妙教寺 (京都市伏見区)

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動先: 案内検索
妙教寺
Myokyoji seimon.JPG
妙教寺正門
所在地 京都府京都市伏見区納所町46
位置 北緯34度54分36.02秒
東経135度43分9.48秒
座標: 北緯34度54分36.02秒 東経135度43分9.48秒
山号 大圓山
宗派 法華宗真門流
本尊 釈迦如来多宝如来
創建年 寛永年間
地図
妙教寺 (京都市伏見区)の位置(京都市内)
妙教寺
妙教寺
京都駅
京都駅
京都盆地における位置
テンプレートを表示

妙教寺(みょうきょうじ)は京都府京都市伏見区にある法華宗真門流である。

歴史[編集]

大圓山妙教寺は、宝泉院日孝を開山とし、大阪の富豪であった法華又左衛門貞清が開創。寛永年間に、当時の淀城松平定綱が寺地を寄進し、寺域を整備した[1]鳥羽・伏見の戦いで被災し、境内に戦死した幕兵の碑がある[2]

建造物[編集]

  • 本堂 - 寄棟造り。天保11年(1840年)建立。
  • 妙見堂
  • 庫裏
  • 鐘楼

文化財[編集]

  • 妙教寺文書

説話等[編集]

小満・小女郎[編集]

かつて妙教寺には、住職により小満・小女郎と名付けられた夫婦狐が住んでいた[3]。 ある時小満・小女郎は勝手に寺の買物帳を持ち出して綿を買い、子狐に着せたり床に敷いたりしていたが、住職に気づかれ寺を追い出される事となった[3]

狐たちはまっすぐ鳥羽街道を京へ上ったが、食うものもなく子連れの難儀さに、とうとう千本御池あたりで小満は倒れてしまった[3]。 その地の貧乏な老夫婦に助けられた狐たちは、お礼にせんべいを作って売るように老夫婦に勧めたところ、美味しさから飛ぶように売れ、老夫婦は出世し金持ちとなった[3]。 この経緯が京に広まり、出世稲荷と名付けられた社が作られ、小満・小女郎は稲荷のお使いとして崇められるようになった[3]。 その後、夫婦狐は住職の夢枕に立ち、昔の罪を詫びるとともに、今後は寺の鎮守として寺を守ることを誓ったという[3]

妙見堂の前に、妙教寺鎮守小満小女郎の塚が築かれている[3]

ギャラリー[編集]


アクセス[編集]

参考文献[編集]

  • 『京都大事典』、淡交社、1984、p.892
  • 『妙教寺ものがたり』 松井日胤、妙教寺、1979年

脚注[編集]

[ヘルプ]
  1. ^ 『史料 京都の歴史 第16巻 伏見区』京都市編 平凡社 1979
  2. ^ 妙教寺ものがたり pp.47-56
  3. ^ a b c d e f g 妙教寺ものがたり pp.69-71

関連項目[編集]