山本直三郎

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山本 直三郎(やまもと なおさぶろう、1869年明治2年[1]- 1944年昭和19年)9月30日[要出典])は、日本の土木技術者

経歴[編集]

明治2年兵庫県生まれ。

1892年(明治25年)に内匠寮雇となり、1898年(明治31年)からは内匠寮技手となる[1]。同年東宮御所御造営局技手を兼任[1]。現業課に勤務[1]1901年(明治34年)から翌年にかけて米国に出張[1]。同年片山東熊に随行し渡欧した[1]

1903年(明治36年)からは内匠寮技師となり、御造営局御用掛を兼務[1]1912年(明治45年)の大日山水源池聊筒所の工事や1914年(大正3年)の武庫離宮土木工事の設計、監督などを担当[1]1921年(大正10年)退官した[1]

1944年9月30日没。行年75歳。墓所は青山霊園1-ロ6-9。戒名は凌雲院直心完道居士。[要出典]

論稿[編集]

  • 建築雑誌 47(576), 1373-1406, 1933年10月
  • 英國に於ける住居問題 建築雑誌 33(386), 94-95, 1919年2月
  • 片山博士を弔ふ 建築雑誌 31(372), 1-22, 1917年12月
  • 五萬弗ノ唐戸 建築雑誌 6(69), 276, 1892年9月

脚注[編集]

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  1. ^ a b c d e f g h i 『皇室建築 内匠寮の人と作品』429頁。

参考文献[編集]

  • 官報. 1914年2月18日 1914年5月2日 1915年7月17日
  • 兵庫県人物評. 4 公評散史 著 (神戸同盟出版社, 1896)
  • 鈴木博之監修、内匠寮の人と作品刊行委員会編『皇室建築 内匠寮の人と作品』建築画報社、2005年。
  • 平賀あまな, 野口沢子「9351 旧東宮御所(迎賓館赤坂離宮)造営へのフランス人装飾家の関与(日本近代:接収住宅・装飾,建築歴史・意匠,学術講演会・建築デザイン発表会)」『建築歴史・意匠』第2015号、日本建築学会、2015年9月、 701-702頁、 ISSN 18839363NAID 110009997381 (Paid subscription required要購読契約)
  • 9471 旧東宮御所(迎賓館赤坂離宮)の天井絵画について(日本近代:建築家,建築歴史・意匠,2013年度日本建築学会大会(北海道)学術講演会・建築デザイン発表会) 平賀 あまな 学術講演梗概集 2013(建築歴史・意匠), 941-942, 2013年8月
  • 9001 片山家辞令に関する研究 : 片山東熊の人物像を追って(建築歴史・意匠) 玉野 将和 , 原 正彦 , 磯俣 祐介 , 渡辺 洋子 , 中野 恒明 日本建築学会関東支部研究報告集 83(II), 557-560, 2013年3月
  • 児島由美子「赤坂離宮の室内装飾の調達・製作実態」『日本建築学会計画系論文集』第71巻第603号、日本建築学会、2006年、 183-189頁、 doi:10.3130/aija.71.183_3ISSN 1340-4210NAID 110004731905 (Paid subscription required要購読契約)
  • 児島由美子、川本重雄「赤坂離宮の室内装飾・家具に関する復元的研究(平成16年度修士論文要旨)」『生活造形』第51巻、京都女子大学・京都女子大学短期大学部、2006年2月、 16-18頁、 ISSN 09199349NAID 110004867407
  • 河東義之「雑誌「建築」と浪和会について」『大会学術講演梗概集. 計画系』第47号、日本建築学会、1972年10月、 1383-1384頁、 NAID 110003511941 (Paid subscription required要購読契約)
  • 明治建築座談會 (第3回) 伊東 忠太 , 榎本 惣太郎 , 大澤 三之助 , 河合 浩藏 , 小林 金平 , 清水 釘吉 , 關野 貞 , 曾彌 達藏 , 田中 豐太郎 , 塚本 靖 , 中川 鐵彌 , 中島 泉次郎 , 中村 達太郎 , 長野 宇平次 , 福田 虎助 , 堀越 三郎 , 保岡 勝也 , 山田 七五郎
  • 海外建築茶話 中村 逹太郎 建築雑誌 6(69), 274-276, 1892年9月