ロンセスバーリェス

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Roncesvalles/Orreaga

{{{市章説明}}}

Roncesvalles-Collegiate-Church-2010.jpg
Bandera de Navarra.svg ナバーラ州
Bandera de Navarra.svg ナバーラ県
面積 15.1 km²
標高 923m
人口 33 人 (2014年)
人口密度 2.19 人/km²
Roncesvalles/Orreagaの位置(スペイン内)
Roncesvalles/Orreaga
Roncesvalles/Orreaga
スペイン内のロンセスバーリェスの位置
Roncesvalles/Orreagaの位置(ナバーラ州内)
Roncesvalles/Orreaga
Roncesvalles/Orreaga
ナバーラ県内のロンセスバーリェスの位置

北緯43度00分33秒 西経1度19分12秒 / 北緯43.00917度 西経1.32000度 / 43.00917; -1.32000座標: 北緯43度00分33秒 西経1度19分12秒 / 北緯43.00917度 西経1.32000度 / 43.00917; -1.32000

ロンセスバーリェスまたはロンセスバージェススペイン語: Roncesvalles)は、スペインナバーラ州ムニシピオ(基礎自治体)。バスク語ではオレアガ(バスク語: Orreaga)、フランス語ではロンスヴォー(フランス語: Roncevaux)。ピレネー山脈の標高900m地点を流れるウロビ川岸に位置する。スペイン=フランス国境までの距離は、最短距離で約4km、道路に沿って約21kmである。ナバーラ州北東部のメリンダ・デ・サングエサに属し、メリンダ・デ・サングエサ北部のコマルカ・デ・アウニャメンディに属する。州都パンプローナまでの距離は47km。2014年の人口は33人。

歴史[編集]

778年、ロンセスバーリェスの戦いドイツ語版英語版において、山岳バスク人と戦ったカール大帝が敗北を喫し、騎士ローランが戦死した地として、ロンセスバーリェスは知られている。

ロンセスバーリェスにある小さなコレヒアータ・デ・サンタ・マリア教会(es)には、ローランにちなんだ興味深い遺物が含まれている。戦いはロンセスバージェス峠へつながるバルカルロスの谷で起きたとされている。この道は、ロンセスバーリェスから北のサン=ジャン=ピエ=ド=ポル(現在はフランス領)へとつながる主要道として行き来されてきた。

中世以後、コレヒアータ教会はサンティアゴ・デ・コンポステーラの巡礼路をゆくカトリック巡礼者の好む宿場となり、フランス側からピレネーを越えてきて初めに宿泊する地となった。毎年数千人の巡礼者が、ロンセスバーリェスからサンティアゴ・デ・コンポステーラへ向かう。

外部リンク[編集]

 この記事にはアメリカ合衆国内で著作権が消滅した次の百科事典本文を含む: Chisholm, Hugh, ed (1911). Encyclopædia Britannica (11 ed.). Cambridge University Press.