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プンツォク・ワンギャル

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
プンツォク・ワンギャル
Phuntsok Wangyal Goranangpa
ཕུན་ཚོགས་དབང་རྒྱལ་
葛然朗巴·平措汪杰
チベット共産党指導者
任期
1943–1949
前任者役職創設
後任者役職廃止
個人情報
生誕 (1922-01-02) 1922年1月2日
カム地方バタン, チベット
死没2014年3月30日(2014-03-30)(92歳没)
北京, 中華人民共和国
国籍中華人民共和国
政党

プンツォク・ワンギャルチベット語: ཕུན་ཚོགས་དབང་རྒྱལ།, ワイリー方式: phun tshogs dbang rgyal, 蔵文拼音: pun tsok wang gyel, 1922年1月2日 - 2014年3月30日)は、チベットの革命家、政治家。中国語表記では平措汪傑、あるいは平措旺傑。通称、平汪(プンワン)。

生涯

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1922年、チベット東部カム地方バタンに生まれた。当時バタンは中国国民党の軍閥である劉文輝が支配しており、劉文輝に蜂起したチベット人の民兵を国民党軍が残虐に処刑したことから国民党支配への反感を持つようになった[1]

中央政治学校蒙藏学校に在学中、長征1934年 - 1936年)中にカム地方を通過した中国共産党の影響を受け、1939年に少数の友人とともに秘密裏にチベット共産党英語版を設立した[2]

1942年からチベット貴族支配下にあるラサで国民党に対抗するゲリラ運動を組織し、カムでの軍事的影響力を拡大した。チベットに滞在した日本人、木村肥佐生の著書にも登場し、木村とは親しく交流していた。木村は日本の明治維新を革命モデルとしてチベットに適用するアイディアを彼に提案し、彼は大日本帝国憲法をモデルにチベットの新憲法の草案を練っていたという。1949年には保守派の僧侶と貴族によってインドへ追放され、帰国後は国共内戦に参加し、チベット共産党を中国共産党に合併してチベット独立運動の路線を放棄した[3]

1954年から1955年にかけて北京毛沢東と会談するダライ・ラマ14世の通訳を務め[4][5]共産主義に関心を示した当時のダライ・ラマ14世にマルクス主義の理論を教えたとされる[6]

文化大革命1966年 - 1977年)では、チベット民族主義者として弾圧を受け、約20年にわたって投獄された[注釈 1]

文化大革命の終焉ののち政治の表舞台へ復帰し、全国人民代表大会常務委員、中央民族委員会副主任などのポストを歴任した。

思想

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結果からみれば彼はチベット共産化を手助けした人物ということになるが、彼が求めていたのはチベットの近代化と政治の革新であり、中国化の推進が目的ではなかったとされる。彼が若かった頃のカム地方がチベット政府の専制に苦しんでいたことも、彼の思想や政治的活動と無縁ではなかったと考えられる。チベット民族の立場からは、裏切り者との評価のある反面、民族愛の人であったとする評価もある。また、大チベット構想を打ち立てていた[8]

晩年の彼の主張は、中国からの独立ではなく、高度な地方自治を求めるものであった。2004年以降、当時の中国の最高指導者である胡錦涛に対しては公開書簡でダライ・ラマ14世との和解を訴え続けてチベット亡命政府が「東洋のバチカン」になる可能性も指摘していた[9]

脚注

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注釈

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  1. 中国共産党がプンツォク・ワンギャルを逮捕したのはウラジーミル・レーニン民族自決に関する著作を配布した罪およびその他の罪状からであった[7]。中共は、少数民族の自決権というボリシェヴィキ綱領を取り入れたはずだったが、実際には、中共の認めた「自治」とは「政治的自治」を意味するのではなく、単に行政トップが少数民族出身というだけの「行政的自治」にすぎなかった[7]

出典

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  1. Goldstein, Melvyn C. (2004). A Tibetan Revolutionary: The political life and times of Bapa Phüntso Wangye. Berkeley, CA: University of California Press. ISBN 9780520249929. 7-14頁
  2. Melvin C.Goldstein, Dawei Sherap, William R. Siebenschuh, A Tibetan Revolutionary: The Political Life and Times of Bapa Phüntso Wangye, University of California PressISBN 978-0-520-24992-9 2006 pp.32,123
  3. The prisoner by Tsering Shakya
  4. Goldstein et al.2006 pp.140–153.
  5. Jonathan Mirsky, Destroying the Dharma, Times Literary Supplement, 2 December 2004 p.45-47,p.46
  6. Dalai Lama (2014年3月30日). Condolence Message from His Holiness the Dalai Lama at the Passing Away of Baba Phuntsog Wangyal”. 2014年4月8日時点のオリジナルよりアーカイブ。2014年5月3日閲覧。
  7. 1 2 區龍宇 (2022年4月6日). 習総書記! プーチンに部隊の撤退を要求せよ”. かけはし. 新時代社. 2022年9月26日閲覧。
  8. 阿部(2006)
  9. 写给胡锦涛的信,2004年 Archived 2008-03-21 at the Wayback Machine.谈话后的信,2005年 Archived 2007-11-04 at the Wayback Machine.资深藏族学者平汪据报上书胡锦涛 アーカイブ 2018年10月3日 - ウェイバックマシン平措汪杰:谈彻底解决西藏问题的必要性 Archived 2008-02-08 at the Wayback Machine.

参考文献

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  • ワンギェル『チベット人哲学者の思索と弁証法 月には液体の水が存在する』チュイデンブン訳、明石書店、2012年。著作の訳書
  • 阿部治平『もうひとつのチベット現代史 プンツォク=ワンギェルの夢と革命の生涯』明石書店、2006年4月。ISBN 978-4750323176 
仮タイトルは『大チベットを夢見たカムパ―プンツォク=ワンギェルの伝記』だった。カムパとは、チベット東部(四川省西部~チベット自治区東部)出身者に対する、チベット語の呼称。
  • ワンギャルの伝記は、アメリカ人チベット学者 Melvin C. Goldstein, Dawei Sherap, William R. Siebenschuh の三人による "A Tibetan Revolutionary; the political life and times of Bapa Phuntso Wangye" ; University of California Press がある。

関連項目 

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