奥村鶴吉

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奥村鶴吉(左)。中央は岡田満、右は野口英世。ニューヨークのロックフェラー財団にて1926年撮影。

奥村 鶴吉(おくむら つるきち、1881年明治14年)12月10日 - 1959年昭和34年)2月4日)は、日本の医学者。専門は細菌学神奈川県中郡秦野町(現・秦野市)出身。

来歴[編集]

血脇守之助に師事する[1]東京歯科医学専門学校校長、東京歯科大学学長・東京歯科大学理事長などの要職を歴任した。

妻は澤田半之助の娘[1]

主な著書[編集]

脚注[編集]

  1. ^ a b 米山梅吉記念館館報vol.15 2010春 (PDF) - 米山梅吉記念館(2010年3月10日、p.8 - p10「米山梅吉をめぐる人々 ~澤田半之助~」を参照。米山による澤田の追悼文とその解説)2023年10月1日閲覧。