捕食出版

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捕食出版(ほしょくしゅっぱん、: Predatory publishing)は、研究者の投稿した論文原稿をまともな査読過程や編集過程を経ることなく、そのままオープンアクセス学術誌で出版する行為である。捕食出版を行う出版社のことを捕食出版社(Predatory publisher)またはハゲタカ出版社[1]と呼び、その学術誌を捕食学術誌(Predatory journal)またはハゲタカジャーナル[2][3]などと呼ぶ。

このビジネスモデルは、研究者が論文掲載料を払い、その対価として出版社が電子的な学術誌に論文を掲載するというものである。論文掲載料を払うと、投稿後2ー3か月以内に論文が掲載される。

研究者は自分の論文が簡単に掲載されるので論文発表件数を稼ぐことができ、メリットがある。論文掲載料は研究費から支払うため、自腹を切る必要はない。捕食出版社は電子的に投稿された論文原稿の体裁をパーソナルコンピュータで整えてウェブサイト上で公開するだけなので、手間と経費はさほどかからない。例えば論文掲載料を20万円として毎月20本の論文を出版すれば、捕食出版社の収入は毎月400万円となる。

批判[編集]

まともな査読や編集を経ていないため、捕食学術誌に掲載される論文の質は一般的に低い。学術的な内容が劣るだけでなく、捏造改ざん盗用の温床になっているおそれもある。

ニューヨーク大学・医学倫理部・部長のアーサー・キャップラン(Arthur Caplan)教授は、捏造改ざん盗用と同じように、捕食出版は、医療専門家に対する公衆の信頼を損ない、まともな科学を破壊し、証拠に基づく政策に対する公的支援を弱めると警告している[4]

当初は、騙された研究者たちが出版社の餌食になっていると憶測されていた。そのため、このビジネスモデルは、出版社が研究者を捕食(predatory)して出版(publishing)する行為だとして、捕食出版(predatory publishing)と命名された。しかし、一部の研究者は実態を承知の上で捕食学術誌に投稿している。ニューヨーク・タイムズの2017年の記事によれば、自分の論文を捕食学術誌に掲載したいと望む研究者は多数いて、出版社と研究者の関係は捕食-被食関係というより、「醜悪な共生関係」("ugly symbiosis")だと指摘している[5]

勢力[編集]

捕食学術誌は急送に増加している。2010年には捕食学会誌の出版した論文は5万3000報だったが、2014年には約8000の捕食学術誌から推定42万報の論文が出版された[6][7]

出版社と論文著者の地域分布は非常に偏っている。論文著者はアジア・アフリカが4分の3を占める[6]

2018年1月に発表された調査によれば、開発途上国の研究者は、評判の良い西洋の学術誌が彼らに対して偏見をもっているので、途上国の学術誌に発表する方が快適だと感じている。また、一般的に、開発途上国の研究者は、学術誌の評判についてあまり知らないので、捕食学術誌と知らずに投稿してしまう。研究者は適切な指針を持っておらず、より評判の良いジャーナルに投稿する知識が不足している[8]

歴史[編集]

2008年3月、オープンアクセス学術誌に初期から貢献していたグンター・アイゼンバッハ(Gunther Eysenbach)は、過剰に魅力的な電子メールで研究者からの論文投稿を呼び込む出版社を「オープンアクセス出版の黒い羊」と呼び、注意を喚起した。特にベンタム科学出版社英語版 (Bentham Science Publishers)、ドーヴ医学出版社英語版 (Dove Medical Press)、Libertas Academica英語版(Libertas Academica)を「オープンアクセス出版の黒い羊」と批判した[9]

2008年10月、ウェルカム・トラスト主催によるロンドンでのオープンアクセスデーのセレブレーションで、「黒い羊[要リンク修正]」に対処するため、オープンアクセス学術出版社協会が設立された[10][11][12]

しかし、2009年にも論文出版の誠実さに疑念が抱かれた[13][14]

例えば、2009年、中国の科学研究出版社英語版 (SCIRP:Scientific Research Publishing) が出版している学術誌の論文がすでに他の学術誌で発表された論文と重複しているとImprobable Researchのブログが指摘した[15]

SCIgen実験[編集]

SCIgen英語版は文脈自由文法を使用してコンピュータサイエンスの学術論文をランダムに生成するコンピュータプログラムである。

2010年、コーネル大学のPhil Davis(Scholarly Kitchenブログの編集者)は、SCIgenを使って、全くデタラメな論文原稿を作り、学術誌に投稿した。すると、その論文原稿は、学術誌に受理された。つまり、デタラメな内容でも論文として出版してくれる学術誌があったことを証明した。なお、受理後、Phil Davisは原稿を取り下げ、論文は出版されていない[16]

ボハノンの実験[編集]

2013年、科学ライターのジョン・ボハノン英語版(John Bohannon)は、内容は全くデタラメな論文原稿を作り、世界中の305のオープンアクセス学術誌に投稿した。すると、Journal of Natural Pharmaceuticalsを含め、学術誌の約60%が「出版します(出版受理)」と返事してきた。一方、PLOS ONEを含め、約40%は不採択と返事してきた。日本では、神戸大学医学部が発行している「Kobe Journal of Medical Sciences」が「出版します(出版受理)」と返事した[17]

判定基準[編集]

捕食出版と判定する基準は以下のようである。

  • 査読を含めた論文の質的管理がほとんど、あるいはまったく無く、投稿原稿をすぐ受理する。明らかにデタラメな原稿も受理する[18][16][19][20]
  • 論文が受理された後にのみ論文掲載費用を通知する[18]
  • 研究者に論文を投稿するよう積極的にキャンペーンする。また、編集委員になることも積極的にキャンペーンする[21]
  • 本人の許可なく研究者を編集委員にし[22][23]、編集委員の辞任を認めない[22][24]
  • 偽の研究者を編集委員にする[24]
  • より確立された学術誌の名前またはウェブサイトのスタイルを模倣する[25]
  • 誤った連絡先を示し、出版・編集に関する苦情をミスリードする[22]
  • デタラメなISSN番号を使う[22]
  • デタラメなインパクトファクターの値を使う[26][27]

対策[編集]

ビールのリスト[編集]

コロラド大学デンバー校英語版ジェフリー・ビールは、捕食学術誌と判定する基準を定め、捕食学術誌のリストをビールのリストとして公開し、定期的に更新していた。しかし、捕食出版社と指摘された出版社からの激しい攻撃、そして、コロラド大学デンバー大学からの激しいプレッシャーに直面した[28]。2017年1月、失職することを恐れ、リストを削除した。

キャベルのブラックリスト[編集]

Cabell's International 社による有償のリスト。

他の対策[編集]

Campaign Think. Check. Submit.

公開査読 (open peer review)や出版後査読など、より透明性の高い査読が、捕食学術誌と戦うために提唱されている[29]。一方、査読の欠点と関連づけるのではなく、捕食学術誌は、詐欺、欺瞞、無責任と関連づけるべきだと主張する考えもある[30]

まともな学術誌を捕食学術誌から分けるのに、透明性と善行が有効だと、学術出版規範委員会DOAJオープンアクセス学術出版社協会、世界医学編集者協会(World Association of Medical Editors)は主張している[31]。いくつかの学術誌は査読サイトを設置した。査読プロセスの質に重点を置いていて、オープンアクセスでない学術誌まで広がっているものもある[32][33]

図書館と出版社は、意識向上キャンペーンを開始した[34][35]

さらに捕食学術誌と戦うために、いくつかの対策が提案されている。他の研究機関は、発展途上国の若手研究者の著しい出版リテラシーを改善するよう、研究機関に要請している[36]。いくつかの組織では、捕食学術誌略の目印となる基準を見つけようとしている[37]

日本での対策[編集]

柴山昌彦文部科学大臣は、2018年12月の会見でハゲタカジャーナルの問題に対して「深刻な問題になっている」との認識を示した。また、「論文投稿先について慎重に検討するように注意喚起してほしい」と大学などに対して要望を述べた[38]。その後、京都大学や早稲田大学などが注意喚起の文書を発表した[39][40]

関連項目[編集]

脚注・文献[編集]

  1. ^ 栗山正光「ハゲタカオープンアクセス出版社への警戒」『情報管理』第58巻5号、科学技術振興機構、2015年5月1日、 92-99頁、 doi:10.1241/johokanri.58.922018年12月3日閲覧。
  2. ^ ハゲタカジャーナル』 - コトバンク
  3. ^ シリーズ◎医師を狙う悪い奴ら《3》被害者の告白2 ハゲタカジャーナルに奪われた私の1500ドル」 日経メディカル 2018/10/16
  4. ^ Caplan, Arthur L. (2015). “The Problem of Publication-Pollution Denialism”. Mayo Clinic Proceedings 90 (5): 565-566. doi:10.1016/j.mayocp.2015.02.017. ISSN 0025-6196. PMID 25847132. 
  5. ^ Kolata, Gina (2017年10月30日). “Many Academics Are Eager to Publish in Worthless Journals”. The New York Times. ISSN 0362-4331. https://www.nytimes.com/2017/10/30/science/predatory-journals-academics.html 2017年11月8日閲覧。 
  6. ^ a b Shen, Cenyu; Bjork, Bo-Christer (1 October 2015). “'Predatory' open access: a longitudinal study of article volumes and market characteristics”. BMC Medicine 13 (1): 230. doi:10.1186/s12916-015-0469-2. ISSN 1741-7015. PMC: 4589914. PMID 26423063. http://www.biomedcentral.com/1741-7015/13/230/abstract 2015年10月1日閲覧。. 
  7. ^ Carl Straumsheim (2015年10月). “Study finds huge increase in articles published by 'predatory' journals”. 2016年2月15日閲覧。
  8. ^ Kurt, Serhat (2018). “Why do authors publish in predatory journals?”. Learned Publishing 31 (2): 141-7. doi:10.1002/leap.1150. 
  9. ^ Black sheep among Open Access Journals and Publishers”. Random Research Rants. 2014年12月29日閲覧。
  10. ^ OASPA History, accessed Nov 28, 2010
  11. ^ New Open Access Scholarly Publishers Association (OASPA) Launched, a report by Scholarly Publishing and Academic Resources Coalition|SPARC Europe, accessed Nov 28, 2010
  12. ^ Launch of Open Access Scholarly Publishers Association (OASPA). Scholarly Communications Report 12(10):5 (2008).
  13. ^ Suber, Peter (2009年10月2日). “Ten challenges for open-access journals”. SPARC Open Access Newsletter (138). http://dash.harvard.edu/handle/1/4316131 
  14. ^ Beall, Jeffrey (2009), "Bentham Open", The Charleston Advisor, Volume 11, Number 1, July 2009, pp. 29-32(4) [1]
  15. ^ Abrahams, Marc (2009年12月22日). “Strange academic journals: Scam?”. Improbable Research. 2015年1月13日閲覧。
  16. ^ a b Basken, Paul (2009年6月10日). “Open-Access Publisher Appears to Have Accepted Fake Paper From Bogus Center”. The Chronicle of Higher Education. http://chronicle.com/article/Open-Access-Publisher-Appears/47717 
  17. ^ John Bohannon (Oct 2013). “Who's Afraid of Peer Review?”. Science 342 (6154): 60-5. doi:10.1126/science.342.6154.60. PMID 24092725. http://www.sciencemag.org/content/342/6154/60.full 2013年10月7日閲覧。. 
  18. ^ a b Stratford, Michael (2012年3月4日). “'Predatory' Online Journals Lure Scholars Who Are Eager to Publish”. The Chronicle of Higher Education. http://chronicle.com/article/Predatory-Online-Journals/131047/  (Paid subscription required要購読契約)
  19. ^ Gilbert, Natasha (15 June 2009). “Editor will quit over hoax paper”. Nature. doi:10.1038/news.2009.571. http://www.nature.com/news/2009/090615/full/news.2009.571.html. 
  20. ^ Safi, Michael (25 November 2014), “Journal accepts bogus paper requesting removal from mailing list”, The Guardian, https://www.theguardian.com/australia-news/2014/nov/25/journal-accepts-paper-requesting-removal-from-mailing-list?CMP=twt_gu .
  21. ^ Butler, Declan (27 March 2013). “Investigating journals: The dark side of publishing”. Nature 495 (7442): 433-435. Bibcode2013Natur.495..433B. doi:10.1038/495433a. PMID 23538810. http://www.nature.com/news/investigating-journals-the-dark-side-of-publishing-1.12666. 
  22. ^ a b c d Elliott, Carl (2012年6月5日). “On Predatory Publishers: a Q&A With Jeffrey Beall”. Brainstorm. The Chronicle of Higher Education. 2018年12月1日閲覧。
  23. ^ Beall, Jeffrey (2012年8月1日). “Predatory Publishing”. The Scientist. http://www.the-scientist.com/?articles.view/articleNo/32426/title/Predatory-Publishing/ 2018年12月1日閲覧。 
  24. ^ a b Kolata, Gina (2013年4月7日). “For Scientists, an Exploding World of Pseudo-Academia”. The New York Times. https://www.nytimes.com/2013/04/08/health/for-scientists-an-exploding-world-of-pseudo-academia.html 2018年12月1日閲覧。 
  25. ^ Neumann, Ralf (2012年2月2日). “Junk Journals" und die "Peter-Panne”. Laborjournal. 2018年12月1日閲覧。
  26. ^ Jeffrey Beall (2014年2月11日). “Bogus New Impact Factor Appears”. Scholarly Open Access. 2014年10月25日時点のオリジナルよりアーカイブ。2018年12月1日閲覧。
  27. ^ Mehrdad Jalalian; Hamidreza Mahboobi (2013). “New corruption detected: Bogus impact factors compiled by fake organizations”. Electronic Physician 5 (3): 685-686. http://www.ephysician.ir/2013/685-686.pdf. 
  28. ^ Paul Basken (2017年9月22日). “Why Beall's blacklist of predatory journals died”. University World News. http://www.universityworldnews.com/article.php?story=20170920150122306 
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  32. ^ Perkel, Jeffrey (30 March 2015). “Rate that journal”. Nature 520 (7545): 119-120. Bibcode2015Natur.520..119P. doi:10.1038/520119a. PMID 25832406. http://www.nature.com/news/rate-that-journal-1.17225. 
  33. ^ van Gerestein, Danielle (2015). “Quality Open Access Market and Other Initiatives: A Comparative Analysis”. LIBER Quarterly 24 (4): 162. doi:10.18352/lq.9911. オリジナルの21 September 2015時点によるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20150921055808/http://liber.library.uu.nl/index.php/lq/article/view/9911. 
  34. ^ Benderly, Beryl Lieff (2015年10月13日). “Avoiding fake journals and judging the work in real ones”. Science. AAAS. 2017年6月14日閲覧。
  35. ^ Straumsheim, Carl (2015年10月2日). “Awareness Campaign on 'Predatory' Publishing”. Inside Higher Ed.. 2017年6月14日閲覧。
  36. ^ Clark, J.; Smith, R. (2015). “Firm action needed on predatory journals”. BMJ 350: h210. doi:10.1136/bmj.h210. PMID 25596387. 
  37. ^ Predatory Publishers”. Answers Consulting (2018年2月3日). 2018年12月1日閲覧。
  38. ^ 柴山昌彦文部科学大臣記者会見録(平成30年12月25日):文部科学省”. www.mext.go.jp. 2019年6月1日閲覧。
  39. ^ 京都大学図書館機構 - 【図書館機構】粗悪学術誌「ハゲタカジャーナル」に関する注意喚起について”. www.kulib.kyoto-u.ac.jp. 2019年6月1日閲覧。
  40. ^ 粗悪学術誌・出版社(Predatory Journals/Publishers)への論文投稿に関する注意喚起について” (日本語). 早稲田大学 研究倫理オフィス. 2019年6月1日閲覧。

外部リンク[編集]