揖斐城

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揖斐城
岐阜県
別名 特になし
城郭構造 山城
築城主 土岐頼康または土岐頼雄
築城年 1343年
主な城主 揖斐氏、稲葉氏
廃城年 不明
遺構 曲輪、堀跡、井戸
指定文化財 未指定
位置 北緯35度29分31.6秒
東経136度34分31.1秒
地図
揖斐城の位置(岐阜県内)
揖斐城
揖斐城

揖斐城(いびじょう)は美濃国揖斐郡、現在の岐阜県揖斐郡揖斐川町にあった中世日本の城山城)。標高220メートル、比高180メートルの城台山頂上に本丸があり、土岐氏の支族である揖斐氏が約200年にわたって居城とした。敷地は南北に約54メートル、東西に約14メートル。現在は城台山公園として整備されている。

概要[編集]

『土岐累代記』によれば土岐頼康が、また『新撰美濃志』によればその弟の土岐頼雄1343年康永2年)に築城したという。いずれにしても頼雄が城主となって揖斐氏を名乗り、子孫が代々後を継いだ。頼雄直系の基信土岐政房の子・土岐光親を養子としたが、1547年天文16年)の斎藤道三による攻撃で落城した。その後は揖斐氏の家臣・堀池氏が居城としたが、織田信長美濃国侵攻に伴い、稲葉良通によって城は陥落した。天正年間の半ばには良通の子・稲葉貞通が城主となっている。後に破却され、跡地には揖斐陣屋が建てられた。

現地情報[編集]

所在地

アクセス

参考文献[編集]

  • 日本歴史地名大系(オンライン版) 小学館

関連項目[編集]