プスコフ公

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
ナビゲーションに移動 検索に移動

プスコフ公ロシア語: псковские князья)はプスコフ公国(プスコフ共和国)の公の称号(クニャージ)である。

プスコフ公国の初代の公はウラジーミル1世の子のスディスラフである。プスコフ公国では民会の力が強く、公の権限は他のルーシの諸公国に比べわずかなものだった。キエフ大公国の滅亡の後、プスコフ公国はノヴゴロド公国に属していたが、1348年にノヴゴロド公国はプスコフ公国の独立を認めた。一方、プスコフ公国はモスクワ大公国へ接近し、モスクワ大公による公の任免権を承認した。1399年からのプスコフ公はモスクワのナメストニク(モスコフスキー・ナメストニク)と呼ばれる。1510年にモスクワ大公のヴァシーリー3世はプスコフ公国の併合を宣言し、モスクワ大公国の一部となった。

(留意事項)

  • 各人物は、文献によっては「~世」・「~公」等の数えや通称の併記、あるいは洗礼名での表記などにより、異なる表記がなされている可能性がある。
  • 各人物は、他の称号の元で異なる数えがなされる可能性がある。(例:ムスチスラフ・ロマノヴィチはプスコフ公としては2人目のムスチスラフであるが、キエフ大公としては「ムスチスラフ3世」となる。)

各人物の詳細は各頁を参照。

プスコフ公の一覧[編集]

プスコフ公[編集]

  • スディスラフ・ウラジミロヴィチ(ru)(在位:1014年 - 1036年)
  • フセヴォロド・ムスチスラヴィチ(在位:1137年 - 1138年)
  • スヴャトポルク・ムスチスラヴィチ(在位:1138年 - 1148年)[1]
  • ムスチスラフ・ダヴィドヴィチ(在位:1178年 - 1180年)
  • ムスチスラフ・ロマノヴィチ(在位:1180年 - 1195年)
  • ウラジーミル・ムスチスラヴィチ(ru)(在位:1195年 - 1211年)
  • ウラジーミル・ムスチスラヴィチ(在位:1213年 - 1213年):再任
  • フセヴォロド・ボリソヴィチ(ru)(在位:1213年 - 1214年)
  • ヤロスラフ・ウラジミロヴィチ(在位:1214年)
  • フセヴォロド・ムスチスラヴィチ(在位:1214年)
  • ウラジーミル・ムスチスラヴィチ(在位:1214年 - 1222年):再任
  • ユーリー・ムスチスラヴィチ[2](在位:1232年 - 1240年)
  • ヤロスラフ・ウラジミロヴィチ(在位:1240年 - 1242年):再任
  • ヤロスラフ・ヤロスラヴィチ(在位:1253年 - 1256年)
  • スヴャトスラフ・ヤロスラヴィチ(ru)(在位:1256年 - 1266年)
  • ダウマンタス(在位:1266年 - 1299年)
  • ダヴィド(ru)(在位:1299年)
  • フョードル・ミハイロヴィチ(在位:1307年)
  • アレクサンドル・ミハイロヴィチ(在位:1327年 - 1330年)
  • ダヴィド(在位:1323年) :再任
  • アレクサンドル・ミハイロヴィチ(在位:1331年 - 1337年):再任
  • フセヴォロド・アレクサンドロヴィチ(ru)(在位:1337年 - 1339年、 - 1341年)
  • アレクサンドル・フセフォロドヴィチ(ru)(在位:1341年)
  • アンドリュス・アルギルダイティス(在位:1342年 - 1349年)
  • エヴスタフィー・フョードロヴィチ(在位:1349年 - 1356年)
  • ヴァシーリー・ブディヴォルナ(在位:1356年 - 1358年)
  • エヴスタフィー・フョードロヴィチ(在位:1358年 - 1360年):再任
  • アレクサンドル(ボリス)(ru)(在位:1360年頃 - 1369年頃)
  • マトヴェイ(在位:1375年以前 - 1377年)
  • アンドリュス・アルギルダイティス(在位:1377年 - 1386年):再任
  • イヴァン・アンドレエヴィチ(在位:1386年 - 1394年)
  • アンドリュス・アルギルダイティス(在位:1394年 - 1399年):再々任

モスコフスキー・ナメストニク[編集]

  • イヴァン・フセヴォロドヴィチ(在位:1399年 - 1399年)
  • ダニール・アレクサンドロヴィチ(在位:1401年 - 1407年)
  • コンスタンチン・ドミトリエヴィチ (ru)(在位:1407年 - 1408年)
  • ダニール・アレクサンドロヴィチ(在位:1408年 - 1409年):再任
  • アレクサンドル・フョードロヴィチ(ru)(在位:1410年 - 1412年)
  • コンスタンチン・ドミトリエヴィチ(在位:1412年 - 1414年):再任
  • アンドレイ・アレクサンドロヴィチ(ru)(在位:1415年 - 1417年)
  • フョードル・アレクサンドロヴィチ(ru)(在位:1417年 - 1420年)
  • アレクサンドル・フョードロヴィチ(在位:1421年 - 1424年):再任
  • フョードル・パトリケエヴィチ(ru)(在位:1424年 - 1425年)
  • ドミトリー・アレクサンドロヴィチ(ru)(在位:1428年)
  • アレクサンドル・フョードロヴィチ(在位:1429年 - 1434年) :再々任
  • ウラジーミル・ダニーロヴィチ(在位:1434年 - 1436年)
  • ボリス・ヴァシリエヴィチ(在位:1436年 - 1437年)
  • ウラジーミル・ダニーロヴィチ(在位:1437年 - 1439年)
  • アレクサンドル・イヴァノヴィチ(在位:1439年 - 1442年)
  • アレクサンドラス・チャルトリスキス(在位:1443年 - 1447年)
  • ヴァシーリー・ヴァシリエヴィチ(ru)(在位:1448年 - 1455年)
  • アレクサンドラス・チャルトリスキス(在位:1456年 - 1460年):再任
  • ユーリー・ヴァシリエヴィチ(在位:1460年)
  • イヴァン・ヴァシリエヴィチ(ru)(在位:1460年 - 1461年)
  • ウラジーミル・アンドレエヴィチ(ru)(在位:1461年 - 1462年)
  • イヴァン・アレクアンドロヴィチ(ru)(在位:1463年 - 1466年)
  • フョードル・ユーリエヴィチ(ru)(在位:1467年 - 1472年)
  • ヤロスラフ・ヴァシリエヴィチ(ru)(在位:1473年 - 1477年)
  • ヴァシーリー・ヴァシリエヴィチ(ru)(在位:]1478年 - 1482年)
  • ヤロスラフ・ヴァシリエヴィチ(ru)(在位:1482年 - 1487年)
  • セミョーン・ロマノヴィチ(ru)(在位:1488年 - 1491年)
  • ヴァシーリー・フョードロヴィチ(在位:1491年 - 1496年)
  • アレクサンドル・ウラジミロヴィチ(ru)(在位:1496年 - 1501年)
  • イヴァン・イヴァノヴィチ(在位:1501年 - 1503年)
  • ドミトリー・ウラジミロヴィチ(ru)(在位:1503年 - 1507年)
  • ピョートル・ドミトリエヴィチ(ru)(在位:1507年 - 1509年)
  • イヴァン・ミハイロヴィチ(ru)(在位:1509年 - 1510年)
  • グリゴリー・フョードロヴィチ、イヴァン・アンドレエヴィチ(ru)(在位:1510年 - 1511年)
  • ピョートル・ヴァシリエヴィチ、セミョーン・フョードロヴィチ(ru)(在位:1511年 - 1513年)

出典[編集]

  1. ^ Е. А. Болховитинов «Исторія княжества псковскаго. Часть IV»- Кіевъ.: «Въ Типографіи Кіево-Печорской Лавры», 1831 — (стр.4)
  2. ^ Румянцевский музей, Именной указатель XIII-XIV веков

参考文献[編集]