地球膨張説

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地球の膨張による大陸移動。右が太平洋の拡大で、左が大西洋の拡大を示した図。

地球膨張説(ちきゅうぼうちょうせつ、Expanding Earth)は、地球が膨張することによって地殻が拡張し、大陸が分裂し移動したとする仮説

19世紀末に提唱され、1960年代に海洋底の拡大を説明する説として注目されたが、プレートテクトニクスの台頭とともに影響力を失った。

歴史[編集]

1889年、および1909年にイタリアの地質学者ロベルト・マントヴァーニ英語版が短い論文で地球の熱膨張による地殻の拡張という仮説を発表した。マントヴァーニの説は、かつての地球は大陸地殻にほぼ覆われていて、それが地球内部の熱膨張により火山活動が起こり、地殻が引き裂かれ海が誕生したというもので、大陸移動説アルフレート・ヴェーゲナーによって彼の著書『大陸と海洋の起源』で紹介されている。ただ、ヴェーゲナーはマントヴァーニの説は支持しなかった。

1950年代にオーストラリアの地質学者サミュエル・ウォーレン・ケアリー英語版が、大陸移動を説明する説として再び取り上げ、この説の中心的な論客となった。彼は「プレートテクトニクス」という語を考案したことで知られるが、そのメカニズムとして考えていたのは地球の膨張だった。

その後、1963年に海洋底の地磁気の縞模様の説明にフレデリック・ヴァイン英語版ドラモンド・マシューズ英語版や二人とは独立にローレンス・モーレイ英語版によってテープレコーダ仮説ヴァイン=マシューズ=モーレイ仮説英語版)が提唱され、大西洋が大西洋中央海嶺を中心に左右に拡大していることが確実になってくると、そのメカニズムの説明に地球膨張説が注目された。

大西洋が現在の規模まで拡大するためには年4mmから8mmの膨張が必要と見積もられていた。ところが膨張説が提唱された同じ頃にデボン紀サンゴ年輪模様の発達経過が見積られ、地球の膨張が多くとも年0.6mm以下という研究データが発表され[1]、膨張説の有力な反証とされた。さらに膨張説では地殻は基本的に拡大していくため海洋プレートの生産はあっても沈み込みによる消滅はないとされていたが、深発地震和達-ベニオフ帯の存在や海溝に潜り込むような形のギヨーの存在が知られるようになり、海洋底拡大説マントル対流説によるプレートの沈み込みを支持する研究者が圧倒的になり、膨張説は支持されなくなっていった。

この他にも、水深3000mに達するような海底谷の成因を膨張説に求める考え方はあるが、確証としては乏しい。

地球膨張説の現状[編集]

地球膨張説はかつては研究者らによって真剣に検討された仮説であるが、マントル対流説に敗れた仮説である。2011年に行われたより詳細な地球の測量では、測定限界年0.2mmの精度では地球は膨張も収縮もしていないという結果が出ている(仮に膨張していても年0.2mm以下である)[2]。また古地磁気の研究結果によると4億年前の地球の半径は現在の102%(± 2.8%)だったというデータが出ている[3][4]。地球の慣性モーメントの研究からは、6億2千万年前から地球の半径に大きな変化がなかったことが示されている[5]

現在ではイタリアのジャンカルロ・スカレーラ(Giancarlo Scalera)や日本の星野通平など、この説を取り上げる研究者は極一部になっている。日本では1980年代に地向斜造山論を研究していた地質学者がプレートテクトニクスを受け入れず、この地球膨張説に流れる動きがあったことが知られている[6]

脚注[編集]

  1. ^ Wells, J. W. (1963). “Coral Growth and Geochronometry”. Nature 197 (4871): 948–950. doi:10.1038/197948a0. 
  2. ^ Wu, X.; X. Collilieux, Z. Altamimi, B. L. A. Vermeersen, R. S. Gross, I. Fukumori (8 July 2011). “Accuracy of the International Terrestrial Reference Frame origin and Earth expansion”. Geophysical Research Letters 38: 5 PP.. doi:10.1029/2011GL047450. http://www.agu.org/pubs/crossref/2011/2011GL047450.shtml 2011年7月17日閲覧。. 
  3. ^ McElhinney, M. W., Taylor, S. R., and Stevenson, D. J. (1978), “Limits to the expansion of Earth, Moon, Mars, and Mercury and to changes in the gravitational constant”, Nature 271 (5643): 316–321, doi:10.1038/271316a0 
  4. ^ Schmidt, P. W. and Clark, D. A. (1980), The response of palaeomagnetic data to Earth expansion, Geophysical Journal of the Royal Astronomical Society, 61: 95–100, 1980, doi:10.1111/j.1365-246X.1980.tb04306.x
  5. ^ Williams, G.E. (2000), “Geological constraints on the Precambrian history of the Earth’s rotation and the moon’s orbit” (PDF), Reviews of Geophysics 38 (1): 37–59, Bibcode2000RvGeo..38...37W, doi:10.1029/1999RG900016, http://www.eos.ubc.ca/~mjelline/453website/eosc453/E_prints/1999RG900016.pdf 
  6. ^ 都城秋穂 『科学革命とは何か』 岩波書店 1998年 ISBN 4-00-005184-9

参考文献[編集]

関連項目[編集]