加藤八太郎

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
ナビゲーションに移動 検索に移動

加藤 八太郎(かとう はちたろう、文久3年9月18日[1]1863年10月30日) – 昭和7年(1932年2月16日[2])は、大日本帝国海軍軍人。最終階級は海軍主計総監。長崎県佐世保市長。

経歴[編集]

金沢藩出身。1886年明治19年)に海軍主計試補になり、以後『金剛』主計長、『富士』主計長、佐世保鎮守府主計部衣糧科長、同衣糧庫主幹、呉海軍工廠会計課長、海軍主計官練習所教官、海軍省艦政本部会計課長、横須賀海軍経理課長・横須賀鎮守府主計長などを歴任[1]1911年(明治44年)、主計総監に昇進し、1913年大正2年)に予備役に編入された[1]

その後、1916年(大正5年)に佐世保市長に選出された。

脚注[編集]

参考文献[編集]

  • 人事興信所編『人事興信録 第5版』人事興信所、1918年。
  • 福川秀樹『日本海軍将官辞典』芙蓉書房出版、2000年。