中島盛夫

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中島 盛夫(なかじま もりお、1945年 - )は、福島県相馬郡飯舘村生まれの銭湯背景画絵師(いわゆるペンキ絵師)。日本に2人残っているペンキ絵師の一人である(もう一人は丸山清人)。

人物[編集]

中学校2年生の時に、福島県相馬市に転居。18歳で上京し工場で働くが、すぐに銭湯専門の背景広告社に転職し、丸山喜久男に師事。

富士山を得意とするが、見附島など様々な風景を手掛ける。

逸話[編集]

  • 福島県から上京直後は工場で勤務していたが、東京の銭湯で見た『大きな富士山』の背景画に感銘を受け、すぐに背景広告社へ転職した。
  • 彼が指の怪我をしてしまった際、空塗りにローラーを使用。ローラーを用いると大変早く描き終えられるようになった。(銭湯の通常定休である1日の間に(1面を2・3時間で)完成させることができるようになった。1日で2件かけもちすることもあったらしい)やがて、この手法は他の絵師へも広がった。

関連項目[編集]

外部リンク[編集]