ヘレーネ・ヴァイゲル
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ヘレーネ・ヴァイゲル Helene Weigel | |
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![]() ブレヒトの『母』を演じるヴァイゲル(1967年) | |
生年月日 | 1900年5月12日 |
没年月日 | 1971年5月7日(70歳没) |
出生地 |
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死没地 | ベルリン |
国籍 |
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配偶者 | ベルトルト・ブレヒト |
ヘレーネ・ヴァイゲルは、オーストリア出身のドイツ(東ドイツ)の女優であり、劇作家ベルトルト・ブレヒトの妻として知られている。
生涯
[編集]ヘレーネ・ヴァイゲルは1900年5月12日、オーストリアのウィーンに生まれた。父親はユダヤ人弁護士であった。1919年にフランクフルトで舞台デビューを果たし、1923年にはベルリン国立劇場でベルトルト・ブレヒトと出会った。彼女はブレヒトの作品に多数出演し、彼の演劇活動の重要な協力者となった。
亡命と帰還
[編集]1933年のナチス政権樹立と同時に、ヴァイゲルとブレヒト夫妻はドイツからの亡命を余儀なくされた。彼らはチェコスロバキア(プラハ)、オーストリア(ウィーン)、スイス(チューリッヒ)、デンマーク、スウェーデン、フィンランド、そしてアメリカ合衆国などを転々とする苦難の亡命生活を送った。第二次世界大戦終結後の1948年にスイスへと落ち着き、翌1949年には東ベルリンへ帰還した。
ベルリーナー・アンサンブルの創立と功績
[編集]東ベルリン帰還後、ヴァイゲルはブレヒトと共に劇団ベルリーナー・アンサンブルを創立した。彼女はこの劇団の中心的女優として活躍し、ブレヒトが提唱した叙事詩演劇の確立に大きく貢献した。ブレヒトの死後、1956年からは1971年に自身が亡くなるまで、劇団の運営を率いた。
代表的な舞台作品
[編集]ヴァイゲルの代表的な舞台出演作には、ブレヒトの戯曲である『母』(1932年初演)、『肝っ玉おっ母とその子供たち』(1949年初演)などがある。特に『肝っ玉おっ母とその子供たち』における主人公アンナ・フィアリング役の演技は高く評価され、彼女の当たり役となった。
ヘレーネ・ヴァイゲルは1971年5月7日に死去した。
参考文献
[編集]- 聖母と娼婦を超えて: ブレヒトと女たちの共生 | 谷川 道子
- ロラン・バルトと演劇 - 京都大学 大学院文学研究科・文学部
- 映画『さよなら、ベルリン またはファビアンの選択について』全世界に「希望」を与えるには
- ペーター・コンヴィチュニー特別講演会 「ワーグナー演出を語る」
- ブレヒトと、彼を巡る多くの女性たちとの愛と性の真実・・・【情熱の本箱(345)】