佐々木駒之助

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佐々木 駒之助(ささき こまのすけ、明治6年(1873年)7月 - 昭和29年(1954年)6月2日)は、貴族院勅選議員東洋拓殖総裁。同和会所属。

経歴[編集]

秋田県生まれ。明治32年慶應義塾大学理財科卒業後、明治33年山口銀行に入行。その後常務取締役、山口合資会社理事長となり三和銀行創設に尽力。日本生命保険会長、共同火災保険会長、トヨタ自動車工業監査役を経て、財団法人東亜研究所南洋協会評議員。1939年に東洋拓殖総裁。

大正8年、昭和13年に金融及び経済状況視察のため欧米出張。1945年(昭和20年)2月に貴族院議員に勅選され、1946年(昭和21年)4月1日に辞職した[1]

脚注[編集]

  1. ^ 『官報』第5763号、昭和21年4月2日。

参考文献[編集]

  • 衆議院・参議院編『議会制度百年史 - 貴族院・参議院議員名鑑』1990年。