宮崎善吾

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宮崎 善吾(みやざき ぜんご、1918年 - 2006年12月13日)は、元佐賀県副知事

人物・来歴[編集]

宮崎林三郎(2代目)の長男として佐賀県に生まれる[1]

九州大学卒業後、佐賀県職員となる。同県副知事まで登りつめ、1978年6月から翌年5月までその地位にあった[2]。ほかに佐賀清和学園理事長、エフエム佐賀社長、財団法人佐賀経済調査協会理事長などを歴任[1]。佐賀の顔役の1人であった[3]

第一勧業銀行頭取を務めた宮崎邦次は実弟[1]。邦次は『第一勧業銀行総会屋利益供与事件』の発覚によって非業の死を遂げるが、善吾はその死について多くを語らず、香典やおくやみの言葉を贈ろうとする者はかなりの数にのぼったが、一切、断った[3]

2006年12月13日、脳梗塞で死去。享年89[2]

脚注[編集]

  1. ^ a b c 『会長はなぜ自殺したか―金融腐敗=呪縛の検証』p.110 - 111
  2. ^ a b 「宮崎善吾さん 死去」『朝日新聞』佐賀版 2006年12月14日
  3. ^ a b 『会長はなぜ自殺したか―金融腐敗=呪縛の検証』p.120

参考文献[編集]