ミーラー・バーイー

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ミーラー・バーイー
Meerabai.jpg
誕生 1498年????
ラージャスターン州
死没 ????????
グジャラート州ドワールカー
職業 詩人
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ミーラー・バーイー(मीराबाई、1498年頃 - 1546年頃)は、インド詩人聖人ミラバイとも。

生涯[編集]

1498年頃にインド北部ラージャスターン州パーリ地区クダキで誕生する[1]ラージプートの小さな王国のメールター王家出身の王女。母ヴィール・クマリは彼女が生まれてほどなく亡くなる。少女時代に馬術、音楽、弓道、宗教、行政を修め、ラージプートの当時の強国メーワール王国の皇太子ボージラージと結婚したが、間もなく皇太子は戦死[2]。さらに父はバーブル軍の猛攻の前に一敗地に塗れ、死にわかれた。ミーラーは度重なる戦乱と失意の中でヴィシュヌの化身クリシュナ信仰へと深く至る。それは亡き夫をクリシュナに重ね合わせたからという。行者になったミーラー・バーイーは愛の賛歌を歌いながら道なき道をさすらい最終的にクリシュナの所縁ある地ドワールカーにたどり着き、1546年頃に同地で没す[3]

ミーラー・バーイーの作品はクリシュナ信仰文学の重要な一角を担い、今日においても詩や賛歌は民衆の間で愛吟され続けている。また、ヒンドゥー教のバクティ運動のシンボルで聖人[4]

日本語訳[編集]

  • 『ミラバイ訳詩集―クリシュナ讃美歌集』 美莉亜訳(星雲社 2005年)

脚注[編集]

外部リンク[編集]