天禧 (西遼)

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天禧(てんき)は、西遼の末主耶律直魯古の治世に使用された元号。使用年代には異説があり、1178年 - 1211年説及び1168年 - 1201年説がある。


西暦・干支との対照表[編集]

天禧 元年 2年 3年 4年 5年 6年 7年 8年 9年 10年
西暦 1178年 1179年 1180年 1181年 1182年 1183年 1184年 1185年 1186年 1187年
干支 戊戌 己亥 庚子 辛丑 壬寅 癸卯 甲辰 乙巳 丙午 丁未
天禧 11年 12年 13年 14年 15年 16年 17年 18年 19年 20年
西暦 1188年 1189年 1190年 1191年 1192年 1193年 1194年 1195年 1196年 1197年
干支 戊申 己酉 庚戌 辛亥 壬子 癸丑 甲寅 乙卯 丙辰 丁巳
天禧 21年 22年 23年 24年 25年 26年 27年 28年 29年 30年
西暦 1198年 1199年 1200年 1201年 1202年 1203年 1204年 1205年 1206年 1207年
干支 戊午 己未 庚申 辛酉 壬戌 癸亥 甲子 乙丑 丙寅 丁卯
天禧 31年 32年 33年 34年
西暦 1208年 1209年 1210年 1211年
干支 戊辰 己巳 庚午 辛未

出典[編集]

  • 遼史』巻30 本紀第30 天祚皇帝4 : 仁宗次子直魯古即位、改元天禧、在位三十四年。

参考文献[編集]

  • 李崇智 『中国歴代年号考 修訂本』(北京:中華書局,2001年1月) ISBN 7101025129 180ページ。
  • 鄧洪波編 『東亜歴史年表』(台北:台湾大学出版中心,2005年3月) ISBN 9860005184 203, 207ページ。
    • いずれも1178年 - 1211年説を採る。汪遠孫『西遼紀年表』(『二十五史補編』第6冊)に基づく。

関連項目[編集]


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崇福
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