マリヤ・ヤロスラヴナ (リトアニア大公妃)

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マリヤ・ヤロスラヴナロシア語: Мария Ярославна、生没年不詳)は、リューリク朝最後のヴィテプスク公ヤロスラフ・ヴァシリエヴィチの唯一の娘である。リトアニア大公アルギルダスの最初の妻となった。

生涯[編集]

その生涯について知られるところは少ない。おそらく、1317年ごろにアルギルダスと結婚したと推定されている。マリヤは、ヴィテプスク公国の唯一の相続人であり[1]、1345年頃に父のヤロスラフが死亡した後[2]、ヴィテプスク公国はアルギルダスの手に渡った。

マリヤはその生涯のうちに、5人の息子と、少なくとも1人の娘を産んだ。子らは全員がルーシの地で養育され、正教徒として洗礼を受けた[3]。マリヤの死(1346年?)の後、アルギルダスはトヴェリ大公アレクサンドルの娘・イウリアニヤ(ru)と再婚した。アルギルダスの死後、マリヤの子らとイウリアニヤの子らは、リトアニア大公位をめぐる闘争を繰り広げることとなる。

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(子の名はリトアニア語準拠表記、公位は便宜上ロシア語準拠表記を用いている[注 1]

脚注[編集]

注釈[編集]

  1. ^ また、子に関する出典はL.ウォイトウィチによる[4]

出典[編集]

  1. ^ Ivinskis Z. Lietuvos istorija iki Vytauto Didžiojo mirties. — Rome: Lietuvių katalikų mokslo akademija, 1978. — p. 239.
  2. ^ Rowell S. C. Lithuania Ascending: A Pagan Empire Within East-Central Europe, 1295—1345 // Cambridge Studies in Medieval Life and Thought: Fourth Series. Cambridge University Press, 1994. — p. 84.
  3. ^ Ivinskis Z. Lietuvos istorija iki Vytauto Didžiojo mirties. — Rome: Lietuvių katalikų mokslo akademija, 1978. — p. 259.
  4. ^ Войтович Л. Князівські династії Східної Європи (кінець IX — початок XVI ст.): склад, суспільна і політична роль. Історико-генеалогічне дослідження. — Львів: Інститут українознавства ім. І.Крип’якевича, 2000.