ルイーゼ・フォン・プロイセン (1680-1705)

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ルイーゼ・フォン・プロイセン
Luise von Preußen
Lovisa Dorotea Sofia, 1680-1705, prinsessa av Preussen (Herman Hendrik Quiter d.y.) - Nationalmuseum - 15849.tif
出生 (1608-09-29) 1608年9月29日
ベルリン
死去 (1705-12-23) 1705年12月23日(97歳没)
カッセル
配偶者 ヘッセン=カッセル方伯世子フリードリヒ
父親 プロイセン王フリードリヒ1世
母親 エリーザベト・ヘンリエッテ・フォン・ヘッセン=カッセル
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ルイーゼ・フォン・プロイセン(Luise von Preußen またはフォン・ブランデンブルク von Brandenburg, 1680年9月29日1705年12月23日)は、ブランデンブルク=プロイセンの王族。プロイセン王フリードリヒ1世の長女で、ヘッセン=カッセル方伯世子フリードリヒの妃となったが、夫の即位前に死去した。全名はルイーゼ・ドロテア・ゾフィーLouise Dorothea Sophie)。

生涯[編集]

1680年9月29日、ブランデンブルク選帝侯フリードリヒ3世(後のプロイセン王フリードリヒ1世)とその最初の妃であるヘッセン=カッセル方伯ヴィルヘルム6世の娘エリーザベト・ヘンリエッテとの間に第一子としてベルリンで生まれた。

ルイーゼは1700年5月30日に従兄にあたるフリードリヒと結婚したが、1705年12月23日にカッセルで死去した。2人の間に子供はいなかった。フリードリヒは1715年スウェーデン王女ウルリカ・エレオノーラ1718年よりスウェーデン女王)と再婚し、ウルリカ・エレオノーラの退位後スウェーデン王フレドリク1世に、1730年には父の死去によりヘッセン=カッセル方伯フリードリヒ1世となっている。