国分宿

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国分宿(2015年10月撮影)
国分宿の位置(神奈川県内)
国分宿
国分宿
国分宿の位置

国分宿(こくぶしゅく)は、かつて相模国高座郡国分村(現・神奈川県海老名市国分南)にあり、大山道矢倉沢往還)と八王子道藤沢道)が通っていた宿場継立場[1]

江戸時代には東海道戸塚宿助郷夫役という、労働課役を課された村落のこと)に指定されていたが、1867年慶応3年)3月の国分宿駅の新設により免除された[2][3]。国分村には旅館、料亭、居酒屋、雑貨屋などがあり、明治30年代の頃が最盛期であったといわれる[4]1910年明治43年)3月19日に大火に見舞われた(国分の大火)[2]

名所・旧跡[編集]

国分の辻にある石造物群(2015年10月撮影)
相模国分寺境内の道標(2015年10月撮影)
  • 大山道道標 - 天明年間に設置された道標が、相模国分寺(現寺院)の境内に所在している。
  • 海老名の大ケヤキ - 神奈川県指定天然記念物1954年昭和29年)指定)で、幹周り9.2メートル、高さ12メートル、樹齢約560年(または1300年)の大木である。指定時点では20メートルを超える樹高があったが、戦後の度重なる落雷のため上部が崩れ、半分以下の高さとなったとされる[6]
  • 新道稲荷社 - 江戸期の大山道矢倉沢往還)は社前を通っていたとされる[4][7]

交通アクセス[編集]

鉄道

隣の宿場[編集]

厚木宿との間の相模川には、厚木の渡しがあった[9]

ギャラリー[編集]

出典[編集]

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  1. ^ 『海老名市史7 通史編 近世』 海老名市、2001年
  2. ^ a b 『郷土の史料 再版』 海老名市教育委員会、1980年
  3. ^ 『海老名市史3 資料編 近世1』 海老名市。
  4. ^ a b 池亀茂 『大正初期郷土の実態』、1991年
  5. ^ 『海老名の庚申塔』 海老名市教育委員会、海老名市教育委員会、1996年、43頁。
  6. ^ 『海老名市史跡文化財写真ガイド ふるさとの歴史と文化遺産』 海老名市教育委員会、2004年
  7. ^ 『えびなの歴史 海老名市史研究 第15号』 海老名市文化財課、2005年
  8. ^ 『神奈川県史研究 第19号』 神奈川県史編集委員会、1973年
  9. ^ 『訪ねて楽しい大山街道』 川崎市大山街道ふるさと館、2012年、35頁。

関連項目[編集]

座標: 北緯35度27分12.7秒 東経139度23分59.8秒 / 北緯35.453528度 東経139.399944度 / 35.453528; 139.399944