弓削幸太郎

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弓削 幸太郎(ゆげ こうたろう、1881年明治14年)8月28日[1] - 没年不詳)は、朝鮮総督府官僚。

経歴[編集]

岡山県赤磐郡豊田村(現在の赤磐市)出身[1]1900年(明治33年)、日本法律学校(現在の日本大学)法科を卒業[2]1904年(明治37年)に高等文官試験に合格[1]専売局属、千葉県属、同警視鹿児島県事務官、朝鮮総督府書記官、同学務課長、同宗教課長、同鉄道部長を歴任した[1][3]

退官後は復興建築助成株式会社取締役・支配人[2]、中央朝鮮協会理事、中央協和会理事、東京府協和会理事を務めた[3]

著書[編集]

  • 『朝鮮の教育』(自由討究社、1923年)
  • 『朝鮮を訪ふ』(竹柏会、1939年)
  • 『朝鮮施政史』(中央協和会、1943年)

脚注[編集]

参考文献[編集]

  • 帝国秘密探偵社編『大衆人事録 第3版』帝国秘密探偵社、1930年。
  • 人事興信所編『人事興信録 第11版(下)』人事興信所、1937年。
  • 人事興信所編『人事興信録 第13版(下)』人事興信所、1941年。