尹隆河の戦い

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動: 案内検索
捻軍と清軍との戦い。尹隆河の戦いといわれている。

尹隆河の戦い劉銘伝率いる軍と頼文光任柱の率いる捻軍との戦いである。

1867年1月15日、湖北省安陸の尹隆河で両軍の戦闘が開始された。捻軍は淮軍を率いる劉銘伝に猛攻を加え、劉銘伝配下の猛将の総兵唐殿魁田履安が戦死し、劉銘伝は死を覚悟した。しかし湘軍鮑超が援軍に駆けつけ戦局は逆転した。捻軍は数千人が死亡、8千人が馬5千匹をともなって降伏した。頼文光と任柱は河南省に逃亡した。3月に湘軍の彭毓橘が捻軍を追跡したが、捻軍の反撃に遭って蘄水の神港で大敗し、彭毓橘は戦死した。

この戦いで捻軍は湖北省に拠点を築くことに失敗し、守勢に転ずることになる。この年の11月に任柱は戦死し、翌年の1月に頼文光は捕えられ、東捻軍は滅亡することとなるのである。