ノート:薬膳/旧版

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この編集で追加された文章[1]の内、この語の初出、当時の意味、現在の意味での用法の始まり、その後の展開などについては、以下のページ[2]にある同一内容を扱った文章と事実の取捨選択、配列、表現などがによく似ています。Tomos 2004年7月21日 (水) 09:56 (UTC)[返信]


この問題については「薬食同源」[3]のページに私が書いた「医食同源」も、併せて参照していただきたいと思います。

まず「薬膳」について私が書いたことを引用します。

「薬膳」という言葉は、『三国志』に一世紀半ほど遅れた元嘉七年(430)頃成立した范曄の著作『後漢書』、巻八十四「列女伝」第七十四「程文矩妻」の一節に初出する。しかし、それは「煎薬を配膳する」という意味でしかなかった。
1982年、北京中医薬大学の翁維健教授が『薬膳食譜集錦』(人民衛生出版社)を刊行。これが今日いわれる「薬膳」の初出である。

1.この字体は、真柳誠氏が書いた外部サイト[4]にはないものです。


『薬膳食譜集錦』の出版を機に、「薬膳」と称してむやみに料理に証約を加え、その効能をうたう風潮が生じた。困惑した翁維健氏は伝統的食餌療法を「中医栄養学」、保健食を「効能食品」と呼び分けるよう提唱しているという。

2.上に書いたところは、両者よく似ています。

なお、日本では富山医科薬科大学名誉教授の難波恒雄氏が1985年頃から、富山で「健康薬膳友の会」(現在は薬膳食文化研究会)を組織し、薬膳の普及に努めた。
今日いわれる「薬膳」は、1980年代の初め頃に現れたといっていいだろう。

3.真柳氏は、難波恒雄氏については書いていません。

4.真柳氏は「食医」について、次のように書いています。

『周礼』天官に定める四種の医師の筆頭の食医

5.私は「医食同源」のページでは、『周禮』(周礼)の醫師について、次のように書いています。

醫師(医師)は上士二人、下士四人、府二人、史二人、徒二十人。 食醫(食医)は、中士二人。 疾醫(内科医)は、中士八人。 瘍醫(外科医)は、下士八人。 獸醫(獣医)は、下士四人。
これらの筆頭は「醫師」で、その下の「食醫」は食餌療法専門医。皇帝の食事の調理には、陰陽五行説に従って五味を重視していた。

さあ、いかがでしょうか。

6.真柳誠氏は、当該外部サイトに「医食同源」という造語についても書いています。これは、私がWikipediaの「薬食同源」のページ、「医食同源」の項に書いたものとほぼ同じ内容ですが、真柳誠氏は、当事者の一人に取材して、私の知らなかったことを追記しています。

『医食同源』(藤井建著/東京スポーツ新聞社)の編集者・川北氏が、「医食同源」の語彙を蔡氏(日本名・藤井建)の書に転用したことが分かったというもので、(2002, 10, 5追記)とあります。

私は「中国の語法からいえば、やはり『薬食同源』である。それをあえて『医食同源』と書くことは、蔡氏の場合は考えられない」と書いています。

7.私は「医食同源」が国語辞典に中国の古語のように説明されていることを問題にしていますが、真柳誠氏は一切それにはふれていません。

広辞苑には第四版から「医食同源」が載っています。


Tomosさんが懸念されたように、もし私が真柳誠氏が書いたものをみて「薬膳」や「医食同源」を書いたとしたならば、これだけの違いがでてくるでしょうか。また「医食同源」の造語を作った者について、上のような推測を書くこともなかったでしょう。百楽天 2004年7月22日 (木) 17:42 (UTC)[返信]

詳細なお返事、どうもありがとうございます。
日本での普及については外部ページで触れられていないこと、字体など表記面で違いがあること、はその通りだと思います。仮に外部ページに依拠して文章が作成され、投稿されたものだとしても、百楽天さんの独自の知識なり調査によって、情報が追加されていたり、表現や表記が変更されていたり、ということはあると感じます。また、百楽天さんは他の件に関してもしばしばそのような視点の独自性などを強調されているようにも思いますし、特にコメントされていない件も含め、これまで調べた中から、そのような感想を僕は持ちました。
ただ、他人の文章Aを利用して別の文章Bを作成する際には、元になる文章Aの事実の取捨選択や配列、表現などに創作性があれば、それが文章Bから依然として感じ取れるようであれば、それは著作権侵害ということになるようです。そこで、視点の独自性とは別に、類似点があるかどうか、またそれらの類似が偶然の一致など著作権とは関係のないものであるか、というところが気になります。
この件については、実際、偶然とは考えにくいような一致が、表現の上でも、それから叙述内容の取捨選択の上でもあるように思いました。少し具体的に挙げてみますね。
  1. 薬膳が古くからある語ではないこと。
  2. 古くは後漢書にあること。だが、それは現代の意味とは異なっていること。
  3. 現代の意味での用法は薬膳食譜集錦に始まること。
  4. それが生薬を用いた健康的な料理として広まったこと。
  5. 薬膳食譜集錦の作者はこれを必ずしも快く思わず、異なる語法を提案したこと。
以上5点は共通していて、特に2-5については、文章表現がよく似ていることから、ちょっと偶然とは考えにくいように思いました。いかがでしょうか? Tomos 2004年7月23日 (金) 17:20 (UTC)[返信]

ソースについては公にできないところもありますので、あとでTomosさんにメールします。これから出かけるので。百楽天 2004年7月24日 (土) 10:53 (UTC)[返信]

議論を拝見していましたが、公に出来ない情報源を元に執筆されているのであれば、百楽天さんの記事を加筆修正する他の方が困ってしまいますし、Tomosさんにしか明らかにできないというのはおかしいと思いますが…?なにかよほど特殊な事情があるのでしょうか。--Gleam 2004年7月24日 (土) 11:11 (UTC)[返信]

まだこのことについてはTomosさんにはメールしていませんが、これに限らず情報源を公にできないことは多々あります。たとえば自分の説として残しておきたいものがあったとして、それが署名記事であるならば、出典や具体的な根拠を書いても著作権が保護してくれます。しかしそうでない場合、誰かがそれを見て本に書いてしまったら、もはや自説としては通じなくなってしまう可能性もあります。また、そもそもの情報源が内部告発の類であった場合は、それを記事にするには十分な裏取り調査が必要です。つまり、一次情報だけではないので、記事の検証や修正に支障はないはずです。もし告発者の名を出さずとも、推測できるようなことを書けば、告発者だけではなく、多くの人に迷惑を及ぼすこともあります。百楽天 2004年7月25日 (日) 05:03 (UTC)[返信]

横槍を入れるようですみませんが、ノート:クレイジーキャッツで同様の経験をしているので話をさせてもらいます。情報源が公表できない、一般的解釈とは違う内容は、記述しないほうが良いと思います。あなたの言う告発者が正しいことを言っているとは限りません。それに、自説として保護したいなら、Wikipediaに記述しないほうが良いでしょう。出典元を記述してもしなくてもあなたの文章が他人に見られますし、改稿もされます。第一、著作権は出典元にあります。あなたの憂慮する「誰かがそれを見て本に書いてしまったら」を、あなた自身が行っていることになるのです。Qazzx 2004年7月25日 (日) 05:43 (UTC)[返信]
ウィキペディアは百科事典ですから、他の多くのWebサイトと大きく異なる性格を持っています。情報源が公開できない性格の事項が世の中にあることと、記事の著作権に関する事項が議論で混乱していませんか?
Wikipediaにおける一般的なルールについて、Wikipedia:ウィキペディアは何でないかをご参照下さい。まず(1)独自の調査の発表の場ではありませんから、自説として残したい業績なのであれば、それは論文として発表すべきです。その上で論文がしかるべき機関で査読され、学説として定着すればウィキペディアはもちろん発見者の名前と共にその学説を取り上げるでしょう。次に(2)ウィキペディアは内部告発の場ではありません。分かりにくい言葉で訳されていますが、前出のWikipedia:ウィキペディアは何でないかでは、「法的リスクの回避所ではありません」と表現されています。出所を明らかにすることで本人に不利益の生じるような内容を、百科事典であり、かつ広範にその文章が利用されることを認めるGFDLライセンスでその文章が公開されるウィキペディアで公開すべきではありません。そしてなによりも、(3)この2つの出典が開示できない理由と、薬膳の記事とには繋がりが感じられません。何か薬膳に関する新規の学説をお持ちで、この記事にはその見解が示されているのでしょうか…?そしてなによりも私は、百楽天さんの名誉や見識を攻撃したいのではなく、Wikipediaの法的リスクを回避し、タレなど優れた記事を執筆された百楽天さんに今後もご活躍頂きたいがために、議論に参加させて頂いていることをどうかご理解下さい。--Gleam 2004年7月25日 (日) 06:38 (UTC)[返信]

Qazzxさん、Gleamさん。ご意見ありがとうございます。
私の書き方がまずかったようです。

自説ということについてですが、たとえば私がWikipedia の別のページに紹介した「ある史料に書かれてあったこと」について、同じ内容が別のサイトにも書かれていました。
両者の出典は同じですが、Wikipedia に書いたほうが後だからといって、私が著作権を侵害したなどといわれてはたまったものではありません。たまたま、別の調査をしているなかで、二つのサイトに書かれたことに関係することがでてきました。それについて私は前にも見たことがあったのですが、詳しい年号や詳細は思い出せません。そこで「ある史料に書かれてあったこと」は、書かれてあった事実を掲載するに留めました。

ノートでの議論でもそれは言えます。私からすれば決して同じではないものが、第三者からは同じように見えるようです。辻番は、google の「辻番」をキーワードとした検索ではトップにでてくるので、一番目に付きます。私が書いた記事を見て別サイトの記事の間違いが修正されたとし、その後に別サイトの記事との類似性を指摘されたらどうでしょう。

昨日、私のところに「Wikipedia を見た」といって、メールが入っていました。発信者は、いま私が問題とされている「薬膳」と「薬食同源」についての情報提供者の一人です。

「医食同源」が日本の造語と、私は書きました。同じことが他のサイトにも書かれているという指摘がありました。そのように言われても、他のサイトに書かれたことは、私の関知の外のことです。

昨日のメールは、Wikipedia に書いた記事が私のオリジナルであることを証明するものでした。

私は「医食同源」について、薬食同源に次のように書いています。

一説では、新宿クッキングアカデミー校長の新井裕久氏(医師)が昭和47年(1972)にNHKからでていた「今日の料理」9月号に「医食同源」を書いたのが初めだとされる。新井氏によれば「薬食同源」では化学薬品のように思われてしまうから「医食同源」にしたのだとか。

一方、指摘があった他サイトでは、「新井裕久」氏を「新居裕久」氏と書いています。これは私の間違いでした。正しくは「新居」です。また、両者が共通して『今日の料理』と書いていますが、正しくは『きょうの料理』とのこと。この表記は創刊からずっと同じで、昭和47年(1972)9月号は通算109になるということです。もし私が当該サイトを見て書いたのならば、このようなことがおこるはずがありません。

私の間違いは、「はじめに電話で聞いた」ことによると思います。記事にしたのはもっと後で、その間には何度となくこれは話題にしてきましたが、それでも訂正されることなく、昨日のメールでわかったのです。血液型物質では、"Karl Landsteiner/1868-1943"と付記しながらも「カール・ランドシュナイダー」と書いていました。血液型性格分類でも同様のミスをしていました。正しくは「ランドシュタイーナー」。Tomosさんの指摘がなかったら、気づかなかったことです。今回の「新井裕久」、「今日の料理」も同じように、初期に脳にプリンティングされていたために気づかなかったものと思います(今回発見された間違いについては、別筋にて再確認しています)。

話しが横道に逸れましたが、何かを調べるには、必ず「きっかけ」というものがあるはずです。先ほどは「内部告発」などという悪い例を出しましたが、「これと同じようなことを書いた外部サイトはないか」とか、読者からの質問というのもあります。告発者や質問者が誰か、ということは、調査結果には関係ないとみてよいでしょう。

私が「医食同源」は「広辞苑には、平成3年(1991)から載っている」と書いたのは、私が「医食同源」について書こうと思ってはじめて広辞苑を調べたとき(第三版)にはなかったからです。

それでは「医食同源」について書こうとしたきっかけは何か。当時の著名人の名まで出して詳述すれば納得されるかも知れない。「なんで名前を書けないのか」と思われるかも知れません。しかし、書けない事情もあるのです。

企業における内部告発をきっかけに、大きな社会問題となった。だからといって、告発者の名を書くこともないでしょう。要は、事実か事実でないか。それだけです。百楽天 2004年7月25日 (日) 09:45 (UTC)[返信]


議題を整理します[編集]

お話が拡散してしまっているようです。整理し直しましょう。
  • ここでの議題は薬膳の記事がGFDLライセンスに基づいてリリースできるか」です。それ以外の記事についてはここで取り上げるべきではありません。GFDLに基づいているかどうかは、「引用元からの『転載』ではないか」どうかが今回の課題です。
  • 百楽天さんのこの記事に関する出典のご主張は「ある明らかにできない筋から電話で聞いた話を元に独自に執筆したが、類似したWebサイトが存在する。WebサイトについてはTomosさんの指摘まで存在を関知していなかった」で間違いありませんでしょうか?誤解して頂きたくないのですが、ここで問題になっているのは著作権が完全にフリーかどうかということで、何も見てはいけないわけではないのです(むしろ複数の情報に当たって執筆することが求められていますし私は何もみないで記事を書いたことがありませんし、独自の論説を書くことはWikipediaに求められていません)。事実に著作権はありません。但し事実を編集して編纂された文章には著作権が一般に生じます。その文章上の表現が類似している場合、場合によっては著作権を侵していることになります(元の文章に独自の補足をしても、文章構造が似ていれば疑がわしくなってしまいます)。Tomosさんが指摘しているのはその点であります。
  • 今回の議題と関係のない事柄を比喩に挙げずに、記事の執筆に当たって何をどの順序で参考にされたのか、『時間軸に沿って』簡単に列挙いただけたほうが解りやすく大変ありがたく思います(百楽天さんのプライバシーを侵害する意図はありませんが、どうか重要な部分を省略しないで下さい。新しく出てくる事項があると不必要な議論の混乱を招きます)。Wikipediaを見て書き換えられた結果類似した表現になったWebサイトが例え存在しても、多くのWebサイトはArchive.orgなどに過去の情報が残されていますから、検証は可能です。Tomosさんが指摘されたサイトについては2001年から履歴が残っています(http://web.archive.org/web/*/http://www.hum.ibaraki.ac.jp/mayanagi/paper04/sinica98_10.htm)。情報元は電話の主ということですが、前回のお話に「電話」という言葉がありませんでしたので、それを無理に明かしていただく必要は今のところなさそうです。「Webサイトの表現と類似している」のが、
  • (1)全くなにも参照していない(類似は気のせいか、相手側のサイトが逆にWikipediaを見ている)
  • (2)外部のサイトから引き写された(それをベースに加筆された)
  • (3)事実を参照しただけで問題ない
のどれなのかが肝要であって、百楽天さんが全くご覧になっていない=(1)と仰られている割に、類似した表現が多いので、ご覧になったという上での、引用の程度の問題ではないのか=(3)、というのが現在明らかにすべき点でしょう。--Gleam 2004年7月25日 (日) 11:07 (UTC)[返信]

「あとでTomosさんにメールします。」と仰しゃっていますので、そのメールの内容に対する Tomosさんの見解を待ってみてはいかがでしょうか。 baffclan 2004年7月25日 (日) 11:29 (UTC)[返信]

baffclanさんが書かれたことについて。

「ある明らかにできない筋から電話で聞いた話を元に独自に執筆した」

ではありません。「医食同源」について調べてみようとしたきっかけと、それがいつ頃なのかについて説明すれば、おそらく納得されると思いますが、そのためには個人名などを明らかにしなければできない、ということです。公にする必要もないでしょう。

Tomosさんには、今メールを送りました。

上に広辞苑のことを書きましたが、ちょっと気になって広辞苑(第三版)を調べたけれど載っていなかった、というのではないのです。「なぜ広辞苑に載っていないのだろう」という「強い疑問」があったからこそ、第四版が出たときに調べてみたのですよ。

第四版が出た後で「医食同源は日本の造語だった」という情報がはいったとしても、広辞苑にも書いてあることだから、日本の造語というのが間違った情報、とふつうは思うのではないでしょうか。百楽天 2004年7月25日 (日) 12:02 (UTC)[返信]


その部分を書いたのはBaffclanさんではなく私Gleamです。誤解無きよう線を入れました。

そして(1)(2)(3)のどれなのかは、個人名を出さずともご返答いただけることを期待して箇条書きにしましたが、それすら不可能でしょうか?

議題は広辞苑ではありません。特定のWebサイトとの類似性について、123のどれが原因であるのか、それだけをまずご返答いただけませんか?--Gleam 2004年7月25日 (日) 12:08 (UTC)[返信]

Baffclanさん、Gleamさん、名前を間違えて申し訳ございません。 (1)、(2)、(3)のいずれかと問われれば、私としては(1)しか言いようがありません。

私が調査しようとしたきっかけ、それにまつわる人物などを書かなくても、国会図書館について書いたことや広辞苑の第四版がでたときに再確認したことでもわかると思いますが、私の調査はここ2~3年のことではなく、もうずっと前のことですよ。これについては、インタネット以前からのメディアに何度か書いたと思います。雑誌や新聞に掲載されたものはすべてあわせると何百ではきかないので、いつの何に書いたかを問われてもすべてについて答えることはできません。 いまgoogle で「薬食同源」を検索しましたが、薬食同源はもうトップにあります。栄養学などの専門家を含め、私の知っている人だけでも10名以上はウオッチしていると思います。そのなかには、この件について昭和の時代から話が上がっていたことを知っている人もいます。百楽天 2004年7月25日 (日) 12:35 (UTC)[返信]

もう一度誤解を解きたいのですが、「調査しようとしたきっかけ、それにまつわる人物」については私は出典と関係ありませんので伺っておりません。伺っておりますのは「出典」です。それでは2~3年前に何か職務上の理由で調査されて、雑誌や新聞にも百楽天さんが執筆されたことのある内容を、記憶に沿って今回Wikipediaに投稿されたのですか?もしその雑誌や新聞に書かれたものを今回お持ちで、それを見て引き写したのであれば、百楽天さんが原稿を過去に出版社に寄稿された際に、文章の著作権を出版社にどのような形で譲渡されたかどうかが問題になります。そのような経緯だと考えて良いのでしょうか?しかし百楽天さんがもし文筆業を営む方なのでしたら、企業にお売りになった文章を不用意にWikipediaに掲載するのはライセンス上百楽天さん自身の権利を脅かすことにもなりますし、Wikipediaにとっても無用の訴訟リスクを背負うことになります。これだけ詳細な記事をご執筆頂いているのですから、全くの記憶に基づいて執筆されているとは思えないのですが、
  • (A)個人的な資料を基に新たに書き起こして頂いているのでしょうか?
  • (B)それとも以前に執筆された文章を手元に用意されて執筆されているのでしょうか?
AであればWeb上の文章との類似が説明しにくいですので今回の類似性を指摘されたTomosさんの見解を待とうと思いますし、Bであればその出典とWikipedia上の執筆者が同一人物であり(出版社との契約上も)著作権上のリスクがないことを、執筆者自身がノートで明らかにすることが好ましいとされています(百楽天さんの個人的な希望で本名が明かされるのは好ましくない、ということでしたら議論は膠着してしまいますが、この記事についてはなんとかしなくてはなりません)。--Gleam 2004年7月25日 (日) 13:14 (UTC)[返信]

新聞・雑誌の署名記事については、特別な契約がない限り、その著作権は執筆者に帰属するものと認識しています。 出版元によっては社員に限っては別扱いにするところもありますが、そのような場合でも社外執筆者の署名記事は執筆者に著作権があるものとしています。
私がこれまで経験してきたことからいえばそうなります。間違っていたらご指摘ください。 百楽天 2004年7月25日 (日) 14:58 (UTC)[返信]

ということは、(B)=以前に百楽天さんが商業誌に執筆された文章は手元にあり、執筆にあたりその文章を引き書きされたのですか?あるのであれば、出典(出版社、年、号数、ページ数)を開示して頂けないでしょうか?Tomosさんや私たちがそれを拝見して無駄な議論を省くことができますし、なによりWikipedia自身の法的リスクの回避に役立ちます。しかしそれ以前に、今回の場合はWebサイトとの類似性が取りざたされているのですから、百楽天さんのご回答が(B)なら、百楽天さんの文章がWebサイトよりずっと前に書かれていたことを確認できて、その上でその文章の初出がGFDLライセンスと衝突を起こさなければ良いと言うことになります。(ただ著作権が筆者の手元に残っていても、初出が商業誌であれば文章の公衆送信権が出版社に移っていることが普通でしょうから、GFDLでその文章が公開できるのは出版社が特に認めた非常に限られたケースのように思われます)。--Gleam 2004年7月25日 (日) 15:30 (UTC)[返信]
百楽天さん。今までの話を拝見しましたが、今後は、過去の自分の作品と同じ題材について記述する場合でも、記事は新たに書き下ろして頂けませんか。文筆業を生業をしている方でしたらそれ位はた易いでしょうし、基本だと思います。(例えば、数年前に書いた記事と同じ題材のエッセイを他社から依頼されたとき、過去の作品から写したりはしませんよね。)そうすれば、このような問題が繰り返されることは無いと思います。Qazzx 2004年7月25日 (日) 17:12 (UTC)[返信]

メールを頂いたこと、確認しました。その内容をこの場に持ち込んではまずいということだと、ちょっとそれをどうしたものか咄嗟に判断がつきかねる部分もあるのですが。。

とりあえず既に出ている論点について書ける事を書いてみます。Gleamさんが既に書かれていることとかなり重複がありますが。

まず、調査の経緯ですが、百楽天さんのお返事の主な点は、百楽天さんは外部サイトなどよりもずっと以前にこの問題について文章を書いている、というところにあるということでよろしいでしょうか。そうだとすると、Gleamさんの書かれたように、その記事の出版に際してどのような契約があったかがひとつ気になるところですね。もしも今回の投稿はその記事とは関係がない、ということであれば、逆に、外部サイトとの一致が説明しがたい、ということになってしまうように思います。

百楽天さんがその以前の文章を今回の投稿に利用された場合、幾通りかの問題が考えられます。

  • 出版社との明示契約(書面であれ、それ以外であれ)があったか、または、著作権が譲渡されたと考える特段の事情などがあるので、著作権は出版社に帰属している。そこで、この記事はその出版社の著作権を侵害してしまっている可能性がある。
  • 出版社との明示契約などがなく、特に他の理由もないことから、著作権は百楽天さんが保持している。
    • 出版社側が出版権を有していて、それがウェブ上での公開の権利にも及ぶのでまずい。
    • 出版社側が出版権を有していて、それがウェブ上での公開の権利には及ばないとしても、百楽天さんはこの記事をGFDLでリリースしていて、そのライセンス(GFDL)の内容によれば第三者がこの記事を商業出版することも自由だということになっている。そこで、それは百楽天さんが出版社に与えた出版権と矛盾してしまうのでまずい。

出版権や出版に際する著作権の譲渡をめぐっては結構法的なトラブルが発生していて判例が出ているように思うので、判例を見るともう少しあれこれわかるかも知れません。調べてみようと思います。

Tomos 2004年7月25日 (日) 22:11 (UTC)[返信]

とりあえず著作権法の条文を読んでみましたが、出版権については、特に定めがなければ3年で消滅する、とありますね。(83条2項 http://www.bunka.go.jp/8/6/chosaku/chosaku-3.html )だとすると、ずっと以前に出版された百楽天さんの文章についても、既に出版社側が何の権利も有していないという可能性もありそうです。Tomos 2004年7月25日 (日) 22:28 (UTC)[返信]

くりかえしますが、新聞・雑誌の署名記事については、特別な契約がない限り、その著作権は執筆者に帰属するものと認識しています。

あと、「薬膳」について調べた経緯や時期などは、とくに人名をだすまでもなく書けます。その他、指摘されたサイトの記述で気付いたことがあります。時間がないので、今夜にでも。百楽天 2004年7月25日 (日) 22:48 (UTC)[返信]

Tomosさんが問題にされているのは「著作権」ではなく、その中の「出版権」や「公衆送信権」です。これは文章の売買によって執筆者の手を離れるという話です。また、伺いたいのは「出典」であり、「調べた経緯」ではありませんし、明らかにできないと仰っていたのではなかったのですか?お話が混乱していて正直よく分かりません。--Gleam 2004年7月26日 (月) 00:07 (UTC)[返信]

Gleamさんの指摘とも重なりますが、一口に、「著作権」と言いましても、複数の概念を含んでいます。著作権Wikipedia:著作権をお読みになった上で、出版社の持っている著作権関連の権利とGFDLとの整合をご確認ください。この観点で問題ないのであれば、問題ない旨お答え頂ければと思います。 Kozawa 2004年7月26日 (月) 07:19 (UTC)[返信]

著作権と出版権[編集]

私の経験からいうと、新聞や雑誌に寄稿するときには、ほとんど契約書はなしです。何の約束もしないまま原稿を渡して、雑誌に掲載されたけれど、一銭の原稿料も貰えなかった、という人がいたので、私は原稿料のことだけは確認します。

さて、繰り返しますが、「新聞・雑誌の署名記事については、特別な契約がない限り、その著作権は執筆者に帰属するものと認識しています」。で、出版権というのは、そもそもは著作者にあるものです。

新聞や雑誌に寄稿、連載する場合は、ふつう「原稿料」として報酬を得るのですが、これは著作権法第63条による「著作物利用の許諾」にあたります。これによって出版権が出版社に移転することはありません。

まれに、執筆者が自ら持つ著作権を出版社に譲渡し、著作権の移転によって出版されることがあります。この場合の報酬は、「著作権の対価」ということになるのです(著作権法第61条)。

契約書も、口約束さえない場合。あるいは契約書があっても著作権の譲渡についての記載がない場合、受け取る報酬が常識的な原稿料の枠内であれば、「著作物利用の許諾」ということになります。

たとえば、Wikipedia に私が度々参考文献としてあげている「TOWN-NET」誌に連載されたもので、3年を待たずに他出版社から一冊の本として出たものはたくさんあります。その出版の話があって原稿を編集者に渡す際には、できるだけ「著作者」は出版社に「出版権の設定」を含めた契約をするようにします。この契約によって、出版社が一方的に企画をボツにはできなくなってくるのです。詳しいことは著作権法にあります。

ところでGleamさんのいう出典というのは?

執筆活動などしていると、ウソかホントかは別として、いろいろな情報が入ってきます。
忠臣蔵にまつわる話は後世の作り事が多く、どんなに偉い肩書きの人が書いた本でも、古文書に書いてあるといっても、それをすぐ採用するわけにはいきません。「医食同源」や「薬膳」にしてもそうです。
で、その傍証となるものを探したりする訳です。広辞苑で調べたり国会図書館で閲覧カードをみたり。『医食同源中国三千年の健康秘法』という本がでている。著者名は藤井建。
「聞いたことないなあ」
ということで、医師のなかでも中医学に詳しい人に訊くと、「本名は蔡一藩だよ」。
で、「蔡一藩」の名で調べると、数多くの著書があることがわかる。
仮に私があのホームページを見たとしても「蔡さん」だけではわからない。

後漢書の「薬膳」もそうです。

所生 或謂母曰 四子不幸甚矣 何不別居遠之 對曰吾方意義相導 使其自遷善也 及前妻長子興遇疾困篤 母惻隠自然 親調薬膳 恩篤密 興疾久乃 ~

いちおう、ここまでの確認はしています。

「今日の料理」は誤りで「きょうの料理」が正しい。通算何号など。その道に通じた人はいるのです。

おかけで、今回、いろいろな情報が入ってきました。

茨城大学の真柳誠先生、ものすごくおもしろい人だそうです。

私は「医食同源」を調べたのち、かなり経ってから「薬膳」を調べましたが、そのきっかけとなったのは、友人の夫人が「薬膳」の講習を受けてきた、ときいたことによります。しばらくして彼女は「薬膳薬局」をオープンしました。

この薬膳薬局。どろんこ美容などで知られる山野愛子さんの関連企業(次男の経営だったかな)がチェーン化を展開していたものです。家の事情で3年ほどで友人の夫人がやってた薬膳薬局は閉店しました。

 山野愛子の薬膳薬局はどうしたんだろう?

Google で検索しても、まったくヒットしない・・・。

やっとひとつ。ある女性の経歴のなかに「山野愛子日本薬膳薬局」というのがありました。百楽天 2004年7月26日 (月) 14:14 (UTC)[返信]

あ、そうそう。ひとつ大事なこと。
「著作権を侵害している」という前提で追及されることは、どうも気分がよくない。
「著作権法も知らないくせに、いいかげんに白状しろ!」とやられているようです。

「他のサイトと類似したところがあったので、著作権上のトラブルを回避するために書き直してはどうでしょうか」

こういうことならば、「もうすこし推敲して書き直そう」という気にもなってくるし、長い時間をかけて議論することもないでしょう。

いかがでしょうか。百楽天 2004年7月26日 (月) 14:14 (UTC)[返信]


記事の著作権との整合性に問題があると決めてかかっているように感じられるとのこと、私の文章表現の不行き届きでご不快な思いをさせてしまい大変申し訳ありません。この議論が百楽天さんにとって快いものではないことも、ごもっともです。ただ、Wikipediaの採用するGFDLの要求は極めて高いもので、整合性を守るために、記事について確認をお願いしたいだけなのです。百楽天さんがこの分野に精通されていること、よく解っております。

私が「きっかけでなく出典」と申し上げているのは、この記事を執筆されるに当たって、

  • (a)記憶のみに基づいて書かれたのか、
  • (b)過去の百楽天さんの商業誌執筆記事をもとに引き書きされたのか、
  • (c)別の文献を元に執筆されたのか、

という点です。この点についてご回答を頂けないでしょうか。問題はWebサイトとの類似が、なぜ起こったのかということ、それだけなのです。

お気づきのことと思いますが、Wikipediaは過去のすべての版を保管しますので、その中にGFDL(商用転用を含めた利用を認めるライセンス)と衝突する文章が残っていれば、最新版の記事に著作権上問題が無くとも、残念なのですが記事の履歴を含めすべてを削除することになっております。現時点の文章に推敲をして頂く前に、まず記事のライセンスを確認させて頂きたいのです。そしてこのような問題を避けるために、例えご自分の執筆された文章でも、初出が別の場所であれば、全く新規に文章を書き下ろすことがもっとも良い記事の執筆方法です。

私の言葉にご不快な思いをされる点がありましたら深くお詫び申し上げます。どうか今暫く、おつきあいを頂ければ幸甚に存じます。 --Gleam 2004年7月26日 (月) 16:28 (UTC)[返信]

私自身、いちばん気になっているのは、下の部分です。

『薬膳食譜集錦』の出版を機に、「薬膳」と称してむやみに料理に証約を加え、その効能をうたう風潮が生じた。困惑した翁維健氏は伝統的食餌療法を「中医栄養学」、保健食を「効能食品」と呼び分けるよう提唱しているという。

真柳誠先生の論文に重なるところで、真柳先生が『しにか』に掲載されたのは1998年10月。私が「薬膳」についてはじめに書いたのは、たぶん松戸市民新聞[5](←の下のほうに今年3月の廃刊報告)だったと思うのですが、1994年頃。「医食同源」(柏市民タイムス)はそれよりも、10年ほど前に書きました。いずれも地方紙のコラム記事で、原稿用紙で2~3枚。ネタはその何倍もあります(ボツも含む)。ネタさえあればいつでも書けるし、すでに現物はないので、上記文章のうちどれだけ原稿に書いたかさえわからないといったのが本音です。

ただ言えることは、真柳論文はみたことがなかった、ということです。もし見ていれば「2002, 10, 5追記」という部分は見落とすはずはない。一昨日、ブレンの一人から指摘のあった「新居」を「新井」と間違えることもなかったはずです。両者とも「きょうの料理」を「今日の料理」と書いているから、これについては真柳先生も私も、最初に入ってきた情報は耳からだったと思われます。

「医食同源」についていえば、真柳先生は国会図書館のデータベースで検索して『医食同源中国三千年の健康秘法』(藤井健)を見つけたようです。私は、データベースが導入される前、閲覧カードでした。これはとってつけたものではありません。「医食同源」を調べる気になったのはTomos さんにメールしましたが、20年ほど前の私の友人に関することからでした。

仮に、上に書いた『薬膳食譜集錦』のことがなくても、「内容が似ている」「同じような単語がでてくる」などの理由で、私の書いたものは転載とみなされていたでしょう。

じっさい、こんなこともあるのです。私のサイトに書いたことと同じことが、別のサイトにも書かれていたと、掲示板に書き込みがありました。で、そこのサイトにいってみたらそっくり。そのサイトは、私よりも半年ほど早く立ち上げていたので、私がそこに書いてあることを真似たように思われたようです。そこでそのサイトの掲示板に、文中にある語の読みと出典を教えてくれ、という内容の書き込みをしました。結論からいえば、私の書いたことをデッドコピーしていたのです。

「医食同源」について、藤井氏と新居氏、どちらが先に言い出したのか。藤井氏の本は12月の刊行。新居氏の記事が載った雑誌は9月号。それだけで、新居氏が先に「医食同源」を言いだしたとはいえない。真柳先生は、当事者に取材しました。私は「中国の語法からいえば」を理由に、藤井(蔡)氏が最初だったとは考えられない、としたのです。もうひとつ。なぜ新居氏が「医食同源」としたのかについて、「新居氏の記憶違い」という説があったことを、私は紹介しています。医学用語には、これに類した話がいくつかあるからです。栄養学でいう「食物繊維」を、医学用語では「線維」と書きます。これは「神経線維」の影響もあるでしょうが、一説では糖尿病学会の偉い先生が「食物線維」と書いたのが始まりともいわれています。

いずれにせよ、今回のことについては、真柳先生にしても「文献」だけで書いているのではないようです。「どこかに書かれたことの語順を変えて」というような、テクニックではどうしようもないところがあります。

赤川次郎氏のような改行の多い文や、西村京太郎氏が書くような読点のたくさんある文を好む人は、おそらく書を読むのになれていないため、短く区切らなければ読めない。一方で、細切れの文章はまどろっこしいという人もいます。精通している分野の本ならば、見ただけで何行かは頭に入ってくる。そうしたことから、別の資料のフレーズをそのまま記憶してしまうこともあります。

正直いって、今回のようなケースは自分自身よくわからない。第3の資料があったのかも知れません。栄養士では、3者比較で、3者ともほとんど同じ記述がありました。私が書いたものを除いても、残り2者のいずれかが著作権を侵害しているということになってきます。

いずれにせよ、今回の件についてはネタはあるのだから、内容は同じでも前と違う文章はかけます。

ただ申し訳ないのは、「薬膳」については、赤鉛筆さんが先行して書かれていことまで削除されてしまうことです。

著作権と出版権について上に書きましたが、私が書いたことに間違いがあればご指摘ください。百楽天 2004年7月26日 (月) 19:12 (UTC)[返信]


それでは(a)(b)(c)の中では、今回の事情は(a)である、ということで間違いありませんか?1994年ごろの松戸市民新聞に掲載するために調査した内容を記憶を元に書いたが、その松戸市民新聞に掲載された内容を元に類似したWebサイトは作成されたのではないか、ということでしょうか?--Gleam 2004年7月27日 (火) 02:08 (UTC)[返信]

記憶だけでは書けません。年号や人名・書名、『後漢書』の巻八十四「列女伝」第七十四「程文矩妻」に書かれていることも含めて、すべて記憶している人などいないでしょう。他のサイトに書かれていることをコピーできるというのはここ数年のことで、昔はありえないことです。重要なことはメモにとってある。そのメモのなかに、今になってはもうわからない第三の資料に書かれていたことが紛れ込んだくらいしか、可能性としては考えられないのです。Gleamさんが10年、20年前に書いたことについて、何を参考に書いたのかといわれて、すぐにこたえられますか。百楽天 2004年7月27日 (火) 03:25 (UTC)[返信]


今回の記事は、「出典不明の調査メモを元に」書かれていているのですね。それで十分解りました。
お手元のメモを元に新規に翻案して文章を起こされたのであれば、文章の類似は生じないはずなのですが、出典不明のメモを 引き書きされて、Web上の文章との類似がその結果生じているのであれば、調査メモに書かれていた原典の著作権を侵害しているだろうと推論するしかないのです。
百楽天さんもご自身で『今になってはもうわからない第三の資料に書かれていたことが紛れ込んだくらいしか、可能性としては考えられないのです』と仰られていますが、これは残念ながら著作権の侵害に当たってしまいます。
せっかくの記事で大変残念なのですが、記事の削除にご理解を頂けますでしょうか?--Gleam 2004年7月27日 (火) 09:57 (UTC)[返信]


出版権などについて調べている内にすっかり議論が先に進んでしまったようですが。。^^;) とりあえず僕が見て回った限りでは、出版権に関してはこちらにまとめられている内容が一番参考になるように思いました。[6]

これまでの判例によれば、特段の事情もなく、書面での契約などもなければ、そもそも出版権(=独占的な権利)が設定されず、非独占的な利用許諾のみと解されることもあるようです。そこで、百楽天さんのおっしゃる通り特に契約書などがなく、他に何か特記すべき点などのないものであったとしたら、出版権まわりは問題にならないということになりそうです。

ただ、それでこの問題が解決するか、というと、難しいですね。。

まず、百楽天さんのこの主題についての文章の発表が外部サイトの論文の執筆時期に先行しているのだとしたら、一応外部サイトの制作者が百楽天さんの文章を無断利用した、というような可能性も考えられるわけですが、地方新聞であること、外部サイトの論文の執筆時期よりもずっと以前のことであることなどを考えると、百楽天さんの発表されたものを利用したという可能性も少なさそうです。ただ、百楽天さんのものを誰か他の方が利用して文章を書き、それを更に外部サイトの制作者の方が利用し、といった連鎖でならあるいはありうるでしょうか?

(ちなみに、特にこの件についてということではなく、外部サイトのページがウィキペディアをGFDLにそぐわない形で転載したり、その他の形で利用したり、ということは起こりうることですし、また、過去にそれに近い形で落着を見た削除依頼もありました。ノート:社会主義にやりとりの記録が残っています。)

もうひとつ、仮に(特にそう考える強い根拠があるわけではないながらも)外部サイトと投稿された文章の類似が百楽天さんの記事に遡れる、ということだとして、もう一つ気になったのは、百楽天さんのネタ帳というか、調査ノートがどのようなものであるかです。そこにトラブルの元があるとしたら、他の記事も広い範囲に渡って問題を含んでいる可能性が考えられるのではないでしょうか?

自分のノートに他人の著作物を抜粋・転写することなどは、私的な利用の範囲ですから著作権法上も基本的に問題はないわけですが、それが投稿文中に反映されてしまうと著作権問題になりうると思います。実際、どこだったか過去にもそのような件があったように記憶しています。

また、そもそも僕がここ数日の調査をはじめるきっかけになったノート:栄養士の一部には、偶然の一致と考えてよいのかどうかちょっと迷うような記述(例の昭和4年部分)があるわけですが、これも百楽天さんは外部サイトをご覧になったことはない、と百楽天さんはおっしゃっています。ということは、百楽天さんの投稿の元になった百楽天さんのノートが、外部サイトと同じ資料に依拠していたために一致が生じた、というのが考えられる中では一番ありそうな可能性ということになるのではないかと思います。

百楽天さんはノートに基づいていろいろな記事を投稿なさっていると思うので、これはかなり心配です。

より一般的な話として、ここ数日、僕は百楽天さんの投稿(と百楽天さんのものと思われたIPからの投稿)を調査してみたのですが、また、削除の是非をめぐる議論での百楽天さんのご意見を拝見しての感想なのですが、少なくとも僕が理解している限りでの著作権法に照らして、問題があるものもかなりありそうに思いました。

これはもちろん、僕の著作権理解が間違っているせいかも知れません。(それもあって、百楽天さんが著作権について考えた上で文章を投稿されている場合にはそれを是非知っておきたいと思い、幾つかのノートでは僕の著作権理解について説明した上で、百楽天さんはどう思われるかについてお尋ねする旨の文を書きました。)

また部分的には、リスクのとり方が違うというのもあるかも知れません。例えば、著作物と、創作性のないただの文とを区別する線引きをどこにするか、という点については、判例によって相当のばらつきがあります。僕が以前紹介した「こんな文章でも著作権保護の対象と認められたことがある」という判例は、一応高裁のものですし、判断の根拠として示された考え方・判断基準も、他の判決中でも見ることのできるようなものですし、より緩い基準で判断した地裁判決をわざわざ否定して線引きのあり方について述べた、というものです。そこで、これは単なる一判決よりも重みを持っているし、ウィキペディアでの削除の是非を考える上で参考になると僕は思ったのですが、同時に、そのような考え方・判断基準を採用していない判例も現に存在していますから、そちらを重視して活動される文筆家の方がいることも不思議でもないかと思います。そうすると、百楽天さんにとっては著作権法上問題がないと思っていたもので、百楽天さんが相談したほかの方の意見でもあるものが、実際には判例レベルでは否定されていることもある、ということなのかも知れません。

ただ、そのいずれでもなく、単に百楽天さんの著作権理解に何か不適切な点があり、それが問題の元になっているという可能性もあるかも知れません。これは非常に気になるところです。

最後に、著作権の問題について議論を続けるのではなく、執筆・変更に向けた議論をする方がよいという意見は、百楽天さんがそれでよいということであれば、僕も同感する部分があります。ただ、著作権についての理解にギャップがあると、また思わぬところでトラブルが生じ兼ねないということも思いますので、そこが心配なのですが。。

Tomos 2004年7月27日 (火) 11:44 (UTC)[返信]


みなさん、いろいろご意見ありがとうございました。じつは私は記憶力が悪く、昨日のことも思い出せないということもしばしばです。ですから、過去に書いたものでも書いたことすら思い出せないこともあります。この「薬膳」に限らず、Wikipedia に書いたもののなかには、非常に思い入れのあるものがあります。そういうものは、「書くきっかけ」を鮮明に覚えているものです。それを頼りに、どのようなところからどのように取材したかをたぐっていきます。ですから、きっかけを覚えているかいないかは、とても重要だと思います。

後先は別にして「真柳誠先生の論文に重なるところ」がとても気になりました。第三の著作物、つまり一次著作物が別にあるかも知れないというものは、ふだん本を読んでいてもたくさんあります。たとえば忠臣蔵ものでは、私としては、根本史料も、また、それによって誰がどう解釈したかまで知っているものはいくつもあり、ですからそれらを参考に書かれたであろうこともわかる、といったものも多い。

「たんなる類似なのか、著作権侵害の可能性があるのか」はたいへん難しいところです。
今回のケースでは、指摘されたものとは別の著作物があった可能性がたかく、しかも自分で確認した同一文章が、無視できるほど短いものではなかった。こうしたことから、削除していただくことが、やはり一番だと思います。

ただ、記事を立ち上げた赤鉛筆さんには、非常に申し訳なく、私が加筆した部分のみ削除していただき、あらためて書き直すことが可能であれば、そうしていただきたいのですが。百楽天 2004年7月29日 (木) 14:07 (UTC)[返信]

それでは私はこの投稿を最後に、削除依頼のページで賛成票を投じてこのノートでの議事を終えたいと思います。百楽天さんの投稿された第3版より前を残す形での削除が削除依頼では提案されていますので、私もその案に賛成する予定です。--Gleam 2004年7月29日 (木) 14:28 (UTC)[返信]
こんにちは、赤鉛筆です。
百楽天さん、ドンマイです。せっかく色々と調べた事柄ですから転載や著作権関連で問題が起きないようにもう一度書き直しましょう。今回ここのノートの議論に参加された方たち全員の協力を期待しています。 赤鉛筆 2004年7月29日 (木) 14:53 (UTC)[返信]
では第3版にrevertしておきます。Aphaia 2004年8月15日 02:37 (UTC)

著作権侵害の指摘に伴なう記事のサルベージ方法について[編集]

こんにちは、赤鉛筆です。
Aphaiaさんによりrv予告され、記事は第2版にリバートされていますが、現在のWikipediaの機能は著作権に関する問題が起きた記事は一度全削除されると聞いています。つきましては、今後も似たような状況が他記事でも見受けられますので記事を全削除後に著作権に問題のある個所のみ除外して薬膳の記事を再構築しようとした場合、どのようなタイムスケジュールで行なうのが最良なのか検討してみませんか?とりあえず思いつく手順としては以下のとおり。以下の流れ、およびサルベージした記事内容に問題がなければ、これをご覧になった記事の削除権限者に後の作業を委ねます。

  • 目標-1: 最終版の記事から著作権関連の指摘個所を削除し、著作権侵害の無い記事を作成する。
  • 目標-2: 記事を憎んで、人を憎まず(^^;の精神と明日は我が身の互助精神。
  • 目標-3: 今後の秀逸な記事執筆を期待して著作権関連で指摘されたブロック執筆者の早期復帰。
  1. 問題のない版(2004年6月18日 (金) 09:42)のソースを保存。
  2. 履歴を見て著作権に関する指摘個所を削除。
  3. 厳格には1.の版より以降の版すべてが対象となるはずだが、今回は2.に関する部分のみを対象とする。
    1. 2.を元に加筆が繰り返されている場合は、当該個所から派生したもの全てを白紙化する。## 薬膳の記事では起源の項目すべてを白紙化する。
  4. 1.の版に3.以外の加筆個所を追加する。
  5. スタイル・加筆を行ない、記事としての体裁を整える。
    1. ウィキペディア内に関連記事があるのに外部リンクを行なっている。
    2. 冗長なstyleの修正、赤リンクの削除。
  6. {{削除依頼}}・{{copyright}}に関する名前空間への報告。

サルベージ方法について[編集]

手順に関してだけ。差し替え記事の準備ですが、サブページを別に切って行うのがよいのじゃないかと思います。その場合、その記事だけを移動できます(そして履歴も継承される)。一方ノートの一部に作ると、ノートの他の議論も一緒に移動することになるのであまりうまくありません。他のページで削除後用の原稿を用意した経験から。--Aphaea 2004年8月15日 (日) 08:34 (UTC)[返信]

なるほど。サブページの是非がどこかで話題に上ってましたが、そういう方法がありましったけ。
近頃は登録ユーザーも多くなってきて、今後も著作権疑惑の話題は増えていくと思います。中には世田谷区のようにかなり成長した記事もGFDLや著作権に関する知識に疎い人たちの編集・加筆で水泡に帰すこともありますので、どこか他のページで上手な手順を示したガイドラインが出来上がると良いですね。
個人的には、新たに記事を作ると問題のない過去の履歴が消滅することと、白紙化した状態の元記事に移動ってできたっけ?というのがあるので、{{copyright}}・{{削除依頼}}の議論ページにサブページを作ると良いかな?と感じます。 赤鉛筆 2004年8月15日 (日) 09:02 (UTC)[返信]

サブページですが、削除する版を /旧版へ移動すると2つリダイレクトが残りあとの処理が煩雑なので、削除議論中にノートに/tempを新たに作成、削除後に移動、というほうがよいと思います。また、問題のない途中の反までを利用するときにはそれまでの投稿履歴を残す必要がありますので、ノートなどに初版からその半間での履歴をコピー、保存してください。 --Suisui 2004年9月4日 (土) 14:39 (UTC)[返信]

著作権侵害指摘本文の差し替え[編集]

以下の手順で著作権侵害({{Copyrights}})に関して指摘のあった記事を差し替えました。

  1. [[薬膳]]を[[薬膳/旧版]]に移動。
  2. 本ノートに提示した本文を[[薬膳]]にコピー&ペーストして差し替え。
  3. 本ノート提示の本文はカテゴリを含んでおり、ノートの見映えが悪いのでコメントアウト。

赤鉛筆 2004年8月27日 (金) 20:26 (UTC)[返信]

  • 削除依頼からリンクされており、この議論だけを見るとひょっとするとGFDL的に不味い方法をOKと誤解されないかもしれないので、説明を。赤鉛筆さんがノートに用意された本文は、すでに編集がされていた薬膳の記事の内容とは全く独立して作成されたものです。以前の履歴を引きづったり、あるいは最新版を抜き出したものではないことをコメントしておきます。--Suisui 2004年9月4日 (土) 14:35 (UTC)[返信]