倪サン

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本来の表記は「倪瓚」です。この記事に付けられた題名は、技術的な制限により、記事名の制約から不正確なものとなっています。
肖像細部、元無名人作、國立故宮博物院

倪瓚(げいさん、1301年 - 1374年)は、末の画家。元末四大家の一人に挙げられる。字は元鎮、号は雲林、他に別号が多い。

概説[編集]

江蘇省無錫の富裕な資産家の家庭で生まれ、仕官することはなかった。1350年ごろから元朝政府の重税化の影響で、地方官憲と税問題でトラブルになった[1]紅巾の乱などの内乱の影響もあり、至正12年(1352年)52歳ころ家財を整理して家族とともに故郷を離れた。[2]。元末明初の混乱期を20年もの流寓の生活を送り、74歳で無錫に帰り親戚の鄒氏の家で没した。潔癖症で多くの逸事奇行を伝えている[3]山水画は、はじめ精細な着色山水も描いたと伝えるが、のちに「簫散体」といわれる極度に画面の単純化をおしすすめた平遠山水を独自の様式として確立した。[4]。作品の真贋問題については、指導的な権威の間でも意見が大きく分かれている。「容膝斎図」だけを真蹟だとする意見さえあるが、ケーヒルは「12,3点から15点、さらに墨竹の小品を含めてさらに2,3点を現存作品の妥当な数と考えている。」[5]

著作集[編集]

  • 倪雲林先生詩集: 明 天順年間
  • 倪雲林先生詩集: 明末 毛晋 刊行
  • 清閟閣全集:清代康煕年間  


作品[編集]

脚注[編集]

  1. ^ ケーヒル
  2. ^ 文人画粋篇
  3. ^ 雲林遺事
  4. ^ 世界美術小辞典
  5. ^ ケーヒル 191P 第三章の注釈5 

参考文献[編集]

  • 雲林遺事: 明 顧元慶
  • ジェームス・ケーヒル 『江山四季―中国元代の絵画』、新藤武弘 訳、明治書院、1980年。
  •  文人画粹編 中国篇 第3巻 黄公望倪サン 王蒙 呉鎮 中央公論社、1985年
  •  世界美術小辞典, 東洋編中国絵画, 芸術新潮掲載。


関連項目[編集]

  • 黄公望(元末四大家の一人)
  • 呉鎮(元末四大家の一人)
  • 王蒙(元末四大家の一人)