全然

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全然(ぜんぜん)は日本語単語のひとつ。 副詞

(打消しの言葉や否定的な表現を用いて)まったく。まるで。少しも。まるっきり。

正しいとされる用法[編集]

(打消しの言葉や否定的な表現を用いて)まったく。まるで。少しも。まるっきり。

「全然~ない」の形で全否定を表す。

第二次世界大戦後の現代語でもっとも一般的な用法。

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  • 「全然食べるものがない」というと、食べるものが全く無いことを表す。
  • A「痛かった?」B「全然」の場合、Bは非常に痛かったのではなく、まったく痛くなかったことを表す。
  • A「テストどうだった?」B「全然」の場合、Bは非常に良くできたのではなく、まったくできなかったことを表す。

注意を要する用法[編集]

主に明治時代の文学作品など明治時代から戦前までの近代語に見られ、否定表現を伴わず「すっかり、ことごとく、完全に、全面的に」。 日本に入ってきた当初の用法はこちらであり、字義的にもこちらが正しい。 国語辞典によってはこの用法を記載しなかったり、記載した上でかつて使われた用法とするものもある。

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  • 「母は全然同意して」少しも異を唱えず全面的に同意していることを表す。
  • 「一体生徒が全然悪るいです」他の当事者と比べて割合として完全に生徒が悪いことを表す。

誤っているとされる用法[編集]

否定的な表現を伴わず、強調を表現し「非常に、断然に」

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  • 「全然疲れた」非常に疲れたことを表す。 [要検証 ]
  • 「全然眠い」非常に眠いことを表す。

1990年代前半に、学生を中心に自然に広まっていったといわれているが、「全然」という言葉が中国から入ってきた江戸時代には、既に肯定で使用されることがあった。 ただし、広まったのは明治時代である。その後、昭和中期には肯定用法の使用が減り、「全然」を否定表現で使うことの方が多くなっていった。

1960年の指導要領には「全然は否定語を伴う」と明記されている。

2003年放送のNHK「お元気ですか日本列島」の中で全然の肯定表現について文部科学省の見解として「戦前から全然は否定表現を伴うと教育している」としている。

また文化庁「国語に関する世論調査(平成15年度)」において、「とても明るい」ということを,「全然明るい」という言い方をすることがあるかどうかという質問に対し、「言うことがある」と回答したのが20.7%、大多数の78.6%が「言わない」と回答している。

国立国語研究所の調査(「語形確定のための基礎調査」)の結果でも、「全然すばらしい」という肯定表現を適切とする人はごく少数である。

意味の変遷[編集]

文部省教育が定着する以前は否定を伴わない用法も珍しくはなかったが世俗の中で現在の否定を伴う用法が確定していった。近年、明治時代から戦前までの近代語とは違った意味ではあるが、否定を伴わない用法が再度増えており、これは誤用、もしくは俗用として扱われる。

三省堂国語辞典(第6版) ぜんぜん[全然](副)
  1. 〔あとに打ち消しや「ちがう・別だ」などのことばが続いて〕すこしも。まるで。「―知らない」
  2. 完全に。すっかり。「―支配されている」
  3. 〔俗〕〔ほかとくらべて、また、自分の予想や人の意見とちがって〕ひじょうに。「―かわいい」
岩波国語辞典(第6版) ぜんぜん【全然】(副)
(ア) 《後に打消しの言い方や否定的な意味の表現を伴って》まるっきり。
「―読めない」「―だめだ」
(イ) すっかり。全面的に。
「心は―それに集中していた」「―同感だ」
⇒肯定に使ったこの用法にも実例が多い。ただし「非常に」「断然」の意に使うのは俗用。
「―平気だ」は「―気にしない」「―構わない」との混交か。
新潮現代国語辞典 ぜんぜん【全然】(副)
(一) 打消を強める語。まるで。「―色気のない平気な顔では〔草枕〕」
(二) まったく。完全に。「一体生徒が―悪るいです〔坊つ〕」
「妻を迎へて一家団欒の楽を得ようとして、―失敗した博士も、此城丈は落されまいと〔半日〕」
「こうやって演壇に立つのは、―諸君のために立つのである、唯諸君のために立つのである、と
救世軍のようなことを言ったって〔漱石・大阪講演〕」
「―監督者の口吻(コウフン)である〔続悪魔〕」
小学館現代国語例解辞典 (第4版)ぜんぜん【全然】(副)
全く。まるで。「全然知らない」
▽あとに打消や否定表現を伴って用いる語だが、俗に、「非常に」「とても」の意で用いられることがある。

明治時代には夏目漱石も「全然」を「全面的に」「完全に」の意味で否定を伴わず使っていた[1]。 夏目漱石のほかに石川啄木[2]森鴎外[3]芥川龍之介[4]らも「全然」を否定を伴わず使っている。

戦前から昭和30年代にかけて活躍したギャグマンガ家「杉浦茂」が昭和31年、32年ごろ書いた『少年西遊記』にこんな場面が登場する。

「にくだんごはいかがでしたか?」と聞かれた孫悟空が「ぜんぜんおいしかったよ」と答えている。

これは「全面的に」「完全に」の意味ではなく「非常に」の意味である。

教育、出版などにおける現状[編集]

小学生向けの国語辞典[編集]

2000年代に入っても(あとに打ち消しのことばがくる)などと注意書きがされており、ほとんどが「正しいとされる用法」だけを記載している。

「注意を要する用法」に関して記載しているものは見られない。

「誤っているとされる用法」については記述が無いか、もしくは(そういう意味で使う人もある)(くだけた言い方)という参考記述、補足記述がされているだけである。

教科書作成出版社[編集]

『(口頭語で肯定表現に)非常に。』の用法を好ましくないとするのが妥当という見解が認められる。(教育出版)

その他[編集]

また作文や論文、レポート、演習発表などの参考書でも全然のあとには打ち消しを伴う、もしくは肯定表現で用いることは「好ましくない」「避けるべき」などとされているため、中学高校受験や採用試験、各種検定、資格試験、レポート、論文などの際に肯定表現で用いることはなお避けるべきである。

正誤問題などにおける現状[編集]

日本語検定 公式○×速解問題集(日本語検定委員会 著)」においては全然の用法についての語彙問題で『「全然おいしい」「全然平気だ」などの言い方も耳にしますが、これらは広く認められた言い方とは言えません』との解説があり、不適切な使い方とみなされ、×が正解となっている。

その他、秘書技能検定ビジネス実務マナー技能検定ビジネス文書技能検定日本語文章能力検定などの参考書、問題集においても、肯定表現に用いることを適切とするものは皆無である。

また入試問題、入学模試などにおいても同様に肯定表現で用いることは不適切または誤用との扱いがされている。

関連記事[編集]

脚注[編集]

  1. ^ 夏目漱石 『坊つちやんホトトギス1906年4月。「一体生徒が全然悪るいです。」
  2. ^ 石川啄木 『病院の窓』 昭和出版社〈石川啄木作品集 第二巻〉、1970年11月20日(原著1908年)。「自分の計畫を全然打壞したのは醫者の小野山に違ひない。」
  3. ^ 森鴎外 「假名遣意見」『臨時假名遣調査委員會議事速記録』 文部大臣官房圖書課、1909年1月。「中に全然國語になつたものもある。」
  4. ^ 芥川龍之介 『羅生門』、1915年11月。「これを見ると、下人は始めて明白にこの老婆の生死が、全然、自分の意志に支配されていると云う事を意識した。」

外部リンク[編集]