中村千代松

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中村千代松

中村 千代松(なかむら ちよまつ、1867年2月19日慶応3年1月15日[1]) - 1941年昭和16年)8月4日[2])は、日本の衆議院議員立憲国民党)、ジャーナリスト。号は木公

経歴[編集]

出羽国秋田県)平鹿郡阿気村(現・大雄村)の奥山家に生まれた[2]。明治29年11月中村宗興の二女ノブに入夫婚姻[2]内藤湖南、畑山呂泣らと明治18年秋田県師範学校を卒業後、秋田市内で教鞭をとる[2]博文館編集部員、忠愛新報編集長、教育報知主筆、明治新聞主筆、報知新聞記者、秋田魁新報主筆を経て、1913年大正2年)より秋田新聞社社長を務めた。

1915年第12回衆議院議員総選挙に出馬して、当選を果たした。

脚注[編集]

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出典[編集]

  1. ^ 衆議院 『第三十六回帝国議会衆議院議員名簿』衆議院、1915年、19頁。doi:10.11501/1352307全国書誌番号:10802074https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1352307/133 
  2. ^ a b c d 新聞人 安藤和風 1967, p. 67.

参考文献[編集]