務し、井上社長(当時)と共に在籍6年で400億円超の企業に成長させる。2002年に退任。


  • 1987年8月~1996年3月】 株式会社リクルート 情報ネットワーク事業部門 部長
    • リクルート国際VAN株式会社取締役を経て、FAXネットワーク営業部長、ネットワークインテグレーション営業部長を歴任。インターネット時代の到来を予測し、ヤフー株式会社の立ち上げに参画すべく1996年退職。


  • 1980年4月~1987年7月】 倉敷紡績(クラボウ)株式会社 情報開発事業部主任
    • 自社開発のコンピュータ・カラー・マッチングシステム印刷業界バージョンの開発と営業に従事。後半の5年間は印刷業界向け8名のチームリーダーとして、大日本印刷や凸版印刷への数億円規模のシステムの納入に成功。株式会社リクルート情報ネットワーク事業部門への転職の為、1987年退職。


著書[編集]

「ギャップはチャンスだ」(2014年12月 出版:日経BP)

「転職メソッド」(2006年 出版:しののめ出版)

参考[編集]

関連項目[編集]

脚注[編集]

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注釈[編集]

出典[編集]

  1. ^ “自己紹介 有馬誠 – プロフィール” (プレスリリース), (2014年5月6日), https://mak-corporation.com/profile.html 2020年3月12日閲覧。 
  2. ^ MAKコーポレーション” (日本語). 日経ビジネス. 2020年3月25日閲覧。
  3. ^ AdRoll - Digital Marketing & Growth Marketing Platform” (英語). AdRoll. 2020年3月25日閲覧。
  4. ^ 楽天データマーケティング株式会社”. rakuten-data-marketing.co.jp. 2020年3月25日閲覧。
  5. ^ 在任4年余で退任” (日本語). 日経ビジネス. 2020年3月25日閲覧。