ムギネ酸

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ムギネ酸
識別情報
CAS登録番号 69199-37-7
J-GLOBAL ID 200907076286657431
特性
化学式 C12H20N2O8
モル質量 320.2958 g/mol
特記なき場合、データは常温 (25 °C)・常圧 (100 kPa) におけるものである。

ムギネ酸(ムギネさん、mugineic acid)は、アミノ酸(正確にはイミノ酸)の一つでイネ科植物に多くみられる。化学式はC12H20N2O8

1960年代岩手大学農学部教授高城成一により発見され、大麦から得られたことからこの名が付いた。なお、その構造は、1978年竹本常松、野本亨資らにより決定された[1]

イネ科の植物の根から分泌されるファイトシデロフォア(植物性親鉄剤)であり、(III) イオンとキレートを形成することによって、土壌からの鉄の吸収や移動に関与している。なお、コバルト錯体の構造は判明しているが鉄錯体の構造は2008年現在のところ不明である[2]

末端の水酸基アミノ基になったニコチアナミンは植物全般に含まれ、キレート作用を有するが、ムギネ酸と違って根から放出されることはない。

アルカリ性土壌では鉄(III) イオンは不溶化されるが、ムギネ酸-鉄(III)錯体は可溶性であり、植物根からの吸収が容易になる。

イスラエルなどでは、アルカリ性土壌における鉄の供給源としてEDTAと鉄のキレートを散布しているが、EDTAは高価で且つ効率が悪く、さらに自然界では分解されないなどの問題点が指摘されている。そのため、環境に負荷をかけない鉄源として注目されたが、ムギネ酸の全合成[3]は複雑な工程が必要なため、類似化合物の合成の研究が進められ[4]、現在、2′-デオキシムギネ酸の4員環を5員環に置き換えたプロリンデオキシムギネ酸(PDMA)の開発と圃場での有効性の実証が行われている[5]

鉄中毒に対する経口投与可能なシデロフォアとしても研究されている[6]

ムギネ酸の生合成系[編集]

まず、ニコチアナミンシンターゼ (EC 2.5.1.43) によって3分子のS-アデノシル-L-メチオニン (SAM) から1分子のニコチアナミンが合成される。次に、ニコチアナミンアミノトランスフェラーゼ (EC 2.6.1.80) によってニコチアナアミンから3''-デアミノ-3''-オキソニコチアナミンに変換される。そして、3''-デアミノ-3''-ニコチアナミンレダクターゼ (EC 1.1.1.285) によって3''-デアミノ-3''-オキソニコチアナアミンから2'-デオキシムギネ酸に還元され、最後に、2'-デオキシムギネ酸-2'-ジオキシゲナーゼ (EC 1.14.11.24) によって2'-デオキシムギネ酸からムギネ酸に変換される。これらの酵素遺伝子はオオムギより単離されている。

オオムギはムギネ酸の根からの分泌能力が高いので、アルカリ土壌中でも良く生育できるが、イネやトウモロコシでの分泌能力は低く、アルカリ土壌中での生育は困難である。そこで、アルカリ土壌中でも生育できるイネの開発を目的として、イネのムギネ酸生合成系が強化された鉄欠乏耐性イネが開発されている。上記の遺伝子をイネに導入したところアルカリ土壌における鉄欠乏に耐性を示した[7]。現在、様々な遺伝子を導入されたイネが試験栽培されている[8][9][10]

脚注[編集]

  1. ^ Tsunematsu TAKEMOTO, Kyosuke NOMOTO, Shinji FUSHIYA, Reiko OUCHI, Genjiro KUSANO, Hiroshi Hikino, Sei-ichi TAKAGI, Yoshiki MATSUURA and Masao KAKUDO (1978). “Structure of Mugineic Acid, a New Amino Acid Possessing an Iron-Chelating Activity from Roots Washings of Water-Cultured Hordeum vulgare L.”. Proc. Japan Acad. 54, Ser. B: 469-473. 
  2. ^ 第1研究部 主な研究課題”. 公益財団法人サントリー生命科学財団. 2008年5月16日時点のオリジナルよりアーカイブ。2022年12月9日閲覧。
  3. ^ MAtsuura, F.; Hamada, Y.; Shioiri, T. (1993). “Total synthesis of mugineic acid. Efficient use of the phenyl group as the carboxyl synthon”. Tetrahedron 49 (36): 8211–8222. doi:10.1016/S0040-4020(01)88039-X. 
  4. ^ Namba, K.; Murata, Y. (2010). “Toward mechanistic elucidation of iron acquisition in barley: efficient synthesis of mugineic acids and their transport activities”. Chem. Rec. 10 (2): 140–150. doi:10.1002/tcr.200900028. 
  5. ^ 不良土壌での農業を可能にする次世代肥料の開発に成功 - 国立大学法人 徳島大学”. www.tokushima-u.ac.jp. 2022年9月18日閲覧。
  6. ^ 三野芳紀, 井尻章悟, 内田浩司, 氏田国恵, 安田正秀 (2007). “植物シデロホアの一種ムギネ酸の鉄排泄活性”. Bulletin of Osaka University of Pharmaceutical Sciences (1): 113-117. http://www.oups.ac.jp/english/bulletin/vol1/11_mino.pdf. 
  7. ^ Takahashi M, Nakanishi H, Kawasaki S, Nishizawa NK, Mori S (2001). “Enhanced tolerance of rice to low iron availability in alkaline soils using barley nicotianamine aminotransferase genes”. Nat. Biotechnol. 19 (5): 466-469. PMID 11329018. 
  8. ^ 鉄欠乏耐性イネ(HvNAS1, Oryza sativa L.) (gHvNAS1-1)申請書等の概要
  9. ^ 鉄欠乏耐性イネ(HvNAAT-A, HvNAAT-B, Oryza sativa L.) (gHvNAAT1)申請書等の概要
  10. ^ 鉄欠乏耐性イネ(HvIDS3, Oryza sativa L.) (gHvIDS3-1)申請書等の概要