小西拓槙

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小西 拓槙
基本情報
本名 小西 拓槙
階級 ヘビー級KrushREBELSISKAKunlun Fight
国籍 日本の旗 日本
誕生日 (1987-07-21) 1987年7月21日(32歳)
出身地 大阪府岸和田市
身長 178cm
体重 90kg
スタイル サウスポー
プロキックボクシング戦績
総試合数 27戦
勝ち 22勝
KO勝ち 10KO
敗け 5敗
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小西 拓槙(こにし たくま、1987年7月21日 - )は、日本男性キックボクサー大阪府岸和田市出身。クロスポイント吉祥寺所属。ISKAインターコンチネンタルスーパーウェルター級王者。

経歴[編集]

父が少年野球の監督と言うこともあり、5歳から野球を始める。小・中学では少年野球チームに所属し、エースで4番打者を務める。高校はPL学園大阪桐蔭高校からスポーツ推薦を受け将来を嘱望されていたが、団体競技を嫌って大阪体育大学浪商高等学校に入学、部活は日本拳法部へ入部する。全国高等学校日本拳法選手権大会 個人有段の部3位。高校卒業後、大阪府岸和田市の消防署員として就職する。

当時120kgあった体重を落とす為、キックボクシングを始め、消防の訓練とキックボクシングの練習で70kgまで体重が落ちる。

アマチュアではK-2無差別級優勝、NJKFアマチュア70kg級王者になっている。

2009年8月にキックボクサーとしてKrushでプロデビューするが、2013年頃までは消防士と兼業であり、2013年1月の「REBELS.14 〜 増田博正引退セレモニー 〜」で開催された「REBELS RAIDERS TOURNAMENT 2013」に優勝した後のマイクでは東日本大震災で大津波により壊滅的な被害を受けた岩手県大槌町に、緊急消防援助隊として出動し、目の当たりにした捜索活動の悲惨な状況を訴えた[1]

そのため2013年4月の「REBELS.15」に出場した際には、「現役の消防士キックボクサー」と紹介された[2] が、「REBELS 70kg級初代王座決定戦」では、日菜太相手に判定負けをきっしている[2]

その後、2014年4月までにはキックボクシングに専念するために消防士を辞め[3]タイ修行を経て上京し、クロスポイント吉祥寺に所属している。

途中、2013年9月のパンクラス20周年・横浜大会でドイツのレオ・ズーリックに5R判定勝利でISKAインターコンチネンタルスーパーウェルター級新王者になる。[4]

2017年10月、前回のKrush出場から約6年半ぶりにKrush復帰。その間の約6年半はREBELSRISEGLORYKunlun Fightなどに出場している。

出演[編集]

獲得タイトル[編集]

プロ[編集]

  • REBELS RAIDERS TOURNAMENT 優勝
  • ISKAインターコンチネンタルスーパーウェルター級王者

アマチュア[編集]

  • K-2無差別級優勝
  • 初代NJKFアマチュア70kg級王者

出典[編集]

  1. ^ 【REBELS】T-98が因縁に決着!大和侑也との対戦を表明”. eFight【イーファイト】 (2013年1月27日). 2018年4月27日閲覧。
  2. ^ a b 【レベルス】日菜太がハイキックで初代王者に!再び世界へ”. eFight【イーファイト】 (2013年4月14日). 2018年4月25日閲覧。
  3. ^ 【シュートボクシング】小西拓槙が初参戦、坂本優起と王者対決”. eFight【イーファイト】 (2014年4月10日). 2018年4月25日閲覧。
  4. ^ 【パンクラス】川村亮、引退の高橋義生を秒殺KO”. eFight【イーファイト】 (2013年9月29日). 2018年4月27日閲覧。

外部リンク[編集]