ラムトンのワーム

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ラムトンのワーム

ラムトンのワーム[注釈 1](Lambton Worm)は、イギリス伝承である。AT分類300(竜退治説話類型)に属する[1]。この伝承はワームの伝承を代表する有名なものの一つである[2]。なお、この伝承を元にしたオペラも制作され、映画化もされた。

伝承[編集]

Worm Hill(ワームヒル)。ワシントン村
ペンシャー・モニュメント英語版ヘリントンカントリーパーク内

ラムトン (Lambton) 家の跡取りは、日曜日もミサに行かず安息日を守らず釣りばかりしていた。ある日ウィア川英語版で、口の両側に9つの孔があるワームを釣ってしまった。見知らぬ老人が通りかかり、それを川に戻さないようにと忠言したが、跡取りは恐ろしさのあまり近くの井戸にワームを投げ捨ててしまった。その井戸はワームウェル(竜の井戸)と呼ばれるようになった[3][4][2][5]

ワームは成長し、井戸に入りきらないほど大きくなると、丘に出て家畜を貪り食った。そこは今でもワームヒル(ワームの丘)と言われている。この状況を見た跡取りは、責任を感じ、自分の今までの行いの贖罪のため、聖地の巡礼に出た。その間にもワームは成長し、とうとう人々に牛9頭分のミルクを要求するようになった。要求が叶えられないと暴れるこのワームを殺すためさまざまな方法を試みたがことごとく失敗した[6][7][2][5]

7年後に跡取りが旅から戻ると、故郷はワームによってさらに荒れ果てていた。そこで跡取りはブルージーフォードの賢女に助言を求めた。賢女は「鍛冶屋に、の先を埋め込んだ[注釈 2]を作ってもらい、ウィア川のワームズロック(ワームの岩)で迎え撃つように」と言った。また、受けた傷はすぐに修復してしまうワームなので、賢女はワーム退治の極意も教えた。しかし、教える代償として賢女は「ワームを倒した後、自分の屋敷に帰った時に最初に出迎えた人を必ず殺す」事を要求した。しかも「誓いを破ればラムトン家の者は9代の間ベッドの上で死ぬことはできない」という。跡取りはこの件を了承して賢女に誓いを立てた上でワーム退治の極意を教わり、死闘の末にウィア川でワームを退治した[8][9][2][5]

戦いを終えた跡取りは、合図のラッパを3度吹いた。ラッパは「退治成功」という意味であると同時に、跡取りの猟犬ボリスを解き放つ合図でもあった。しかし、跡取りの無事を喜ぶあまり、館の一同は猟犬を解き放つのを忘れた。館に帰ってきた跡取りを真っ先に迎えたのは父だった。父を殺すわけにはいかず、跡取りはラッパをもう1度鳴らし、解き放たれて駆け寄ってきた猟犬を殺したが、すでに誓いは破られた。以後9代にわたって、ランプトン家の者はベッドの上で死ぬことが出来なかったという[10][11]

こんにち、ワーム・ヒルはウィア川に近いノース・ピディックにある。また、ワームの育った井戸が復元されている[12]

本伝承が元になった作品[編集]

『続イギリス昔話集』より、ジョン・ディクソン・バッテンの挿画。
  • "The Lambton Worm" (1867年、C M Leumane作詞作曲)
  • "The Lair of the White Worm" (1911年、ブラム・ストーカー著、小説)
  • "The Lambton Worm" (1978年、オペラ)
  • "The Lair of the White Worm " (1988年、映画)
  • "The Fire Worm" (1988年、小説)
  • "Alice in Sunderland" (2007年、Bryan Talbot著、グラフィックノベル

脚注[編集]

注釈[編集]

  1. ^ ラムトンのワームローズ,松村訳 (2004) での日本語表記。ほか、シューカー (1999) ではラムトン長虫(ワーム)、松平 (2005) ではランプトンのワーム美濃部 (1998a) ではランプトンの龍
  2. ^ 美濃部によれば、イングランドのこうした昔話のうち、竜との戦いを詳細に語るものでは、竜を倒すのに「槍の先を埋め込んだ鎧」などの特殊な武器がしばしば用いられるという[1]

出典[編集]

  1. ^ a b 美濃部 (1998b)、135頁。
  2. ^ a b c d 松平 (2005)、231頁。
  3. ^ 美濃部 (1998a)、125頁。
  4. ^ シューカー (1999)、8-10頁。
  5. ^ a b c ローズ,松村訳 (2004)、453-454頁。
  6. ^ 美濃部 (1998a)、126頁。
  7. ^ シューカー (1999)、10-12頁。
  8. ^ 美濃部 (1998a)、126-127頁。
  9. ^ シューカー (1999)、12-13頁。
  10. ^ 美濃部 (1998a)、127-128頁。
  11. ^ シューカー (1999)、13頁。
  12. ^ ハーグリーヴス,斎藤訳 (2009)、58頁。

参考文献[編集]

  • シューカー, カール「ラムトン長虫のたたり」『龍のファンタジー』別宮貞徳監訳、東洋書林、1999年10月、8-13頁。ISBN 978-4-88721-378-4 
  • ハーグリーヴス, ジョイス「ペンショウ(ダラム州、イングランド)」『ドラゴン - 神話の森の小さな歴史の物語』斎藤静代訳、創元社〈アルケミスト双書〉、2009年11月、58頁。ISBN 978-4-422-21476-4 
  • 松平俊久「ワーム」『図説ヨーロッパ怪物文化誌事典』蔵持不三也監修、原書房、2005年3月、231頁。ISBN 978-4-562-03870-1 
  • 竹原威滋・丸山顯德編著 編『世界の龍の話』(初版)三弥井書店〈世界民間文芸叢書 別巻〉、1998年7月10日。ISBN 978-4-8382-9043-7 
    • 美濃部 (1998a):美濃部京子「イングランド 4 ランプトンの龍 ダラム」pp.125-128.
    • 美濃部 (1998b):美濃部京子「イングランド 解説」pp.134-135.
  • ローズ, キャロル「ラムトンのワーム」『世界の怪物・神獣事典』松村一男監訳、原書房〈シリーズ・ファンタジー百科〉、2004年12月、453-454頁。ISBN 978-4-562-03850-3 

関連書籍[編集]

  • Joseph Jacobs. More English Fairy Tales (「続イギリス昔話集」). London, 1894, pp. 198-203.(『世界の龍の話』出典 p.9)

関連項目[編集]