旧大原家住宅

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
ナビゲーションに移動 検索に移動
今橋と旧大原家住宅

旧大原家住宅(きゅうおおはらけじゅうたく)は岡山県倉敷市にある、歴史的建造物(町屋)。国の重要文化財に指定されている。

概要[編集]

天領だった倉敷では、旧来「古禄」と呼ばれる世襲の勢力が栄えていたが、新田塩田開発と倉敷川水運の利を生かして「新禄」という商人の新興勢力が台頭してきた。その中でもこの大原家と大橋家が筆頭格であった。大原家は綿仲買商人として大いに発展した。主屋は江戸時代後期の建築と推定されている。大原家は倉敷川の終点に位置し、河岸の両側に店舗と蔵を構えた。 1889年(明治22年)大原孝四郎倉敷紡績(クラボウ)の設立に参加した。これらをさらに発展させたのが大原孫三郎である。このとき大原家は財閥ともいえる発展を遂げた。そこで得た富で息子の総一郎と共に、倉紡中央病院(現在の倉敷中央病院)や大原美術館など数々の施設を造営した。

旧大原家住宅は1971年昭和46年)3月11日に、主屋をはじめ10棟が国の重要文化財に指定された。1982年には土地が重要文化財に追加指定されている。

建築概要[編集]

倉敷美観地区内、倉敷川に面して建つ。倉敷川に架かる今橋を渡った対岸は大原美術館である。宅地は南が川、東と北が道に面し、敷地南東隅に主屋が建つ。主屋に接して内倉と離座敷があり、敷地北側は路地に面して5棟の倉(東から倉、新倉、中倉、内中倉、北倉)が立ち並び、独特の景観を形作っている。他に北倉の南に壬子倉(みねぐら)と西倉が建つ。主屋は1階の格子や2階の窓のデザインに特色があり、それぞれ「倉敷格子」「倉敷窓」と呼ばれている。

以下の建物10棟と宅地が重要文化財に指定されている。

  • 主屋
    • 建築年代:江戸時代後期
    • 居室部
      • 入母屋造(T字形)[1]、正面14.4m、側面16.8m、一部二階建、四面庇付、本瓦葺、背面突出部附属
    • 座敷部
      • 北面入母屋造、桁行13.4m、梁間6.6m、桟瓦葺、南面居室部に接続、
  • 内倉
    • 建築年代:江戸時代後期
    • 土蔵造 、桁行6.8m、梁間3.9m、二階建、切妻造、本瓦葺
  • 離座敷
    • 建築年代:江戸時代後期
    • 入母屋造、桁行8.8m、梁間5.6m、西面及び北面庇付、本瓦葺
    • 建築年代:江戸時代末期
    • 土蔵造、桁行8.6m、梁間6.2m、二階建、切妻造、西面庇付、本瓦葺
  • 新倉
    • 建築年代:江戸時代末期
    • 土蔵造、桁行7.1m、梁間6.2m、二階建、切妻造、西面庇付、本瓦葺
  • 中倉
    • 建築年代:江戸時代末期
    • 土蔵造、桁行12.2m、梁間6.2m、一部二階建、切妻造、西面庇付、本瓦葺、内中倉との取合部附属
  • 内中倉
    • 建築年代:明治時代
    • 土蔵造、桁行16.4m、梁間6.0m、切妻造、本瓦葺
  • 北倉
    • 建築年代:明治時代
    • 土蔵造、桁行11.0m、梁間5.5m、二階建、切妻造、本瓦葺
  • 壬子倉
    • 建築年代:(1812年)大正元年
    • 土蔵造、桁行6.9m、梁間4.9m、二階建、切妻造、妻入、本瓦葺
  • 西倉
    • 建築年代:大正時代
    • 土蔵造、桁行9.5m、梁間5.6m、二階建、切妻造、本瓦葺
  • 宅地 2173.97m

見学情報[編集]

所在地[編集]

〒710-0046岡山県倉敷市中央一丁目2番1号

アクセス[編集]

公開時間[編集]

  • 外観のみ見学可能

脚注[編集]

  1. ^ 主屋の屋根形式は「入母屋造」とされているが、厳密には切妻造屋根の妻側に廂(ひさし)を付けた擬似入母屋造である。正面から見ると入母屋造に見えるが、側面から見ると、1階部分の壁と、廂より上の妻部分の壁とには前後関係がなく、同一平面にあることがわかる。

外部リンク[編集]

参考文献[編集]

座標: 北緯34度35分47.9秒 東経133度46分15.5秒 / 北緯34.596639度 東経133.770972度 / 34.596639; 133.770972