ノート:慰安婦/Archive03

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タイトルを「慰安婦(日本軍)」に移動することついて[編集]

今回、保護された理由のひとつに日本以外でも「慰安婦」が存在したか否やがあるそうですが、そもそもここはウィキペディア日本語版でありそのため、日本以外にも「慰安婦」存在したのなら現タイトル「慰安婦」においては記載も必要でしょう。もし日本が行ったとされる「慰安婦」のみを記載するならタイトルを「慰安婦(日本軍)」等と改名するのが適切ではないでしょか?日本以外にも「慰安婦」にあたるものが存在する可能性が極めて高いようですし。--16toki 2007年3月8日 (木) 09:21 (UTC)

そういう馬鹿げた提案には反対。各国にも慰安婦が存在しただと?何を根拠にそんなこと言っている?根拠を提示してみろ!ふざけるな!!近現代の軍隊で、従軍慰安婦を、軍中央の命令で公然と集めたのは日本軍だけ。ドイツ軍もイタリア軍も米軍も、そんなことはしていない。中世ならともかく。適当なことをいうな。--Toyamakinji 2007年3月9日 (金) 07:19 (UTC)

言葉遣いが乱暴すぎます。それと、軍中央の命令で公然と集めたのが日本軍だけというのも根拠がないでしょう。もしそうなら命令書の一つでも発見されているはず。しかし見つかってない。日本でも海外でも命令書が見つからないのだから、政府の関与による慰安婦の存在は、日本でも海外でも裏付けられないとするのが妥当では。しかし元軍人や元慰安婦の証言はあるので、全くなかったと断言することもできない。だからこそ議論になってるのでは?あなたがいうように、「日本軍だけが慰安婦を集めたという明確な証拠があるにも係らず否定している」と言うのなら、もっと話は簡単なはずでしょう。--130.54.130.229 2007年3月9日 (金) 09:01 (UTC)

命令書は発見されています。台電935号など。風俗王 2007年3月9日 (金) 10:12 (UTC)

今のところ確認できているのは韓国軍がベトナム戦争で徴用したというものです。インターネットではグーグルで韓国軍 慰安婦 ベトナム戦争と検索したところ約2万件がヒットしました。すべてがすべてとはいえませんがこれをみるかぎりは「慰安婦」なるものは日本軍のみにかぎったものでないことが考察できます。また提案したタイトルですがより適切な「慰安婦(日本軍)」とさせていただきます。--16toki 2007年3月9日 (金) 09:41 (UTC)

またガセネタか。馬鹿ネット右翼は短絡思考の思い込みが多すぎ。ネットで出てくるのは2チャンネルなど信憑性にとぼしい情報源ばかり。ネットで検索できるから事実だと推測するのは、思い込みにもはなはだしい。韓国軍が慰安所の設置を命令した命令書など何もない。ネット上ガセネタ情報でなく、文書など証拠があるなら示すべき。また、他国にいくつか例があったとしても、日本軍の大規模な慰安婦集めがいいことだとは言えない。--Toyamakinji 2007年3月11日 (日) 06:38 (UTC)
韓国軍じゃありませんが、日本軍以外で近代に入り慰安婦を使っていたソースがあったので挙げておきます。
【正論】現代史家・秦郁彦 米下院の慰安婦決議阻止の妙案」、産経新聞、2007年3月11日。
以下、抜粋して引用。
ベトナム戦争中の米軍慰安所については、スーザン・ブラウンミラー(米人女性ジャーナリスト)の『Against Our Will』(1975年)に詳細なルポがある。一部を紹介すると「鉄条網で囲まれた公認の軍用売春宿では60人のベトナム女性が住み込み…1日に8人から10人をこなす。料金は500ピアストルで、女の手取りは200ピアストル、残りは経営者が取った。彼女たちを集めたのは地方のボスでペンタゴンも黙認、女たちは週ごとに軍医の検診を受け…」といったぐあい。日本軍の慰安所と瓜二つではないか。
明確なソースが出てきたので、この議論は終了ということでよろしいでしょうか?--Honeplus 2007年3月11日 (日) 06:52 (UTC)

よろしくないです。秦郁彦のような人物が発言したからといって事実とは言えない。ペンタゴンも黙認、軍医の検診を受けた、などが事実だという根拠がどこにあるか。また外国がやっていたから日本もやっていいとは言えない。--Toyamakinji 2007年3月11日 (日) 10:17 (UTC)

あれれ、何か勘違いなさっているようですね。ソースは秦郁彦氏ではなく、スーザン・ブラウンミラー(米人女性ジャーナリスト)の『Against Our Will』(1975年)ですよ? ついでに、この節の議論は日本以外にも「慰安婦」存在したのならから始まっているように見えますが、日本もやっていいとは言えないとかいうのは何か関係があるのですか?--Honeplus 2007年3月11日 (日) 10:41 (UTC)
またガセネタですか。あなたがソースとして引用した記事は、スーザン・ブラウンミラーが書いた本を、秦郁彦が引用した発言を、産経新聞が記事にしたものを、Honeplusがまた引用したというもの。元の本に何が書いてあるか真実が不明だし、米軍は、日本軍のように、軍の命令で売春宿を作ったりしていない。当時のベトナムでは、わざわざ軍が売春宿を作らなくても、今の日本以上に民間の売春宿はあった。そんな論法では、今の日本で、米兵が行く風俗店も慰安所になってしまう。日本軍の慰安所は、軍中央が公然と命令して作ったもの。以下の情報をよく読むこと。--Toyamakinji 2007年3月12日 (月) 07:11 (UTC)
出典が大手新聞であり、きちんと元の文献を挙げた上で記述されている以上、2次,3次情報だから信用できないというだけではとうてい反論としては受け入れられないでしょう。この記事or元の本の記述が間違っているというのでしたら、今度はあなたが「間違っているというソース」を提示すべきです(以下の情報というのに記述があるのでしょうか?すいません、ノートが活発すぎて、以下というのがどこだかわかりません。明示していただけますか? なお、矛盾する資料が存在することは別に珍しくも無いので、私の挙げたソースだけで有った!と断言することができないように、否定しているソースがあるから無かった!と断言することもできませんので、あしからず。その場合は両論併記でしょうね)。--Honeplus 2007年3月13日 (火) 03:31 (UTC)

「日本軍従軍慰安婦」が良いでしょう。風俗王 2007年3月9日 (金) 10:12 (UTC)

>命令書は発見されています。台電935号など。
これは軍をリサーチによる慰安婦の需要を示したもので、女性が意を反する形で慰安婦にさせることまでは明記されていません。--経済準学士 2007年3月9日 (金) 15:11 (UTC)

「従軍慰安婦」これだけで日本軍により強制連行された慰安婦の方たちを指すことは、日本では一般的なことです。改めて日本軍と書き記す必要性を私は感じません。--ホロ部 2007年3月10日 (土) 01:47 (UTC)

ホロ部氏の意見に同意です。日本で問題になっているのはいわゆる「従軍慰安婦」であり、世界各国で有史以来一般的に見られた「慰安婦」とは別物でしょう。日本の問題だけを取り扱うのであれば、「従軍慰安婦」あたりに移動すれば十分でしょう。--Honeplus 2007年3月10日 (土) 02:57 (UTC)

「従軍慰安婦」という言葉は終戦後だいぶときをへてから誕生したどちらかといえば卑猥もししくは非正式的要素の多い言葉ときいています。そのためここでもタイトルが当時の正式な呼称であった「慰安婦」になったのでしょう。そういうこともありますので正式名称を重要視する以上「従軍」という言葉をつけることや「日本軍慰安婦」など誤解を生じやすいものは反対です。とりあえずいいたいのは「慰安婦」問題が日本だけのものとはいいきれないということです。なおこの項目のタイトルも変更させてもらいます。--以上の署名のないコメントは、16toki会話投稿記録)さんが 2007-03-10 03:55 (UTC) に投稿したものです。

前にもどこかに書いたのですが、海外の「戦場売春婦」を「慰安婦」と呼んだ事例はあるのでしょうか?呼んだとしてもそれは二次的なものだと思いますが。第一義では「日本軍の慰安所で働いていた女性」だと思います。各国の「戦場売春婦」は、それぞれに適した正確な呼び方が他にあるでしょう。例外として特殊慰安施設協会の慰安婦の方々がいるでしょうが。それと、これも前に提案したのですが、「慰安婦」と「従軍慰安婦問題」は別の項目にすべきだと思います。上記の方々のように、この記事を「従軍慰安婦問題」の記事と勘違いされている方もいますから。Qazzx 2007年3月10日 (土) 12:25 (UTC)
>近現代の軍隊で、従軍慰安婦を、軍中央の命令で公然と集めたのは日本軍だけ。ドイツ軍もイタリア軍も米軍も、そんなことはしていない。
日米戦争後、GHQは日本政府に対して、米兵のための慰安所を設置しろと要求しました。 --経済準学士 2007年3月10日 (土) 15:17 (UTC)
またガセネタか。GHQが日本政府に慰安所を要求したというのは、2チャンネラーや馬鹿ネット右翼が好きな話しだが、これこそ根拠となる文書も何もない完全なガセネタ。証拠があるなら示すべき。よく調べずにネット上の情報だけでガセネタをまき散らす典型例。--Toyamakinji 2007年3月11日 (日) 06:38 (UTC)

2007年3月10日現在、導入部の最後に以下のようにあります。

「ちなみに軍人に対する売春に従事した婦女は日本に限らず、世界各国で当然のように存在したのである。自国にも存在したにもかかわらず日本のケースのみを韓国や中国が殊更取り上げることについては、政治的なカードとして利用するプロパガンダであると指摘されている。」とありますが、これは語調やソースがはっきりしないところや、プロパガンダの目的を政治カードの維持のみに限定していることに問題があると思います。

このようにしたらいいと思います。

「ちなみに軍人相手の売春行為に政府が積極的に関与することは、戦後の占領軍に対する慰安所の設置などにも見られるように、珍しいことではない。戦時中の日本軍のケースのみが韓国や中国において取り上げられるのは、外交上において政治的な交渉材料とするためだという指摘や、国内外にむけたプロパガンダであるという指摘がある。」

それと、どこに書いていいかわからないのでここに書きますが、日本政府に責任があるのかは別として、親にだまされて売られてしまったり、家が貧乏で仕方なく売春ふになったようなかわいそうな例はたくさんあると思います。百科事典なのですから、仮に日本政府に責任がないにしても、そういう慰安婦の実態自体をもっと紹介した方がいいと思います。あ、もちろん客観的であればバラ色の暮らしだったという説明でもいいですけど。Travis88000 2007年3月10日 (土) 21:29 (UTC)

確かにこの項目の冒頭部はひどいが、かといって「戦後の占領軍に対する慰安所の設置など」というのは事実ではない。占領軍の命令で日本政府が設置したという事実も証拠もない。大体、戦後日本に各種の店やヤミ売春婦はいたが慰安所なんてないし。そんな論法では、今の日本で、米兵が行く風俗店も慰安所になってしまう。日本軍の慰安所は、軍中央が公然と命令して作ったもの。元軍人の書いた本を読むと、例えば井浦祥二郎『潜水艦隊』には、軍中央は公然と慰安所の設置を指示し、各地の司令部はその対応で忙しかった、と書いてある。以下も参照。
元軍医湯浅謙氏の慰安婦体験
以下も参照 「外務省歴史問題Q&A」 --Toyamakinji 2007年3月11日 (日) 06:38 (UTC)

しんぶん赤旗」によると

内務省は、終戦の3日後の1945年8月18日、「外国軍駐屯地における慰安施設の設置に関する内務省警保局長通牒(無電)」を各都道府県に発し、各県警はこれに基づいて急きょ、米兵の性的「慰安」施設を各地に設けました

とあります。したがって「『戦後の占領軍に対する慰安所の設置など』というのは事実ではない」とは言えませんね。219.97.186.33 2007年3月17日 (土) 00:41 (UTC)


慰安婦の冒頭定義について:慰安婦という言葉は現状では日本軍によるという限定が付与されています。しかし、新聞報道等で見る限り慰安婦は日本軍だけではありませんので、正確な冒頭の定義ではありえません。もしも、そうであれば、慰安婦(日本軍)としてほしいと思います。

--Lulusuke 2007年4月4日 (水) 05:37 (UTC)

Lulusukeさんへここで同じテーマで議論されているので移動させてもらいました。OzuYasu3rou 2007年4月6日 (金) 13:01 (UTC)

上記の別の節で説明しましたが、ここでも。第一義である日本軍の慰安婦に対し、括弧書きは不適切と反対させていただきます。Qazzx 2007年4月19日 (木) 12:24 (UTC)

強制性について[編集]

元々は強制連行の事実は無かったとの秦郁彦の調査以降、強制連行あった派が主張してきたものではありますが、安部内閣が河野談話を継承して以降は安倍晋三の主張へと変わっており、実際報道される際にも広義狭義は安倍発言に絡んでのものばかりなので現行の広義狭義に関する記述は不十分であると思います。保護解除後は書き換えを望みます。--Miwa.SS 2007年3月20日 (火) 05:08 (UTC)

強制とは本人の意思によらないものですよね。だから経済的な問題等を含むわけです。
自分の意思に反して 慰安婦になった というのは当然、広義の強制ですね。当り前ではないですか。--Lulusuke 2007年4月9日 (月) 10:04 (UTC)

安倍総理以降、というか、アメリカ下院問題後の記述は書き足しが必要でしょうね。しかしまだ下院で結論が出ていない以上、荒れるだけだと思いますが。Qazzx 2007年4月16日 (月) 11:03 (UTC)

強制性の問題3種。

  1. 政策としての強制連行(組織的に連行・命令したこと。とくに狭義としては、軍・警察が直接個人に対して行なったこと。ただし、地位を利用していても犯罪のような例は別)。
  2. 貧困や騙されたことも含め、植民地政策の圧迫のせいであるという統治責任。
  3. 現場での労働条件についての関与と見て見ぬふりの責任度合い。

--境界がはっきりしませんが、こういうところなのでは。--如月の弥 2007年5月5日 (土) 05:38 (UTC)

強制連行の論点について[編集]

強制連行に関しては皆様ご承知のとおり激しい議論があり、重要な論点ではありますが、本質的にいうと強制売春という点に問題点があるわけなので、ここばかりに焦点を当てすぎるのも、政治的な色が強くなりすぎていかがなものかと(というか提案がまとまらない)。慰安婦の歴史的な部分とこういった政治的に問題になっている部分と、将来的には別記事に分割することも考えてはいかがでしょうか。といっても切り分けは難しいのですが。--火の鳥 2007年5月3日 (木) 05:00 (UTC)

別記事に分割することは賛成です。歴史的な部分を「慰安婦」で、政治的な部分は「従軍慰安婦問題」にしたいとは私も前からノートで主張してきました。しかし、「強制売春という点」に対する視点もまた政治的な物です。「強制連行」への焦点を減らしても、「強制売春」への記述が増えればそれは同じことです。「強制売春」に関してもまた、別記事に移行すべきでしょう。歴史というものは、あったことを「あった」とだけ説明するのが冷静な視点です。「問題点」があったとしても、その「問題点」が当時指摘されていなかったのなら、それは歴史的内容ではなく「現代の視点」にすぎません。
歴史的記事に「現代の視点」を書き込むな、と言っているわけではありません。政治的な部分を独立させ歴史的な部分のみにしようと言うのであれば、「現代の視点」は政治的要素である、と言いたい訳です。歴史の説明に「善悪の判断」は必要ありません。Qazzx 2007年5月4日 (金) 08:27 (UTC)

建設的な議論と編集のために[編集]

本項慰安婦は、南京大虐殺などの戦争関係の他の項目と同様、長期間保護状態にあり編集による内容の充実ができない状態にあります。保護を回避し建設的な編集をしやすくするため以下に関連情報を記します。

本項執筆以来の保護状況は以下になっています。

2004年2月29日 最古履歴(内容は外部リンクのみで事実上の最古版)
2004年11月9日 (火) 14:52 Tietew が保護 (1)・・・8ヶ月間の編集可能期間
2004年11月21日 (日) 16:26 KMT が解除
2004年11月27日 (土) 03:19 Tietew が保護 (2)・・・6日間の編集可能期間
2005年10月30日 (日) 07:17 KMT が解除
2005年11月22日 (火) 00:47 Tietew が保護 (3)・・・22日間の編集可能期間
2005年12月19日 (月) 22:08 KMT が解除
2006年1月27日 (金) 19:23 しるふぃが保護 (4) ・・・39日間の編集可能期間
2007年3月24日 (日) OzuYasu3rouが解除依頼を提出

2004年2月の執筆以来、保護4回、3年1ヶ月の間に編集可能な期間は約10ヶ月で、期間内の約35%にすぎません。一方本文の改訂履歴は235回で、ならせば1ヶ月に24回の改訂となり、編集可能であれば毎日進歩する可能性をもっている事がわかります。

過去4回の保護が行われていますが、その状況・原因は以下のようなものです。

  • 1回目 2004年11月9日:10/25以降のPetrovの多数の修正へのブロックが原因
    Petrovはアクセス禁止。11/9に2回、11/7に2回、10/25に3回修正した。参照文献からの秦の削除、クマスラワミ報告書を軽視する記述の削除などを実施。個人的写真の張り付けもしている。加筆は少なく修正は建設的ではない。ノートでのPetrovの発言、呼びかけなし。
  • 2回目 2004年11月27日:保護解除直後からのPartizanの多数の修正へのブロックが原因
    11/26に10回修正。北朝鮮の強制連行600万人記述の削除、政府の責任強調記述の追加、判決の意味追加など建設的。ノートでPartizanの発言、呼びかけなし。政府の責任を明確にしたい人物の早急な編集へのブロック。
  • 3回目 2005年11月22日:Commonsensesの起こした議論へのブロック
    11/21に5回、11/19に1回、11/18に1回修正。判決傍論での戦犯認定を書くことで対立。ノートで多数の発言、議論があるが対話姿勢は少ない。既にある記述を消去するか否かの争いであまり建設的でない。
  • 4回目 2006年1月27日:四六熊、五六八、矢尾板のあらしへのブロック
    四六熊らはアクセス禁止。1/27に3回、1/26に4回修正。「強制連行についての捏造発覚」という一文で小競り合いをしただけで建設的はない。ノートでの議論なし。

これらの保護事例から言えるのは以下でしょう。

  1. 争いは数日でいきなり起こり、ある文章・段落を消すか否かで起きている
  2. 同じ箇所への1日に2から3回の修正(編集)で保護されている
  3. ノートでの議論は大抵行われていない
  4. 問題人物の思想や信条(左翼的か修正主義者か)に関係なく保護が起きる

従って今後、保護がもし解除された場合以下に気をつけるべきと愚考します。

  1. 理由・状況によらず1日に同じ部分を、相手との合計で4回以上削除・復元してはいけない(編集合戦を参照)結果としてその記述が好ましくない状態のまま保護される可能性が大きい
  2. 異常な編集にはまず要約欄で警告、ノートへの参加を呼びかける。ノートの議論に参加しない場合はあらしと認定する
  3. あらしには復元で対抗せず、即刻投稿ブロックを依頼しアクセス禁止処分で対処する
  4. 自分の編集が反対されたらノートで議論し、ノートで反対意見がある限り同じ編集は行わない
  5. 編集は加筆・より詳しく説明する方向で行う。既にある文を消すか否かで争ってはいけない。以前の記述を包含しより詳しく述べる方向で建設的に行う。
  6. ノートでの議論は相手への非難ではなく、書かねばならぬ理由(根拠・出典・必要性)を論理的に書く
  7. 投稿は一回で行う、3回に分けると履歴上あらしと間違えられかねない

以上--OzuYasu3rou 2007年3月27日 (火) 05:55 (UTC)

賛成です。--Lulusuke 2007年4月3日 (火) 08:29 (UTC)

>異常な編集にはまず要約欄で警告、ノートへの参加を呼びかける。。 >あらしには復元で対抗せず。。 >編集は加筆・より詳しく説明する方向で行う。既にある文を消すか否かで争ってはいけない。以前の記述を包含しより詳しく述べる方向で建設的に行う。。 → OzuYasu3rou氏は自身で違反を続けているだろう。あちこちの項目で。

>ノートの議論に参加しない場合はあらしと認定する >あらしには復元で対抗せず、即刻投稿ブロックを依頼しアクセス禁止処分で対処する >自分の編集が反対されたらノートで議論し、ノートで反対意見がある限り同じ編集は行わない → 自分のつごうのいいタイミングで持ち出したいだけならただのペテンだ。始めに削除した項目を復元してから議論を続行する、とするべきだな。--如月の弥 2007年4月13日 (金) 03:48 (UTC)

如月の弥さんへ、個人攻撃、中傷(ペテンという言葉)はWikipediaの方針違反ですOzuYasu3rou 2007年4月13日 (金) 05:20 (UTC)

ここで論じているのはこの記事を編集する際のローカルルールでしょう。ここ以外の「あちこちの項目」での『違反』は直接関係しないはずです。「始めに削除した項目を復元してから」というのも意味不明です。……しかし、なんだか別人のようなコメントですね。履歴を見る限りでは如月の弥さん本人のはずなんですが。 -- NiKe 2007年4月13日 (金) 06:18 (UTC)

‘ならば’と書いたはず。直接には、そういう行為はペテン行為だと書いている。ルールの悪用を指摘していることでもある。やってないとか、ミスしたがこれからしないとかいう返事がなく、個人攻撃などという方向にそらすのがおかしい。それに、私はここのローカルよりも公正への誠実さを言っている。別の項目の例だが、他人の文をかってに削除してから、自分がリバートをされることを防止しようとまずノートに書けと言い出すのは、ルール以前に不公正だ。だから、他人にルールというものを要求するなら、「始めに削除した項目を復元してから」と書いた。おとなしく書いていると、この人のダブルスタンダードが目立たないから目立たせようとしている。いつか、誰かがリバート合戦で濡れ衣を着せられそうになるかもしれないのを防ぎたくてね。
(追伸)他人の論には、「内容」で反論してほしいものだが。--如月の弥 2007年4月13日 (金) 14:15 (UTC)
自分の信念を記事してはまずいと思いますよね。 OzuYasu3rou さんが様々な場所であげている資料ですが、本当に百科事典として根拠としてよい資料ですか?「慰安婦43人の証言」とあったので、私は尹明淑さんが個人でされたのかと思って、COPYですが文献を取り寄せました。しかし、これは韓国政府の取りまとめた韓国語とムクゲの会の日本語訳ですよね。--Lulusuke 2007年4月13日 (金) 07:56 (UTC)
それと冒頭文の売春婦というのも間違いだとおもいます。これはAWFの資料からも明らかで、オランダ領のインドネシア・スマランでの例を説明できていません。韓国人慰安婦の場合は不明ですが、オランダの例では違っています。--Lulusuke 2007年4月13日 (金) 07:56 (UTC)

By English Writing[編集]

Check English Wikipedia

Ten Dutch women were taken by force from prison camps in Java by officers of the Japanese Imperial Army to become forced sex slaves in February 1944. They were systematically beaten and raped day and night in so called "Comfort Station". Even the Japanese doctor visiting the brothel "Comfort Station" to examine for veneral disease participated in the rape.[19][4]

Although they were returned to the prison camps within three months upon protest of the Dutch prisoners against the Imperial Army, the officers were not punished by Japanese authorities until the end of the war.[22] After the end of the war 11 Japanese officers were declared guilty with one sentenced to death by the Batavia War Criminal Court.[22] 220.76.64.203 2007年3月30日 (金) 15:30 (UTC)

It might be that Mr. Hata has not made a thorough study of sources in Dutch. Beside the case tried in the Batavia Court, there are several credible testimonies of the Japanese Army being involved in (attempted) kidnappings (Jong, L. de; Het Koninkrijk der Nederlanden in de Tweede Wereldoorlog, deel 11b, Rijksinstituut voor Oorlogsdocumentatie, Amsterdam, 1985, p. 796-799). Furthermore it has been recorded that a Dutch police officer refused to cooperate with setting up a brothel. He was arrested by the Japanese Army and shot after trying to escape. The Japanese commander gave the order that his body was to be displayed with a warning in Indonesian that this was what would happen to persons not complying with Japan (Jong, L. de; Het Koninkrijk der Nederlanden in de Tweede Wereldoorlog, deel 11a, Rijksinstituut voor Oorlogsdocumentatie, Amsterdam, 1985, p. 304).220.76.64.203 2007年3月30日 (金) 15:34 (UTC)

It is understood that there are gaps bitween the concern of "慰安婦" and the concern of "Comfort woman". Item "慰安婦" starts being written. However, the reality of the life of Asia of the 20th century is not understood in information on the sphere in English. It is only a sensationalism.

↑「慰安婦」の関心と「Comfort woman」の関心とにズレがあるのは理解している。「慰安婦」も書きかけだ。しかし、英語圏の情報は20世紀のアジアの生活の現実を理解していない。ただのセンセーショナリズムだ。

War crimes are concentrated by war court. The event is also so. An innocent person in man who got to the chair seems to be painful. On the other hand, a lot of soldier United States who shot surrendering Japanese soldiers for the enjoyment are not being punished by the U.S.Army. Japan collected the contributions in Asian Women's Fund.

↑戦争犯罪は、戦争法廷によって集結している。その事件もそうだ。死刑になった人間の中には、無実の者もいたそうだ。一方で、投降する日本兵士を楽しみのために撃ち殺した多数のアメリカ兵士はアメリカ軍によって罰せられてはいない。日本はアジア女性基金で寄付を集めた。

There is an encyclopedia for knowledge and the fact. The encyclopedia should not punish the whole by importing feelings to a part of matter. Bad rumors are not all true.

↑百科事典は知識と事実のためにある。百科事典は一部の事柄に感情移入することで、全体を罰することをやるべきでない。悪いうわさがすべて真実なわけではない。

Did you read this yomiuri newspaper (3 volumes) ? In relations between Japan and South Korea of the reality, the compulsion taking is at the center of the problem.

↑あなたは、この読売新聞(3部)を読んだのか? 現実の日韓関係では、強制連行が問題の中心にある。 1/3 2/3 3/3

The problem of the compulsion taking is a problem of pride and the confidence of the people who support comfort womans. They seem to have comfort woman's freedom lost to criticize Japan, and to forbid Asian Women's Fund to be received support. Because they use comfort women to make everything of tragedy in the age the responsibility of Japan, sympathy to the comfort woman is not smoothly caused. The testimony is not trusted. The idea of the meaning of the tragedy of the age doesn't develop.

↑強制連行の問題は、慰安婦達を支援する者達のプライドと信用の問題である。かれらが日本を非難するために慰安婦の自由をなくさせ、アジア女性基金の支援を受けるのを禁じている、ように見える。彼らが時代の悲劇のすべてを日本の責任にしようと彼女等を利用するせいで、慰安婦への同情が円滑に生じない。証言が信用されない。時代の悲劇の意味を考えることが発展しない。

--如月の弥 2007年3月31日 (土) 06:59 (UTC)


Worldwide view on Hiroshima

On August 5, 1945 Colonel Paul Tibbets formally named B-29 serial number 44-86292 Enola Gay after his mother (she was named after the heroine, Enola, of a novel her father had liked). On August 6 1945 the Enola Gay departed Tinian Island in the Marianas with Tibbets at the controls at 2:45 a.m. for Hiroshima, Japan. The atomic bomb was dropped over Hiroshima at 8:15 a.m. local time.

Tibbets has been interviewed extensively by Mike Harden of the Columbus (Ohio) Dispatch, and profiles have appeared in the newspaper on anniversaries of the first dropping of an atomic bomb. Tibbets generally expresses no regret regarding the decision to drop the bomb. In March of 2005, he publicly stated "If you give me the same circumstances, hell yeah, I'd do it again."

The peace faction, led by Togo, seized on the bombing as decisive justification of surrender. K?ichi Kido, one of Emperor Hirohito's closest advisers, stated: "We of the peace party were assisted by the atomic bomb in our endeavor to end the war." Hisatsune Sakomizu, the chief Cabinet secretary in 1945, called the bombing "a golden opportunity given by heaven for Japan to end the war." The pro-peace civilian leadership was then able to use the destruction of Hiroshima and Nagasaki to convince the military that no amount of courage, skill, and fearless combat could help Japan against the power of atomic weapons. The cabinet made a unanimous decision to surrender and accept the terms of the Potsdam agreement.220.76.64.203 2007年3月31日 (土) 13:09 (UTC)

内容からして日本への敵意で書き込む人。このIPアドレスは英語版の履歴でもよくある。如月の弥 2007年3月31日 (土) 17:06 (UTC)


Why westerners do not trust all Japanese media

You can be shot to death by rightist for this kind of discussion in Japan.

  • The liberal-left Asahi Shimbun has been a target of attack for, among other things, its failure to use proper honorific terms for the emperor.
  • Tomohiro Kojiro, an Asahi reporter, was killed by a shotgun-wielding rightist in 1987.
  • In October 1993 a man named Nomura Shusuke killed himself in the Asahi offices because he felt the paper had been making fun of rightists.
  • The mayor of Nagasaki, Motojima Hitoshi, a mild-mannered Christian, was threatened for months by right-wingers, egged on by academics and a handful of senior politicians, for suggesting that emperor Hirohito bore some responsibility for the war.
  • He was eventually shot in the back, but survived, in January 1990, but not before 3.8 million people had signed a petition supporting what he said.

Media Intimidation in Japan 220.76.64.203 2007年3月31日 (土) 13:09 (UTC)

信用できない理由なら、韓国の世論は反対意見の学者を圧力で土下座させている。この人は読売の英語版を示しても無視する。ほんとに英語人種なのか? 英語版からネタをとってきたようで、向こうのノートに検索をかけると同じフレーズがある。如月の弥 2007年3月31日 (土) 17:26 (UTC)

慰安婦の内容についての意見や提案でないので、しばらくたってから整理したらいいのではないでしょうか?This is not an opinion and a suggestion for item:ianfu, so I suggest cleaning up later.--OzuYasu3rou 2007年3月31日 (土) 18:27 (UTC)


Japan's Textbooks Reflect Revised History (New York Times April 1, 2007)

TOKYO, March 31 ? In another sign that Japan is pressing ahead in revising its history of World War II, new high school textbooks will no longer acknowledge that the Imperial Army was responsible for a major atrocity in Okinawa, the government announced late Friday.

The Ministry of Education ordered publishers to delete passages stating that the Imperial Army ordered civilians to commit mass suicide during the Battle of Okinawa, as the island was about to fall to American troops in the final months of the war.

“I believe the screening system has been followed appropriately,” said Prime Minister Shinzo Abe, who has long campaigned to soften the treatment in textbooks of Japan’s wartime conduct.

The decision on the Battle of Okinawa, which came as a surprise because the ministry had never objected to the description in the past, followed recent denials by Mr. Abe that the military had coerced women into sexual slavery during the war.

It was only in the late 19th century that Japan officially annexed Okinawa, a kingdom that, to this day, has retained some of its own culture. During World War II, when many Okinawans still spoke a different dialect, Japanese troops treated the locals brutally. In its history of the war, the Okinawa Prefectural Peace Memorial Museum presents Okinawa as being caught in the fighting between America and Japan ? a starkly different view from the Yasukuni Shrine war museum, which presents Japan as a liberator of Asia from Western powers.

During the 1945 battle, during which one quarter of the civilian population was killed, the Japanese Army showed indifference to Okinawa’s defense and safety. Japanese soldiers used civilians as shields against the Americans, and persuaded locals that victorious American soldiers would go on a rampage of killing and raping. With the impending victory of American troops, civilians committed mass suicide, urged on by fanatical Japanese soldiers.

“There were some people who were forced to commit suicide by the Japanese Army,” one old textbook explained. But in the revision ordered by the ministry, it now reads, “There were some people who were driven to mass suicide.”

Other changes are similar ? the change to a passive verb, the disappearance of a subject ? and combine to erase the responsibility of the Japanese military. In explaining its policy change, the ministry said that it “is not clear that the Japanese Army coerced or ordered the mass suicides.”

As with Mr. Abe’s denial regarding sexual slavery, the ministry’s new position appeared to discount overwhelming evidence of coercion, particularly the testimony of victims and survivors themselves.

“There are many Okinawans who have testified that the Japanese Army directed them to commit suicide,” Ryukyu Shimpo, one of the two major Okinawan newspapers, said in an angry editorial. “There are also people who have testified that they were handed grenades by Japanese soldiers” to blow themselves up. The editorial described the change as a politically influenced decision that “went along with the government view.”

Mr. Abe, after helping to found the Group of Young Parliamentarians Concerned About Japan’s Future and History Education in 1997, long led a campaign to reject what nationalists call a masochistic view of history that has robbed postwar Japanese of their pride.

Yasuhiro Nakasone, a former prime minister who is a staunch ally of Mr. Abe, recently denied what he wrote in 1978. In a memoir about his Imperial Navy experiences in Indonesia, titled “Commander of 3,000 Men at Age 23,” he wrote that some of his men “started attacking local women or became addicted to gambling.

“For them, I went to great pains, and had a comfort station built,” Mr. Nakasone wrote, using the euphemism for a military brothel. --以上の署名のないコメントは、128.134.207.82会話/Whois)さんが 2007-04-02 00:26 (UTC) に投稿したものです。

慰安婦と関係ないけど、とりあえず感想。鉄の暴風といわれた艦砲射撃のことを無視して、沖縄の集団自決を沖縄での主要な残虐と呼ぶ。決定的だった証言が取り消されたことを隠しているために、証言者を無視して権力の力によってのみ、文科省が教科書に日本軍の正当化を押しつけたように書いている。どちらもニューヨークタイムズ (By NORIMITSU ONISHI) のまるで捏造だ。 --如月の弥 2007年4月2日 (月) 09:55 (UTC)


Answer from the Cabinet to Representative Kiyomi Tsujimoto's Question. March 16.2007.

"Among the materials which were studied in that research and investigation, the Government did not find a description which directly proves that there was so-called coercive recruitment by the military or government authority.” CRS CW Report April 07 220.76.64.49 2007年4月14日 (土) 15:53 (UTC)

安倍 晋三の2重の話 (ワシントン・ポスト社説 March 24, 2007) 北朝鮮による日本人拉致問題の国際的な支持が 必要なら 責任 認 慰安婦へ 陳謝が 必要

If Mr. Abe seeks international support in learning the fate of Japan's kidnapped citizens, he should straightforwardly accept responsibility for Japan own crimes-and apologize to the victims he has slandered --以上の署名のないコメントは、220.76.64.49会話/Whois)さんが 2007-04-14 16:30 (UTC) に投稿したものです。

安倍政府の 強制性(Forcible coercion)の 否認(denial)は サンフランシスコ講和条約 11 条項の 拒否(Repudiation)? (米国の連邦議会調査研究報告書)[編集]

The U.S. Congressional Research Service delivered a report on "Japanese Mlitary Comfort Women System" to the congress on April 3.

"Moreover, the contention that there is no evidence of forcible, coerced recruitment seems to either ignore or be a rejection of the findings of the Dutch War Crimes Tribunals' findings and verdicts (including three death penalties) against seven Japanese army officers and four civilian employees of the army for coerced prostitution and rape of Dutch and other women in the Dutch East Indjes (now Indonesia). This raises the potentially very important question of whether the Abe government is Repudiation of Article 11 of the 1951 Treaty of Peace between the Allied powers and Japan. Article 11 states: "Japan accepts the judgments of the International Military Tribunal for the Far East and of other Allied War Crimes Courts both within and outside Japan. . . .". 220.76.64.49 2007年4月12日 (木) 14:45 (UTC)

↑この人の書き込みについては、目次の「By English Writing 」を参照のこと。--如月の弥 2007年4月13日 (金) 03:37 (UTC)

安倍内閣の矛盾する言葉[編集]

  • Press Conference by Shiozaki Yasuhisa. Chief Cabinet Secretary, March 5. 2007.
“The recruitment of comfort women, he said, was conducted mainly by private recruiters who acted in response to the request of the military." The military also "at times. . .directly rook part in the recruitments." 220.76.64.49 2007年4月14日 (土) 15:53 (UTC)

慰安婦の給料 vs 昭和天皇の給料, Kim Jong-Ilの給料[編集]

Japanese imperial economy during WWII was not a free market system. It was similar to North Korean system today where power is more important than money.

  • Does anyone know how much 昭和天皇 was paid for his service during WII?

Another example, in North Korea, President Kim Jong-Il is paid nothing in worthless North Korean Won. He prefers American dollars.

  • 'Only poor laborers are paid in worthless North Korean Won

It is ridiculous to compare general's life and sex slave's life.

  • Do you really think that sex slave's life was better than a general's life?

Moreover, Japanese military yen(軍用手票) became worthless toilet paper even before the end of WWII in occupied areas with evident Japanese defeat. On 6 September 1945, the Japanese Ministry of Finance announced that all military yen became void.220.76.64.46 2007年4月29日 (日) 04:20 (UTC)

中国占領日本軍の 詐欺 (極東国際軍事裁判判決)[編集]

Source:International Military Tribunal for the Far East (1948-11-01)

“After the Japanese forces had occupied Changsha, they also freely indulged in murder, rape, incendiarism and many other atrocities throughout the district. Then they drove further down southward to Keilin and Liuchow in Kwangsi Province. During the period of Japanese occupation of Kwelin, they committed all kinds of atrocities such as rape and plunder. They recruited women labour on the pretext of establishing factories. They forced the women thus recruited into prostitution with Japanese troops.”on page 1022 Judgment International Military Tribunal for the Far East --以上の署名のないコメントは、220.76.64.118会話/Whois)さんが 2007-05-01 16:09 (UTC) に投稿したものです。

サンフランシスコ講和条約 11 条項[編集]

日本は 極東国際軍事裁判判決を 認める

"Japan accepts the judgments of the International Military Tribunal for the Far East and of other Allied War Crimes Courts both within and outside Japan." --以上の署名のないコメントは、220.76.64.118会話/Whois)さんが 2007-05-01 16:20 (UTC) に投稿したものです。

これらの発信元はKORNETです。도대체 뭘 말하고 싶습니까???--hyolee2 2007年5月6日 (日) 07:59 (UTC)

削除依頼について[編集]

現在慰安婦の特定版(過去の編集過程の一つの版)に向日葵三十郎から削除依頼がでています。

  1. まず、これはまったく不当です。何か愛子さんやOzuYasu3rouが、慰安所からCopy&Pasteしたからダメだと言いたいようですが、愛子さんの編集で重なっている部分はなく、OzuYasu3rouのものでもCopyと言えるのはほんの一部です。そもそもWikipediaの削除方針ではこうしたものは、編集で解決すべきものとされており、削除で対応するのはまったく首を傾げます。
    執筆者の私としては、削除依頼前に指摘されれば、対応できる事です。また、もし編集内容に不満があるなら、ノートで議論して下さい。そうしたものがないこの処理は嫌がらせとしか思えません。また、OzuYasu3rouに同意される方は削除依頼で是非そう発言して頂きたいと思います。
  2. 削除依頼中の扱いについて、削除が決定されていなくても向日葵三十郎は削除依頼対象の私の編集版を基礎にしたものも使用不可であるとしていますが、削除方針にそうした記述はないように思います。従って削除が決定するまで普通の扱いで編集進行する予定です。もし私が不勉強であるなら具体的な方針の箇所をお示し頂き、ご指摘下さい。OzuYasu3rou 2007年4月25日 (水) 14:42 (UTC)
  1. 不当ではありません。また、編集内容に関する問題ではありません。
  2. 削除依頼の判定が済むまで該当部分を戻すことはご遠慮ください。あなたの行為はWikipediaの根幹たるGFDLに違反しており、荒らし行為と見なされます。納得できないのであれば、あなたに投稿ブロック依頼をかけるしかありません。向日葵三十郎 2007年4月25日 (水) 16:24 (UTC)

向日葵三十郎へ

  1. あなたはCopy&Pasteと書いています、どこがそれに当たるか示してください。またなぜ不当ではないか理由を説明下さい
  2. せっかくの警告はありがたいですが、残念ながらその根拠がないように思います。削除依頼中はその現在削除か否かも決まっていない版をベースとすることも許されないという根拠をお示し下さい。OzuYasu3rou 2007年4月25日 (水) 16:50 (UTC)
  1. あなたが書いているとおりの場所です。不当云々についてはグニューフリードキュメンテーションライセンスを参照してください。
  2. 編集内容に関する問題ではありません。また、削除依頼中だからではありません。あなたの行為がGFDLに違反しているからです。向日葵三十郎 2007年4月25日 (水) 17:11 (UTC)

継続に1票入れてきました。向日葵三十郎の削除にはまったく同意できません。それにグニューフリードキュメンテーションライセンスってGFDLの事?それってこの編集欄の下の「文書を投稿する場合はすべて、GNU Free Documentation License (GFDL)に同意するものとみなされます」のこと?ふざけてるの?M0120-vbx 2007年4月25日 (水) 17:46 (UTC)

この両名がGFDLを理解せずにWikipediaに関わっていることがよく理解できる発言であると思います。向日葵三十郎 2007年4月26日 (木) 05:14 (UTC)

向日葵三十郎って何も説明していません、これで分かろうって方が無理。GFDLがどうのこうのと言うなら、全然重なってもいないのを削除依頼かける方がよっぽどマナー違反だよ。M0120-vbx 2007年4月26日 (木) 06:56 (UTC)

こちらとしては、まともにGFDLも理解していないユーザがWikipediaの編集をしているとは思わなかったもので。まさかそこまでアレだとは想定していませんでした。そもそも、存続票を入れる入れないの問題ですらありません。GFDL違反の確認・版の特定が行われれば、削除作業が行われるだけのものです。マナー云々を言う前に「ルール」を守って編集をしてください。さもなくばWikipediaから去るべきです。向日葵三十郎 2007年4月26日 (木) 10:18 (UTC)

向日葵三十郎さんって、有名人物だったようですね、1年くらい前ですか?私は事典を執筆することにしか関心がなかったのでよく知りませんが、だいぶ分身(あやつり人形?)もお持ちとの噂(あるいは疑い)をWikipedia上で読みました。削除という手段もよくご存じのように思いました。「軍と政府の関与」は新版を数日内に改定版を使い編集を続行する予定です。それ以外は削除依頼への管理側の判断を信頼します。OzuYasu3rou 2007年4月26日 (木) 14:38 (UTC)

そのていどの大して面白くもない煽りを書く前にGFDLを熟読されることをお勧めします。また、管理者からの返答が未達であることをもって「今のところダメだという返事は受け取っていません」などと書かれることも慎まれるべきと、優しくもありがたい警告を差し上げます。向日葵三十郎 2007年4月26日 (木) 15:14 (UTC)

削除作業終了後の編集について[編集]

GFDL違反の編集などもありまして、混沌としていますので一度保護解除の段階、すなわち2007年4月22日 (日) 20:57の版にまで戻すことを提唱します。同時に、ノートで合意を得られていないものを反映させることを禁止を提唱します。向日葵三十郎 2007年4月26日 (木) 13:02 (UTC)

削除依頼と軍政府の関与&証言・証拠について[編集]

「軍・政府の関与」は今までなかったので新規追加しました。1990年代初期には話題になったことなので基礎的な知識として加えました。秦郁彦もこれには反対していないようで、あまり議論にもならないのかとも思います。また、「証言・証拠」に最近の研究結果の情報を追加しました。全体の状況とサンプル的に証言例を、今まで本ぺ-じには証言例はなかったし、追加したものは他のページにもないもので、加筆することに意味があると思います。OzuYasu3rou 2007年4月27日 (金) 03:34 (UTC)

なんで削除依頼が終了するまで待てないかな。revert。219.127.75.232 2007年4月27日 (金) 04:03 (UTC)

revertする理由はないだろ、新版になっていて削除依頼とは違うものじゃないか。よく文章を読んでね。M0120-vbx 2007年4月27日 (金) 05:11 (UTC)

なにをどうしようと特定版以降の版がすべて削除されるので、追記は管理者の手間を増やし、邪魔をしているも同然。考えなしの行動はやめなさい。--以上の署名のないコメントは、58.80.222.250会話/Whois)さんが 2007-04-27 07:44 (UTC) に投稿したものです。

IPユーザーが内容を読まずにrevertしているので説明すると、4/27に加筆した文は全て削除依頼対象になっていない者です。即ち「軍・政府の関与」はまったくの新規書き起こしですし、「証言・証拠」は始めから削除依頼が出されていません。間違えないでください。OzuYasu3rou 2007年4月27日 (金) 13:58 (UTC)

ダメだ、こりゃ……。GFDL熟読期間は1週間じゃ済まないか。向日葵三十郎 2007年4月27日 (金) 15:06 (UTC)

OzuYasu3rouさん、とりあえずここでの編集はこの問題が解決するまで待った方が良いと思います。--火の鳥 2007年4月27日 (金) 15:26 (UTC)

OzuYasu3rouに投稿ブロック依頼をかけました。Wikipedia:投稿ブロック依頼/OzuYasu3rou。お知らせまで。向日葵三十郎 2007年4月28日 (土) 08:23 (UTC)

削除依頼対象の特定版の直前版への差し戻しについて[編集]

削除依頼の結論が流動的ですが、現状、次々と削除対象となっている特定版を基にした版に編集が加わっています。仮に特定版が削除になった場合、これらの編集がすべて無駄になってしまうため、いったん削除依頼対象の特定版の直前版である2007年4月26日 (木) 22:05の版まで差し戻してしまおうと思います。そうすれば、それ以降の編集は削除対象の特定版に含まれる編集を含まないため、無駄にならずにすむはずです。私の解釈が間違っているようであればご指摘いただけると幸いです。--火の鳥 2007年4月29日 (日) 05:24 (UTC)

検証、出典関係の連絡[編集]

「未検証」の注記について[編集]

「一部の編集者に対し、出典の引用に湾曲があると強く非難が起こっている為」という理由ですが、どの部分のことを指しているのか具体的に示されていませんし、Ozuさんの編集のことを言ってるのであれば、少なくとも現在の版は保護解除時の状態から少し編集が加わっただけの状態に戻っているので、関係ありません。議論があれば、その箇所毎に要検証を貼るなりすればよいのであって、全体にこれを付加するのは「慰安婦の存在自体が未検証」という印象を与え、適当でないと思います(本来の「未検証」の注記の目的と異なる用途です)。したがって、これは削除したいと思います。--火の鳥 2007年5月1日 (火) 15:27 (UTC)

慰安婦問題の節[編集]

慰安婦に関する深い考察を記述しようとなさるお気持ちは理解しているつもりですが、「慰安婦問題」の節は慰安婦本の出版から始まる、社会的、政治的な”問題”(”騒動”)を記述しているので、「慰安婦制度」自体の考察などは不必要であることを御理解下さい。

それに、異論のある考察は、個々の出典を明確にし、「○○が・・・と指摘している(主張している)」、「××によれば、・・・という。」など、主張や発言の主体を明確にし、かつ、それを辞書百科事典自体の立場のように断定せず、あくまで、様々な主張を公平に紹介する「中立的な観点」という方針の下に書いて下さるようお願いします。-モトカル 2007年5月12日 (土) 19:57 (UTC)

考察といっても、事実の錯覚については関連知識を示すのは当然かと思います。対立点、同じ点、ズレの把握、についてより正確な中立把握ができるように、錯覚と誤知識を整理し結果的に低ランクと示すのは必然です。

などということはともかく、私が聞きたいのは、「欧米の認識」について、文献から出典しているし、(泰だけでは中立でないというなら、吉見も同意見だというのに、)なぜ[要出典]とするのかです。出典の十分条件がわかりません。出典を書かなくていいから、そう言うタグを付けておくのがバランスだというつもりなのでしょうか?--如月の弥 2007年5月12日 (土) 20:32 (UTC)

如月の弥さん、初めまして。「対立点、同じ点、ズレの把握、についてより正確な中立把握ができるように、錯覚と誤知識を整理し結果的に低ランクと示すのは必然です。」とおっしゃるのはほぼ賛成ですが、ある主張が「低ランク」とか「少数派」だとかについては、場合によっては異論もあるので、慎重にしないといけないと思います。論争の場合、しばしば対立する相手の主張を実際よりも過小評価しがちだからです。
「「欧米の認識」について、文献から出典しているし、(泰だけでは中立でないというなら、吉見も同意見だというのに、)なぜ[要出典]とするのかです。」
これは外部リンク先の荒井信一氏の「クマラスワミ報告」が出典だということだったのでしょうか?もしそうでしたら私の確認不足で、申し訳ありませんでした。ただ、これからはこういう場合、その外部リンクをアドレスのままではなく、その文献名が表示されるようにするようにお願いします。
[http://space.geocities.jp/japanwarres/center/library/cwara.HTM 「クマラスワミ報告」解説 【荒井信一】]と書いて
「クマラスワミ報告」解説 【荒井信一】と表示されるように
あと、吉見義明氏の「従軍慰安婦」を主とする慰安婦制度についての考察は、日本軍の慰安婦制度が歴史の中で特異なものなのかどうかや、強制連行があったか否かなど慰安婦問題の本質に関わる問題で異論があるものなので、書くとしてもあくまで、吉見氏がこう指摘しているという形にすべきだと思いますので考慮して下さるようお願いします。書くのなら、「慰安婦問題」の節ではなく、「慰安婦の概要」の節か、「論点」の節か、新たに「慰安婦制度」につての節を設けるかがいいかと思います。 --以上の署名のないコメントは、モトカル会話投稿記録)さんが 2007-05-13 01:31 (UTC) に投稿したものです。
わかりました。書式の問題ということですね。これからは脚注からリンクしましょう。新井新一という名がどの程度の存在なのかがわからず、ネット以外で存在を知らないということもあります。それに、ポイントは、吉見やクマラスワミを強く押し出したいという文調の中にも、認めざるを得ないこととして、吉見の言葉があるということ。もう一つの出典として、泰の文献を出している、ということでした。二つの出典から内容と中立を補強し合うというつもりでした。
吉見について、が「慰安婦問題」の中の概要のことであるなら、前の人の文を自分では削除せずに、文の修正にしたからですが、この場合に自分の手が入っているからと存続にこだわる気はありません。
だいたい慎重なつもりですが、一方で、多数の編集者がいるのだから、揺れ戻しなどの修正があるものと始めから思っています。むしろ、揺れた経過があとあとの蓄積として残るとも思ったりしてます。・・それで好意的な配慮でも、慎重さを減らす方に働いてしまうかも知れませんね。--如月の弥 2007年5月13日 (日) 05:48 (UTC)
如月の弥さん、御理解いただきありがとうございます。「複数の出典から内容と中立を補強し合う」というのは「中立的な観点」という方針からいって大事なことですね。「揺れた経過があとあとの蓄積として残る」というのは共同で編集することにより、辞書百科事典と洗練してゆくというウィキペディアの本来の姿ですね。「無益な編集合戦」ではなく、「共同編集による洗練」を願いたいものですね。--モトカル 2007年5月13日 (日) 06:51 (UTC)

要出典の付け方について[編集]

モトカルさんの編集方針について基本的には賛同します。しかし、観点について概ね争いのないと思われる部分(公知の事実)についてまで要出典とされる必要はないのではないかと思います。上記の如月さんの点もそうですし、いま見たところ、例えば、「元慰安婦らの証言によれば、戦況次第では一日に十人以上の兵士との性行為に従事する場合も少なくなかった。」などは、「そういう証言がある」ということ自体に争いがあれば要出典ですが、たぶんそれ自体には争いはないわけなので、そこに要出典を付けられる必要はないと思います(この部分は吉見本ということになっているわけですが。)。そうでないと、本に適当な文章がないと本文を書けないということになってしまいます。--火の鳥 2007年5月13日 (日) 13:11 (UTC)

もう一点、引用の仕方も注意する必要があります。例えば、「吉見義明によると、地域の状況を問わず、軍の進出に伴い、兵士が存在する地域には慰安所が設置されていったため、慰安婦が前線基地に派遣される場合も多く、そのため、慰安婦が空襲や爆撃の被害を受けたこともあったという」という書き方をすると、通常は吉見の独自の意見のように読めます。しかし、このあたりは一部トンデモな人を除いて、秦も含む学者間には争いはなく、政府調査でも出てくるわけで、「~によると」という引用の方法はむしろ不適切でもあります(知らない人が誤解します)。こういうところは、脚注で示しておけば十分ではないでしょうか。--火の鳥 2007年5月13日 (日) 16:09 (UTC)

火の鳥さん、私も基本的には「概ね争いのないと思われる部分(公知の事実)についてまで要出典とされる必要はない」と思います。ただ、本当に異論がないのかわからないものもあるので、「戦況次第では一日に十人以上の兵士との性行為に従事する場合も少なくなかった。」のような記述なら出典をやはり示してほしいです。なぜなら、慰安婦制度を擁護・弁明する立場からは慰安婦の辛さを物語るそのような話は普通語られないからです。それに、単に争いがないというだけでなく、数字や発言など関する記述が内容において正確なものかが疑われないように、できるだけ出典はつけるべきだと思います。
また、複数の文章がいくつかあるとき、一つの出典が複数の文章に渡るのかそうでないかという問題もありますね。本当に必要ないのは、いついつ国連でこういう報告があったとか、いついつ○○談話が発表されたとか、たくさんのソースで確認できるものではないかと思います。
「公知の事実を「~によると」という引用にするのは不適切である」というのは確かにそうですね。--モトカル 2007年5月13日 (日) 19:22 (UTC)
国内遊郭でも一日5人がふつうということになっていますから、むしろ当然と言えるでしょう。国内でも、稼ぎ時には自ら無理をしていたそうですし。素人、ベテラン、体の大きさ、体力、客をこなす技術などによって、人数の持つ意味は変わるでしょうしね。むしろ、そんな数字を使って、誰が何を言おうと利用したのか、という点では出典があったほうがいいでしょうが。--如月の弥 2007年5月14日 (月) 11:51 (UTC)
追伸。一日5人というのは、「「慰安婦」問題とアジア女性基金」でそれで納得しているからですが、
http://bbs.enjoykorea.jp/tbbs/read.php?board_id=phistory&page=2&nid=76300
にも書いてあります。ここで、ミチナで20人に付き一日100人とありますが、私の知る政府文書の和訳にはありません。これは、ここの作者がいいかげんなのか、ミチナの資料には追加発見か追加分析があったらしいのでそのせいかもしれません。なお、ミチナの資料では、200人が戦死して残りが200人というから、彼女らの収入は、大勢兵士が通過した時期に多く、あとは暇だったと思えますね。--如月の弥 2007年5月14日 (月) 16:02 (UTC)

慰安婦の生活状況[編集]

「辞めることを許されたのは、妊娠後期になったり、精神的疾病を発症して、慰安婦としての任務を遂行できなくなった場合に限られていたのがほとんど[要出典]であった。[26] 」と云う部分、出典の「従軍慰安婦」の「慰安婦たちが強いられた生活」というところぐらいしか該当がわからないのですが、その中には見あたりません。どういう根拠でしょう。--如月の弥 2007年5月18日 (金) 11:14 (UTC)

冒頭の書き換えについて3 簡素化など[編集]

上記に冒頭の書き換えの提案がありますが、議論が細部に行ってしまっているので、こっちに新たに項目をたてます。ざっと見たところ、誰も項目分割には反対されておられないようなので分割しました。--火の鳥 2007年5月1日 (火) 17:12 (UTC)

「従事した」、「従事させられた」の表現[編集]

定義としては、「従事させられた」で良いと思います。強制連行には争いがありますが、「性行為の強制性」の部分については、研究者間では争いはないかと(もしあれば具体的にお示しいただければ。)。対価支払いが不明なものもあるので「売春」と括ってしまうことには疑問がありますが、とりあえずそこは残しております。--火の鳥 2007年5月3日 (木) 20:24 (UTC)

その主体が民間の業者か、自分の親か、旧日本軍かは別にして、本人が望まないのに、強制的に慰安婦に”させられた”女性がいたことは事実だと思いますが、一方、公娼制度があった当時、賎業、醜業という意識はあったにせよ、一つの稼ぎ口として、慰安婦という立場を選んだ人もいるのも事実かと思われます。実際、元もと娼婦だった女性も参加したと言われています。かつての奴隷のように、すべてが強制されたわけではないのならば、自発的なものは含まない「従事させられた」という表現は辞書百科事典としての正確さを欠くと思います。一方、「従事した」という表現は自発的でないものも含むことのできる一般的表現なので(例えば、「3年間の服役を”課せられた”人」は、「3年間”服役した”人」とも表現もできます)、「従事した」という表現をまず用い、強制的に慰安婦にさせられたという事実があるということを別に記述するのがよいと思います。--モトカル 2007年5月4日 (金) 06:06 (UTC)
こんなのがありますね[1]。孫引きですが、資料一覧もついています。--如月の弥 2007年5月4日 (金) 11:26 (UTC)
では、そこは譲歩しましょう。ただし私の意見としては、「慰安婦になること」に関する部分というより、慰安婦の多数は「慰安婦であり続けること」「性行為を拒否すること」に関して選択の余地がなかったことについて、「強制」「従事させられた」という表現が適当だと考えます。いずれにせよ、少数の例外はどんなケースもあると思いますが、どれが多数であるか、少数を強調することで読み手を混同させないかということが大切だと思います。
如月さん、そこに引いてある資料は読みましたか。どこの誰だか知りませんが、そのサイトを作ってる人の独自の解釈でしょう。回想史を都合良く切り抜けばそうなるかもしれません。それなら私にだって「すごいサイト」、作れますよ。そうではなくて、まっとうな研究者で、慰安婦の多数が性行為を拒否でき、自由に廃業することができ、軍票でなく現金で対価を取得して豊かな生活を享受していたという調査・研究があれば、教えて頂きたいものです。--火の鳥 2007年5月4日 (金) 17:20 (UTC)
全体の表現・視点でなく、断片的な事実が例外でなく反証になっていれば十分だと考えるわけです。自由に廃業することができるかその他は、戦地環境として実質的にそれができるか、海外戦地に行くことについて当然の常識として何をわかっているべきか、によります。また、現金は海外占領地では流通させていません。断片的に書くと、一般人も円の持ち出しは禁じられていて帰国してから特定の場所で交換するものでした。借金の返済は、泰氏の本の表からは、1943年頃の数字は国内遊郭の跳ね上がった報酬よりも高い比率であり、永井和氏の論の中では二年経てば借金がなくなるということで、事実上は国内よりもたぶん早く自由になれる条件だったでしょう。性行為を拒否できるというのは、出典は知らないが見たことがありますね。拒否できなかったという例では、拒否しようとしたら兵の暴力や剣幕に押されたたということしか寡聞ですがまだ見ていません。むしろ、拒否できなかった例=「例外が簡単に発生した」とも読めます。また「乱暴な態度を慰安婦からされても自分からは何もせずに軍に報告するようにしろ」という規則資料を読んだことがあります(政府発表のかな)(兵隊が嘘をついていたにしろ、軍としてはそういう態度だと)。状況は土地と時期によって変わるでしょうから、一般的平均的認識というのは難しいのでは。文としては、「売春に従事した婦女」よりも「慰安所にいた低級娼婦」とした方が言葉が柔らかいのでは。--如月の弥 2007年5月5日 (土) 03:45 (UTC)

追伸。中部ビルマで米軍の捕虜の調査資料に、慰安婦は断る権利を認められていた、とありましたが(吉見の従軍慰安婦資料集)、すでに例外としてご存じでしょうか。--如月の弥 2007年5月5日 (土) 04:21 (UTC)

冒頭に他国の慰安婦的存在を記述するか[編集]

記載する必要性は非常に高いと思います。存在についても出来事についても、それが普通のことなのか、稀なことなのかを知ることは理解にとってとても重要なことです。

「慰安婦」についても、当時、「公娼制度」があったということを知らなければ正しく理解できないでしょうし、世界各国の軍隊にも、戦時中には、「慰安婦」的存在がいたということを知らなければ、当時の「慰安婦」についてきちんと理解することはできないと思います。もし、旧日本軍の慰安婦が独立した記事になった際にも、同様に記述すべきと考えます。--モトカル 2007年5月5日 (土) 04:10 (UTC)

存在の説明量にもよるにしろ示唆以上は必要と思います。--如月の弥 2007年5月5日 (土) 05:01 (UTC)

モトカルさん、その部分は以下の理由により同意できません。
  • 第一に、冒頭に何を書くべきかという問題があります。これは既に述べましたが、私の意見では、各国に類似の制度が存在したことを書くのであれば、強制的な売春の実態や、慰安婦の生活状況についてこそ書くべきだということになりますが、それではモトカルさんや如月さんの同意は得られないでしょう。今後強行すれば編集合戦になることは目に見えてます。それが冒頭を簡素化した理由でもあります。したがって、冒頭文については具体的に提案があり、いずれの立場も合意できるような内容でない限り、変更しない方が得策だと思います。現在でもかなり私は譲歩しているわけで、現実的には難しいような気がいたします。これが最も大きな理由です。
  • 第二に、世界各国の軍隊にも戦時中には、「慰安婦」的存在がいたことを挙げることの意味の問題です。これはよく聞く主張で、当然「比較」する視点を読み手に与えようとするわけですが、実際のところ何と何を比較しているのかが不明で、非常に雑な議論だと思っています。はっきり言うと、産経系の論調を読めば分かるとおり、各国(これも雑な言い方ですが)にもあるから日本の慰安婦だけが悪いわけではないというようなニュアンスでしか用いられていませんが、少し考えれば、どっちが「悪いか」などという議論は簡単にはできないはずなのです。比較する場合には、規模や制度の建て方や人権保障の様々な側面から厳密に検討していかなくては、事実を見誤ります。単純に「売春行為」「軍」というキーワードだけで結びつけても学問的に意味があるものとは思えません。
  • 第三に、世界各国の軍隊にも戦時中には、「慰安婦」的存在がいたことの立証(正確さ)の問題です。仮に日本国内で行われている慰安婦問題に関する「客観的証拠がない」という主張のスタンダードを「各国」に適用すれば、ほとんどの国の制度は「存在が立証されていない」ことになるでしょうが、それには目をつむるとしても、『各国に「慰安婦」的存在がいた』という総括は、「各国」というのが何か、また何をもって「慰安婦」的存在とするかが曖昧なので、非常にミスリーディングだと思います。書くのであれば、具体的にドイツやフランスの例を挙げるのでしょうが、そうなってくると複雑で記事が一個書けるくらいになりますから、やはり冒頭にはふさわしくないということになります。--火の鳥 2007年5月5日 (土) 06:36 (UTC)
火の鳥さん、私は「強制的な売春の実態や、慰安婦の生活状況について書く」ことには少しも反対ではありません。むしろ、実際にそういう指摘があるなら出典と共に書くべきだと思います。そういうものを否定したとは思っていません。むしろ、「特定の観点からの意見を主張するのではなく、論争における様々な立場を公正に説明する」というウィキペディアの「中立的な観点」という方針をを大事にしたいと思っています。それに、他国の慰安婦と比較して、どっちが「悪いか」を示すことは”ウィキペディアとしては”できません。そういう主張があるならそういう主張があることを書くだけす。
「世界各国の軍隊にも戦時中には、慰安婦的存在がいたことの立証」も必要ではありませんし、むしろ立証してはならないというのが、:「真実かどうかではなく、検証可能なものを書く」というウィキペディアの「検証可能性」という方針だと思います。
ですから、「世界各国の軍隊にも戦時中には、慰安婦的存在がいた」ということは、そのことを示す文献もあり、そういう主張もあるのですから書くべきだと思います。冒頭でなくてもいいですが、「慰安婦の概要」の節に書けばいいと考えます。--モトカル 2007年5月5日 (土) 08:14 (UTC)
危険は確かにありますね。私が示唆と言うのは、日本軍にしかありえないと取れる表現でなければいいと思います。それにしても、慰安婦的存在に何を含み何を含まないかは慰安婦への理解と関わることです。中心の記述文が合意を得られた場合にどんな文になっているかによって、加えるべきかどうかが変わってきそうですね。それまでは、文の背後に意識する感覚があってもいいと思う、ということで止めるべきでしょうか。私のイメージでは、「(慰安婦という用語、各国の例については各小項目参照)」という文を追加程度でしたが。--如月の弥 2007年5月5日 (土) 08:00 (UTC)
私の書き方が少し舌足らずでしたが、冒頭は意見があるものを併記して書くというよりも、「どれが重要で、どれをピックアップするか」という問題がありますから、それに関しては現在の状態では恐らく同意が得られないだろうということです。いずれにしても冒頭はノートで提案文を固めてからでないと、編集合戦に対処しきれないと思います。また、「世界各国の軍隊にも戦時中には、慰安婦的存在がいた」ということは、そのことを示す文献もある」という類の表現は、「世界各国」「慰安婦的存在」という曖昧な表現が不正確で、どの軍隊にも慰安婦と同態様・同規模のいわゆる「性奴隷制」が存在したかのように読めますが、そうではないはずで(個別の例は承知していますよ)、そこのところをきちっと書かないとミスリーディングだということです。項目の中にそういう「主張」の記述を入れる事自体までは反対しません。ただ、歴史学者のものとジャーナリスティックなものとは区別していただきたいところです。それは全般にいえることですが。--火の鳥 2007年5月5日 (土) 11:56 (UTC)
この場合の「冒頭」とは、目次よりも上にある部分のことでしょうか。それならば、簡易なものになっている現在、それらについて触れる必要は無いと思います。呼称の箇所が冒頭に含まれていた以前ならばそれもありかな、とは思いましたが。
なぜかというと、前にも書いたのですが「慰安婦」という言葉が日本軍以外のものを指す場合があっても(韓国軍のものやRAAなど)、それらは日本軍の「慰安婦」という言葉から派生したものであり二義的なものに過ぎないからです。ましてや「慰安婦」という名前ではないのに近年の「慰安婦問題」に対する風潮から「慰安婦」と訳されただけのものや、「慰安婦的存在」などは慰安婦の項目で触れる必要はないでしょう。触れたとしても冒頭には必要ありません。冒頭は一義的な定義にすべきです。
とはいえ、前者の、派生から「慰安婦」と呼ばれる娼婦に関しては、「呼称」の項目の最後の部分で触れても問題無いと思いました。触れるだけにして内容に関しては別項目にしたほうがいいと思いますが。ということで、「呼称」の箇所が冒頭にあるのなら「賛成」しますが、現状では「反対」としておきます。Qazzx 2007年5月5日 (土) 14:00 (UTC)

冒頭とは何か[編集]

辞書Dictionaryでなく事典Cyclopediaなのだから、不変の定義はないと思います。定義にこだわらず概要の要約的な文でもいいのでは。結局、小項目をどう分けるかなのでは。--如月の弥 2007年5月5日 (土) 05:23 (UTC)

概要[編集]

呼称[編集]

呼称という用語は微妙だが、形容よりも名称に近い。ただの形容でしかない「性奴隷」は呼称にはできない。「元性奴隷の金学順」「慰安所にいた性奴隷たち」などという呼び方は誰もしない。--如月の弥 2007年5月6日 (日) 09:36 (UTC)

総数・内訳について[編集]

朝鮮半島の人口を書きたがっている人がいるようだが、それらが慰安婦総数の説明になっていないし、またそうした朝鮮人総人口から慰安婦の数を割り出した出典もないので削除しました。また日本人慰安婦が多い説明もなかったので削除しました。M0120-vbx 2007年5月7日 (月) 15:53 (UTC)

文章の位置はともかく、人口は読者の参考になる。削除の理由にはならない。慰安婦20万人が世代人口の100%に匹敵するという数字を隠すなど論外だ。「朝鮮人総人口からは、慰安婦の数がりくつに合わない」証拠だから、割り出したものがないのは当然なのだから。--如月の弥 2007年5月8日 (火) 11:20 (UTC)

序文の改案の提案[編集]

現在の文はそのままに、簡潔にこの問題をとらえる為に以下の文章を追加することを提案する。

  • ここまで原文。以下追加の文
俗に言う狭義の強制性とは「軍の命令による強制的な娼婦の徴発」をさし、広義の意味では「自発的な娼婦への志願(一般に高給であるため)、ないし軍や行政の関知しない強制的な従属(どちらにせよあってはならないことだが)」などをさす。安倍内閣総理大臣の発言を例にとるならば「強制性はなかった」は狭義、「責任を感じている」は後者への謝罪ないしそれに準ずる意思をさす。
国内では問題への捉え方や議論が多様にあるが、国外ではあまり区別されていないのが現状である。その原因は娼婦へのキリスト原理の文化的禁忌にあるとも言われる。区別されていないとは煎じ詰めれば「自発的であれ強制的であれ(禁忌として)悪い」。少し乱暴ではあるが、2007年4月にアメリカ下院で決議案として提出された謝罪をもとめる法案の要点からも汲み取れるであろう。更に言い換え喩えるならば、このことは女系天皇と女性天皇問題(議論)の本質の差異への無意識と近しい。
自体は非常に煩雑としており、以下に記述するが当事者とされる人たちの意見や学者・各国政府の考え方までまさにピンからキリまで存在する。

兎も角ですが、狭義と広義の差を意識するぐらいの記述を冒頭にもってくればどうかと思う。検索(F)でも狭義は2つしかでてきませんし、証拠とされるものや発言の羅列ばかりで理路整然とせず混沌とし、論点が霞んでみえます。狭義広義がテーゼであるとは言いませんが、本質をとらえることに役立つのではないかと思います。安倍総理の発言や決議案をもってきたのは例証や補足としての記述であり、時事でもあるからです。

ところで、上の韓国人工作員の英作文の山は? やたらwhoisがややこしいけど。差し支えなければ、移してはどうです--Qoo 2007年5月8日 (火) 23:16 (UTC)

それが「本質」かどうかについて、かなり意識に差があります。私はそれは政争の種にすぎず、歴史学的にみた場合の慰安婦の位置づけを論ずる上ではむしろ「本質」ではないと考えています。なので冒頭文に入れることには同意できません。冒頭についての議論は上記も参照してください。なお、別記事に分割する際には検討すべきかもしれませんが、出典が必要だと思います。--火の鳥 2007年5月9日 (水) 01:16 (UTC)

まっかな嘘[編集]

慰安婦の年齢の矛盾について[編集]

この写真を見ると、どう見ても「自称」慰安婦は、60代から70代のように見える。戦後62年経ち、終戦時に20歳の慰安婦ならば、現在は82歳になっているはずである。これが80代に見えるだろうか?年々「自称」慰安婦の年齢は若返る傾向にあることは事実。この矛盾を説明できないままに、毎年毎年慰安婦の年齢が若返り、日本政府としては、責任を認めるにしても、当時朝鮮の女の赤ん坊を慰安婦として強制連行したということにしなければ、謝罪するにしても謝罪できず、対応に苦慮しているところである。キリスト教的な価値観では、神が人類を創造したとあり、「創造された慰安婦」もまた神の御心であれば、日本人は一方的に例えそれがウソであっても信用しなければならないことになる。慰安婦論争とは、「ない」ところに「ある」と言わなければならない神学論争としての一面がある。--以上の署名のないコメントは、亜細亜の曙会話投稿記録)さんが 2007-05-09 07:39 (UTC) に投稿したものです。

左翼系文化人の慰安婦観[編集]

政府の対応を批判する「放談」であるが、よく見ると奇異なことに気が付く。

>なんか非常に(話し方が)慣れていて、ちょっと芝居がかった感じがしたが、彼女の作り話とは思わなかった。

簡単に言うと、お芝居だとは思うが本当だと信じるということである。良識を持った日本人が左翼に対していくら事実関係を証明しても理解してくれないのは、左翼自身もまた捏造だとは思いつつも、慰安婦の証言が事実であると「信仰する。」態度があるからである。左翼にとって慰安婦とは、神学論争であり、事実関係や自分の受けた印象とは別次元で「認定する。」ということが図らずも証明されたやりとりである。--以上の署名のないコメントは、亜細亜の曙会話投稿記録)さんが 2007-05-10 03:05 (UTC) に投稿したものです。

日本人の671倍ウソつき民族の証言の妥当性[編集]

韓国人が日本人の671倍ウソつき民族であることは科学的・統計的に証明されています。

http://www.chosunonline.com/article/20030213000039

朝鮮民族自らが、「我々は大ウソつきだ。」と認めているにもかかわらず、ウソで塗り固めた慰安婦の証言を一方的に信用すべきものであるのかが、慰安婦問題の本質である。日本側の調査においては証言がコロコロ変わり、強制性の裏付けが否定されたにもかかわらず、なんら証拠のない慰安婦の言い分だけを一方的に信用し、日本側の証拠提出を一切認めない米下院ではこういった朝鮮民族の特質についてなんら検討されていない実情にある。 --以上の署名のないコメントは、亜細亜の曙会話投稿記録)さんが 2007-05-16 07:08 (UTC) に投稿したものです。

慰安婦の解剖?なぜ韓国人は平気で嘘をつくのか[編集]

http://japanese.joins.com/article/article.php?aid=86442

>生体実験で悪名高い旧日本軍731部隊が子どもの前で慰安婦の母を生体解剖したという証言が、当事者から出てきた。・・・常識的に考えればわかるが、韓国人は、「日帝は若い朝鮮の女性を村を包囲して強制的に拉致した。」と主張している。若い女性に子供がいて、しかも子連れのまま拉致するなどあり得るだろうか?少し頭に血の回る人間ならば、すぐにその話のウソに気が付く。韓国人はなぜ平気でウソをつくのか?日本人の671倍ウソつき民族のためか!? --以上の署名のないコメントは、亜細亜の曙会話投稿記録)さんが 2007-05-22 06:25 (UTC) に投稿したものです。

AP通信の報道について[編集]

本文中に産経新聞の報道を参考にして『4月26日 アメリカの「AP通信」は東京発記事で、米軍が日本進駐直後に、日本政府や旧軍当局に売春婦の調達や売春施設の開設を命じた書類が発見されたと報じる。マイク・ホンダが米議会調査局に米軍についての調査を依頼』との記述がありますがAP通信の記事は[2]であり「米軍が日本進駐直後に、日本政府や旧軍当局に売春婦の調達や売春施設の開設を命じた書類が発見された」とは報じられていませんがいかがでしょうか?独自調査となるのでコメントアウトも削除もしませんが虚偽であれば原文に沿って削除すべきなのではないでしょうか?--Miwa.SS 2007年5月16日 (水) 14:03 (UTC)

命じたのではなく、知っていて許可した、黙認した、と云う記事だということですね。しかし、これ本田議員が5月四日にあれこれ言うまで、産経関係の人間はAP通信を見てないようですね。AP通信の5月4日の文に誤解させる表現があったのか、ホンダ議員の発言に誤解があったのか、原因はわかりませんが。四日の文がわからなかったので。本文としては間違いでしょう。--如月の弥 2007年5月16日 (水) 16:13 (UTC)
産経の古森義久記者は、「日本の政府や旧軍当局に売春婦の調達や売春施設の開設を命じた一連の日本語書類」が発見されたと書いていますが、APのリンク先の記事だと「An Associated Press review of historical documents and records - some never before translated into English - shows American authorities permitted the official brothel system to operate despite internal reports that women were being coerced into prostitution. 」なので、なぜそれが「命じた書類」なのか、誤報だというものですね。反論もあまり聞かないし、私の意見としても削除すればよいとは思いますが、産経(しかも圧倒的支持を受けている古森氏)にこうして出てしまっているので、今後そこまで読み込んでいない編集者がまた現れるような気もします。そうすると、これは誤報だという注釈を付けるということになるのでしょうか。しかし、それも削除されてしまいそうだし、難しいですね。--火の鳥 2007年5月17日 (木) 00:54 (UTC)
この項目での最近の主要な編集者であられる御両者から上記のようなコメントもいただき、元のAPの記事の内容も考慮してとりあえずコメントアウトさせていただきました。--Miwa.SS 2007年5月17日 (木) 03:42 (UTC)

産経新聞2007年5月22日国際面に『6日付の「占領下の日本 米軍用慰安婦がいた」の記事中、AP通信の報道の引用で「占領米軍(から)の命令」「米軍が命じた」とあるのは「米軍の許可」「米軍が許可した」の誤りでした。』との訂正文が掲載され誤報が確定しましたのでコメントアウト部分を削除いたします。--Miwa.SS 2007年5月23日 (水) 00:37 (UTC)

慰安婦問題の経過について[編集]

政府が嘘をついたという表現[編集]

「慰安婦問題の経過」の節の、1992年7月6日の加藤紘一官房長官の談話について、「(官房長官が過去の参議院予算委員会での政府答弁「民間の業者がやっていること」「政府として実態調査はできない」「手がかりになる資料がない」が嘘であったことを認めた。)」と書かれていますが、どういういう事実を元にこういう表現になったのか不明なのでコメントアウトしました。記者などが、加藤官房長官が「過去の参議院予算委員会での政府答弁は事実でなかったということですね」などという質問に、「そうです。事実ではありませんでした。」などと答えた事実があるのならば、妥当な表現だと思いますが、それまでの政府の動きを見て、「嘘であったことを認めた」と総括しているとしたら、出典もなく、特定の観点を書いていることになり、ウィキペディアの「中立的な観点」や「検証可能性」に反します。もし、「政府が嘘であったことを認めた」という指摘が誰かからなされたのであれば、「慰安婦制度の批判ら(○○)は「政府が過去の参議院予算委員会での政府答弁嘘であったことを認めたと指摘した」という風に出典を付けて書くべきだと思います。--モトカル 2007年5月17日 (木) 23:12 (UTC)

「手がかりになる資料がない」「政府として実態調査はできない」と言う発言と、「資料がある」と言う事実や「政府として実態調査できた」という事実は両立しません。政府答弁として「資料がない」「調査できない」と発言した後で、手がかりになる資料を100以上公開したうえで、官房長官が「慰安所の設置や運営・監督などで政府が関与していた」と述べたと言うことは、「手がかりになる資料がない」「政府として実態調査はできない」と言う発言が「嘘」であることを官房長官が認めたと言うことです。--Y-岡田 2007年5月18日 (金) 18:44 (UTC)
Y-岡田さん、初めまして。「政府答弁が不誠実な嘘であることが判明した」という記述は特定の見方、意見の表明であり、「事実、様々な意見に関する事実も含めた事実を書け――だが意見は書くな」というウィキペディアの「中立的な観点」という方針に適っていないと思います。
また、政府は吉見教授による資料の公開を受けて調査を始めたというソースはあるのでしょうか?韓国での首脳会談で、宮沢首相が真相究明を約束し、調査を始めたとされていると思いますが?--モトカル 2007年5月18日 (金) 13:15 (UTC)
衆院予算委員会で政府が「政府として実態調査はできない」「手がかりになる資料がない」と主張している状況で、吉見教授は「手がかりになる資料」を提示して、「政府が実態調査できる」ということを示したわけです。「政府答弁が嘘であることが判明した」というのは事実をそのままに示したけだであり、「特定の見方、意見の表明」と言うのは言いがかりでしょう。そもそも、政府自身によるその後の調査で100以上の資料を公開していますから、政府自身が「政府として実態調査はできない」「手がかりになる資料がない」という政府答弁が嘘であったことを「証明」しているのですが・・・。--Y-岡田 2007年5月18日 (金) 19:23 (UTC)
まず、”結果として”「嘘であると認めたことになる」ということと、”実際に”「嘘であると認めた」ということは別物です。一方はひとつの見解の表明であり、一方は事実についての記述です。また、「”結果として”事実でなかった」ということと、「”意図的に”嘘をついた」ということも別物です。嘘というのは本人が事実でないことを知っていて意図的に事実を曲げることを言います。過去の政府答弁がどういう経緯や意図からなされたかは明らかになっていませんし、過去の答弁をした本人が、「軍が関与していたことやそういう資料があったことを実は知っていた」とでも語ったのなら、「嘘であること認めた」という表現は妥当なものだと言えますが、そういう事実はなく、加藤元官房長官も過去の答弁は嘘であったと答えたわけでもないので、「嘘であったことを認めた」という表現は、個人のサイトでならともかく、辞書百科事典としての記述としては正確ではありません。実際、この加藤官房長官談話に関して、「政府が軍の関与を認めた」という表現は多いですが「過去の政府答弁が嘘であることを認め」たという表現は見かけたことがありません。
比較の例として、慰安婦問題を擁護する側においては、「吉田証言は捏造であった」との表現が多く見られますが、吉田清治氏は自身の証言において、「時と場所については創作を交えた」とは語っていますが、慰安婦を強制連行したという自身の証言までウソであったとはっきり認めた発言は伝えられていません。ですから、以前このウィキペディアでは「吉田証言の捏造が発覚」などと記述されていましたが、捏造だという記述はしないで、「時と場所については創作を交えた」ことを明かしたという事実だけを記述するように修正しています。もちろん、「吉田証言は捏造であったという批判がなされた」という記述なら、そういう批判がなされたこと自体は事実なのでウィキペディアの「中立的な観点」という方針に適っています。
また、別の例として、千田夏光はある軍人から強制連行の証言を聞いたと自著で書いていましたが、後に事実関係を問われて、実際はその軍人から話を聞いたのではなく、他の著作から引用したことを認めたので、この場合は「千田が嘘を認めた」という表現は妥当なものだと思います。
このように、いくつかの事実からある結論を導くとき、それが自明の結論のように思えても、別の見方もあることが往々にしてあります。ですから、安易に総括することなく、はっきりとした事実だけを書き、できるだけ”事実に語らせればよい”と思いますし、それがウィキペディアの「中立的な観点」という方針だと考えます。余計な総括を書く事が議論を呼んでしまいます。ウィキペディア自体には「意見は書くな」というはっきりとした公式な方針があることを理解してほしいと思います。--モトカル 2007年5月19日 (土) 08:17 (UTC)
モトカルさんと、私では日本語の使い方が違っているような気がします。モトカルさんは「嘘」とは「本人が事実でないことを知っていて意図的に事実を曲げること」と主張されていますが、私は「嘘」とは「事実に反すること」として使っています。予算委員会で政府としての公式に「資料がない、調査できない」と主張していたのが、外部から資料をしめされ、後の政府自身の調査で100以上の資料の存在が判明した際に、官房長官が「資料があった、調査可能」と予算委員会での政府発言を否定する主張をしているのだから、「事実でないことがわかった」という意味で「嘘を認めた」と表現していいと思うのですが・・・--Y-岡田 2007年5月19日 (土) 16:16 (UTC)

Y-岡田さんが「事実に反すること」として使っておられるのはわかりました。しかし、意図的に事実を曲げることをも意味する、「嘘」という言葉を「事実でない」という意味で使うのは誤解を招きかねないし、過去の政府答弁がどういう経緯や意図からなされたかは明らかになっていない以上、辞書百科事典としての正確性においても、中立的な観点という公式な方針からいってもやはり妥当ではありません。イデオロギー色の強い個人サイトなら、「灰色」も「黒である」と書くでしょうが、辞書百科事典であるウィキペディアにおいては、「灰色」はやはり「灰色である」と書くべきだと思います。--モトカル 2007年5月19日 (土) 20:27 (UTC)

モトカルさんとしては「嘘」という言葉には「意図的に事実を曲げること」を意味する場合があるから、「事実に反すること」を指すのには不適当と主張されるわけですね?では、「意図的に事実を曲げること」というニュアンスを含まない「事実に反していた」と書けばいいでしょうか?(官房長官が過去の参議院予算委員会での政府答弁「民間の業者がやっていること」「政府として実態調査はできない」「手がかりになる資料がない」が事実に反していたことを認めた。)という表現なら、「意図的に事実を曲げること」というニュアンスを含まないからいいでしょうか?--Y-岡田 2007年5月20日 (日) 18:16 (UTC)

「前回(以前)とは異なる見解を示した」旨の表現にしてはどうでしょうか? --経済準学士 2007年5月20日 (日) 18:22 (UTC)

予算委員会での答弁に対し、「事実に反する」と言う指摘がされていて、「事実に反する」という証拠を突きつけられたあと、政府自身が「事実に反する」という証拠を100以上も提出してきたわけですから、「前回とは異なる見解を示した」という表現よりも、「事実に反することを認めた」という表現のほうが妥当だと思いますよ。--Y-岡田 2007年5月21日 (月) 14:37 (UTC)
  • 現在、「朝鮮人女性の強制連行を裏付ける資料は発見されなかった」としながらも、「慰安所の設置や運営・監督などに政府が関与していた」ことを初めて公式に認める。

という記述になっています。先回にも述べたように、事実としては「政府が関与していたこと」を認めたのであって、「過去の政府答弁が事実でなかった」と認めたのではありません。「過去の政府答弁が事実でなかったと認めた」というのはいくつかの事実から導かれる一つの解釈、総括で、ニアリーイコール(≒)であったとしてもイコールとはできない部分があります。

1991年4月1日の第120回国会 衆議院 予算委員会においては、警察庁長官官房長は「動員業務を担当していた当時の厚生省の勤労局あるいは国民勤労動員署に勤務をしていた者から事情を聴取した結果、厚生省勤労局も国民勤労動員署も朝鮮人従軍慰安婦といった問題には全く関与していなかった。私どもはそれ以上の状況を把握できない」と答弁していました。

一方、1992年7月の加藤官房長官談話は、「慰安所の設置、慰安婦の募集に当たる者の取締り、慰安施設の築造・増強、慰安所の経営・監督、慰安所・慰安婦の街生管理、慰安所関係者への身分証明書等の発給等につき、政府の関与があったことが認められた」と述べています。

これらのことから以下の記述が妥当かと考えます。

前年の国会での政府答弁では朝鮮人慰安婦に対する政府の関与を否定していたが、この日、「慰安所や慰安婦に関して政府の関与があった」ことを初めて公式に認めた。

関与の内容を詳しくするなら

前年の国会での政府答弁では朝鮮人慰安婦に対する政府の関与を否定していたが、この日、「慰安所の設置、慰安婦の募集に当たる者の取締り、慰安施設の築造・増強、慰安所の経営・監督、慰安所・慰安婦の街生管理、慰安所関係者への身分証明書等の発給等について、政府の関与があった」ことを初めて公式に認めた。 --以上の署名のないコメントは、モトカル会話投稿記録)さんが 2007-05-20 20:45 (UTC) に投稿したものです。

>過去の政府答弁が事実でなかった」と認めたのではありません。「過去の政府答弁が事実でなかったと認めた」というのはいくつかの事実から導かれる一つの解釈、総括で、ニアリーイコール(≒)であったとしてもイコールとはできない部分があります。
←「資料がない」「調査できない」と「100以上の資料がある」「調査可能」は両立しません。「100以上の資料がある」「調査可能」を証拠を出して認めることは、「資料がない」「調査できない」という答弁が事実に反していることを認めることです。これはイコール(=)であって、ニアリーイコール(≒)ではありません。あと、政府は前年の国会では「政府の関与」だけでなく「資料の存在」「調査の可否」も否定していますよ。そして、「資料の存在」「調査の可否」に関する答弁は事実に反しています。--Y-岡田 2007年5月21日 (月) 14:37 (UTC)

「手がかりになる資料がない」と答弁していたのに、「手がかりになる資料が100以上も出て来た」、「政府として実態調査はできない」としていたと答弁していたのに「調査できた」から過去の政府答弁が嘘(事実でない)とおっしゃってるのですが、事実関係を整理してみました。

<「政府として実態調査はできない」と答弁したか?>

1990年6月6日の第118回国会 参議院 予算委員会において、労働省職業安定局長が「できる限りの実情の調査は努めたいと存じますけれども、ただ、先ほど申しました従軍慰安婦の関係につきましてのこの実情を明らかにするということは、私どもとしてできかねるんじゃないかと、このように存じます。」と確かに“「政府として実態調査はできない」”という旨の答弁しましたが、社会党の本岡昭次がその答弁に納得しなかったこともあり、その後の答弁に立った内閣官房長官の坂本三十次は、「本件(従軍慰安婦の問題)につきましては、政府は労働省を中心に関係省庁協力して調査いたしますので、なお時間をいただきたいと思います。」と答弁しましたし、総理大臣の海部俊樹も「今問題になっておる問題(強制連行や従軍慰安婦問題)につきましても、政府はできる限り各省庁協力をして、どのようなことであったのかという調査を早急にいたして御報告をいたしたいと思います。」と答弁しており、最終的に政府答弁としては調査できないとはしていません。 また、1991年4月1日の第120回国会 衆議院 予算委員会においても、労働省職業安定局長が「当時の勤労局あるいは国民勤労動員署、こういうところが動員業務を行っておったわけでございまして、こういうところに勤務をしておりました者が全く朝鮮人従軍慰安婦問題については関与していなかったということでございまして、このような関係の実態をそういうルートでなくて調べるということはできないというのが現状でございます。」と女子挺身勤労令により慰安婦を徴用したかという問題について勤労局や国民勤労動員署のルート以外で調査することはできないとはしていますが、徴用の名簿については、「今後ともこの調査、確認に努力をしてまいりたいというふうに考えております。」と答弁していますし、『沖縄送還朝鮮人名簿』が沖縄の捕虜収容所に朝鮮人慰安婦がいたことの証拠ではないかとの質問に「御指摘の資料がいわゆる朝鮮人徴用者等に関する名簿に該当するかどうかにつきまして、国立国会図書館とよく連携をとりながら調査したいと考えております。」と答弁しています。また、海部総理も「(韓国での)外相会談だったと思いますが、それ(従軍慰安婦)に関する名簿等の提出を要求されましたので、政府としては誠意を持ってできる限りその調査をするということを決定し、それを行っておるところでございます。」と調査中であることを述べています。

<「手がかりとなる資料はない」と答弁したか?>

1991年4月1日の衆議院・予算委員会において、労働省職業安定局長は「労働省といたしましては、ただいまの海軍作業愛国団、南方派遣報国団を含めまして、朝鮮人従軍慰安婦について調査を行うべく努力をいたしましたが、その経緯等全く状況はつかめず手がかりがない状態でございまして、御理解を賜りたいと存じます。」と答弁しました。これはあくまで労働省として調査した結果、今のところ手がかりがないということを述べたのであって、「手がかりとなる資料は存在しない」と断定したわけではありません。野党から指摘された『特高月報』や『沖縄送還朝鮮人名簿』などの資料についててがかりになる可能性のあるものとして調査する意向を示しています。

「手がかりがない」という答弁は意図的にないということにしたのか、調査が不十分だったり、方法がまずかったのかでもその答弁の評価は変わります。また、政府の関与の否定に関しても、それまでの国会での論議からして、女子挺身隊として動員したという、いわゆる強制連行(徴用)という問題に対して調査が要請されており、強制連行に関与していた手がかりがないということであれば、河野洋平をはじめ、政府関係者が軍が強制連行を行ったことを示す資料はなかったことを明らかにしていますので、事実と違う答弁ではないことになります。

また政府の関与を否定した答弁は業者を通じた慰安婦の募集や慰安所の管理などへの関与自体を否定したのではないとしたら、また厚生省勤労局や国民勤労動員署が実際に関与しておらず、政府の他の部署が関与していたとしたら、慰安婦の募集や慰安所の管理などへの関与を認めた加藤談話によって過去の政府答弁が事実でないと認めたことにならないと言うこともできるので(実際は厚生省勤労局や国民勤労動員署も関与していたのか事実関係は知りませんが)、事実関係をしっかり見る必要もあります。

結局、「政府として実態調査はできない」と一貫して答弁したのではなく、すでに調査を実行中であり、野党から要請された資料についても調査すると答弁した。また、「てがかりになる資料がまったく存在していない」と断定したわけではなく、調査の経過報告として、現在のところてがかりがつかめなかったと報告したというのが事実です。このようにやはり事実関係をしっかり確認せずに、大雑把に総括することは不正確さを伴います。ですから「過去の政府答弁が事実でないと認めた」という表現はイコールでなく、ニアリー・イコールだと言ったのです。

ですから、前年の国会での政府答弁では関与を否定していたが、加藤談話で政府の関与があったことを初めて公式に認めたという“争いのない事実関係だけを書けば”、それで十分だと思います。それならば、Y-岡田さんのように捉えられることもあれば、別の捉え方をされもされることもあるでしょうから、特定の観点を示すべきでないというウィキペディアの方針に適うことになると思います。

以上の見解に基き、「慰安婦問題の経過」の節の、1991年の『朝日新聞』の報道の所で、「この報道の前は政府は「資料がない」「調査できない」と表明していた。この報道で「資料がある」ことが明らかになり、政府は調査を行うことを決める。」という記述をコメントアウトしました。この朝日の報道によって調査したというのは事実なのでしょうか?この以前から調査を行なっていることを国会で述べています。しっかりとした出典があるのでしょうか?--モトカル 2007年5月23日 (水) 13:52 (UTC)

モトカルさんは「『特高月報』や『沖縄送還朝鮮人名簿』などについて調査する意向を示しているから、調査中というのが事実だ」と主張されておられるようですが、私には同意できません。若林之矩氏は「・・・調査を行うべく努力をいたしましが、・・・」と過去形を使っています。調査中であれば過去形にはならないはずです。
『特高月報』や『沖縄送還朝鮮人名簿』についても野党側が資料名を出したから、調べると言っているだけです。「資料名を示されたら調査する」と言うのは、「慰安婦関係の資料がないか調べる」とはまったく別のことです。(尚、政府側が約束した特高月報の調査は「所在の確認」だけです。「資料の所在の確認」と「慰安婦関係の資料がないか調べる」ともまったく別のことです。)
若林之矩氏は「・・・先生から資料をいただきますれば私どもとして調査いたしますが・・・」と資料をもらったら調査すると発言しています。「資料をもらったら調査する」と「慰安婦関係の資料がないか調べる」とはまったく別のことです。
調査について過去形で語っていること、および政府側としては「資料名を示されたら調査する」「資料をもらったら調査する」と発言していることから、政府側としては「資料がなかったと言うことで調査を終わりにする」というスタンスが分かります。--Y-岡田 2007年5月23日 (水) 19:22 (UTC)
もうこの問題は実際の答弁の要旨や問題の論点を明らかにしたので、わかる人にはわかると思いますので、これを最後にしたと思います。まず、私は「『特高月報』や『沖縄送還朝鮮人名簿』などについて調査する意向を示しているから、「調査中というのが事実だ」だと言ったのではありません。坂本内閣官房長官も、海部総理も「調査したい」、「調査を早急にいたして御報告をいたしたい」と述べているので、最終的な政府答弁としては“調査できない” とはしていないと言っているのです。ここでも、事実関係を正確に読み取ってもらっていません。Y-岡田さんは「政府として実態調査はできない」としていたと答弁していたと主張されていますが、最初の労働省職業安定局長の答弁だけを見ればそうでしょうが、最終的な政府答弁としては決して“調査できない” と断定したり、調査自体を行なわないことを表明したわけでもありません。それに、『特高月報』や『沖縄送還朝鮮人名簿』についての調査と、労働省の行った調査は別のものであり、私は“労働省の”調査が現在も調査中だとも述べていません。
「資料をもらったら調査する」と「慰安婦関係の資料がないか調べる」とはまったく別のことです
それはそうでしょう。しかし、坂本官房長官も、海部総理も資料をもらったことだけ調査するとか、もらった資料以外のことは調べないとは一言も言っていません。
調査について過去形で語っている」というのも事実と違います。坂本房長官は「本件につきましては、政府は労働省を中心に関係省庁協力して調査いたします。」と述べ、海部総理も「調査を早急にいたして御報告をいたしたいと思います。」と、これから調査する意向を示しています。
政府側としては「資料名を示されたら調査する」「資料をもらったら調査する」と発言していることから、政府側としては「資料がなかったと言うことで調査を終わりにする」というスタンスが分かります
「資料名を示されたら調査する」、「資料をもらったら調査する」としているのは「沖縄送還朝鮮人名簿」についてだけです。「沖縄送還朝鮮人名簿」に限らず、一般の徴用の名簿については「今後ともこの調査、確認に努力をしてまいりたい」と調査を継続する意向を示していますし、海部総理も慰安婦にに関する名簿について「政府としては誠意を持ってできる限りその調査をするということを決定し、それを行っておるところでございます。」と調査中であることを述べています。以上のように不正確な事実関係の把握を元に加藤談話の意味を総括するのは百科事典の記述としてはやはり問題があると思います。比較の例として、軍による強制性を認めて「河野談話」が出されましたが、そこに関わった河野洋平をはじめ、政府関係者が軍の強制連行を示す資料は一切なかったことを明言しています。この場合は、例えば「軍の強制連行を示す資料は一切なかったが、政府は軍による強制性を認める『河野談話』を発表した。」と書いても、事実関係に問題はないですが、「加藤官房長官は過去の政府答弁が嘘(事実でない)と認めた」と記述するのはやはり、以上見てきたように事実関係の正確さにおいて問題があり、加藤官房長官自身が「過去の政府答弁が嘘であった(事実でなかった)」というような発言を実際にしたわけでもないので尚更です。
特に、論争がある問題で、それぞれの主張や出来事に対する評価については慎重であるべきであって、議論を呼び、編集合戦を招きかねない不正確な記述は行なうべきではないと思います。--モトカル 2007年5月24日 (木) 11:50 (UTC)
>坂本房長官は「本件につきましては、政府は労働省を中心に関係省庁協力して調査いたします。」と述べ、海部総理も「調査を早急にいたして御報告をいたしたいと思います。」と、これから調査する意向を示しています。
←あまりいい加減なことを書かないでくださいな、モトカルさん。坂本房長官や海部氏がこう言ったのは1990年6月6日の参院予算委員会ですよ。1991年4月1日の時点で調査中だったのか田舎とは無関係です。--Y-岡田 2007年5月24日 (木) 16:34 (UTC)
1991年4月1日の時点でも、海部総理は「それ(慰安婦)に関する名簿等の提出を要求されましたので、政府としては誠意を持ってできる限りその調査をするということを決定し、それを行っておるところでございます。」と調査中であることを述べていますし、「過去の問題についてはできる限り調査をし、真実を明らかにし、提供すべきものは提供していかなきゃならぬと思っております。」とも述べています。また、「特高月報」については「複製版というものの所在がわかった」、「原本の所在を確認する」としていますし、「沖縄送還朝鮮人名簿」に関しても、「資料はもらったら」との条件をつけているにしろ、調査するとしています。ですから、総体的に「政府としてはまったく調査できない」と答弁していることにはならないということです。--モトカル 2007年5月24日 (木) 22:10 (UTC)
繰り返しになりますが、一応指摘しておきます。海部総理の「それ(慰安婦)に関する名簿等の提出を要求されましたので・・・調査をするということを決定し・・・」という発言も、「特高月報」についての「原本の所在を確認する」という発言も、「沖縄送還朝鮮人名簿」の「資料はもらったら調査する」という発言も、いずれも「資料名を示されたら調査する」「資料をもらったら調査する」の類ですよ。「資料名を示されたら調査する」「資料をもらったら調査する」と「慰安婦関係の資料がないか調べる」とはまったく別のことです。--Y-岡田 2007年5月25日 (金) 16:52 (UTC)

軍の関与を示す資料についての議論[編集]

本文のコメントアウト(非表示)された部分での議論をここに移動して整理しました。本文中での長い議論は適当でないので、ここで議論して下さい。 --以上の署名のないコメントは、モトカル会話投稿記録)さんが 2007-05-18 13:15 (UTC) に投稿したものです。

「これらの資料により、1990年6月6日や1991年4月1日の衆院予算会議での政府答弁が嘘であることが判明した。吉見教授による資料の公開を受けて日本政府は慰安婦に関する調査を開始することになる。 」--Y-岡田

衆院予算委員会での答弁「民間の業者がやっていることであり、政府として実態調査はできない」「手がかりになる資料がない」は事実に反しています。これは「嘘」ですよ--Y-岡田
回答の流れとして、労働省が知らないから、民間だという昔話を聞いて答えたにすぎない。意図的に嘘をついたような図式にすると、政府は今も嘘をつき続けていると決めつけやすくなるが、その根拠にこれは使えない。--如月の弥
衆院予算委員会で事実に反した答弁を行っている以上、嘘といえます。あと、政府自身が後に行った調査では100以上の資料が見つかっているので、「資料がない」という答弁は、ろくに調査もせずに事実に反する回答を行ったことになり、「不誠実」と言われても仕方がないめんはあると思う。--Y-岡田
結果的にはそう。不誠実と書いたのは私ですよ。当時、消極的不誠実といわれたそうです。--如月の弥

註の部分[編集]

「強制連行に関連して労働省が答えたもので、厚生省関係は関与していなかった、と答えて、政府全体との区別があいまいになりつつ、資料がないとくり返した。 一方、研究者に以前から知られていたのは、防衛庁防衛研究所図書館の「陸支密大日記」には慰安婦関係の書類が存在することである。吉見義明・中央大教授はここで、「軍慰安所従業婦等募集に関する件」などを見出した。なお泰郁彦の調査では、直前に内閣から図書館に問い合わせが来ていたが、用語のズレからか存在せずと回答したという。(「慰安婦と戦場の性」p12p24p25))また、このときの文書にある統制とは、募集を部隊毎バラバラにさせないこととも取れるが、ともかく軍が大規模に慰安所を計画し募集していたことを示している。」--如月の弥

衆院予算委員会での答弁は労働省に対して出されたものではなくて、政府に対してなされた質問に対して、政府側として回答したものである。「管轄外の労働省に質問がなされ」と言うのは事実に反する。また、不適切な部門が事実に反した答弁を行ったとしても、嘘であることには代わりがないです。--Y-岡田
非難するのは当然だけど、意図的な嘘=陰謀と読ませられると困ると思う。

--以上の署名のないコメントは、モトカル会話投稿記録)さんが 2007-05-18 13:15 (UTC) に投稿したものです。


あと、「慰安婦と戦場の性」p25によれば、発見できなかった理由は「用語のズレ」というよりも、「資料探査を本気でやった気配がない」ということが本質的な問題のようですよ。--Y-岡田 2007年5月18日 (金) 19:23 (UTC)

だから、質疑への不誠実による嘘、でしょうかね。
政府から見れば強制連行自体がいいがかりに思えるわけで、慰安婦も現れて無くて、挺身隊との混同で騒がれてるに過ぎないし、不十分な資料を出してあてどなく騒ぎを続ければ、韓国政府との合意がつぶれて失礼だ、とでも思ってたのでは。だから、意図的にというより、想像自体に不熱心だったと。
あと「改変」について、他に例がなかったと解釈して、本文から一部脚註へ移動します。--如月の弥 2007年5月19日 (土) 09:57 (UTC)
しかし、「資料の改変」とはどういうことでしょう。原典の改変ではなく、コピー発表を改変していたということですか?--如月の弥 2007年5月19日 (土) 09:57 (UTC)
改変された資料は1つだけではありません。如月の弥さんは、個人の想像で「他に例がなかった」と判断をして記述を変更されているようですが、その前に、ちゃんと出典を確認することをしたほうがいいですよ。--Y-岡田 2007年5月19日 (土) 16:39 (UTC)
「資料の改変」の意味ですが、「資料の一部を白く隠し複写し、差し替えをした」と言うことのようです。(如月の弥さんが後に公刊された政府資料で例示しているように)公開する資料で何らかの理由で一部の公開を差し控える場合は「黒く消す」というのが普通です。黒く消した場合は、消した事実自体は公開資料を見れば分かります。資料を白く消すさのは異例で異常です。白く消した場合には、公開された資料を見ただけでは消した事実自体が非常に判明しにくくなります。--Y-岡田 2007年5月19日 (土) 16:39 (UTC)
>個人の想像で「他に例がなかった」と判断をして
→履歴での問いを無視して{{要出典}}を消したから、他にはないとの返事と受け取るのは当然でしょう。
慰安所についての記述が無しになぜ発表資料になるのかが不明ですが、たぶん吉見氏が後から出版などするから出しては置くということですかね。また、消した形でも発表に意味があるとしたら、各種営業がセブ島の承認を受ける前の準備状態にあったという資料ではあるから、か。しかし、これはすでに「公開」されていた資料の調査「結果の発表」ではないですかね?。マスコミ相手のやり方という気がします。生存者がいれば、とにかく捜そうとする可能性が高いから。
ひょっとして資料の出版が遅れたり、やたら価格が高いのはそのせいかな? 他の例というのは、結局どうなんでしょうね。--以上の署名のないコメントは、如月の弥会話投稿記録)さんが 2007-05-20 04:08 (UTC) に投稿したものです。
>履歴での問いを無視して{{要出典}}を消した←出典が提示されているのに要出典を付ければ、要出典が消されるのは当然でしょう。
あと、「履歴での問い」とは何ですか?具体的に示してください。
>他にはないとの返事と受け取る←論理を無視して勝手に「返事と受け取る」と妄想を働かせるのも控えたほうがいいですよ。
ここは辞書百科事典を作成するためのノートなのですから、「慰安所の記述を消して発表資料にした理由」についての何の根拠もないまま妄想を書かれても、建設的な意味はないでしょう。控えることをお勧めします--Y-岡田 2007年5月20日 (日) 17:59 (UTC)

本文記述の履歴欄はこうなっていますよ。

2007年5月18日 (金) 18:35 Y-岡田 (会話 | 投稿記録) (157,671 バイト) (無意味な「要出展」記述をコメントアウトしました。)
2007年5月18日 (金) 17:18 如月の弥 (会話 | 投稿記録) (157,416 バイト) (→元慰安婦の登場以降 - 「政府の改変」の部分、たいした意味のないことのようです。他の例があるのか知りたいので、要出典をつけました。) あなたは見えるはずのものを見落としたのか失念したのか知りませんが。

それと、事実について評価を記述するなら、ものを理解するセンスも必要だと思います。それなしに評価の言葉だけを並べると、それも別世界の記述になると思います。反応は期待しません。舌耕のつもりです。--如月の弥 2007年5月21日 (月) 09:41 (UTC)

>本文記述の履歴欄はこうなっていますよ。
・・・
>「政府の改変」の部分、たいした意味のないことのようです。他の例があるのか知りたいので、要出典をつけました。) ・・・
←如月の弥さんが「要出典」を付けた時点で、出典は既に示されています。出典が示されているにもかかわらず「要出典」をつけるのは無意味な行為です。また、示されている出典を確認すれば、他の例があることも確認できます。単に如月の弥さんが「出典を確認する」という行為を行わずに、意味不明な行動をされているだけのようです。--Y-岡田 2007年5月21日 (月) 14:50 (UTC)
十数年も前の新聞の内容をどうして調べるのですか? それを語る必要がないと言うなら、それは共同作業ではありません。自分だけの持っているという資料によって書き放題となり、独自研究に匹敵します。問われたときに説明は義務です。説明しないで次の行動に進むのは、説明する内容がないと判断するのは当然です。
それとも、検索で出るのかと思って「7月7日 朝日新聞 政府 慰安婦問題 調査結果 資料 改変 パナイ島 慰安所 項目 消 公開」、「慰安所 項目 消 公開」、「慰安婦 資料 改変 パナイ島」でやってみたけど、出ませんね。--如月の弥 2007年5月21日 (月) 15:53 (UTC)
>十数年も前の新聞の内容をどうして調べるのですか?←日本の主要な新聞の記事は公立の図書館などに残っていますよ。どの図書館にどの新聞がファイルされているかは、ネットでも調べられるし、最寄の公立図書館でも調べられます。大抵の場合、最寄の公立図書館で依頼すれば、該当の新聞のファイルを取り寄せてもらうことができるはずです。それに、「出典の提示」というのは該当記事が何年何月何日の何面かを示すことであり、記事内容を示すことではありません。つまり、出典の提示を要求すると言うことは、記事の乗っている新聞名/日付/何面に載っているかを聞いているだけであり、記事の内容を尋ねることにはなっていないのです。如月の弥さんの主張は支離滅裂です。--Y-岡田 2007年5月21日 (月) 17:11 (UTC)

あなたの言っていることには二つの間違いとより大きな問題があります。

  1. 私の住んでいる土地ではその方法はできません。
  2. 私は、出典自体を求めたというより、そのタグを利用して、出典についての「他の例はないのか」ということを聞いたのです。なぜなら、本文にするより脚注に回す程度のものだと思ったし、その前にそのときの文の仕上げ方が適当かという点で、他には例がないか、と聞いたのです。出典の疑いをかけたわけではありませんよ。そういうわけなのでかんたんに聞いたけど、無視されたから「ない」という返事にとりました。要は、あなたはわざと無視しておいて、「個人の想像」と評したわけですね。
  3. それよりも問題なのは、あくまで「最終的に説明する必要なし」という気がすることですが、はたしてそうなのですか? 今回は手違いで済みますが、一般的に説明を拒否することではないでしょう。その確認をしておきたいですが。--如月の弥 2007年5月22日 (火) 09:34 (UTC)
>1. 私の住んでいる土地ではその方法はできません。
「如月の弥さんの住んでる地域には公共図書館がない」のか、それとも「如月の弥さんには公共図書館で調べ物をするスキルがない」のかは私には分かりませんが、「如月の弥さんには過去の新聞記事を調べられない」と言うのが本当だとすると、単に「如月の弥さんには過去の新聞記事に関して論じるスキルがない」を意味するだけでしょう。
>2. 私は、出典自体を求めたというより、そのタグを利用して、出典についての「他の例はないのか」ということを聞いたのです。
←「他の例はないのかということを聞いた」というのは事実に反しています。如月の弥さんは「他の例はないのか」などと聞いていません。「要出典」をつけて「他の例があるのか知りたいので、要出典をつけました」と書いています。この場合「確認したいから出典を教えてくれ」と言う意味にしかなりません。「出典を教えてくれたら確認は自分でする」という含みならあるかもしれません。でも、「他の例はないのかという問いかけ」にはなっていません。そもそも、既に出典の示されているのに、「要出典」をつける行為は意味が通りません。
>無視されたから「ない」という返事にとりました。
←「無視された」というのも事実に反しています。私は無視などしていませんよ。如月の弥さんが既に出典の示されているものに「要出典」をつけるという無意味な行為をされていたので、ちゃんと「すでに出展は示されていて、無意味な要出展なのでコメントアウトします」と説明してあげています。単に如月の弥さんが「出展は示されている」という返事を無視して、「無視された」と言いがかりをつけて、『「ない」という返事』云々と妄想を働かせただけですね。
>要は、あなたはわざと無視しておいて、「個人の想像」と評したわけですね。
←要は、『如月の弥さんが出典の示されているものに「要出典」をつけ、出典を求めるという無意味な行為をした』『「出展は示されている」という返事をもらっているのに、如月の弥さんが「無視された」と言いがかりを付け、「ないという返事」云々と妄想を働かせた』ということです。
>3. それよりも問題なのは、あくまで「最終的に説明する必要なし」という気がすることですが、はたしてそうなのですか? 今回は手違いで済みますが、一般的に説明を拒否することではないでしょう。その確認をしておきたいですが。--如月の弥 2007年5月22日 (火) 09:34 (UTC)
←また意味不明なことを書いていますね。私は聞かれたことにはちゃんと説明をしていますよ。如月の弥さんの意味不明な言動や言いがかりにもちゃんと回答をかえしています。如月の弥さんには意味不明な言動や、根拠のない言いがかりを控えることをお勧めします。--Y-岡田 2007年5月22日 (火) 15:44 (UTC)

あなたが行為について絶対認めないということはわかりましたから終了しますが、今後について、念のために再度聞きます。「一般的に言って」、「質問の行き着くところ、質問に対する開示や具体的な引用もする責任があると思いませんか?」、例1:「掲載と削除というよりも表現に関して、『‘他の例があるか’‘その記事の表現も含めて考えたいので、該当部を引用してくれ’』と聞かれた、とあなたが受け取ったとき」、例2:「やり取りの結果、出典箇所の提示だけでなく、出典の文自体の引用が必要だ、と言われたと、あなたが受け取ったとき」。(註:労力が膨大なときはまた別にして)--如月の弥 2007年5月23日 (水) 03:32 (UTC)

>あなたが行為について絶対認めないということはわかりましたから←事実無根の中傷を書くのはやめてくださいな、如月の弥さん。私は自分の行った行為はちゃんと認めています。私が行った行為は、『如月の弥さんが無意味な「要出典」をつけた際に、親切に「出典は示されている」と教えてあげた』というものです。
>「一般的に言って」、質問に対する開示や具体的な引用もする責任があると思いませんか?」←あまり無茶苦茶を書いてはいけないな、如月の弥さん。 「要出典」に対して返す必要があるとすれば「出展を示すこと」だけです。「無意味な要出典」に対して返す必要があるのは、「無意味な要出典である。既に出典は示されている。」だけです。聞かれてもいない引用などする必要はありません。--Y-岡田 2007年5月23日 (水) 13:57 (UTC)
「一般的に言って」というのは、「要出典」についてではありません。そのことは終了と書いています。あくまで、「一般的に言って」以降の部分です。--如月の弥 2007年5月24日 (木) 04:19 (UTC)
今回の例で言おうが、一般的に言おうが、頼まれてもいない引用をする義理も義務もありません。一般的に言って、他人を中傷しながら、謝罪もせずに「一般論が云々」と見当はずれの自己弁護を行うのも非常識です。そもそも、「要出典を出したが、相手は(頼んでもいない)引用をしなかった。だから妄想を書いたり、中傷を行った」ということ自体が非常識です。--Y-岡田 2007年5月24日 (木) 17:06 (UTC)
もちろん、頼んだ場合ですよ。「質問の行き着くところ」とは、やり取りの結果で求められた場合です。例1、例2、と書いているでしょう。「聞かれたと、あなたが受け取ったとき」「言われたと、あなたが受け取ったとき」とね。
中傷というのがわかりません。始まりは、「>個人の想像で「他に例がなかった」と判断をして→履歴での問いを無視して{{要出典}}を消したから、他にはないとの返事と受け取るのは当然でしょう。」というもので、あなたが私を批判して私が答えたものですよ。
付け加えると、その後の文の展開も引用しますが、私が「履歴での問いを無視して{{要出典}}を消した」と書いていますが、これが中傷表現にあたるのでしょうか?。その次にあなたは「論理を無視して勝手に「返事と受け取る」と妄想を働かせるのも控えたほうがいいですよ。」と書いていますが、これは中傷ではないのですか? 以上、始まりとそれに近い部分はこうなっています。--如月の弥 2007年5月25日 (金) 03:54 (UTC)
>中傷というのがわかりません。
←如月の弥さんは自身の行った中傷行為を理解していないそうなので、具体的に例示していきましょうか。
  • 「履歴での問いを無視して{{要出典}}を消した」「無視されたから」「あなたはわざと無視しておいて」←「無視して」というのは事実に反しています。如月の弥さんが無意味な要出典をつけた際に、私は「無意味な要出典である」と教えてあげています。「無視された」というのは事実に反した主張であり、他人を非難した発言であり、中傷を構成します。
  • 「ものを理解するセンスも必要」←これは他人のことを「ものを理解するセンスがない」と根拠無しに非難している発言であり、中傷を構成しています。
  • 「今回は手違いで済みますが」←他人の行為を根拠無しに「手違い」と非難していて、中傷になっています。(私の行為には手違いはありません。如月の弥さんの行為には「無意味な要出典」や、「(要求もされていない)引用が示されて無いと言う、支離滅裂な理由で他人を中傷」という手違いとしか思えないものが散見されます)
  • 「あなたが行為について絶対認めないということはわかりましたから」←根拠も示さずに、「あなたが行為について絶対認めない」と非難をしていて、中傷になっています。
>始まりは、「>個人の想像で「他に例がなかった」と判断をして→履歴での問いを無視して{{要出典}}を消したから、他にはないとの返事と受け取るのは当然でしょう。」というもので、あなたが私を批判して私が答えたものですよ。
←「履歴での問いを無視して」と言うのは事実に反しています。如月の弥さんは無意味な要出典をつけ(無意味な要出典は問いとはいえません)、私は「無意味な要出典」であることを示しました(無視せずに教えてあげています)。「履歴での問い」「無視して」と言うのはどちらも事実に反します。尚、如月の弥さんが『個人の想像で「他に例がなかった」と判断をした』と言うのは事実です。
>付け加えると、その後の文の展開も引用しますが、私が「履歴での問いを無視して{{要出典}}を消した」と書いていますが、これが中傷表現にあたるのでしょうか?。
←「問いを無視して」というのは事実に反していて、かつ他人を非難しているので、中傷になっています。「無意味な要出典」を「問い」と言い張ることは事実に反します。無意味な要出典に対して、「無意味な要出典である」と教えてあげているのは返事を返していることであり、「無視」も成立していません。「無視された」と主張するのは、事実に反していて、かつ他人を非難しています。
>その次にあなたは「論理を無視して勝手に「返事と受け取る」と妄想を働かせるのも控えたほうがいいですよ。」と書いていますが、これは中傷ではないのですか?
←まず、如月の弥さんが『論理を無視して勝手に「返事と受け取る」と妄想を働かせた』と言うのは事実です。如月の弥さんの判断の根拠は「無視された」という事実に反したものです。事実に反したことを前提にあげて「返事と受け取る」というのは「論理を無視」した行為であり、「妄想を働かせた」が成立します。妄想を働かせている人に、「妄想を働かせるのは控えるべき」と返すのは妥当な行為です。--Y-岡田 2007年5月25日 (金) 19:46 (UTC)

長いので、線引き

個人的な主観のやり取りは終了したいのですが、今回つきあいましょうか。

この後は、中傷云々についての回答は私のページに移動して、ここでは一般的なことだけにしたいと思います。

目次――1 再録、2-1 要点、2-2 逐次回答、3一般的なこと。

1 もう一度該当部分を再録しましょう。

  • 再録1 5月18日 履歴欄(私)
    (→元慰安婦の登場以降 - 「政府の改変」の部分、たいした意味のないことのようです。他の例があるのか知りたいので、要出典をつけました。)
  • 再録2 5月18日 履歴欄
    (無意味な「要出展」記述をコメントアウトしました。)
  • 再録3 5月19日 09:45 履歴欄(私)
    (→元慰安婦の登場以降 - 7月7日の改変を簡略化(読者が不必要に気にさせられるので))
  • 再録4 5月19日09:57 (私)
    あと「改変」について、他に例がなかったと解釈して、本文から一部脚註へ移動します。
  • 再録5 5月19日16:39
    個人の想像で「他に例がなかった」と判断をして記述を変更されているようですが、その前に、ちゃんと出典を確認することをしたほうがいいですよ。
  • 再録6 5月20日 (日) 04:08 (私)
    履歴での問いを無視して{{要出典}}を消したから、他にはないとの返事と受け取るのは当然でしょう。
  • 再録7 5月20日 (日) 17:59
    出典が提示されているのに要出典を付ければ、要出典が消されるのは当然でしょう。
    あと、「履歴での問い」とは何ですか?具体的に示してください。
  • 再録8-1 本文記述の履歴欄はこうなっていますよ。(私)
    2007年5月18日 (金) 18:35 Y-岡田 ・・・ (無意味な「要出展」記述をコメントアウトしました。)
    2007年5月18日 (金) 17:18 如月の弥・・・(→元慰安婦の登場以降 - 「政府の改変」の部分、たいした意味のないことのようです。他の例があるのか知りたいので、要出典をつけました。)
    あなたは見えるはずのものを見落としたのか失念したのか知りませんが。
  • 再録8-2 それと、事実について評価を記述するなら、ものを理解するセンスも必要だと思います。それなしに評価の言葉だけを並べると、それも別世界の記述になると思います。反応は期待しません。舌耕のつもりです。
  • 再録9 出典は既に示されています。出典を確認すれば、他の例があることも確認できます。単に如月の弥さんが「出典を確認する」という行為を行わずに、意味不明な行動をされているだけのようです。
  • 再録10 十数年も前の新聞の内容をどうして調べるのですか?(私)
  • 再録11 公立の図書館などに残っていますよ。
  • 再録12 5月22日 (火) 09:34
    あなたの言っていることには二つの間違いとより大きな問題があります。(私)
    1. 私の住んでいる土地ではその方法はできません。
    2. 私は、・・出典についての「他の例はないのか」ということを聞いたのです。・・略・・出典の疑いをかけたわけではありませんよ。そういうわけなのでかんたんに聞いたけど、無視されたから「ない」という返事にとりました。要は、あなたはわざと無視しておいて、「個人の想像」と評したわけですね。
    3. それよりも問題なのは、あくまで「最終的に説明する必要なし」という気がすることですが、はたしてそうなのですか?今回は手違いで済みますが、一般的に説明を拒否することではないでしょう。その確認をしておきたいですが。

2-1 Y-岡田氏の今回の書き込みについて。要点。

  • 事実について。:あなたは、事実でないとか妄想とか、自分には手違いがなかったと書きますが、私が「他の例」について質問したのに答えていないのは、外形的に事実でしょう。あなたは、出典が書いてあるというのが答えだとしていますが、それでは調べようがないのは説明したはず。したがって、「出典」と「他の例」が一体であるというのは、結局あなたの主観でしかない。私にとっての状況は、答えがない、という ことであり、あなたは質問を見たけども答えを示さなかった、ということです。
  • 用語について。:再録12で、わたしは「わざと無視した」とも書いているように、「無視」という言葉を外形的に使っています。「無視」にわざとの内心を含めるなら、「わざと」を付ける必要はありません。あなたは他人には「事実です」という外形表現を使うが、他人の「手違い」「無視」という言葉が外形的な表現と思わないのは、合いませんね。

2-2 逐次に返答。

  1. 私は「無意味な要出典である」と教えてあげています、―――ポイントは「他の例があるのか知りたいので」に返事がなかったからですよ。また、再録10~12で行き違いだとわかった後でも、「教えてあげて」という表現が有効だというのですか?
  2. 再録8-2のセンス。―――編集者としての言葉が中傷になるかは他の人に任せましょう。センスでだめなら姿勢と書いても中傷ですかね。
  3. 「今回は手違いで済みますが」←他人の行為を根拠無しに「手違い」と非難していて―――手順違いとか行き違いとかでも同じつもりですが。気をつかった用語使いをしていないだけで、非難行動ではありません。あなたは相手の間違い・支離滅裂などと書いていますよ。
  4. 「あなたが行為について絶対認めないということはわかりましたから」←根拠も示さずに―――「互いに主観がある」ということをこちら側の表現で言うことが中傷ならば、違いを口にする人すべては互いに中傷をしていますね。それに今回『私の行為には手違いはありません』と書かれていますね。
  5. 「履歴での問いを無視して」と言うのは事実に反しています。・・「無意味な要出典」であることを示しました(無視せずに教えてあげています)。「履歴での問い」「無視して」と言うのはどちらも事実に反します。尚、如月の弥さんが『個人の想像で「他に例がなかった」と判断をした』と言うのは事実です。 ―――要約、1.、と同じ。
  6. 私の行為には手違いはありません。「(要求もされていない)引用が示されて無いと言う、支離滅裂な理由で他人を中傷」という手違いとしか思えないものが散見されます―――4.、要約、1.、と同じ。主観の違いでしょう。
  7. 「問いを無視して」というのは事実に反していて、かつ他人を非難しているので、中傷になっています。「無意味な要出典」を「問い」と言い張ることは事実に反します―――要約、1.、と同じ。
  8. 如月の弥さんの判断の根拠は「無視された」という事実に反したものです。 ・・・まず、如月の弥さんが『論理を無視して勝手に「返事と受け取る」と妄想を働かせた』と言うのは事実です―――要約、1.、と同じ。

中傷云々という個人的なことには、これ以上、このノートでは詳しく返事をしません。

3 ここは、―――「一般的に言って」、「質問の行き着くところ、質問に対する開示や具体的な引用もする責任があると思いませんか?」、例1:「掲載と削除というよりも表現に関して、『‘他の例があるか’‘その記事の表現も含めて考えたいので、該当部を引用してくれ’』と聞かれた、とあなたが受け取ったとき」、例2:「やり取りの結果、出典箇所の提示だけでなく、出典の文自体の引用が必要だ、と言われたと、あなたが受け取ったとき」。(註:労力が膨大なときはまた別にして)

―――ということだけにすべきです。--以上の署名のないコメントは、如月の弥会話投稿記録)さんが 2007-05-26 11:54 (UTC) に投稿したものです。


>私が「他の例」について質問したのに答えていないのは、外形的に事実でしょう。

←如月の弥さんは『「他の例」について質問』などしていません。如月の弥さんが行ったのは無意味な要出典だけです。如月の弥さんが『「他の例」について質問』していない以上、『「他の例」について質問したのに答えていない』というのは事実に反しています。

>あなたは、出典が書いてあるというのが答えだとしていますが、

←出典の要求に対して出典を示したり、出典が示されていることを教えてあげるのは正しい態度です。

>それでは調べようがないのは説明したはず。

←如月の弥さんは無意味な要出典を付けただけですから、出典を教えてもらう以外のリアクションを要求するのは筋違いです。また、如月の弥さんに出典を調べるだけの能力が無いとしても、それは、如月の弥さんが自分で解決すべき問題です。

>したがって、「出典」と「他の例」が一体であるというのは、結局あなたの主観でしかない。

←意味不明ですね。ちゃんと筋の通った日本語の文章を書いてください。

>私にとっての状況は、答えがない、ということであり、

←如月の弥さんに出典を調べるだけの能力が無いとしても、それは、如月の弥さんが自分で解決すべき問題です。

>あなたは質問を見たけども答えを示さなかった、ということです。

←如月の弥さんは『「他の例」について質問』などしていません。如月の弥さんが行ったのは「無意味な要出典」だけです。「無意味な要出典」に対しては、出典を示していることをちゃんと教えてあげています。「質問を見たけども答えを示さなかった」というのは事実に反していて、中傷になっています。

>用語について。:再録12で、わたしは「わざと無視した」とも書いているように、「無視」という言葉を外形的に使っています。「無視」にわざとの内心を含めるなら、「わざと」を付ける必要はありません。あなたは他人には「事実です」という外形表現を使うが、他人の「手違い」「無視」という言葉が外形的な表現と思わないのは、合いませんね。

←如月の弥さんがどのように詭弁を弄そうと、如月の弥さんが行ったのは「無意味な要出典」だけですし、「無意味な要出典」に対しては出典を示していることをちゃんと教えてあげています。ちゃんと教えてあげている以上(外形的であろうが無かろうが)、「無視云々」というのは事実に反していて、如月の弥さんが他人を中傷している表現になっています。

>1. 私は「無意味な要出典である」と教えてあげています、

>ポイントは「他の例があるのか知りたいので」に返事がなかったからですよ。

←「他の例があるのか知りたいので、要出典をつけた」というのは要出典の要求ではありますが、他の例を教えてくれと言う要求にはなっていません。要出典の要求に出典を示すのは妥当な行為です。要求もされていない引用を行わないのも妥当な行為です。

> また、再録10~12で行き違いだとわかった後でも、「教えてあげて」という表現が有効だというのですか?

←「行き違い」と言うのも事実に反します。再録9~12の経緯を簡単に示すと下記のようになり、「行き違い」ではなくて、如月の弥さんが支離滅裂な発言を行っているだけなのが分かります。読み直してみても、私の行動は「教えてあげて」という表現が妥当でしょう。
再録9 如月の弥さんが無意味な出典要求を行ったのに対し、私が出典を教えてあげた
再録10 如月の弥さんが「出典を調べる方法」について聞いた
再録11 私が「普通の能力のある人なら可能な調査方法」を教えてあげた
再録12 如月の弥さんが「自分は出典を調べることができない、出典だけ知らせて引用しなかったのは無視したことだ」と支離滅裂な中傷を始めた

>2. 再録8-2のセンス。

>編集者としての言葉が中傷になるかは他の人に任せましょう。センスでだめなら姿勢と書いても中傷ですかね。

←支離滅裂な理由で他人を中傷している如月の弥さんが、(妥当な言動をしている)中傷された側に対して、「センスが云々」と述べるのは「お前のセンスに問題がある」と見当はずれの非難をしていることであり、中傷になっています。

>3. 「今回は手違いで済みますが」←他人の行為を根拠無しに「手違い」と非難していて

>手順違いとか行き違いとかでも同じつもりですが。気をつかった用語使いをしていないだけで、非難行動ではありません。

←「行き違い」と言うのは事実に反します。上で示している再録9-12の経緯を読めば、単に如月の弥さんが支離滅裂な発言を行っているだけなのが分かります。如月の弥さんに100%の責任がある「如月の弥さんの支離滅裂な発言」を、相手にも責任を押し付けられる「行き違い」に摩り替えるのは、相手の非難につながり、中傷になります。

>あなたは相手の間違い・支離滅裂などと書いていますよ。

←如月の弥さんはいろいろと事実に反した間違いを書いていますよ。また、何度指摘されても、「無意味な要出典の要求」を「他にないかという質問」と強弁するのも「支離滅裂」です。

>4. 「あなたが行為について絶対認めないということはわかりましたから」

「互いに主観がある」ということをこちら側の表現で言うことが中傷ならば、違いを口にする人すべては互いに中傷をしていますね。

←『根拠を示さず』に『行為について絶対認めない』と書くことは、『「互いに主観がある」ということをこちら側の表現で言う』ではありません。ただの中傷です。

>それに今回『私の行為には手違いはありません』と書かれていますね。

←ログを読み返せば分かるとおり、私と如月の弥さんの間のやり取りでは、私の行為は妥当なものばかりであり、手違いに相当する部分はありません。手違いがあると主張されたいのであれば、該当箇所を具体的に示して、論理的に論証してくださいな。

>6. 私の行為には手違いはありません。「(要求もされていない)引用が示されて無いと言う、支離滅裂な理由で他人を中傷」という手違いとしか思えないものが散見されます

>4.、要約、1.、と同じ。主観の違いでしょう。

←ログを読み返せば分かるとおり、私と如月の弥さんの間のやり取りでは、私の行為は妥当なものばかりであり、手違いに相当する部分はありません。手違いがあると主張されたいのであれば、該当箇所を具体的に示して、論理的に論証してくださいな。如月の弥さんが具体的な箇所を指摘して、論理的に論証できていない以上、「手違いはない」というのは「単なる主観」ではありません。尚、如月の弥さんの書き込みには、いろいろと事実に反した間違いが散見されます。「(要求もされていない)引用が示されて無いと言う、支離滅裂な理由で他人を中傷」している部分もあります。如月の弥さんによる「事実に反した発言」や「支離滅裂な中傷」は「手違い」としか思えません。

>中傷云々という個人的なことには、これ以上、このノートでは詳しく返事をしません。

←結局、如月の弥さんは自身の行った中傷行為はスルーしたいと言っているわけですね。(なかなか自分勝手な主張ですな)

> ここは、―――

「一般的に言って」、「質問の行き着くところ、質問に対する開示や具体的な引用もする責任があると思いませんか?」、例1:「掲載と削除というよりも表現に関して、『‘他の例があるか’‘その記事の表現も含めて考えたいので、該当部を引用してくれ’』と聞かれた、とあなたが受け取ったとき」、例2:「やり取りの結果、出典箇所の提示だけでなく、出典の文自体の引用が必要だ、と言われたと、あなたが受け取ったとき」。(註:労力が膨大なときはまた別にして)

―――ということだけにすべきです。

この件に関しては簡単でしょう。『一般的に言って』、『頼まれてもいないのに、「質問の行き着くところ」について想像を働かせる「責任」など無い』『要求されていないのに、想像にもとずいて引用する「責任」も無い』『「要求もされていない引用」をする義理も義務も「責任」も無い』で終わりでしょう。また、『「要求もされていない引用をしなかった」と言う理由で他人を中傷するのは、筋違いである』と言うことも言えます。--Y-岡田 2007年5月26日 (土) 21:31 (UTC)
つまり、「2007年5月18日 (金) 17:18 如月の弥 (会話 | 投稿記録) (157,416 バイト) (→元慰安婦の登場以降 - 「政府の改変」の部分、たいした意味のないことのようです。他の例があるのか知りたいので、要出典をつけました。)」というのは、「他の例があるのか質問した」ことにならないと主張するわけですね。それが、客観的に通用する事実だと思いません。これ以上の返事は無意味でしょう。お互いの主観ですから、あとは他の人が客観的に考えてもらうに任せます。

今回のことを離れて一般的に

私は、繰り返し、それとは別に「一般的に」と書いています。個人的なことではないとも書いています。他の人たちの間のために、全く別のこととして再度聞きます。

「一般的に言って」、「質問の行き着くところ、質問に対する開示や具体的な引用もする責任があると思いませんか?」、例1:「掲載と削除というよりも表現に関して、『‘他の例があるか’‘その記事の表現も含めて考えたいので、該当部を引用してくれ’』と聞かれた、とあなたが受け取ったとき」、例2:「やり取りの結果、出典箇所の提示だけでなく、出典の文自体の引用が必要だ、と言われたと、あなたが受け取ったとき」。(註:労力が膨大なときはまた別にして)--如月の弥 2007年5月27日 (日) 02:48 (UTC)

>つまり・・・他の例があるのか知りたいので、要出典をつけました。)」というのは、「他の例があるのか質問した」ことにならないと主張するわけですね。
←「出典の要求」と「内容に対する質問」では別のことです。「出典の要求」と「引用の要求」も別のことです。「他の例があるのか知りたいので、要出典をつけた」と言うのは「出典の要求」であり、「出典を教えてくれたら自分で調べる」という含みはありますが、「内容に対する質問」にも「引用の要求」にもなっていません。
>それが、客観的に通用する事実だと思いません。
←『「出典の要求」と「内容に対する質問」は別』というのは客観的に通用しています。『常識』の領分です。もしも、『如月の弥さんには「出典の要求」と「内容に対する質問」の違いすら理解できない』というのが本当であれば、単に『如月の弥さんには議論をするだけの能力が無い』ということをあらわしているだけでしょう。
>私は、繰り返し、それとは別に「一般的に」と書いています。・・・
←私も「一般論」として回答していますよ。再度「常識」と言うものは教えてあげましょう。『一般的に言って』、『頼まれてもいないのに、「質問の行き着くところ」について想像を働かせる「責任」など無い』『要求されていないのに、想像にもとずいて引用する「責任」も無い』『「要求もされていない引用」をする義理も義務も「責任」も無い』で終わりでしょう。また、『「要求もされていない引用をしなかった」と言う理由で他人を中傷するのは、筋違いである』と言うことも言えます。--Y-岡田 2007年5月27日 (日) 16:13 (UTC)

『中傷云々という個人的なことには、これ以上、このノートでは詳しく返事をしません。』と書いたのは、書きたければ私のページに書いて欲しい、ということを書こうとして、推敲の時にうっかり消したものです。これは失礼しました。

それにしても要点は、出典が出た後で「知りたい」と書いたのを「出典を聞いた以外ではありえない」とし、私にとっては外形的に無視された状況、という説明を「自分への中傷」と受け取っているわけですね。そして、「聞かれた、とあなたが受け取ったとき」という問いは、「想像にもとずいて」と受け取っているわけですね。(「確認したとき」という意味の問いですが。)

ところで、流れを見直して、表現が不適切だったところを訂正します。(5月21日 (月) 17:11)→(5月22日 (火) 09:34 )に分岐があるようですね。

1 私が、質問したのは、『そういうわけなのでかんたんに聞いたけど、無視されたから「ない」という返事にとりました』と説明したようにかんたんなつもりであり、人に手間をかけさせ日数をかける方法が使えないということではありません。その日数予想にミスがあり、また円滑なやり取りのためには使えないほど長すぎる、と思っていたのですが、その違いがやり取りの中で拡大して、あなたから支離滅裂だと言われたことは理解できます。これは済みませんでした。

もう一つの始まりは、あなたが調査方法を書いたと一緒に、『出典の提示を要求するということは・・記事内容を示すことではありません』『支離滅裂です。』(5月21日 (月) 17:11)と書いたのが、拒否原則を予感したので、それに乗って進めたようですね。(↓以下)

2 慰安婦項目に限らない一般についてですが、資料内容を示さなければ、「確認の日数の間に好きな書き込みをして、それをしょっちゅう変えてやり放題」の可能性があります。そういう(少し違うが)時間差で本文画面を支配しようという人を見たことがあるので。そういう場合でも、開示しなくていいという原則になってしまうとときに危険だと思います。

2-1(あなた)『「履歴での問い」とは何ですか? 』(5月20日 (日) 17:59 )→(私)『(履歴欄のコピー→)他の例があるのか知りたいので』(5月21日 (月) 09:41 )という流れの後、(あなた)『「出典の提示」というのは・・、記事の内容を尋ねることにはなっていないのです。』と、私が「出典」を意図として要求したかのように語ります。これが堂々巡りのようで、私には支離滅裂です。

2-2もし、原則論のつもりなら、「調査方法の有無とは別に、回答を拒否するという原則を立てる」という文脈になって、不当な原則です。

2-3(私)「どうして調べるのですか?」に対して、(あなた)「知らなかったことを教えた」つもりなら、「知らなかった(過去形)のですか。もうわかったでしょう」と来るのが論理的でしょうが、『主張は支離滅裂です。』と現在形で来たので、2-1や2-2と合わせて、「方法を知るかどうかでなく、質問した事実や、その意図をノートで語った事実を、無いことにしたがる」言葉かのように気になりました。

2-4以後の書き方も、私には同じように見えましたが、それは省略します。


以上からして、相手の書くことの意味を置き換えて、ときに危険に通じる原則を主張している感じがしたのですが、その辺のやり取りはノートで続ける気はありません。それはともかく――――

それは誤解であって、ほんとに必要があるときに、聞かれたと確実なときに、開示を拒否する主張はしていない、ということでいいですね? --如月の弥 2007年5月28日 (月) 12:36 (UTC)

>『中傷云々という個人的なことには、これ以上、このノートでは詳しく返事をしません。』と書いたのは、書きたければ私のページに書いて欲しい、ということを書こうとして、推敲の時にうっかり消したものです。これは失礼しました。
←如月の弥さんがこの場で他人を中傷した件については、謝罪も訂正も行わずに、自身のページに移したいという要求なわけですね。(なかなか自分勝手な要求ですな。)
>それにしても要点は、出典が出た後で「知りたい」と書いたのを
←『出典が出た後で「知りたい」と書いた』と言うのは何処ですか?ざっと見返してみても該当箇所は見当たりませんが?なお、「知りたいから要出典をつけた」と言うのは出典の要求にしかなっていません。
>「出典を聞いた以外ではありえない」とし、私にとっては外形的に無視された状況、
←如月の弥さんが無視云々と事実無根の中傷を始めたのは「2007年5月20日 (日) 04:08 (UTC)」からですよ。これ以前に「内容を教えてくれ」という書き込みがありまたか?あったと言うなら具体的に示してください。
>そして、「聞かれた、とあなたが受け取ったとき」という問いは、「想像にもとずいて」と受け取っているわけですね。
質問は「聞かれたとき」ではなく「聞かれた、とあなたが受け取ったとき」という一般的でない表現になっていました。この問いの場合「聞かれた」のか「聞かれていない」のかによって回答は変わってきます。「聞かれた」という表現になっていないのは、「聞かれていないから」と判断し、「聞かれた、とあなたが受け取ったとき」とは「(聞かれてはいないが、想像で)聞かれた、とあなたが受け取ったとき」という質問だと判断しました。
>1私が、質問したのは、『そういうわけなのでかんたんに聞いたけど、無視されたから「ない」という返事にとりました』と説明したようにかんたんなつもりであり、人に手間をかけさせ日数をかける方法が使えないということではありません。その日数予想にミスがあり、また円滑なやり取りのためには使えないほど長すぎる、と思っていたのですが、その違いがやり取りの中で拡大して、あなたから支離滅裂だと言われたことは理解できます。これは済みませんでした。
←何を言っているのか理解できません。筋の通った日本語の文章を書いてください。当初は『自分の周りの人にコピー取り等の手間をかけさせるのは問題があるが、見も知らぬ他人(私)に新聞記事の文字起こし等の手間をかけさせるのは問題ないと考えていた』、と言う意味ですか?
2慰安婦項目に限らない一般についてですが、資料内容を示さなければ、「確認の日数の間に好きな書き込みをして、それをしょっちゅう変えてやり放題」の可能性があります。そういう(少し違うが)時間差で本文画面を支配しようという人を見たことがあるので。そういう場合でも、開示しなくていいという原則になってしまうとときに危険だと思います。
←「開示しなくていい原則は危険」という主張では、「如月の弥さんが開示要求(引用の要求)をしなかった」ことの説明にはなりません。また、「確認の日数の間に好きな書き込みをして、それをしょっちゅう変えてやり放題」と言うのは、変更の記録が残るWikiでは自滅行為でしょう。尚、自分で出典を確認をしないのであれば、引用と称して嘘を書かれても反論などできないでしょう。自分で出典を調べずに、相手に引用を要求するのはあまり薦められる方法ではありません。
>2-1(あなた)『「履歴での問い」とは何ですか? 』(5月20日 (日) 17:59 )→(私)『(履歴欄のコピー→)他の例があるのか知りたいので』(5月21日 (月) 09:41 )という流れの後、(あなた)『「出典の提示」というのは・・、記事の内容を尋ねることにはなっていないのです。』と、私が「出典」を意図として要求したかのように語ります。これが堂々巡りのようで、私には支離滅裂です。
←如月の弥さんは『他の例があるのか知りたいので』と書いたと言うのは不正確です。正確には要出典の説明として『他の例があるのか知りたいので、要出典をつけました』と書いています。これは『「出典」を意図として要求』、でしかありません。『無視されたと言う「履歴での問い」 』に該当するものではありません。堂々巡りのようになっているのは如月の弥さんが支離滅裂だからです。
>2-2もし、原則論のつもりなら、「調査方法の有無とは別に、回答を拒否するという原則を立てる」という文脈になって、不当な原則です。
←調査方法については聞かれたから教えてあげただけです。どのような場合でも聞かれてもいないことを答えてあげる義理も義務もありません。
>2-3(私)「どうして調べるのですか?」に対して、(あなた)「知らなかったことを教えた」つもりなら、「知らなかった(過去形)のですか。もうわかったでしょう」と来るのが論理的でしょうが、『主張は支離滅裂です。』と現在形で来たので、2-1や2-2と合わせて、「方法を知るかどうかでなく、質問した事実や、その意図をノートで語った事実を、無いことにしたがる」言葉かのように気になりました。
←最初、如月の弥さんは無意味な出典を要求してきました。私が出典が示されていることを教えてあげた後、如月の弥さんは「どうして調べるのですか?」と返してきただけでなく、「(出典の要求に対し、要求していない)調査方法を書かないのは不当だ」という内容の支離滅裂な中傷を行ってきました。如月の弥さんによる支離滅裂な中傷を「支離滅裂」と評するのは妥当です。
>それは誤解であって、ほんとに必要があるときに、聞かれたと確実なときに、開示を拒否する主張はしていない、ということでいいですね?
←普通の場合なら、(自分の負担にならない範囲で)答えるでしょう(今までも「出典が示されていること」や「新聞のバックナンバーの調べ方」などについても教えてあげています)。ただ、他人が楽をしたいという理由で、出典の示されている資料の文字起こし(結構労力のかかる)等を要求してくるようであれば、「それくらい自分で調べろ」と返すかもしれません。また、相手が根拠のない中傷を繰り返し謝罪もしないような人の場合も、出典が示されているのであれば「なんで他人を中傷するお前のためにそんな労力を払う必要があるのだ?それくらい自分で調べろ」と返すかもしれません。新聞社と言うところは著作権に厳格なので[3]、新聞記事や新聞写真の引用は、できるだけ抑えたいと言う部分もあります。--Y-岡田 2007年5月28日 (月) 17:37 (UTC)

ありがとうございます。一般論として、問題ないということで終了したいですが、中傷の問題が残っているようですね。

なお、私が手間をかけそうだと思ったのは、各関係の図書館員の手間です。仕事とはいえ手間取りそうに受け取っていたのですが、気にしすぎだったようです。

中傷については、実際の所、なぜあなたに私の発言意図を決定できるのかわかりません。中傷というのは、私の発言意図があって言えることでしょう。

どうやら、履歴欄のコメントは自分の受け取った意味以外にありえない→自分の視点のみが存在の100%である→自分が悪意に受け取れば悪意である、といった論法かと思いますが、それは成り立たないでしょう。

一般的に言って、発言意図は発言者の説明に従うはずです。そして、私の履歴での書き込みは、すでにあなたが出典を書いた上で、{{要出典}}と書くと同時に書いているものです。あなたの解釈は、あなた自身が『そもそも、既に出典の示されているのに、「要出典」をつける行為は意味が通りません。』と書くとおり、矛盾します。100%成立しない解釈を用いて、私の説明を無視して、事実を決定することはできないはずです。

あなた自身、教えてあげているとして私の意図が違うと知りつつ、また矛盾した書き込みと書いて解釈が成立しないとわかるはずなのに、なぜ、私とのやり取り抜きに事実を確定できるのか理解できかね、あなたの文意も理解しかねたわけです。

同様に、「無視」を中傷行為だと決めることはさらにできないはずです。

なお、中傷という語の始まりは、5月23日 (水) 13:57のようですね。ネタは「行為について絶対認めないということはわかりましたから」ということですが、「行為」という用語の説明をする必要が出てきたようなので説明しますと、今回のことと一般論とを分けて、「今回のこと」を意味するつもりでした。あなたにとってどういうつもりになるのか、と考えていて、一般論と行為という分け方のつもりです。無駄な説明だと思って放置しましたが、現在はそうでなさそうなので。放置してすみませんでした。

なお、この「絶対認めない」ということは、上述のように、やり取り抜きに私の行為をあなたの判断だけで確定できるとしていることに対して、話しても無駄だということです。--如月の弥 2007年5月29日 (火) 13:29 (UTC)

>中傷については、実際の所、なぜあなたに私の発言意図を決定できるのかわかりません。中傷というのは、私の発言意図があって言えることでしょう。
←日本語の勉強をしたほうがいいですよ、如月の弥さん。「中傷」か否かを判定するには、「発言意図」の確認など要りません。大辞林によると「根拠のない悪口を言い、他人の名誉を傷つけること」です。中傷の必要条件は「根拠がないこと」「他人の名誉を傷つけること」の2点です。「中傷には発言意図が必要」などとは書いてありません。
如月の弥さんは「無意味な要出典に対し、要求もされていない引用をしなかった」という理由で「無視された」と書いています。「無視された」というのは事実に反していていて「根拠がありません」。「無視された」という書き込みは相手を非難しており、「他人の名誉を傷つけること」になっています。「発言意図」の確認などしなくても、「根拠がないこと」「他人の名誉を傷つけること」を確認すれば、如月の弥さんが中傷を行っていることが判明するのです。
>どうやら、履歴欄のコメントは自分の受け取った意味以外にありえない→自分の視点のみが存在の100%である→自分が悪意に受け取れば悪意である、といった論法かと思いますが、それは成り立たないでしょう。
←このようなものを「下種の勘繰り」と呼ぶのでしょうね。間違った日本語の知識を元に妄想を膨らませても無意味ですよ、如月の弥さん。
>一般的に言って、発言意図は発言者の説明に従うはずです。
←「発言意図」にこだわるのは無意味です。「発言意図」の確認などしなくても、「根拠がないこと」「他人の名誉を傷つけること」を確認すれば、如月の弥さんが中傷を行っていることが判明するのです。
>そして、私の履歴での書き込みは、すでにあなたが出典を書いた上で、{{要出典}}と書くと同時に書いているものです。あなたの解釈は、あなた自身が『そもそも、既に出典の示されているのに、「要出典」をつける行為は意味が通りません。』と書くとおり、矛盾します。100%成立しない解釈を用いて、私の説明を無視して、事実を決定することはできないはずです。
←出典が示されているものに{{要出典}}を書くのは意味が通りません。意味が通らない文章に対して「意味が通らない」と判断するのは妥当な判断であり矛盾などありません。なお、「意味が通らない文章」に後付けで無理のある理由をこじつけて「意味があった」ことにしようとするのは「詭弁」といいます。
>あなた自身、教えてあげているとして私の意図が違うと知りつつ、また矛盾した書き込みと書いて解釈が成立しないとわかるはずなのに、なぜ、私とのやり取り抜きに事実を確定できるのか理解できかね、あなたの文意も理解しかねたわけです。
←出典が示されているものに{{要出典}}を書くのは意味が通りません。意味が通らない文章に対して「意味が通らない」と判断するのは妥当な判断です。
>同様に、「無視」を中傷行為だと決めることはさらにできないはずです。
←如月の弥さんは「無意味な要出典に対し、要求もされていない引用をしなかった」という理由で「無視された」と書いています。「無視された」というのは事実に反していていて「根拠がありません」。「無視された」という書き込みは相手を非難しており、「他人の名誉を傷つけること」になっています。「発言意図」の確認などしなくても、「根拠がないこと」「他人の名誉を傷つけること」を確認すれば、如月の弥さんが中傷を行っていることが判明するのです。
>なお、中傷という語の始まりは、5月23日 (水) 13:57のようですね。ネタは「行為について絶対認めないということはわかりましたから」ということですが、「行為」という用語の説明をする必要が出てきたようなので説明しますと、今回のことと一般論とを分けて、「今回のこと」を意味するつもりでした。あなたにとってどういうつもりになるのか、と考えていて、一般論と行為という分け方のつもりです。無駄な説明だと思って放置しましたが、現在はそうでなさそうなので。放置してすみませんでした。
←要は「何も根拠を示さず」に、「絶対認めない」と「他人を悪く言っている」わけですから、中傷が成立しています。
>なお、この「絶対認めない」ということは、上述のように、やり取り抜きに私の行為をあなたの判断だけで確定できるとしていることに対して、話しても無駄だということです。
←上で示されているように、「中傷には発言意図が必要」と言うのは如月の弥さんの妄想です。「やり取りなしに発言意図が云々」と言う如月の弥さんの主張には何の意味もありません。書き込みから「根拠がないこと」「他人の名誉を傷つけること」が客観的に確認できる以上、やり取りなどなくても如月の弥さんが中傷を行っていることが判明するのです。--Y-岡田 2007年5月29日 (火) 16:05 (UTC)
>『「無視された」というのは事実に反していていて』
―― という認識は、成立しないと書いているのです。私の視点が成立しないというのは、あなたの視点のみが100%支配的に成立している前提があってこそであり、それは成立していないと書いているのですから。
:>「根拠がないこと」「他人の名誉を傷つけること」を確認すれば、
>「絶対認めない」と「他人を悪く言っている」わけですから
―― 一般に「無視」は中傷用語ではありません。
また、「絶対認めないのが正しい」と今もあなたは主張しているので、それが悪く言うと責めるのは全くわからない話です。
>妥当な判断であり矛盾などありません。なお、「意味が通らない文章」に後付けで無理のある理由をこじつけて「意味があった」ことにしようとするのは「詭弁」といいます。
―― あなた主観で妥当だと言うことと、100%支配的に成立するということは別のことです。また、『後付けで無理のある理由をこじつけて』というように、初めから私には自明のことなのを、でっち上げ、とするならば、話しても意味はないでしょう。
>、「中傷には発言意図が必要」と言うのは如月の弥さんの妄想です。「やり取りなしに発言意図が云々」と言う如月の弥さんの主張には何の意味もありません。
――原則そのものの否定では、どうしようもなく平行線です。また中間の考えを探っても、 「無視」「絶対認めない」ということが、片方の見方だけで中傷として成立する用語とは思いませんが、それは第三者が知っているでしょう。
原則については平行線です。また、あなたの読み方が100%成立するかどうか、それに絡んで、私が後付で嘘を書いているかどうか、という事実認識についても行き着きました。もう変化しようがないですね。
あとは、原則と事実の信頼性と妥当さの完全さについては、第三者が知っているでしょうし、第三者が見て混乱しない程度にまとまったでしょう。
以上で終了と私は評価しています。 --如月の弥 2007年5月30日 (水) 12:25 (UTC)
>>『「無視された」というのは事実に反していていて』
>―― という認識は、成立しないと書いているのです。私の視点が成立しないというのは、あなたの視点のみが100%支配的に成立している前提があってこそであり、それは成立していないと書いているのですから。
←如月の弥さんに論理と言うものを少し教えてあげよう。「問いが無視された」が成立するためには、「問いがあった」と「返事がなかった」の両方が成立する必要があります。「無意味な出典要求」は「問い」とはいえません。また、私は「無意味な出典要求である」と教えてあげたわけですから、「返事をしている」も成立しています。「問いがあった」「返事がなかった」は両方とも成立していませんから、「問いが無視された」は成立していません。「無視された」というのは事実に反しています。
>―― 一般に「無視」は中傷用語ではありません。
←「中傷用語」とは何ですか?如月の弥さんの発明された造語ですか?尚、どのような用語であれ「根拠がないこと」「他人の名誉を傷つけること」が成立すれば、「中傷」は成立します。
>また、「絶対認めないのが正しい」と今もあなたは主張しているので、それが悪く言うと責めるのは全くわからない話です。
←私は一度も「絶対認めないのが正しい」と主張した事などないですよ(また妄想ですか?)。私が『「絶対認めないのが正しい」と主張した』というなら該当箇所を具体的に示してください。
>>妥当な判断であり矛盾などありません。なお、「意味が通らない文章」に後付けで無理のある理由をこじつけて「意味があった」ことにしようとするのは「詭弁」といいます。
>―― あなた主観で妥当だと言うことと、100%支配的に成立するということは別のことです。
←如月の弥さんの書き込みは「すでに出典が示されているものに、{{要出典}}をつけた」ものであり、如月の弥さんも上で認めておられるように「矛盾します」。矛盾した書き込みを「意味が通らない」と判断するのは妥当な判断です。
>また、『後付けで無理のある理由をこじつけて』というように、初めから私には自明のことなのを、でっち上げ、とするならば、話しても意味はないでしょう。
←如月の弥さんの書き込みは「すでに出典が示されているものに、{{要出典}}をつけた」ものであり、如月の弥さんも上で「矛盾します」と認めておられます。如月の弥さんは上で、「矛盾していること」を認めながら、「矛盾している書き込み」について「私の説明を云々」と説明をつけて意味があるよう説明を試みておられるようです。でも、「矛盾した書き込み」に「説明をつけて意味があったことにしようと試みる」というのは、『後付けで無理のある理由をこじつけ』でしかありません。
>>、「中傷には発言意図が必要」と言うのは如月の弥さんの妄想です。「やり取りなしに発言意図が云々」と言う如月の弥さんの主張には何の意味もありません。
>――原則そのものの否定では、どうしようもなく平行線です。
←繰り返して教えてあげましょう。大辞林によると「中傷」は「根拠のない悪口を言い、他人の名誉を傷つけること」です。中傷の必要条件は「根拠がないこと」「他人の名誉を傷つけること」の2点です。「中傷には発言意図が必要」などとは書いてありません。
>また中間の考えを探っても
←「中傷」というのは日本語です。「中傷」の定義を求めるの場合は辞書を使うのが正しい。辞書の定義を無視して中間の考えを探るというのは、「日本語の意味を捻じ曲げること」でしかありません。
>「無視」「絶対認めない」ということが、片方の見方だけで中傷として成立する用語とは思いませんが、それは第三者が知っているでしょう。
←「問いが無視された」が成立するためには、「問いがあった」と「返事がなかった」の両者が成立する必要があります。「無意味な出典要求」は「問い」とはいえません。また、私は「無意味な出典要求である」と教えてあげたわけですから、「返事をしている」も成立しています。「問いがあった」「返事がなかった」は両方とも成立していませんから、「問いが無視された」は成立していません。「無視された」というのは事実に反していて、他人の名誉を傷つけていますから、「中傷」が成立します。
←私はここでは「絶対認めないのが正しい」と書いていません。根拠を一切示さずに「絶対認めないのが正しい」と決め付けることは、「根拠がない」「他人の名誉を傷つける」の両方が成立しますから、「中傷」が成立します。
>また、あなたの読み方が100%成立するかどうか、それに絡んで、私が後付で嘘を書いているかどうか、という事実認識についても行き着きました。
←如月の弥さんの書き込みは「すでに出典が示されているものに、{{要出典}}をつけた」ものであり、如月の弥さんも上で「矛盾します」と認めておられます。如月の弥さんは上で、「矛盾していること」を認めながら、「矛盾している書き込み」について「私の説明を云々」と説明をつけて意味があるよう説明を試みておられるようです。でも、「矛盾した書き込み」に「説明をつけて意味があったことにしようと試みる」というのは、『後付けで無理のある理由をこじつけ』でしかありません。
>あとは、原則と事実の信頼性と妥当さの完全さについては、第三者が知っているでしょうし、第三者が見て混乱しない程度にまとまったでしょう。
←両方の書き込みを見比べれば、どちらがまともでどちらが支離滅裂かは一目瞭然でしょうね。--Y-岡田 2007年5月30日 (水) 15:07 (UTC)

では終了しましょう。簡潔にまとめ直すと、

あなたは、「私の質問意図はでっち上げである、よって自分は返事をしている」、ということで、「私は元々、他の例についてあなたに質問していなかった」と、現在も認識しているということですね。こういう議論の場で「返事がなく、すなわち無視されたことを返事と受け取った」ということを書くと、自動的に名誉が傷ついたとする。

私は、その受け取り方は押しつけられるほどは成立しないとするわけだけど、あなたは、自分は妥当で、私は嘘つきだと。

その詳細は、第三者に読んでもらいましょう。 --如月の弥 2007年5月31日 (木) 09:27 (UTC)

>では終了しましょう。簡潔にまとめ直すと、
←まとめと称して事実に反することばかり書いてはいけませんな、如月の弥さん。
>あなたは、「私の質問意図はでっち上げである、よって自分は返事をしている」
←デタラメを書いてはいけませんな、如月の弥さん。私は「無意味な出典要求はあったが、質問などなかった」及び「私は『無意味な出典要求である』という返事をしている」と書いています。そもそも、「無意味な出典要求」では「質問」とはいえません。
>ということで、「私は元々、他の例についてあなたに質問していなかった」と、現在も認識しているということですね。
←問題の書き込みは「無意味な出典要求」でした。如月の弥さん自身も上で「矛盾している」ということを認めておられます。「無意味な出典要求」で「矛盾している」書き込みでは、「質問した」は成立しません。
>こういう議論の場で「返事がなく、すなわち無視されたことを返事と受け取った」ということを書くと、自動的に名誉が傷ついたとする。
←私はちゃんと「無意味な出典要求である」と教えてあげたわけですから、「返事をしている」は成立しています。「返事があった」という事実を無視して、「返事がない」「無視された」と事実に反して他人を非難する書き込みをすることは「中傷」です。
>私は、その受け取り方は押しつけられるほどは成立しないとするわけだけど、
←明白な事実を受け入れられないというのは悲しいですよ、如月の弥さん。
>あなたは、自分は妥当で、私は嘘つきだと。
←残念ながら如月の弥さんの書き込みには、事実に反する点が数多くし存在します。
奇妙なことに、事実に反した「無視された」発言を繰り返す如月の弥さん自身は、聞かれたことのほとんどを無視されておられるようです。
>その詳細は、第三者に読んでもらいましょう。
←繰り返します。両方の書き込みを見比べれば、どちらがまともでどちらが支離滅裂かは一目瞭然でしょうね。--Y-岡田 2007年5月31日 (木) 14:08 (UTC)

はい、では終了いたします。--如月の弥 2007年6月1日 (金) 12:28 (UTC)

←如月の弥さんは散々他人を中傷した挙句、一言の謝罪もなしに、「終わりにしたい」ということですね。(相変わらず、なかなか自分勝手なことですね)--Y-岡田 2007年6月1日 (金) 13:00 (UTC)

ひとつ追加します。流れへの責任は私の比率も高いので、5月23日 (水) 03:32 時点での、『絶対(認めないということはわかりました)』という表現について、おわびしておきます。--如月の弥 2007年6月2日 (土) 09:43 (UTC)

←上記では何について謝罪しているのか不明です。『絶対(認めないということはわかりました)』という発言が『事実無根の言いがかり』であったと認めているのですか?それとも如月の弥さんにも責任はあったが、『絶対認めない』という発言はあったと主張しているのですか?発言があったと主張されるのでしたら該当箇所を具体的に示してくださいな。
あと、他の中傷発言については頬かむりをされるわけですね?事実に反する発言の訂正も行わないわけですね?(相変わらず、なかなか自分勝手なことですね)--Y-岡田 2007年6月2日 (土) 15:09 (UTC)

書き直し。

流れへの責任は私の比率も高いので、5月23日 (水) 03:32 時点で『絶対認めないということはわかりました』という表現は言い過ぎとも言えます。これについて、おわびしておきます。--如月の弥 2007年6月3日 (日) 03:43 (UTC)

←「責任は私の比率も高い」「言い過ぎとも言えます」という表現だけでは何について謝罪しているのか不明です(「責任は私の比率も高い」という表現は{何一つ根拠を示していないのに}「お前にも責任がある」という非難になっているともいえます)。如月の弥さんは『絶対(認めないということはわかりました)』という発言が『事実無根の言いがかり』であったと認めているのですか?それとも如月の弥さんにも責任はあったが、『絶対認めない』という発言はあったと主張しているのですか?発言があったと主張されるのでしたら該当箇所を具体的に示してくださいな。--Y-岡田 2007年6月3日 (日) 05:19 (UTC)

挺身隊[編集]

法令化によってパニックになった、というのを、半月城通信でも見つけましたが、これは推測でしょう。

尹貞玉が退学したのは、44年4月より前らしく、また、元慰安婦の証言でも更に早く偽装結婚をしています。したがって、外に出て、集団作業をさせること自体が朝鮮の伝統事情に反していたから、逃げようとしていたのでしょう。

法令でないけど、朝鮮の圧迫事情や圧迫と感じる伝統社会感覚、また一方、法令でないから偽装してもつっこまれにくく罰則もない、また、法令で強制的に行き先を指定されればより確実だが、運動ではいろいろいいかげんな詐欺が入りやすかったと思います。

以上から、法令化以前に行われていたと思います、程度は別として。

むしろ、法令化以後に起きたのは、12歳以上程度の低年齢の子供達が日本語能力を買われて、本土の工場に行って、軍隊式の日々を送らされたことや、爆撃がひどくなったので嫌がったことなのでは。--如月の弥 2007年5月19日 (土) 09:35 (UTC)

―――というか、法令化しても朝鮮女性には適用外だったそうですね。現地の抵抗が大きいのか、労働力登録が極端に少なくて、志願によるしか無く、官による斡旋が増えたのが法令化による違いなのでは。--如月の弥 2007年5月19日 (土) 11:28 (UTC)


脚註の解説の変更 2007年5月19日22:14のモトカル版 について

  1. なぜ、「朝鮮において、女性たちを軍需工場に動員する「女子挺身勤労令」が出され」という文を復活させたのですか?その後に、「朝鮮総督府は、朝鮮では「女子挺身勤労令」適用しないと言明し、」と(泰の資料から)書いているのですが。社会的圧力で動員されたというのと法令によるのとは違うでしょう。泰の資料では、10月になっても朝鮮総督府は、女子の徴用は無く今後ともこの建前を維持するつもり、とパンフレットに書いています。その後に変化があったと想像するなら、時系列的に書いてください。意見が違うときにこういう風に結論から全体を書かれると問題です
  2. また、内容が女子挺身隊>朝鮮の挺身隊と重複している部分を簡略化したのですが、この参照も削っています。
    これらの出典は書いてあるはずで、根拠が不明です。
  3. また、経過の中の千田夏光の、<ref>総数・内訳の各説を参照。</ref> を削っていますが、この慰安婦頁の全てを一度に読む読者はそういません。「総数についての諸説」での記述とも違うでしょう。参照は必要です。
  4. 以前の版になりますが、からゆきの北川サキの前借りについて、<!--・・、特定の意見の表明はできません。→ ほんとうかはわからない。-->とあるが、サキ自身がそう言っているのですよ。 --如月の弥 2007年5月20日 (日) 06:21 (UTC)
  5. 追伸、マクドゥーガルと荒船発言で。強制労働から戦死で何十万も死んだという数字の違いも、放言である根拠です。むしろ、慰安婦について韓国が何も言わなかったことよりも、この戦死の数字の違いの方が明確に捏造だと表しています。他にも、脚注の末端部が本文に表れているのは、読者から見て奇妙で、すべて脚注に戻すべきです。--如月の弥 2007年5月20日 (日) 11:38 (UTC)

如月の弥さん、私の「特定の意見の表明はできません」とのコメントは、北川サキの証言に関して、「ほんとうかはわからない」という個人的意見が書き込まれていたことに対するものですので、誤解のないようお願いします。--モトカル 2007年5月20日 (日) 14:23 (UTC)

誤解しているのはあなたです。「ほんとうかはわからない」というのは、サキ自身が疑っているからです。表現は変えてもいいですが。また、他のことにも回答願います。--以上の署名のないコメントは、如月の弥会話投稿記録)さんが 2007-05-20 15:17 (UTC) に投稿したものです。

モトカルの回答

  1. 如月の弥さん、申し訳ありません。割と頻繁な更新がされていたこともあり、その後の修正をしっかり見ていなかったため、最初の記述「女子挺身勤労令」のことがあった方がいいと思い復活させたようです。自分でも調べてから書けばよかったと反省しております。
  2. 「直接の因果関係はないが、終戦後にアメリカ占領軍相手の女性達を警察が取り締まりの区別上、「特別挺身隊」と呼んでいたという話もある」という部分のことでしたら、註における記述が長くなり過ぎていると感じていた中で、あまり関連性の薄いことまで載せる必要はないとの判断で割愛しました。情報は多いのはいいのですが、重要性からいってまだまだ載せるべきものがあると考えていたもので・・・
  3. ○○を参照という注意書きの必要性の判断は難しいですね。あまり付けるのも、余分に感じることもあるのですが、必要性を感じて付けられたのに安易に削除して申し訳ありませんでした。
  4. 「ほんとうかはわからない」というのは、サキ自身の言葉でしたか、それは私の不注意でした。お詫びいたします。
  5. 荒船発言自体が慰安婦問題においてあまり取り上げるほどのものでないと思い、慰安婦以外についての放言の詳細まで大きなスペースを取る必要はなく、外部に文章があれば、リンクを示す方がいと思ったので記述を縮小しました。脚注の末端部が本文に表れてしまったのは、私のマークアップのミスです。申し訳ありません。

最後に、これは私もあまり言える立場ではなく、あつかましいお願いなのですが、如月の弥さんが精力的に記述して下さるのはとても有難いのですが、文章の文脈がわかり辛いことがときどきあるので、できるだけ、わかりやすく書いて下さるようお願いします。今後の健筆期待しております。--モトカル 2007年5月20日 (日) 18:52 (UTC)

わかりにくいのはそうですね。論争の介入しやすいことなので始めから認識を結論はせず、――中立の細い道筋から認識を浮かばせる、時系列、事実自体に語らせる、――ということが多くなりますが、これは三位一体で読みにくくなる要素です。練ろうとすると何日も過ぎてしまうし、どこまでが必要なのか、書いてみたあとで意見が出ないとわからなかったりします。注意はします。 ただ、読む側も区切りの最後まで落ち着いて読むことが必要ではないかと。

  1. ミスということで直しました。
  2. 箇所は違うが意味はわかったので、そういうように直しました。
  3. 千田夏光の本をもっていないので、放置して正しいのか判断に迷います。
  4. サキのことばではないが、サキが疑っているから、わからないと書きました。
  5. 荒船発言は荒船清十郎の項があってそっちに詳細を移すようにします。--如月の弥 2007年5月21日 (月) 04:16 (UTC)

削除依頼の表示について[編集]

冒頭の表示ですが、すでに投票が2週間以上もない状態で、本人を除いて反対意見もなく、今後新しい意見も期待できないと思います。したがって、実質的に削除の議論は終了しているとみてよいと思いますが、管理者の方の対処はまだまだ先になりそうです。しかし、表示には、「削除の議論中はこのお知らせを除去しないでください。」とあるので、議論が終了している場合は除去しても良いと解釈してよいように思います。この表示があると、編集しようという気も削がれますので、コメントアウトしたいと思いますが、ご意見があれば下さい。--火の鳥 2007年5月22日 (火) 21:06 (UTC)

賛成、というか、管理者に頼んで結着してもらうというのでもいいです。たとえばここで賛否を募って、日曜日までに連絡。次の日曜日の24時(日本時間)までの最新版を保存しておいて、月曜削除告知、火曜に削除、そして日曜版を復活。―――といった風に。どっちでも。--如月の弥 2007年5月23日 (水) 11:52 (UTC)
この辺、詳しくないのですが、削除依頼は1ヶ月を経過したものから載せて、対処は順番待ちのようなので、管理者に頼んで対処してもらうのにかなり時間がかかりそうなのです。しかし、表示があることの弊害は大きいので、削除の議論があること自体の削除までしてしまわなくても、コメントアウトすれば良いのではないかと思います。そうすれば編集しようとする人は気付くわけですし。そうでない通りすがりの人が、既に終わった議論を見て意見するとも思えませんしね。--火の鳥 2007年5月23日 (水) 18:54 (UTC)
ならそれでいいです。--如月の弥 2007年5月24日 (木) 04:19 (UTC)