リチャード・バンドラー

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NLP

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リチャード・バンドラーRichard Bandler1950年2月24日 - )は、アメリカの近代心理学セラピスト。

人物[編集]

神経言語プログラミング(NLP)をジョン・グリンダーと共同開発した事で最もよく知られ、彼の概念と技能の収集は、人間挙動パターンを理解して変えるようにしている。また、彼はデザイン人間工学(DHE)と神経催眠再起パターン(NHR)として知られている他のシステムを開発した。

略歴[編集]

神経言語プログラミング[編集]

NLPの共同開発[編集]

バンドラーは近代自己啓発運動の重要な人物と考えられている。彼はかつて精神科医ロバート・スピッツァーに依頼され、家族療法家バージニア・サティアのセミナーの録音、記録を行っていた。彼はThe Gestalt Approach (1973)の編集についてもスピッツァーの手伝いをした。その本はゲシュタルト療法のフリッツ・パールズの手書き原稿をもとに作られたものである。彼はまたEyewitness to Therapyの原稿チェック補助も行っていた。[2] スピッツァーによると「バンドラーは、フリッツ・パールズのように話し、行動するようになった」とのことである。[1]

バンドラーはカリフォルニア大学サンタクルーズ校の生徒だった際、ゲシュタルト療法のグループを指導していた。彼の講義を受けたジョン・グリンダーはバンドラーに「あなたが講義の中でしたほとんど全ての質問やコメントを自分が研究している言語学の変形文法で説明できる」と伝えた。それがきっかけで彼らはメタモデルと呼ばれるセラピーモデルを開発した。それが彼らの初著作となる『魔術の構造 第1巻』(1975)となったのである。

リチャード・バンドラーはグレゴリー・ベイトソンの家主であった。ベイトソンはグリンダーと同様にUCSCのクレスギ校で教鞭をとった後、サンタクルス山の近く、アルバロードのベンローモンド共同体に移っていた。ベイトソンはバンドラーの将来に深遠な影響を与えることになった。バンドラーとグリンダーにミルトン・エリクソンを紹介したのも彼であり、それらが神経言語プログラミングの基礎モデルの一部を形成した。[3]

1975年、バンドラーは自身の出版会社Meta Publicationsを創設し、Patterns of the Hypnotic Techniques of Milton H. Erickson Volume I(1975)を出版した。バンドラーとグリンダーは、『魔術の構造 第2巻』(1976年)、Patterns of the Hypnotic Techniques of Milton H. Erickson Volume II (1977)バージニア・サティア自身との共著Changing With Families と続けざまに出版した。

それ以来、バンドラーのキャリアは著者として、出版家として、スピーカーとして、コンサルタントとして、NLPやその関連分野の発展とプレゼンに集中している。受講生には自分の人生の改善を求めているものや、販売を向上させるなどビジネスに応用するものなどもいる。

コリン・クリステンセン殺人事件[編集]

1986年11月3日、バンドラーの生徒のコリン・クリステンセンが自身の家でバンドラーの保有していた銃により射殺された。バンドラーは彼女の殺人の罪で告発されたが、裁判で陪審は5時間30分の時間でバンドラーを満場一致で免罪した。殺人事件は未解決のままである。[4]

訴訟[編集]

1996年7月、バンドラーはグリンダーに対して訴訟を起こした。また1997年1月もグリンダーやカルメン・ボスティック、スティーブ・アンドレアス、コニリー・アンドレアスを含むNLP共同体のメンバーに対して訴訟を起こした。バンドラーは商標権侵害、NLPの知的財産所有権、グリンダーによる和解契約の共謀的不正干渉と不履行、永久差し止め命令を訴えた。[5][6][7]

2000年の終わりまでに、バンドラーとグリンダーとの間である種の和解がなされた。両者は「彼らは神経言語プログラミングテクノロジーの共同開発者であり、共同創始者である。グリンダーもバンドラーもNLPの発展においてのお互いの努力と貢献を認める」とした証書を公表した。同証書には「ジョン・グリンダーとリチャード・バンドラーは、神経言語プログラミング領域に関しての両者の成果・努力について、いかなる方法でも非難しないことにお互いに同意する」とも記されている。(この証書はグリンダーとボスティック・サンクレアのWhispering in the Wind(2001)に追加資料Aとして複写が掲載されている)

その他の研究[編集]

グリンダーとバンドラーが共同研究をやめた1980年代より、バンドラーはデザイン人間工学/DHE(tm)と神経催眠再起パターン/NHR(tm)と呼ぶ商標テクニックを開発した。バンドラーはそれらの技術がより直接的で効果的な介入としてNLPと有意差があると述べている。[要出典]

この当時からの他の研究には、『神経言語プログラミング』(1985)、Magic in Action (1992) Time for a Change (1995)、Persuasion Engineering (1996) (共著 ジョン・ラバーユ) The Adventures of Anybody (1993),Conversations (2005) (共著 オーウェン・フィッツパトリック)が含まれている。リチャード・バンドラーはNLPやNHR、DHEを世界中で伝え続けている。[8]

著書[編集]

・『望む人生を手に入れよう―NLPの生みの親バンドラーが語る 今すぐ人生を好転させ真の成功者になる25の秘訣』-"Get The Life You Want" The Secrets to Quick & Lasting Change- 白石 由利奈 (翻訳), 角野 美紀 (翻訳) 、エル書房、2011年

他多数

脚注[編集]

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  1. ^ a b c Spitzer, R. (1992) Virginia Satir and the Origins of NLP, Anchor Point, 6(7)
  2. ^ The Gestalt Approach and Eye Witness to Therapy (1973) ISBN 0-8314-0034-X
  3. ^ John Grinder & Carmen Bostic St. Clair, (2001) Whispering in the Wind. C&J Enterprises.
  4. ^ Psychotherapist Not Guilty In Prostitute's Murder, Jury Finds Los Angeles Times January 29, 1988
  5. ^ http://web.archive.org/web/20021108024906/http://www.nlp.org/NLP/random/lawsuit-text.htm
  6. ^ http://web.archive.org/web/19990224225605/http://www.nlp.com.au/action/state.htm
  7. ^ http://www.nlpschedule.com/random/lawsuit-nlpc.html
  8. ^ See NLP Life Training

関連項目[編集]