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和歌山出会い系サイト強盗殺傷事件

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

和歌山出会い系サイト強盗殺傷事件(わかやまであいけいサイトごうとうさっしょうじけん)は、2002年7月に起こった強盗殺人・強盗殺人未遂事件である。

事件概要

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犯人たちの出会い

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主犯和歌山県打田町(現在の紀の川市)古和田の会社員・自称国際派モデルの女B(2002年当時24歳、現姓はC)で、実行犯は和歌山市岩橋の無職の男性A(当時32歳)である。

女Bは容姿端麗で明朗快活、高等学校在学中の18歳で結婚し、2人の子供がいた。しかし夫が浮気したことから離婚し、子供たちを連れて実家に戻った。Bは多額の借金の返済に追われていて、携帯電話の出会い系サイトで知り合った男性2人に対し、男の声色を使い山口組関係者を名乗るなどして電話をかけて脅迫し、「脅迫を止めさせるためには上部団体に金を払わなければならない」などと嘘をついてだまし、1人から多額の金銭を入手し、もう1人には借入がないのに借用書等を書かせてこれを取得するなどしていた。Bは子育てを母親任せにして自らは新たな男性を探すことに奔走する。

また、2001年3月、男性Aは、スナックの女性(Bではない)と知り合ってすぐに結婚し、女性の借金も肩代わりをして支払いをしていたが、結婚直後から女性の夜遊び等に悩まされ続け、別居状態となったことから、同年8月、協議離婚した。こうした経緯からAは、自分の悩みを相談することができ傷心をいやしてくれ、心から信頼し合える女性を求めて携帯電話の出会い系サイトを利用するようになった。

女Bと男性Aは2001年8月ころ、出会い系サイトを通じて知り合い、メール交換をしているうちに意気投合したことから、同年9月末ころから直接会って交際し出し、間もなく親密な関係になった。しかし、しばらくしてBが、Aの独占欲の強いところが嫌になり、Aに別れ話を持ち出したが、Aは、Bに強い恋愛感情を抱いていたことから、これに応じようとはしなかった。

そこで、Bは、Aを別れる気にさせるため、同年10月ころ以降、Aに対し、Aの元妻になりすまし、「今いてる女と付き合ってたら,その女の命はないぞ。」といった脅迫メールを送ったり、自らは「元妻からおなかを蹴られたりしてAの子供を流産してしまった。」とか「私は腎臓が悪くて半年しか生きられない。」等と嘘をついたところ、Aはそれらを信じ込み、同年11月初めころ,元妻から逃げるつもりで会社を無断欠勤してBと京都に旅行したことなどから同月7日付けで退職に追い込まれる事態となった。

しかし、Aは、Bと別れる気になるどころか、ますますBを守ってやる必要を感じ、Bに対する思いを強くした。一方、Bは、Aに対する恋愛感情はすでに冷めていたが、日ごろから借金の返済資金や小遣い銭に窮していたことから、Aに別れる気がないのであれば、Aに嘘をついて金銭を貢がせようと考え、Aに対し、「実は、私は、山口組五代目組長Iの妾の娘である。」「Aの元妻は、ヤクザを使って嫌がらせをしている。系列が下の組のヤクザの嫌がらせをやめさせるためには、系列が上の組にAを登録しなければならない。登録料は10万だから用意して。」などと嘘をつき,実父の組への組員としての登録料という口実で金銭をだまし取り、以後、護衛料や組からの脱退料が必要だと次々に嘘をついては金銭を催促したところ、結婚まで約束していたBの話をすっかり信用したAは、Bを守るためにどうしても組に金銭を支払わなければならないと思い込み、Bに言われるまま、借入をしたり退職金もつぎ込むなどしてこれを払い続 けているうちに、手持ち金が底をつき、闇金に手を染め始め、これが原因で自動車販売会社から解雇され、窃盗などの犯罪にも手を染めていくようになった。

事件に向かって

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事件当時は、Bにとって、Aはあくまで金を貢がせるための存在でしかなく、実は出会い系を通じて別の大阪府の会社員男性K(当時24歳)と知り合っていた。Bは自らを国際派モデルと称し、Aが貢いだ金でKと豪遊した。Kとの関係は順調に進んでいたが、このKにはMという姉(当時27歳)がいた。Mは心臓が弱い病弱な女性だった。

BはKとMの3人で遊ぶようになる。しかしKと結婚すれば、病弱なMの面倒も見なければならないことに嫌気がさすようになった。そこでBは自分の兄だという小鉄と名乗る架空人物、つまりは第三者を装い、電話で自分の気持ちをKに伝えようとした(Bはプライドが高く、自分の気持ちを素直に伝えることができなかった)。ところがひょんなことから、この小鉄と電話で話していくうちにMが小鉄を気に入り、会いたいと言い出すようになってしまった。

Bは、Kとの交際費用の工面やMに対する疎ましさのため、Aに出会い、「友人がKに強姦されて子供が産めなくなり、自殺したから、その友人の仇をとりたい。自分はKを殺して金を奪うので、AにはKの姉のMを殺して金を奪ってほしい。」などと嘘をついて、Aに、小鉄役を演じてMに会い、Mを殺害して金銭を強奪するように指示した(BにはKを殺害するつもりは毛頭ない)。

事件

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2002年7月7日、BはMに対し、小鉄に扮したAを出会わせた。そしてBはKと、 AはMと別々にドライブすることになった。Aはドライブの途中でMのを絞めて殺害。さらにその遺体高野山中でガソリンで浸し、半日をかけて焼き尽くした。奪った金額は3万5000円しかなく、そのうちAはガソリン代5000円を抜いた3万円をBに渡した。焼いた遺体は和歌山市内に持ち帰り、市内の橋からに遺棄した。

第2の犯行、逮捕へ

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殺害までしたにも関わらず、わずか3万5000円しか得られなかったことにBは憤慨し、「1人殺すも2人殺すも一緒だろ。金を新たに用意しなさい」と新たな強盗殺人を指示する。そして7月13日、Aは以前勤めていた自動車販売店を襲い、社長であるQ(当時48歳)をサバイバルナイフで刺した。Qは重傷を負ったが、一命は取り留めた。

Qに重傷を負わせた後、Bは、Kとのドライブ中にKと共謀の上、Aに県外への逃走を指示した。

Qの証言により、Aは強盗殺人未遂の容疑で逮捕共犯としてBも同容疑で逮捕された。その後、警察の追及で余罪が次々と明らかになり、空き巣や車上狙いなど5件の窃盗罪をはじめ、Mに対する強盗殺人と死体損壊・遺棄から銃刀法違反、建造物侵入、そしてBにはAに県外への逃走を勧めていたとされる犯人隠避の容疑でも起訴されている。

裁判

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裁判が始まる前、Aは弁護士に対して「僕は生きていていいのでしょうか」という手紙を綴っている。

1審の和歌山地裁検察側は「遊ぶ金欲しさに平然と人命を奪った。犯行は凄惨かつ猟奇的で犯罪性向が根深く、矯正は不可能。遺族らの処罰感情も激烈だ」として、両被告人死刑求刑した。弁護側は死刑回避を求め、2004年3月22日の判決公判で両被告人に無期懲役判決が下る。検察側は死刑回避を不当として、弁護側は被害者が1人であることから量刑不当としてそれぞれ控訴し、2005年1月11日の大阪高裁における控訴審判にて那須彰裁判長は「被告は遺族に手紙を出すなど謝罪しており、更生の可能性がある」(ただしあまりにも短絡的な犯行で死刑にも値するとされた)として、検察側・弁護側の控訴を共に棄却した。Aは上告せず、無期懲役が確定。Bは上告したが、その後2005年12月12日最高裁で棄却され、Bの無期懲役も確定した。