ヴィッキー

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動: 案内検索
ヴイッキー・レアンドロス
2010-10-03-quadriga-vicky-leandros2.jpg
2010年ベルリンにて
基本情報
出生名 Vassiliki Papathanasiou
別名 Vicky Leandros
出生 1949年8月23日(66歳)
出身地 ギリシャ・コルフ島
ジャンル Pop
職業 歌手, 政治家
活動期間 1965–present
公式サイト Hey! Vicky Leandros
Vicky Leandros' Greek website

ヴイッキー・レアンドロス(Vicky Leandros、1949年8月23日[1]-)は、ギリシャ出身の歌手。

略歴[編集]

本名はヴィッキー・ヴァシリキ・レアンドロス・パパサナシュー(Βίκυ Βασιλική Λέανδρος Παπαθανασίου)。ギリシャのコルフ島生まれ。

幼少時から音楽家の父親によって歌とダンスのレッスンを受けていた。9歳の時に当時の西ドイツに移り、1964年、西ドイツでレコード・デビュー。アイドル・シンガーとして人気を博し、現在もドイツを基点にヨーロッパを中心に大御所歌手として活躍中。1967年ユーロビジョン・ソング・コンテストルクセンブルク代表として出場。「恋はみずいろ」を歌って4位を獲得した。以後は世界的な活動を展開、1970年2月25日には初の日本公演を果たした。1972年、ユーロビジョン・ソング・コンテストでルクセンブルク代表として出場。「想い出に生きる」を歌って優勝を獲得した。その後もドイツやギリシャをはじめとしたヨーロッパを中心に音楽活動を続けている。

1982年から1986年にはギリシャ人実業家と結婚し一児をもうけ、その後ドイツ人エンノ・フォン・ルフィン(Enno von Ruffin)と再婚し二児をもうけたが2005年に離婚。 2006年にはギリシャの港町ピレウスの副市長に就任し、文化振興や国際交流に貢献した。

評価[編集]

卓越した歌唱力と六カ国語を使い分ける語学力によって、ヨーロッパやアメリカ、カナダなどに活動範囲を広げた。フランス語の歌が主体だが、日本にも1968~1972年にかけて数回来日し、日本人が作詞/作曲した歌を日本語で歌ってヒットさせている。

代表曲[編集]

日本発売シングル[編集]

発表年 レーベル 型番 A面 B面
1967 PHILIPS
SFL-1115
恋はみずいろ(フランス語版)
L'amour est bleu  
輝く太陽
Le soleil a quitte ma Maison
1967 PHILIPS
SFL-1135
待ちくたびれた日曜日
(作詞:小園江圭子、作曲:村井邦彦)
星空のマサチューセッツ
Massachusetts
1968 PHILIPS
SFL-1155
朝まで踊って(英語版)
Dance with me until tomorrow
(Morgen sehen wir uns wieder)
サンシャイン・ボーイ
Sunshine Boy
1968 PHILIPS
SFL-1156
カーザ・ビアンカ(日本語版)
カーザ・ビアンカ(英語版)
Casa Bianca
1968 PHILIPS
SFL-1165
私の好きなチョコレート
(作詞:小園江圭子、作曲:高瀬たかし)
見つめないで
1968 PHILIPS
SFL-1200
悲しき天使(フランス語版)
Le Temps des fleurs
愛は行ってしまったの
La fille qui t'aime
1969 PHILIPS
SFL-1225
白い十字架(日本語版)Kleiner Prinz
(作詞:里村ゆき子、作曲:ヘンリー・アーランド)
マイ・ハウス
My House
1969 PHILIPS
SFL-1234
悲しみが去ってしあわせが
Ouvre les yeux sur le monde
恋する季節
Un temps pour chaque chose
1970 PHILIPS
SFL-1258
時の流れのように
(作詞:山上路夫、作曲:川口真)
思い出のなかで
My Love's Gone And The Mem'rise Remain
1971 PHILIPS
SFL-1280
夜霧の中で
(作詞:なかにし礼、作曲:川口真) 
ターン・アラウンド
Turn Around
1971 PHILIPS
SFL-1316
きまぐれな恋
Eri Uu Gioco 
涙の微笑み
L'Uitima Bagi
1971 PHILIPS
SFL-1334
マイ・スウィート・ロード(日本語版)
My Sweet Lord  
マイ・スウィート・ロード (ドイツ語版)
Wo ist er?
1971 PHILIPS
SFL-1373
ひとりぼっちの願い(英語版)
I am(Ich bin) 
愛の古巣
Love tell me Where Is Your Home
1972 PHILIPS
SFL-1716
想い出に生きる(フランス語版)
Après toi 
夢の恋人形
La poupée le prince et la maison
1972 PHILIPS
SFL-1741
想い出に生きる(日本語版)   想い出に生きる(英語版)
After you
1972 PHILIPS
SFL-1761
恋の川
Un Fiume Amaro (Ο καημός) 
ある夏のこと
Un Ete
1976 PHILIPS
SFL-2119
別れのタンゴ
Notre Tango d'Amour  
15才の頃
Les souvenirs de mes 15 ans
1977 CBS/SONY
06SP 221
朝日のあたる家(ディスコ)
The house of the Rising Sun  
別離のタンゴ

ドイツでの主なシングル[編集]

発表 原語タイトル 日本語タイトル DE
1965/1/1  Messer, Gabel, Schere, Licht ナイフとフォークとハサミと光  16
1967/4/15 Die Liebe ist blau(L’amour est bleu) 恋はみずいろ 27
1967/11/1 Morgen sehen wir uns wieder 朝まで踊って  20
1968/5/1 Heut’ war Premiere はじめての私  18
1968/8/15 Bunter Luftballon ステキな気球  15
1969/1/15 Karussell d’amour 愛の回転木馬  18
1971/1/15 Ich bin ひとりぼっちの願い  13
1971/2/15 Wo ist er? (My Sweet Lord) 彼は何処に(マイ・スイート・ロード ドイツ語版)  19
1972/3/28 Après toi 想い出に生きる(フランス語版)  11
1972/4/3 Dann kamst Du 想い出に生きる(ドイツ語版)  11
1972/7/1 Ich hab’ die Liebe geseh’(Ο καημός) 恋の川  2
1973/4/23 Die Bouzouki klang durch die Sommernacht ヴィーナスの涙  4
1973/11/5 Auf Wiedersehn, ihr Freunde mein(Amazing Grace) さらば友よ(アメイジング・グレイス ドイツ語版)  12
1974/5/13 Theo, wir fahr’n nach Lodz テオ、町へ行きましょう  1
1974/10/21 Du läßt mir meine Welt 日本未発表(思い出の中に)  9
1975/3/3 Rot ist die Liebe 日本未発表(恋は赤く)  15
1975/7/28 Ja, ja, der Peter der ist schlau 日本未発表(賢いペーター)  13
1976/2/2 Ich liebe das Leben 日本未発表(愛する人生)  10
1976/6/28 Tango d’amor 別れのタンゴ  19
1977/7/21 Auf dem Mond da blühen keine Rosen 日本未発表(月にバラは咲かない)  9
1977/5/23 Kali Nichta (Gute Nacht) 日本未発表(おやすみなさい)  17

脚注[編集]

  1. ^ IMDb. 1952年と言う説もある – Vicky's age by means of the Way Back Machine (Internet Archive) 1948年と言う説も – Bertelsmann Lexica.
  2. ^ 他にも、ドイツのテクノバンド「SCOOTER」が2011年12月に発売したシングル「C'est Bleu (feat. Vicky Leandros)」にもマッシュアップと言う手法で同曲が使われている。この曲のためにヴィッキーの歌唱による同曲が新たにレコーディングされ、プロモーションビデオにはヴィッキー本人も登場している。

外部リンク[編集]

先代:
Séverine
ユーロビジョン・ソング・コンテスト優勝者
1972年
次代:
Anne-Marie David
先代:
Michèle Torr
ユーロビジョン・ソング・コンテスト・ルクセンブルク代表
1967年
次代:
Chris Baldo & Sophie Garel
先代:
Monique Melsen
ユーロビジョン・ソング・コンテスト・ルクセンブルク代表
1972年
次代:
Anne-Marie David