バヤコア

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
Jump to navigation Jump to search
バヤコア
品種 サラブレッド
性別
毛色 鹿毛
生誕 1984年
死没 1997年6月14日
コンサルタンツビッド
アルセア
母の父 グッドマナーズ
生国 アルゼンチンの旗 アルゼンチン
生産 ハラス・プリンシパル
馬主 ホワイタム夫妻
調教師 O・L・フィナレッティ(アルゼンチン
→ジョージ・マチャド(アメリカ
→ロン・マッカナリー(アメリカ)
競走成績
生涯成績 39戦21勝
獲得賞金 285万6414ドル(ドル換算)
テンプレートを表示

バヤコア (Bayakoa) はアルゼンチン生まれの競走馬。アルゼンチンとアメリカ合衆国調教を受け、1989年1990年ブリーダーズカップ・ディスタフを連覇した。

略歴[編集]

アルゼンチンで1987年にデビュー。パレルモ大賞典の優勝を含む8戦3勝のあと、1988年にアメリカ合衆国へ移籍した。同年は1勝どまりだったが、1989年にはブリーダーズカップ・ディスタフを含むG1競走7勝を挙げ、1990年にはG1競走を4勝してブリーダーズカップ・ディスタフへ駒を進めた。3歳馬のゴーフォーワンド一騎討ちになったが、最後の直線でゴーフォーワンドが故障発生し転倒するのを尻目に6馬身4分の3差で圧勝した。1991年は3戦0勝で引退。1989年と1990年にはエクリプス賞最優秀古馬牝馬を受賞した。

引退後はアメリカ合衆国で繁殖牝馬となったが4頭の産駒を残し1997年蹄葉炎で死亡した。

1998年にはアメリカ競馬殿堂入りを果たした。競馬雑誌「ブラッド・ホース」による20世紀のアメリカ名馬100選では95位。

おもな勝利[編集]

  • 1987年:パレルモ大賞典(アルゼンチンG1
  • 1989年:サンタマルガリータ招待ハンデキャップ(アメリカG1)、アップルブロッサムハンデキャップ(アメリカG1)、ミレイディハンデキャップ(アメリカG1)、ヴァニティハンデキャップ(アメリカG1)、ラフィアンハンデキャップ(アメリカG1)、スピンスターステークス(アメリカG1)、ブリーダーズカップ・ディスタフ(アメリカG1)
  • 1990年:サンタマリアハンデキャップ(アメリカG1)、サンタマルガリータハンデキャップ(アメリカG1)、ミレイディハンデキャップ(アメリカG1)、スピンスターステークス(アメリカG1)、ブリーダーズカップ・ディスタフ(アメリカG1)

血統表[編集]

孫のフォートラーンドは2012年のブリーダーズカップ・クラシックに優勝している。

バヤコア血統ボールドルーラー系 / Nasrullah 4×4×4 = 18.75% (血統表の出典)
父系

Consultants Bid
鹿毛 1977 アメリカ
父の父
Bold Bidder
1962 鹿毛 アメリカ
Bold Ruler Nasrullah
Miss Disco
High Bid To Market
Stepping Stone
父の母
Fleet Judy
1963 鹿毛 アメリカ
Fleet Nasrullah Nasrullah
Happy Go Fleet
Solid Miss Solidarity
Henpecker

Arlucea
1974 鹿毛 アルゼンチン
Good Menners
1966 鹿毛 アメリカ
Nashua Nasrullah
Segula
Fun House The Doge
Recess
母の母
Izarra
1964 栗毛 アルゼンチン
Right of Way Honeyway
Magnificent
Azpeitia Corindon
Bidasoa F-No. 9
母系(F-No.)
5代内の近親交配
出典

外部リンク[編集]