吾妻神社 (木更津市)

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吾妻神社
吾妻神社・拝殿
所在地 千葉県木更津市吾妻2-7-55
位置 北緯35度23分28.33秒 東経139度55分11.45秒 / 北緯35.3912028度 東経139.9198472度 / 35.3912028; 139.9198472
主祭神 弟橘媛
社格 村社
別名 吾妻様
例祭 7月11日
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吾妻神社(あづまじんじゃ)は、千葉県木更津市吾妻にある神社である。祭神は弟橘媛(オトタチバナヒメ)旧社格は村社。

由緒[編集]

昔、ここを吾妻の森と言った頃、森を中心に小池があり、これを「鏡ヶ池」と呼んでおりました。これも日本武尊の悲しい物語に由来するものと思われますが、つまびらかではありません[要出典]

祭神は弟橘媛で、江戸砂子に「君去津吾妻大明神はすなわち弟橘媛の霊社也」とあり、社殿にも日本武尊御東征のみぎり相模から上総へ渡ろうとした時、海上にわかに荒れ海に身を投じた姫のお袖が数日後この近くの海岸に漂着したのでこれを納めて吾妻神社を建てたとあります[要出典]

弟橘媛像[編集]

 作:安西 順一(後藤 慶明)

 明治41年 千葉県君津市上新田に生まれる。

 初代 後藤利兵衛橘義光の2代目門人の後藤庄三郎忠明の門人となる。

 昭和13年 「新雪に立つ」で日展初入選。以後15回入選。

 昭和32年 弟橘媛像が寄贈される

 平成6年 うっ血性心不全にて永眠ー享年85才

鏡ヶ池[編集]

昔、この場所に吾妻の森があり、森の中心に水がきれいに澄んだ形の良い池がありました。日本武尊(ヤマトタケルノミコト)や従者たちはその池の水で喉を潤し、水面を鏡の代わりにし、疲れ果てた己の姿を見て、身なりを整えたと言われています。 また、その池には弟橘媛が使った鏡を沈めた所とも伝えられ以来この池のことを「鏡ヶ池」と言われています。現在の鏡ヶ池は古い池を修復したものです。 (平成18年12月吉日)[要出典]

鏡ヶ池

富士塚[編集]

文久3年8月1日 徳行明鐘(とくぎょうめいしょう)俗名市次郎という修験者が富士山麓で三十三度の大願成就を記念して建立したと言われています。富士山の火山岩を積み上げ、頂上に富士本宮の祭神 木花咲也姫命(コノハナサクヤヒメノミコト)とニニギノミコトの石碑があり霊峰富士がさらに美しく、裾の走水も手に取るように眺められたということでした。平成になり、県道拡張に合わせて今の場所に移設されました[要出典]

金毘羅様[編集]

漁業の町として発展してきた旧吾妻村としての海の守り神として、七福神とともに海側を向いて(参道の右側に)祀られております。


山王様[編集]

山の神様として山側に向けて祀られています。小さな社殿の脇には三猿の石碑があり、厄介な虫を封じてくれる「見ざる」「言わざる」「聞かざる」の三猿が庚申(こうしん)信仰の神様として信仰されています。


交通[編集]

外部リンク[編集]