占部百太郎

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占部 百太郎(うらべ ひゃくたろう、1869年<明治2年>[1] - 1945年3月5日[2])は、日本の西洋史学者。

略歴[編集]

福岡県遠賀郡出身[1]。1894年慶應義塾大学文学部卒。時事新報日本新聞などの記者をへて、1899年慶應義塾大学教務掛、1907年に同大学予科教授、1911年に同大学文学部教授となった[1]。図書館監督も務め、1940年に退職した[1]

著書[編集]

  • 『近世露西亜』開拓社・世界之日本叢書 1899
  • 『青年の修養』内外出版協会 1906
  • 『仏蘭西革命史論』巌松堂書店 1922
  • 『英国会之起源並ニ進展』岩波書店 1924
  • 『吾等の政治』聖山閣 綜合大学講座 1926
  • 『英国憲政史』岩波書店 1927
  • 『英国政治制度』政治ライブラリー 政治教育協会 1928
  • 『聖地紀行』大岡山書店 1931
  • 『近代国際政治史』高原書店,1933

翻訳[編集]

  • ハマートン『人間社会』開拓社 1898
  • 『羅馬盛衰記』編 開拓社 1900
  • マリオット『英国の憲法政治』慶応義塾出版局 1914
  • ブライス『神聖羅馬帝国』国民図書 泰西名著歴史叢書 1924

脚注[編集]

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  1. ^ a b c d 慶應義塾図書館「一 二代監督占部百太郎」『慶應義塾図書館史』慶應義塾図書館、1972年、104 - 112頁(日本語)。
  2. ^ 『人物物故大年表』には3月10日とあるが、『図書館史』によって訂正した。