右近福次郎

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動先: 案内検索

右近 福次郎(うこん ふくじろう、1883年明治16年)10月 - 没年不明)は、日本実業家資産家。日本海上保険常務[1]。朝鮮電気社長[1]。右近商事取締役[1]。日海興業・大阪酸水素各監査役[1]。族籍は福井県平民[2]。父は日本海上保険社長右近権左衛門 (10代目)

人物[編集]

福井県・右近権左衛門の男[3]慶應義塾に学ぶ(1927年に特選)[4]1918年分家する[5]。実業界に入り日本海上保険、朝鮮電気、元山水力電気等の重役だった[5]。『時事新報社第三回調査全国五拾万円以上資産家』によれば、「財産見積額80万円、財産種別は有価証券其他」である。住所は兵庫県武庫郡住吉村室ノ内[5]

家族・親族[編集]

右近家

福井県南条郡河野村(現・南越前町河野)、大阪市西区西長堀北通、兵庫県武庫郡住吉村室ノ内(現・神戸市東灘区住吉本町[3][5]

北前船主の館・右近家
  • 父・権左衛門(福井県平民、実業家)[3]
1853年 - 1916年
  • 兄・和作[3](実業家、資産家)
1876年 -
1889年 - 1966年
  • 同妻・政子(石川、時国甫太郎の二女、時国武二郎の妹)[5]
  • 同男・保太郎[5]
  • 妻・とき(岐阜、小寺成蔵の二女、小寺敬一の姉)[2][5]
1890年 -
  • 長女・信子(三重、辻孫一郎の弟、栄三に嫁す)[5]
1911年 -
1913年 -
  • 男・泰太郎[5]
1916年 -
  • 男・禮三郎[5]
1918年 -
親戚
  • 時国武二郎(医学博士、内科医師)
  • 小寺敬一(関西学院高等商業学部教授)

脚注[編集]

  1. ^ a b c d 『財界物故傑物伝 上巻』202頁(国立国会図書館デジタルコレクション)。2016年9月29日閲覧。
  2. ^ a b 『人事興信録 5版』う1頁(国立国会図書館デジタルコレクション)。2016年9月29日閲覧。
  3. ^ a b c d e 『人事興信録 4版』う9頁(国立国会図書館デジタルコレクション)。2016年9月29日閲覧。
  4. ^ 『慶応義塾塾員名簿 昭和17年版』307頁(国立国会図書館デジタルコレクション)。2016年9月29日閲覧。
  5. ^ a b c d e f g h i j k 『人事興信録 第12版上』ウ1頁(国立国会図書館デジタルコレクション)。2016年9月29日閲覧。

参考文献[編集]

  • 慶応義塾編『慶応義塾塾員名簿 昭和17年版』慶応義塾、1924-1942年。
  • 人事興信所編『人事興信録 4版』人事興信所、1915年。
  • 人事興信所編『人事興信録 5版』人事興信所、1918年。
  • 実業之世界社編輯局編『財界物故傑物伝 上巻』実業之世界社、1936年。
  • 人事興信所編『人事興信録 第12版上』人事興信所、1939年。

関連項目[編集]