バグダード・ハトゥン

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バグダード・ハトゥン(? - 1335年)は、イルハン朝の第9代君主であるアブー・サイードの妃。

生涯[編集]

イルハン朝のオルジェイトゥ時代からアミールとして仕えた総司令官のチョバンの娘で、最初はアミールのタージュ・ウッディーン・ハサン・ブズルグ(大シャイフ・ハサン)に嫁いだ。ところがサイードの目に止まり、横恋慕される。彼女はサイードの妻になることを嫌い、父のチョバンも消極的で2人の仲を引き裂こうとした。だが、後見人・総司令官として権勢を誇るチョバンを憎悪していたサイードは、この結婚問題もからんで遂に1326年にはチョバンとその一族を討伐した。チョバン一族はヘラートカイロに逃れたが、全て誅殺された。そして彼女もほとんど強引にサイードの妃とされたのである。

1335年にサイードは急死したが、これは彼女による毒殺とされている。イブン・バットゥータ三大陸周遊記では毒殺の理由を結婚問題で父と兄弟一族を殺戮したこと、年をとるにつれてサイードの寵愛が薄れて姪に当たるディルシャド・ハトゥンフランス語版英語版ペルシア語: دلشاد خاتونDelshad Khatun)が寵愛され始めたことに対する将来不安説などが記されている。また、毒殺を示す傍証として、サイードの死後にアミールの1人であるギリシャ人の宦官がバグダード・ハトゥンが主君を毒殺したとして、彼女が浴室にいた際に捕縛して鉾で殴り殺したという記録もある。

参考文献[編集]