城戸豊吉

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城戸 豊吉(きど とよきち、1891年11月30日 - 1965年7月14日)は、日本実業家政治家。城戸商店(現ヤマキ)創業者で、同社社長や、初代伊予市長、全国削節工業組合連合会理事長を務めた。

人物・経歴[編集]

愛媛県伊予郡北山崎村(現伊予市)出身。弓削商船学校(現弓削商船高等専門学校)中退。1908年城戸豊吉商店を創業し、削り節の製造・販売で成功した。1931年東京支店を設立し、長男城戸稔を支店長に任命。1940年全国削節工業組合連合会理事長。1950年城戸商店(現ヤマキ)設立。郡中町長を経て、1955年初代伊予市長。1958年黄綬褒章受章。1965年に死去し市葬が行われた。後任の社長には孫の城戸恒が就いた。第3代社長の城戸善浩は曾孫[1][2][3]

脚注[編集]

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  1. ^ 「城戸豊吉(読み)きど とよきち」コトバンク
  2. ^ 「城戸 豊吉(読み)キド トヨキチ」コトバンク
  3. ^ [1]


先代:
(初代)
城戸商店(現ヤマキ)社長
1950年 - 1965年
次代:
城戸恒
先代:
(初代)
伊予市長
1955年 - 1959年
次代:
玉本善三郎