ヴィッテキント・ツー・ヴァルデック=ピルモント

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Wittekind
ヴィッテキント
生誕 1936年3月9日(80歳)
ナチス・ドイツの旗 ドイツ国、ヘッセン=ナッサウ州アーロルゼン
別名
宗教 キリスト教
宗派 ルーテル教会
配偶者 ツェツィーリエ・フォン・ゴーエス=ザウラウ
子供
父:ヨシアス
母:アルトブルク

ヴィッテキント・プリンツ・ツー・ヴァルデック・ウント・ピルモントドイツ語: Wittekind Prinz zu Waldeck und Pyrmont, 1936年3月9日 - )は、ドイツの旧諸侯ヴァルデック=ピルモント家の家長(1967年 - )。

経歴[編集]

ヴァルデック=ピルモント侯世子ヨシアスと、その妻のオルデンブルク大公女アルトブルク英語版フリードリヒ・アウグスト2世の五女)の間の長男(第4子)として生まれた。父がナチ党親衛隊(SS)の将軍だったため、洗礼の代父はアドルフ・ヒトラーハインリヒ・ヒムラーが務めた。フランクフルト・アム・マインケルン経営経済学を学んだ後、インターンシップを通して様々な職種を経験したほか、ドイツ空軍に所属して中佐まで昇進した。1967年の父の死に伴い、ヴァルデック侯家の家督を継承した。現在は、歴史的建造物や森林の保護のための活動に取り組んでいる。2001年8月9日、ヘッセン州首相ローラント・コッホよりドイツ連邦共和国功労勲章を授与された。

結婚と子女[編集]

1988年にゴーエス=ザウラウ伯爵夫人ツェツィーリエ英語版と結婚した。同年4月1日にシュタイアーマルク州フローンライテンドイツ語版において民事婚が、5月19日にアーロルゼンにおいて宗教婚が執り行われた。ツェツィーリエとの間に3男を儲けた。

参考文献[編集]

先代:
ヨシアス
ヴァルデック家家長
1967年 -
次代:

推定相続人カール・アントン
上位:
ゾフィー・ディアバッハ
イギリス王位継承順位
ジョージ2世の孫娘アウグスタの子孫)
他の英連邦王国の王位継承権も同様
下位:
カール・アントン