大澤喜代一

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大澤 喜代一(おおさわ きよいち、1901年12月15日[1] - 1985年3月11日) は、日本労働運動家日本社会党衆議院議員(1期)。筆名は大沢 久明(おおさわ きゅうめい)。

経歴[編集]

青森県青森市出身。1917年青森県立青森商業学校(現・青森県立青森商業高等学校)卒[1][2]。上京し、市谷監獄に勤務するが[1]、同人誌発行の件で解雇される[1]。社会主義運動に入り、帰郷して北部無産社、青森合同労組を結成し、労働運動を指導し、検挙される[1]1927年労働農民党青森県連を結成し、1929年日本共産党に入る[1]。同年に起きた四・一六事件で検挙、懲役5年の刑を受ける[1]。出獄後もたびたび検挙されたが、1939年に青森県議、1940年に青森市議となる。しかし、1941年に再び検挙されたため、議員を辞職した[1]

戦後、日本社会党に入り、1946年第22回衆議院議員総選挙で青森県から立候補して当選した。次の1947年第23回衆議院議員総選挙では青森2区から立候補したが落選。翌1948年に日本共産党に入る[1]。以後、日本共産党から立候補したが再選されることはなかった。その後1961年から1970年まで日本共産党青森県委員長を歴任した[1]

この他、労働組合青森県地方協議会長、日本労働総同盟中央委員、青森県農事開発社長なども務めた[3]

脚注[編集]

  1. ^ a b c d e f g h i j 『新訂 政治家人名事典 明治〜昭和』109頁。
  2. ^ 『議会制度百年史 - 衆議院議員名鑑』127頁には「大正8年(1919年)卒」と書かれてある。
  3. ^ 『議会制度百年史 - 衆議院議員名鑑』127頁。

参考文献[編集]

  • 『議会制度百年史 衆議院議員名鑑』大蔵省印刷局、1990年11月。
  • 『新訂 政治家人名事典 明治~昭和』日外アソシエーツ2003年(平成15年)。