ノート:城南信用金庫/過去ログ1

ページのコンテンツが他言語でサポートされていません。
過去ログ1 過去ログ2

記事全体に疑問

  • 加納久宜「子爵」、「奥様」といった敬称は、百科事典として不適切だと思われます。
  • 信用金庫に関しての長く見受けられますが、これらは信用金庫の欄に書くべきだと思います。
  • 中立的な観点が守られていない記述が多々見受けられます。実質信用金庫業界および城南信金の宣伝となってはいないでしょうか?

また、銀行を儲け主義としているのは主観に過ぎません。

  • 信用組合の監督権限は、現在は都道府県知事から金融庁に移されています。事実誤認。

以上の理由から、いったん7月11日段階の記述に戻したうえで、改めて編集方法を議論したいと思うのですが、意見をお願いします。58.98.144.198 2006年7月27日 (木) 16:44 (UTC)

中立的でないとする具体的な論拠が無い。記載内容はいずれも具体的事実に関する記述そのものであり、問題ないと思われる。
中立的でないとする具体的な論拠が無いです。記載内容はいずれも具体的事実に関する記述そのものであり、問題ないと思われます。
「株式会社が株主の利益を目的とした組織であること」は、現代社会、例えばアメリカの社会においては常識であり、それが資本主義の原理原則であり、明らかな現実です。株式会社が儲け主義であることは主観ではなく、客観的事実であり常識です。
「子爵」「奥様」という敬称は、すでに変更されており、問題ないと思います。
信用組合の監督権限についても、すでに修正されており、問題ないと思います。
「中立的な観点」が守られていないというが、事実の羅列であり、特段、事実に反する記述は無いと思います。
「中立的でない」というなら、具体的にその箇所を指摘すべきであり、そうでなければ、それこそ「中立的でない」感情的な批判ではないでしょうか。
銀行が「儲け」を目的とした組織であるのは、資本主義の原理からすれば、当然のことであり、主観ではなく、客観そのものです。
どんな経済学、企業論を見ても、企業の目的は利益の最大化である、と記述されています。それとも、銀行は「慈善団体」なのですか?
株主の利益に反する行動をとれば、それこそ、背任罪として、株主代表訴訟の対象になります。それが法律的に定められた制度であり現実です。
戦前の銀行は、誰でも自由に設立できる民間企業にすぎなかった。それこそ、金儲けのために、産業資本家が自前の銀行を設立し、その資金を自企業に流して、巨額の利益をあげました。あるいは、不動産投機のための銀行が多数設立された。民家を改造して、支店が次々とできたといいます。最低資本金制度も無く、監督もゆきとどかず、経営内容も不健全でした。それが昭和金融恐慌により、バブルが崩壊し、破綻したのです。
その意味で、「金儲けを目的とした銀行」が多数存在したのは、主観ではなく、客観的な歴史的事実です。
そうした銀行は、庶民から集めた資金を庶民には貸さず、自分たちの事業に融資した。そのため、地域経済は疲弊したのである。それを苦々しく思っていた地主階層が、自分たちが融資をうけられるような金融機関を設立しようとして、信用組合を立ち上げたのは歴史的事実です。詳しくは、昭和金融恐慌の金融史を読めばわかります。 --以上の署名のないコメントは、218.217.51.244会話/Whois)さんが 2006年8月1日 (火) 09:46 (UTC) に投稿したものです。
すばやいご返事、大変感謝します。敬称の部分にはもう異論はありません。ただ、信用組合の監督権限の部分については削除してもいいのではないでしょうか?
本論に入る前に、ノートに書き込む際は、署名していただきたく思います。また、他人が書いたノート部分は訂正しないでください。(ウィキペディアのルールです)
私は銀行を慈善団体などとは一言も言っておりません。あなたの言うとおり、恐慌前に金儲けを目的としたいい加減な銀行が多数存在したのは事実ですが、あなたの文章を読むとあたかもすべての銀行がそういったいい加減な銀行と取られかねません。
中立的な観点から外れている例としては、
  • 「この産業組合が、現在の生協や農協、信用金庫のルーツであり、これらの組織は、公共的使命を高く掲げた兄弟である(あくまであなたから見てのこと)」
  • 「産業組合運動が高い使命と理想と愛を掲げていたことがよくわかる(同上)」
  • 「協同組合運動の歴史も役割も全く理解していない暴論であり(小原氏の持論を、あたかも真実のように書いている)」
  • 「利益を目的として消費者ローンやリスク商品を積極的に販売する銀行本位の経営戦略(消費者ローンやリスク商品=悪というのは小原氏の持論)」
などの文章があげられます。58.98.144.198 2006年8月1日 (火) 14:40 (UTC)
加えて、出典の明記も必要かと思います。「昭和金融恐慌の金融史」なる文書を参考にしたのであれば、その点を記述するべきだと思います。Wikipedia:出典を明記するをご参照下さい。
また、ところどころ城南信用金庫のサイト上の文章と似通った言い回しが見受けられます(「信用金庫は、19世紀に~」「小原哲学(名前の一字を取って、鉄学・鐵学とも言われる)」等)。これは著作権侵害(細部の変更は同一性保持権、丸写しは複製権の侵害)とみなされる可能性があるため、独自に再構成する必要があると思います。引用の必要がある場合はWikipedia:引用のガイドラインをご参照下さい。--Namany 2006年8月2日 (水) 02:43 (UTC)

出典を明記しなくても、この程度の内容は金融人として常識だと思います。どんな本にでも出ている内容です。「昭和金融恐慌史」高橋亀吉など。
城南との著作権侵害は問題になりません。著者は同一ですから大丈夫です。 --以上の署名のないコメントは、218.217.51.244会話/Whois)さんが 2006年8月2日 (水) 03:33 (UTC) に投稿したものです。

>出典を明記しなくても、この程度の内容は金融人として常識だと思います。
人によって常識は異なります。私の常識はあなたの常識と異なるでしょうし、その逆も然りです。また、Wikipediaは金融関係者のみが利用するものでもありません。
>城南との著作権侵害は問題になりません。著者は同一ですから大丈夫です。
ならば、なおのこと中立的であることを心がける必要があると思います。あなたが城南信用金庫の関係者であるならば、逆の立場の視点から記述することが推奨されます。ひとつの帰結:敵のために書くをご参照下さい。また、あなたが城南信用金庫のサイト内の文章の著者である証拠が現時点では示されていないため、別人であると仮定するほかありません。--Namany 2006年8月2日 (水) 06:01 (UTC)
>人によって常識は異なります。私の常識はあなたの常識と異なるでしょうし、その逆も然りです。
わかりました。出典を明記しましょう。
>ひとつの帰結:敵のために書く]]をご参照下さい。また、あなたが城南信用金庫のサイト内の文章の著者である証拠が現時点では示されていないため、別人であると仮定するほかありません。
[[Wikipedia:中立的な観点#ひとつの帰結:敵のために書く|中立的な文章を心がけているではありませんか。事実の記述を心がけ、貴方の具体的な指摘はすべて修正しましたよ。この上、何が問題だというのですか?抽象的な感想の表明では、議論は進みません。
似た言い回しがあるといいますが、同じ内容を書く以上、同じ単語や表現が生ずるのは当然です。比較してみればわかりますが、城南のサイトの文章よりも、はるかに今回の文章は質的、量的に多く、著作権が問題になるようなことはないと弁護士も申しております。 --以上の署名のないコメントは、218.217.51.244会話/Whois)さんが 2006年8月2日 (水) 06:13 (UTC) に投稿したものです。

再度、修正を行いました

冷静な対応に感謝します。
署名の仕方がわかりません。ご容赦ください。
監督権限が甘いことが、後のコスモ信組、2信組問題、北民族系信組の暗闇を招いたのは事実であり、重大な事実としてはずせません。
「金儲けを目的とした銀行」は修正します。
全ての銀行ではなく、戦前という歴史的なスパンで多数のそうした銀行があったという記述を追加し、正確を期します。
産業組合の3箇所は、当時の1つの事実という表現に修正します。
「銀行本位」は削除します。--以上の署名のないコメントは、218.217.51.244会話/Whois)さんが 2006年8月1日 (火) 23:52 (UTC) に投稿したものです。

>署名の仕方がわかりません。
まずはアカウントを作成してみてはいかがでしょうか。IPアドレスのままでは他人から見て同一人物であるかどうかがわかりにくいという不都合があります。アカウントを作成するメリットについてはWikipedia:ログインの仕方をご参照下さい。署名の仕方はWikipedia:ノートのページでは投稿に署名をするが参考になるかと思います。--Namany 2006年8月2日 (水) 02:43 (UTC)

協同組合運動等の記述について

そもそも、なぜ城南信用金庫の記事の中で信用金庫の歴史について長く触れる必要があるのでしょうか?それらは信用金庫のところに書くべきではないでしょうか?58.98.144.198 2006年8月1日 (火) 14:40 (UTC)

>そもそも、なぜ城南信用金庫の記事の中で信用金庫の歴史について長く触れる必要があるのでしょうか?
城南の経営方針は、小原哲学です。小原哲学は、明治の産業組合運動、さらにはイギリスの協同組合運動や、イギリスの銀行哲学に根ざしています。そこを書かねば片手落ちであり、城南の独自な行動の「真髄」が理解できません。
>それらは信用金庫のところに書くべきではないでしょうか?
信用金庫のところにも書きます。--以上の署名のないコメントは、218.217.51.244会話/Whois)さんが 2006年8月2日 (水) 00:05 (UTC) に投稿したものです。
Wikipedia内の他の記事に記述されているのであれば、そのまま同様の内容をこちらにかくのは冗長です。概要にとどめて「詳細は信用金庫を参照のこと。」など、簡潔にまとめた方が良いかと思います。--Namany 2006年8月2日 (水) 02:43 (UTC)
そういっても深い関係性のある部分ですので、こうさせていただきたいと思います。--以上の署名のないコメントは、218.217.51.244会話/Whois)さんが 2006年8月2日 (水) 03:29 (UTC) に投稿したものです。

>そういっても深い関係性のある部分ですので、こうさせていただきたいと思います。
記事内部に記述する必要は感じられません。小原哲学について記述したいのであれば、「小原哲学」という記事(もしくは章)を新たに設けるべきではないでしょうか。--Namany 2006年8月2日 (水) 06:11 (UTC)

この点はご理解いただかねばなりません。困りましたね。ところで、貴方はオールマイティーな権限をお持ちなのですか?それとも貴方の個人的な意見表明なのですか?決着しない場合はどうなるのでしょう?このままこう着状態ですか?
これ以上、こう着状態なら、私の作成した文章の部分は、今後すべて削除させていただきます。--以上の署名のないコメントは、218.217.51.244会話/Whois)さんが 2006年8月2日 (水) 06:46 (UTC) に投稿したものです。
決着しない場合は、他の方も呼んできた上で話し合いを広げ、それでもダメな場合は投票になるはずです。私が知る限り、そこまで担ってしまった例はあまりありませんが。
少なくとも、「信用金庫の起源」「日本における信用金庫の起源」の章は城南信金のところに書くのは不適と思われます。あなたの筆法をもってすると、全国の信用金庫のページすべてに「信用金庫の起源」「日本における信用金庫の起源」を書かなければならなくなってしまいますので。
そのほかについても、修飾語が多く読みにくい文章になってしまっていると思います。例えば、最初の文章は「1902年7月、加納久宜が夫人と二人で大森山王の自宅を事務所に設立した都内最古の入新井信用組合が起源。加納久宜と入新井信用組合は、第一回産業組合全国大会を呼びかけ、その議長を勤めるなど、古くから城南は業界の指導的地位を果たす。 」くらいでいいのではないでしょうか?58.98.144.198 2006年8月2日 (水) 13:22 (UTC)
他信金のところに書くかどうかは、書く方のご意思ですから私にはなんともいえません。私は城南信金のところに書いているだけであり、信金の箇所に同様のことを書く義務はありません。強制されることもありません。
「よみにくい」「いいのではないでしょうか?」といわれても、これは好みの問題です。あなたに指図されるいわれはありません。 --以上の署名のないコメントは、220.146.151.196会話/Whois)さんが 2006年8月2日 (水) 14:10 (UTC) に投稿したものです。

私は「指図」「強制」をしているつもりは全くありません。提案した上で、話し合いたいと思っています。ノートはそのための場所です。また、お互いの好みとは関係なく、ウィキペディアには推奨される文章形態はある程度提示されています。もしこのままお互い同意がない場合は、第三者からコメントをいただき、できるだけお互いがいい形で議論をまとめたいと思っています。58.98.144.198 2006年8月2日 (水) 14:48 (UTC)

ひとつの文章が長すぎませんか?

ウィキペディアのスタイルマニュアルに関する取り決めの中では、リスト、サブリスト、パラグラフ、全てのグループ化を使いこなすことによって、一文を短くし、読みやすくするべきとされています。私がいきなり直すのも問題かと思うので、一度読みやすさに気をつけて編集していただけませんか?58.98.144.198 2006年8月1日 (火) 14:40 (UTC)

文章を区切りました。いかがでしょう。 --以上の署名のないコメントは、218.217.51.244会話/Whois)さんが 06年8月2日 (水) 00:17 (UTC) に投稿したものです。
Wikipedia:レイアウトの指針Wikipedia:変更は統合するというガイドラインがありますので、参考にしたいただけるとよろしいかと思います。--Namany 2006年8月2日 (水) 02:43 (UTC)
ありがとうございました。--以上の署名のないコメントは、218.217.51.244会話/Whois)さんが 2006年8月2日 (水) 03:30 (UTC) に投稿したものです。

これで修正できたので十分であると思います

他に異論はございますか? --以上の署名のないコメントは、218.217.51.244会話/Whois)さんが 2006年8月2日 (水) 00:08 (UTC) に投稿したものです。

これで「中立的でない」という疑念は晴れましたね?

スタイルや、文章量についての意見は受け付けますが、少なくとも「中立的でない」というマークは撤去してもらいたいです。--以上の署名のないコメントは、218.217.51.244会話/Whois)さんが 2006年8月2日 (水) 10:01 (UTC) に投稿したものです。

私は誹謗中傷をしているつもりはありません。ウィキペディアでは中立性に疑問を呈するのは自由ですので、あなたもあまり深刻にならないでください。
「これは、協同組合運動の歴史も役割も踏まえていない議論であり、まさに信用金庫制度存亡の危機であった」との表現がありますが、「小原は、~(上記)と考えた。」といった文章に直すべきかと思います。 --以上の署名のないコメントは、58.98.144.198会話/Whois)さんが 2006年8月2日 (水) 13:20 (UTC) に投稿したものです。
「中立性に疑問を呈するのは自由」ならば、あなたの記述もかなり「中立性を欠いた」論述に他ならないように私には思えます。そう批判する自由も私にあるということですね? --以上の署名のないコメントは、220.146.151.196会話/Whois)さんが 2006年8月2日 (水) 13:56 (UTC) に投稿したものです。
この内容は「小原が考えた」という「主観」ではなくて「客観的事実」です。なぜなら、「株式会社組織にするほうが効率的」という滝口試案は、「何のために協同組織が生まれたか」という点について、何も言及せずに作られ、だからこそ、小原が金融制度調査会で主張した「協同組織の重要性」が各委員の心を動かし、政府側のトップである澄田の心を動かし、こうした決着を見たのです。こうした客観的な事実を、「主観」に貶めようというあなたの意図こそ、明らかに「中立的」ではないです。 --以上の署名のないコメントは、220.146.151.196会話/Whois)さんが 2006年8月2日 (水) 14:02 (UTC) に投稿したものです。
批判はもちろん自由です。お互いに落ち着いて議論しましょう。
論理的に捉えるなら、小原が考えた→澄田も同意した→よって、滝口試案は廃案となった。という流れが正しいのではないでしょうか?滝口試案も効率性重視といった側面から見ればある程度評価できるものです(もちろん、欠点のほうが多いと考えられたからこそ廃案となったからですが)。あなたの記述だと全否定と捉えられかねないのではないでしょうか?58.98.144.198 2006年8月2日 (水) 14:48 (UTC)

全否定などしていません。「金融効率化行政」のために提案されたことを明記しているではないですか。しかし、「滝口試案」が、協同組織の目的である「社会的使命」という目的を考慮していなかったから、見落としていたことから、廃案になったということが明記されているはずです。 --以上の署名のないコメントは、218.217.51.2442006年8月3日 (木) 03:18 (UTC)会話/(木) 03:18 (UTC) Whois)さんが {{{2}}} に投稿したものです。

「政府系金融機関との提携解消」の記述について

抹消されていますが、特に問題のある記述とは思えません。58.98.144.198 2006年8月2日 (水) 13:23 (UTC)

それはそう思います。復活してください。 --以上の署名のないコメントは、220.146.151.196会話/Whois)さんが 2006年8月2日 (水) 14:19 (UTC) に投稿したものです。
「他の民間金融機関は、国家の未来を重んずる公共性よりも私益を優先するように思える。」と追加されていますが、「思う」のは明らかにあなたの主観ではないでしょうか?58.98.144.198 2006年8月2日 (水) 14:48 (UTC)
「他金融機関は政府系金融機関のノウハウを生かすためむしろ提携強化の動きを進めており」とありますが、「政府系金融機関のノウハウを生かすため」ということこそ、貴方の主観で、中立性を欠いています。逆に、「自分の利益につながるため」という見方もあるのではないですか?ここは、削除してはいかがでしょうか?
あるいは「政府の『官から民へ』そして『公的金融縮小』という方針に反して」という形容節を入れてもいいのではないですか?これも事実です。それを入れないのは、まさに「中立性にかけている」という議論も成り立つわけですが、いかがですか? --以上の署名のないコメントは、218.217.51.244会話/Whois)さんが 2006年8月3日 (木) 03:11 (UTC) に投稿したものです。

「ノウハウを生かすため」というのは私の主観ではありません。下に例を挙げます。
中小企業庁 http://www.chusho.meti.go.jp/kinyu/041026chiikikinyu_chusa.htm 「ベンチャー向けや再生支援等リスクのある融資に関して、協調融資や金融ノウハウ・情報面での協力を通じて政府系金融機関と連携したいとする声が多かった」とかかれています。
北海道財務局 http://www.mof-hokkaido.go.jp/kinyu/tyuusyou_kinyu/mittyaku_gaiyou/17f/1.pdf「政府系金融機関等との提携などにより再生ノウハウの蓄積等の態勢整備を図りながら、早期事業再生に取り組んでおり、実績も出てきている。」とあります。
また、以下の金融機関でも、表現に差はありますが「ノウハウを生かすために」政府系金融機関と連携しています。

清水銀行 http://www.shimizubank.co.jp/rb/s1603.html
香川銀行 http://www.kanagawabank.co.jp/pdf/relaban_youyaku.pdf
吉備信用金庫 http://www.pnc.or.jp/kibishin/html/betusi30.pdf
金融庁でも(http://www.fsa.go.jp/news/newsj/16/ginkou/f-20050329-4/01.pdf )日本政策投資銀行、中小企業金融公庫、商工組合中央金庫等との情報共有、協調投融資等の連携強化を要請事項としてあげています。これらは、金融機関が儲けるためではなく、中小企業金融の円滑化のための施策です。

2006年3月30日の日経金融新聞には、「農林漁業向け融資積極化、地域金融、農林公庫と連携加速、ノウハウ共有進める」との記事があります。

「政府の『官から民へ』そして『公的金融縮小』という方針に反して」との主張ですが、首相直轄の政策金融改革推進本部などで言われている「公的金融縮小」とは、融資残高の対GDP比率半減という点のみです。民間金融機関と政府系金融機関との間でのノウハウ共有について批判、もしくは否定している記述はどこにも見られません。

「政府系金融機関のノウハウを生かすことを理由に」と書き換えました。これならどうでしょうか?58.98.144.198 2006年8月3日 (木) 12:29 (UTC)

このノートの記述全体が「中立性」を欠いた「疑問だらけの内容」です(笑)

妨害もいい加減にしてもらいたいと思います。このような、本質的な指摘が何も出来ずに、時間を稼ぐために、瑣末な「あげ足取り」を繰り返すことは、結局は、この百科事典に有益な情報を提供しようという著者たちの意欲を著しく損なう、極めて有害な行為とは思いませんか? --以上の署名のないコメントは、220.146.151.196会話/Whois)さんが 2006年8月2日 (水) 14:21 (UTC) に投稿したものです。

まず、落ち着いてください。私も有益な情報を提供したいという思いは変わりません。
百科事典である以上、中立性や読みやすさといったものは何より大切で、常に議論の対象になります。「瑣末な揚げ足取り」ではないはずです。また、私には時間稼ぎの意図なども全くありません。58.98.144.198 2006年8月2日 (水) 14:48 (UTC)
自分で言うのもなんですが、私の書いた内容は、他に無い、かなり質的に高い情報だと自負しています。こうした自分で調査した情報を提供して興味を持っていただこうというせっかくの意欲が、かなり失われるのは事実です。--以上の署名のないコメントは、218.217.51.244会話/Whois)さんが 2006年8月3日 (木) 03:14 (UTC) に投稿したものです。
Wikipedia:ウィキペディアは何でないかをご覧になってください。私個人としてはあなたの文章は参考になりますが、百科事典の記述としては不適当であると考えているため、その点については意見を述べているわけです。58.98.144.198 2006年8月3日 (木) 13:24 (UTC)

ネクスト大崎様(218.217.51.244様)へのお願い

一度あなたが書き込んで、誰かが返答した後、もとの文章を改変するのはやめてください(誤字脱字を除く)。第三者が見た時、議論の経過が分からなくなってしまいます。
また、署名をつけてください。署名をつけるには、チルダ( ~ )を4つつけてください。58.98.144.198 2006年8月3日 (木) 12:30 (UTC)

了解しました。私の文章も、どなたかが一部改変どころか、大幅削除されたことがありましたので、そうしたこともいいのかと思った次第です。もうしわけありませんでした。--以上の署名のないコメントは、218.217.51.244会話/Whois)さんが 2006年8月3日 (木) 22:34 (UTC) に投稿したものです。

信用金庫の記述

蒸し返しますが、信用金庫の歴史は、ここに書くべきことでしょうか。一般論と個別論は分けてください。また、断言文では無く、もう少し、中立性のある記述をお願いします。あと、ノートは署名をお願いします。

「小原の哲学です」とおっしゃっている部分は、小原という人の記事を用意して、そちらに書けば良いのではないでしょうか。同じ記述をふたつのページに書く必要はないので、分割などしていただければ良いと思います。--ゆきち 2006年8月3日 (木) 22:46 (UTC)

横から失礼、信用金庫に関する説明を大変興味深く拝見しました。信用金庫の方にも加筆してくださったのですね(ありがとうございます)。ただ、城南信用金庫にこれだけ大量の「信用金庫」の説明があると、肝心の城南信用金庫の情報が読み取りにくくなってしまうのではないかと危惧します。以下のセクション、
  • 信用金庫の起源
  • 日本における信用金庫の起源
    • 信用組合制度の導入
    • 信用金庫法の成立

を「信用金庫」の項目に譲り、こちらでは城南の解説に特化するほうが読者に親切ではないでしょうか。--miya 2006年8月3日 (木) 22:55 (UTC)

miyaさん、私もせっかくそうしようかなと思ったのですが、肝心の「信用金庫」の項目のほうで、私の文章だけでなく、他の方の文章も含めて削除されるという「蛮行」が行われてしまい。miyaさんのアドバイスどおりにできないので困っています…どうしましょう? --以上の署名のないコメントは、220.146.151.196会話/Whois)さんが 2006年8月6日 (日) 00:46 (UTC) に投稿したものです。

正当な行為に対する暴言はお控え下さい。

>肝心の「信用金庫」の項目のほうで、私の文章だけでなく、他の方の文章も含めて削除されるという「蛮行」が行われてしまい。miyaさんのアドバイスどおりにできないので困っています。
蛮行などという暴言はお控え下さい。あなたが著作権者であることを証明し、著作権法を理解することが解決の糸口です。コメントをするときは、体裁を守り、署名をして下さい。人に蛮行だと非難する前に、まずルールとマナーを守っていただきたく思います。審議やここで、奇抜なスタイルでのコメントをするということは、ガイドブックやスタイルマニュアル等は全然お読みいただいていないか、まったくご理解いただいていないということでしょう。正当な発言や依頼をしている人に対し、蛮行などと的外れの非難をすることに対し、強く抗議します。--PeachLover 2006年8月6日 (日) 05:08 (UTC)

「的外れの非難」といいますが、「著作権違反の恐れ」などといいながら、具体的な根拠さえ示せずに、いきなり削除する行為が「蛮行」以外の何ものに当たりますか?ルールやマナー以前の行為ではないのですか?「正当な発言や依頼」と弁護するなら、そこまでおっしゃるなら、貴方自身がご説明くださいませんか?(ネ)
そもそも、貴方自身が「暴言」というお言葉をお使いですが、それはいかがなのでしょうか?それが「言葉を大切にする」ことなのですかPeachLoverさん? --以上の署名のないコメントは、220.146.151.196会話/Whois)さんが 2006年8月6日 (日) 12:54 (UTC) に投稿したものです。
主張したければ、場のルールに従いなさい。いつまでたっても奇抜なスタイルで投稿し、署名もせずに、場のマナーに適応しようとされない方には、荒らし同様ですから、お答えする必要性を感じません。いきなり削除依頼されるようなものを投稿したあなたの行為に非があります。著作権者の権利保護のためには、少しでも早い対処が歓迎されます。あなた自身が著作賢者であることが証明されない以上、当然のことです。ルールを知り、ガイドブックをきちんとよんでいないから、「蛮行」などとおかしなことを言い出すのです。あなたは、ガイドブックも著作権法も知らないのに、なぜあなたが正しいといえるのですか、それを言うための根拠を確認していないのに。あなたは参加するに当たって、参加しようとしている場のルールを把握しようとしないのですか。開いた口がふさがりません。論外。--PeachLover 2006年8月6日 (日) 13:02 (UTC)
>220.146.151.196様(ネクスト大崎様)へ
Wikipedia:ノートのページでは投稿に署名をするを読んで、署名をつけてください(半角チルダを4つ(~~~~)つけて名前と投稿日時を明記してください)。語尾に(ネ)と書くだけでは署名にはなりません。また、ノートページに書く際はWikipedia:ノートページの方式にのっとってください。
また、Wikipedia:削除依頼/信用金庫にも書かれていますが、第三者のHPと同じ内容の文章を投稿した場合、原則著作権侵害とみなされ、削除されてしまいます(表現形式が違っていても、内容や構成が同じなら著作権侵害とみなされます。)のでご注意ください。58.98.144.198 2006年8月6日 (日) 13:51 (UTC)

内容や構成が同じ、と決め付けますが、内容は全然ちがいますよ。反証を挙げましょう。例えば、アランシャンド、二宮尊徳、高橋是清、渋沢栄一、金融2法の経緯、新渡戸稲造、宮沢賢治、平田東助、品川弥二郎、などの話は、城南のサイトのどこに出ていましたか?どこにもないじゃありませんか。本当にちゃんと読んで比較しているのですか?著作権上のどこに問題があるのか言ってください。具体的にいえないじゃないですか。肝心のそのこともいえずに、書き方のスタイルやマナーなどの瑣末なことに終始する貴方こそ「論外」です。
[利用者:220.146.151.196|220.146.151.196]] 2006年8月6日 (日) 14:50 (UTC)署名は、こんな感じですか? --以上の署名のないコメントは、220.146.151.196会話/Whois)さんが 2006年8月6日 (日) 14:47 (UTC) に投稿したものです。

署名はそれで結構です。感謝します。
本題の著作権問題に入りますが、信用金庫で投稿された文[[1]]と城南信金HP[[2]]と見比べてみると、第1段落だけ見ても「信用金庫は、19世紀にイギリスのマンチェスター地方で生まれた協同組合運動がルーツ」「貧富の差が拡大するばかりで、社会の混乱を招いていました」「みんなが豊かで安定した生活を営める理想社会をつくろうという社会運動が起こりました」等の表現が全く同じです。
その後にあなたがどれだけ他の文章を付け足そうが、この部分が同じというだけで著作権侵害の対象になります。
信用金庫の削除の件について城南信金とは別問題ですので、これ以降はWikipedia:削除依頼/信用金庫で話し合いましょう。58.98.144.198 2006年8月6日 (日) 15:25 (UTC)
加えて、何か誤解されてるようですが、私とPeachLoverさんは別人ですよ?署名は誰がいつ書いたか知るためのものですので、しっかり見てください。58.98.144.198 2006年8月6日 (日) 15:33 (UTC)
58.98.144.198 さん、相手を間違えてもうしわけありません。著作権とはその部分だけですか?それならすぐに直しますのでお待ちください。218.217.51.244 2006年8月6日 (日) 22:07 (UTC)

修正の余地がある記事

当該記事は、以下の3点で修正の余地があると考えています。
1.元会長の小原氏の記述が多すぎ、文章が冗長である。法人である城南信用金庫と個人である小原氏は別物であり、小原氏についての記述は新たに小原鐵五郎との項目を作り、そこでなされるべきである。
2.「ライバルである八千代銀行東京都民銀行などの銀行をも上回る実力を持つ」との記述があるが、どこがどう上回るのか不明。
3.オリジナル商品の項目では、開始時期もわかるなら記入したほうがいいと思います。
また、ノートの上のほうを見た限り、ここを執筆している人は城南信用金庫の関係者の方みたいですね。執筆する際はどうかWikipedia:自分自身の記事をつくらないを参照の上、最新の注意を払ってください。219.103.223.209 2007年12月31日 (月) 04:14 (UTC) *(賛成)1と2については同意します。特に、2についてはWikipedia:検証可能性を満たすソースが必要です(そういう事に触れている書籍はありそうですけどね…)。なお、3については「開始時期」を記載することにより記述したサービスがオリジナル性の高い物である論拠の補強にはなる(論拠そのものにはならない)ので、いいと思います。あと、そもそも「オリジナル性」ってのはけっこう主観的な切り分けにならざるを得ないという前提の上で、何を記述するべきかという事から整理したほうがいいと思います(商品名が独自なだけでは「オリジナル商品」という事にはならないと思います)。--しいたけ 2007年12月31日 (月) 04:58 (UTC)

  • (反対)1は、企業の歴史と経営哲学の解説。個人としての項目を作るほどではないです。2は銀行の実力とは一般に「預金量」のことです。わかりやすいように具体的に修正しました。(各企業のHPに記載の計数が根拠です)3は新聞のバックナンバーを見れば全て客観的な事実であることが判明します。「疑問」としてで放置するのは執筆者にとっても名誉にかかわるので放置せずに速やかに白黒を調査してもらいたいです。事実でないなら簡単に反証可能であるはずです。事実であることがわかったらすみやかに「疑問」を撤回してください。 --以上の署名の無いコメントは、ジョアンナ会話投稿記録)さんによるものです。2008年1月1日 (火) 07:39 (UTC)
  • (コメント)できれば署名をつけてもらいたく思います。本題に入りますが、1.あくまでもここは城南信用金庫のページです。「裾野金融」「貸すも親切、貸さぬも親切」の節については、小原氏の業績(川口弘教授のことを触れてないなどの点で、やや疑問もありますが・・・)なので、小原氏のページを新しく作るべきと思います。経営哲学について触れるなら、序盤の「元会長の小原鐵五郎は、~~現在も城南信用金庫の経営理念として残る。」の部分だけで十分ではないでしょうか。2.安易に「実力」という言葉を使うべきではないと考えます。まず、「預金量が実力」というのは、規制金利時代ならともかく今の時代はかなりの異論が出ると思います。収益性や効率性といった指標も無視できないでしょう。例えば、先日の金融ビジネスの銀行ランキングでは、関西アーバン銀行が他の大手銀行を抑えてトップに立った例があります。また仮に、私が「城南信金は、横浜銀行の3分の1程度の預金量しか持たず、実力では大きく下回っている。」と書いたら、ジョアンナさんはおかしいとは思わないのでしょうか?横浜市を主要営業エリアとしてると言うことは、必然的に横浜銀行もライバルなんですから。3.城南信金がその商品を発売したという事実に疑問をつけている人は現段階ではいません。ただし、しいたけさんも触れているように、「オリジナル性」とは主観的な切り分けにならざるを得ません。どこの銀行や信用金庫にだって、「オリジナル商品」と称するものはあります。また、「数多く」「著名」という表現は、Wikipedia:大言壮語をしないWikipedia:言葉を濁さないといったガイドラインに抵触しているものと考えます。(ここについては、他の方もご意見ください。)--219.103.223.209 2008年1月1日 (火) 18:17 (UTC)
  • (コメント)署名の細かい作法がよくわからずごめんなさい。1は現状保留します。2の「実力」はたしかにその通りだと思いますので削除修正したほうがよいですね。ちなみに、ここは他の方が「八千代に匹敵する実力」と書かれたのが残っていた部分であり、私が書いたのではありません。3の、ここで書いた「オリジナル商品」は客観的ですよ。発表当時、複数の各大手新聞やTVがニュースとして取り上げたのがその証拠ではないですか?ニュースになった商品はなかなか無いです。まして「優秀製品賞」を獲得しているのは独自性が客観的に認められたからです。それがどうして主観的なのですか?他行も「オリジナル商品」を出しているのは知っています。例えば総合口座は三菱銀行が開発したとか、スイング口座は○○銀行だとか、一括決済システムは第一勧銀だとか。これらも立派な先進的な商品であり、これらの銀行の記載欄に書き込むべきだと思います。しかし、これら銀行商品がまだ記載されていないから、城南の商品も同様に記載すべきではないというとしたら、それはおかしいと思いますが? --以上の署名の無いコメントは、ジョアンナ会話投稿記録)さんによるものです。2008年1月3日 (木) 15:33 (UTC)
  • (コメント)書名の仕方については、Wikipedia:ノートのページでは投稿に署名をするをご覧ください。1については、小原氏の全国信用金庫協会会長としての業績と、城南信用金庫会長としての業績は分けなければいけませんので、小原氏の項目を作ったほうがむしろ編集しやすいと思います。2については、「肩を並べる実力」を「上回る実力」と書き換えたのはあなたなので、あなたが全責任を負うことになってしまいます。ご注意ください。3については、ウィキペディアは「事実」のみを書くべきであり、「意見」は書くべきではない、という決まりがあります。Wikipedia:中立的な観点をご覧ください。つまり、城南信金が発売した商品について何年何月何日の○○新聞で「画期的」と書かれていたのであれば、それを事実としてウィキペディアに書くことができますが、そのような情報ソースがない場合は、あなた個人の意見とみなされてしまいます。また、上にも書いたとおり、開始時期くらい書かないと情報の有益性が欠けてしまうと考えています。--219.103.223.209 2008年1月6日 (日) 08:31 (UTC)
  • (コメント)2は、ご指摘の通りですので、既に削除いたしました。3は、開始時期を調べて書き加え並べ替えました。ジョアンナ 2008年1月6日 (日) 09:47 (UTC)
  • (コメント)*(コメント)段を戻します。1.については小原氏の実績であって、城南信用金庫の項目として書くべき最小限のことは「3代目城南信用金庫会長である」という点に限られるように見受けられます。この項目に書くべき事は「城南信用金庫がやったこと・やっていること」であって「会長の考え方・実績」ではないと考えます。
    また、小原哲学に関しては項目の提示に抑えておき、小原さんがやってきたことは小原氏のページを作成された方がよろしいかと思います。--Springtide 2008年1月24日 (木) 15:23 (UTC)


政府系金融機関との提携解消について(2)

私のノートのところに書かれていたので(ノート)、回答をここに書かせていただきます。まず、城南信用金庫における提携解消が、民間金融機関の間で特異なことなら、それを指摘する意義はあります。下の「オリジナル商品」の項目と理屈は同じです。次に、「また民間が政府系金融機関との提携を拡大傾向にあるという客観性もありません。」とのことですが、農林漁業金融公庫HPのニュースリリース[3]や、国民生活金融公庫HP[4] を見れば、提携が拡大しているのは明らかです。次に、住宅金融支援機構と民間との関係ですが、もちろん民間金融機関によってはフラット35の取次ぎ件数を減らしているところはあるでしょう。しかし、提携そのものを取りやめているところは私が知っている限りありません。(もし間違っていたら、ご指摘ください。)最後に「匿名じゃなくて名乗れ」とのことですが、IPアドレスで書き込むことはウィキペディアでは規制されてません。そもそもあなたの「ジョアンナ」も(もちろん)本名じゃないですよね?誰が書いたかはあまり意味がありません。その書き込みが有益かどうかのみが重要だと思います。124.44.163.208 2008年2月25日 (月) 14:50 (UTC)

  • 話が前後しますが、こちらに再記いたします。

あなたの書いていることは城南信用金庫の方針や考え方とは無関係のことです。 また民間が政府系金融機関との提携を拡大傾向にあるという客観性もありません。 例えば、住宅金融公庫が住宅支援機構になり、事業会社やモーゲージと 提携してフラット35を拡大した結果、民業圧迫になり、民間金融機関では、 支援機構との提携を見直しする方向にあります。

匿名で書き込むのでなく正規に登録して議論をしたらいかがですか。 ジョアンナ 2008年2月26日 (火) 00:09 (UTC)

    • 上の書き込みへの回答をお待ちしています。ジョアンナさんが誤解されないように付け加えておきますが、辞書の定義[5]に基づく限り、あなたも匿名で書き込んでいるのには変わりありません。(もちろん、あなたの本名がジョアンナさんでしたら別ですが・・・)また、ウィキペディアでは登録しないで書き込むこと自体を、他者が批判することはできません。中には登録したほうがいいとの意見の方もいるのは確かですが、私はそんなに長くウィキペディアで活動する気もないので、正直言って意義を感じません。124.44.163.208 2008年2月26日 (火) 12:07 (UTC)
    • それでは申し上げますが、まず「特異なことなら、それを指摘する意義はあります」とのことですが、「特異」「独自」なことがあった場合、全てについて「他は追随していない」と書くのが普通なんですか?たとえば「日本は軍隊をもたない。非核三原則を堅持している」と書いてあったらそこに「しかし他の先進国は全て軍備を保有している。日本に追随して非武装や核三原則を提唱している国は存在しない」と書くのが一般的なのですか?書かないと、何か支障や問題が生ずるのですか?そんなことはないでしょう?あなたが「他は追随していない」と書いたのは単純に「特異だから書いた」のではなく「あえて意図的に書いている」のです。「政府系金融機関を否定するという経営判断を否定したい」「少数派の間違った判断に過ぎないという印象を与え、貶めたい」ので書いているのでしょう?そうした「主観性」「非中立性」をウィキペディアは否定しているのではなかったでしょうか?ジョアンナ 2008年2月27日 (水) 09:19 (UTC)
      • それは全くの誤解です。「追随していない」という表現には、日本語として肯定的な意味も否定的な意味も全く含まれていません。民間金融機関同士の経営判断が異なっているという事実を書いたに過ぎません。ジョアンナさん自身スーパードリームの項に「各金融機関が追随」と書いてありますが、これも単なる事実であり、物事についての肯定でも否定でもありません。ウィキペディアの「中立的な観点」のページを見ると、「事実、様々な意見に関する事実も含めた事実を書け――だが意見は書くな」と書いてあります。つまり、城南信金が提携解消したのは事実、他金融機関は提携を強めているのも事実、その事実については書くべきだが、そこに意見を書いてはならない、ということです。少数派だから間違っているというのはナンセンスですし、どちらが正しい政策なのかは、すべては読んだ人が判断することですから。あと、ジョアンナさんに質問がありますが、「民間が政府系金融機関との提携を拡大傾向にある」「他の金融機関が追随していない」という事実については納得していただけたのでしょうか?124.44.163.208 2008年2月27日 (水) 12:45 (UTC)
      • 事実の列挙のようにみえながら、相手の印象を誘導する文体はいくらでもあります。アントニーの詐術など典型的です。それはさておき、あなたの言うとおり、「他の金融機関が追随していない」かどうかは、どちらともいえないと思います。念のために申し上げると、本文には、「『政府系金融機関の役割はもはや終わった』『もはや政府系金融機関は必要ない』(平成18年度ディスクロージャーより、1)との考えのもと、政府系金融機関との提携を解消。」と記載しています。「政府系金融機関の役割がもはや終わったことが、事実である」と書いているのではなく「そのように、彼らが(ある意味で主観的に)考えて提携解消した」という「事実」をのべているのであり、「政府系金融機関の役割はもはや終わった、ことが事実かどうか」については、私は踏み込んで判断していません。政府系金融機関が必要か否かは、「官から民へとい構造改革」に対する主観的な判断であり、それが事実かどうかは、読者が自分で考える問題であります。ですから、わざわざ城南の主観的判断に過敏に反応して、あえて論評しようとすることこそ、あなたの意図が入っており、それは、そもそも城南信用金庫の記述には全く関係がないことであり、不要と考えます。ジョアンナ 2008年2月27日 (水) 23:57 (UTC)
        • 私の書き込みがあたかも「詐術」であるかのような表現については取り消し願います。そもそも、「城南を貶めたい」などという意図が私にはないということをご理解いただけないと、話が進みません。また、ジョアンナさんは「あなたの言うとおり、「他の金融機関が追随していない」かどうかは、どちらともいえないと思います。」と書いていますが、上にありますとおり、私の主張は、「民間が政府系金融機関との提携を拡大傾向にある」「他の金融機関が追随していない」というのは、論評する表現など一切入っていない純然たる「事実」に過ぎない。「事実」に過ぎない以上、「Wikipedia:中立的な観点」などに従って、主観的表現を一切排した上で書くべきである、ということです。民間金融機関が「(政府系の)ノウハウを生かすこと」を理由に提携を強化している、という表現は、城南が「政府系は必要ない」と考えて提携を解消した、という表現と同様に、「事実」を述べているに過ぎません。私はこれまで、「政府系金融機関が必要か否か」などについて一切の主観的表現や論評をしていません。あと、ジョアンナさんはまだ私の質問に答えてくれてません。「民間が政府系金融機関との提携を拡大傾向にある」「他の金融機関が追随していない」という2点については、表現はどうあれ事実であると認めてくれるのでしょうか?文体が気に入らないだけなのか、それともそもそも事実ではないとお考えなのか、そこをはっきりさせてください。124.44.163.208 2008年2月28日 (木) 14:31 (UTC)
        • あなたの質問に対しては全てお答えしています。同じ事を何度も繰り返し書いても仕方が無いですから文章をよく読んで意味を理解してください。あなたはウィキペディアの全てのページに「○○は独自なことをやっているが、他はこうなっている」と全て書き込むつもりですか?その行動自体が「異例」とは思わないのですか?①もし「異例」な行動であるなら、いくら「事実を書き込んでいるだけ」のように見えても、そこに「あえて書き込む意図」があるはずでしょう?②もし「異例」な行動でないというなら、大変でしょうが、頑張って全てウィキペディアのページに同じように書いてください。ジョアンナ 2008年2月29日 (金) 00:20 (UTC)
          • 残念ですが理解できないので、事実だと思うのか事実とは思わないのか、はっきりとわかるように書いてください。仮に事実とは思わないのであれば、その根拠を示してください。(私はすでに、外部リンク[6][7]を用いることで、事実と考えている根拠を示しています。)また、Wikipedia:中立的な観点#中立的な観点とは何か? 「偏りのない」「中立的な」というのはここでどのような意味で使われているのか?から引用しますが、全ての観点を提示するということは、p 主義者は p が正しいと考えており、一方で q 主義者は q が正しいと考え、現在その点をめぐる論争がある、というようなの記述をすることです。全ての観点を提示するにあたって、誰がどのような理由で p や q を信じており、どちらがより広く支持されているか、といった背景の説明を大量に供給できることが理想です。(広く支持されていること=正しい、とほのめかすようなことのないように気をつけてください。というのがウィキペディアの方針です。つまり、政府系金融機関に対する経営方針として「城南が提携を解消したこと、他の金融機関は提携を強めており、追随していないこと」が仮に事実ならば、城南に対して有利にも不利にもならないように表現に細心の注意を払った上で書き込むべきである、ということです。124.44.163.208 2008年3月1日 (土) 06:37 (UTC)
          • 「貴方が理解できない」という事実はわかりましたが、なぜ理解できないかが、全く理解できません。「城南の(主観的な)判断」ということが明記された文章に対して、あなたは文句をつける。しかも、その判断は、事実判断ではなく、「小さい政府がよい」という「白黒付けられない価値観」ですよ。これに対して反証を挙げるのは、たとえ「神」でも不可能でしょう?それを貴方は、何とか反証しようと、いや、自分の我を通して、何とか否定しようと躍起になっているだけなんですよ。それがあえて「異常」とまではいいませんが「特異」な行動であると申し上げているんです。他人の「価値観」に白黒付けたがることが「異常」だということがわからないなら、「キリスト教」の箇所に「しかし、人であるイエスが復活すると考える教義を信ずる人間は人類の少数に過ぎない」とか「イスラム教」の箇所に「しかし、イスラム教の教える天国が事実であるとは、キリスト教徒も仏教徒も考えていない」とか、「非武装中立」の箇所に、「しかし、世界の国で非武装中立が正しいとして日本に追随している国はほぼゼロである」と書いてあるのか確認してみてください。そんなことは一般人はしていないでしょう?でも議論も面倒だし、大して重要な内容でもないから、もうこの箇所自体を削ってしまいます。貴方の勝ちです。コウサンしました。ジョアンナ 2008年3月1日 (土) 13:35 (UTC)
  • (段を戻します)議論中に勝手に編集するのはやめてください。私は「城南の行動、他金融機関の行動、どちらも書くべきである」との立場です。理由は先ほど、ガイドラインから引用しています。あなたも意見がおありであれば、外部リンクやガイドラインから理由を示した上で書き込んでください。124.44.163.208 2008年3月1日 (土) 15:22 (UTC)
    • なにか意見が出るとも思えない瑣末な内容についての不毛な議論だと思います。--以上の署名のないコメントは、124.32.193.18会話/Whois)さんが 2008年3月2日 (日) 02:50 に投稿したものです(124.44.163.208による付記)。ジョアンナ 2008年3月2日 (日) 12:51 (UTC)
      • 他の金融機関と違う行動を取ったことについて「瑣末な内容」というのには同意できません。「小原哲学」「オリジナル商品」のような項目があるのは、それが他の金融機関と違う城南信用金庫の特色だからです。もし政府系に関する記述を「瑣末だから消去すべき」というのであれば、極論を言えば城南信用金庫のページが白紙になってしまいます。他のページも同様でしょう。また、ジョアンナさんに対して回答を付け加えると、非武装中立のところにはきちんと賛否両論が載ってますし、キリスト教イスラム教のような3大宗教と1民間金融機関を同列に論じるのは不適当ではないかと思います。124.44.163.208 2008年3月2日 (日) 03:43 (UTC)
      • それならば申し上げますが、キリスト教やイスラム教のような、世界中の大勢の方に影響のある大きな問題こそ、そうした議論をしても、まだ「意味を持つ」のではないですか?だから考え方が逆ではないですか。むしろ一民間企業の判断と意思決定をいちいち「多数決」で論評しようという貴方の行動が「特異」です。それが理解できないのですか?冷静になってください。いくらでも具体例を列挙できますよ。例えば「トヨタはハイブリッドを環境対策技術の本命として力を入れている」と記述していたら、そのトヨタの箇所に「しかし、欧州の各メーカーはハイブリッドには力をいれずにディーゼルを本命と考えている」と書き、パナソニックのところに「薄型テレビとしては、プラズマ力を入れている」と書いてあったら「しかし、パナソニック以外のシャープやソニー、サムスンは液晶に力を入れており、プラズマには参入していない」と書き、東芝のところに「原子炉事業に力を入れている」と書いてあったら「しかし、東芝以外のメーカーは原子炉から撤退している」と書くのが、本当に「ウィキペディア」にとって一般的な流儀なんですか?ジョアンナ 2008年3月2日 (日) 11:03 (UTC)
  • 追加の論点ですが、そもそも「城南の主張」は「多くの金融機関が、政府系金融機関の役割は終わったと考え行動している」という主張ではありません。そう書いてあれば、「城南の主張は違う」という反論が必要だと思います。しかし、そうではなくて、城南自身が「政府系金融機関の役割はもはや終わった」「もはや政府系金融機関は必要ない」と自分は考えている、と記述しているのです。これは「城南の判断」であり、それに賛同し、追随する他金融機関が多かろうが少なかろうが、それはどうでもいいことなのです。それなのに、貴方が、その判断そのものについて正面から論評せずに「どれだけの金融機関が追随したか」という矮小な点に注意を注ごうとして、「問題をずらす」ことに躍起になっていることが、全く理解できません。「城南の主張」と関係ない「多数派か否か議論」を執拗にするのは、問題の本質から逃げることです。貴方が問題としたいこと、論評すべきことは、「城南の主張や考え方そのものが正しいか否か」という点なんでしょう?「特異」だとあえていうなら、そういう主張そのものについて、堂々と議論をしたほうが、正鵠を得ていると思いますよ。ジョアンナ 2008年3月2日 (日) 12:38 (UTC)
  • そうした観点から議論を展開すると、サッチャー首相、レーガン大統領の思想をうけつぐ、中曽根首相、橋本首相、小泉首相が推進してきた「日本の改革路線」は、「民間活力の活用による活力ある日本の再生」です。これは国家方針ですよ。そうした観点から「小さな政府」が志向され、金融界においても「官業の縮小」が決定され、それゆえに数多くあった政府系金融機関は大幅に整理、淘汰されてきたわけです。国金や中金など多数の公庫が「役割を終えた」として整理統合された。それは「議論の余地もない、紛れもない歴史的な事実」ですよね?「国家方針」「国民の合意」のもとで、政府系金融機関は縮小されてきたわけです。こうした流れの中で、一民間金融機関としても、「官に頼らずに業務を遂行する」という経営方針を打ち出して、政府系金融機関との提携を解除するという行動をとったことは、十分妥当であり、考えられる一つの選択であり、経営方針です。これが何かおかしいのですか?政府系金融機関である住宅金融公庫の末裔である住宅金融支援機構は、民間金融機関の住宅ローンに保証を行い、買取をしています。多くの民間金融機関がこれと提携を続けていますが、これは、提携が自分たちのトクになるからです。しかし、民間が出来ないことを引き受けた住宅金融支援機構は、「民間が出来ない業務=リスクが高く採算も取れない可能性のある業務」を今後も拡大していけば、その結果、やがて、かつての住宅金融公庫がやってしまったように、「多額の赤字」を計上し、「財政からの赤字の穴埋め」を必要として、国民の貴重な税金を浪費することになる可能性があるわけです。このような「政府系金融機関」に対して「その役割はもはや終わった」という判断を下すことは、国民として、極めて当然の判断であると思います。貴方はそうは思わないんですか?それゆえに、もしも、他の民間金融機関が「住宅金融支援機構」を自分達のリスク削減と収益増加のために利用するために提携を続けようとしても、一金融機関が、もっと大きな国民経済的観点から、政府系金融機関と袂を分かつことを選ぶことは、公共性の観点から妥当性があると考えます。そうした「本筋」の点については、貴方のご意見はどうなんですか?参考までにお聞きしたいものです。それを踏まえたうえで、「しかし、他金融機関は、こうした城南のような明確な方針を出しておらず、提携解消に踏み切れていない」という事実を書きたいというなら、私もわかりますよ。ジョアンナ 2008年3月2日 (日) 12:29 (UTC)
    • ものすごく長く書かれていますが、残念ながら政府系金融機関に対する価値判断を論じているわけではないので、お答えしようがありません。私も、政府系機関との提携が正しいのか間違っているのかについて、城南信用金庫の項目に書くつもりはありませんし、これまでも書いていません。繰り返しになりますが、Wikipedia:中立的な観点#中立的な観点とは何か? 「偏りのない」「中立的な」というのはここでどのような意味で使われているのか?を読んでいらっしゃいますか?全ての観点を提示するということは、p 主義者は p が正しいと考えており、一方で q 主義者は q が正しいと考え、現在その点をめぐる論争がある、というようなの記述をすることです。全ての観点を提示するにあたって、誰がどのような理由で p や q を信じており、どちらがより広く支持されているか、といった背景の説明を大量に供給できることが理想です。(広く支持されていること=正しい、とほのめかすようなことのないように気をつけてください。と書いてあります。ここで「p 主義者は p」を「城南信金は提携を解消したこと」に、「q 主義者は q」を「他の金融機関は提携を強化していること」に置き換えれば、「全ての観点を提示する」ことが必要だとお分かりいただけると思います。「他の金融機関がどうでもいい」というあなたの主張は、上のガイドラインに照らせば不適切だと私は考えます。それとも、私がガイドラインの解釈を誤っているとジョアンナさんがもしお考えなのであれば、その旨理由をつけてご指摘ください。124.44.163.208 2008年3月2日 (日) 13:03 (UTC)
    • それでは、具体的な提案ですが、「政府は『構造改革』の一環として「民に出来ることは民に任せる」という方針の下に、政府系金融機関の大幅な整理縮小を進めてきたが、各省庁は、逆に政府系金融機関の生き残りのために、リスクのある新たな業務の拡大や民間との提携拡大を図っており、民間でもこれに従う動きがある。しかしながら、城南信用金庫は、こうした政府系金融機関のやり方には従わず、2005年に、「『官から民へ』『構造改革』という国家方針に呼応して、『政府系金融機関の役割はもはや終わった』『もはや政府系金融機関は必要ない』という観点から、政府系金融機関との提携を解消した」というのはいかがですか?これなら、背景も、論点も、行動の意味もよくわかるでしょう?ジョアンナ 2008年3月2日 (日) 13:26 (UTC)
      • それこそ、城南信金寄りで、各省庁や政府系金融機関を貶めている書き方です。そもそも、かなり上に誰かが書いていますが、政府が行った政府系金融機関の整理縮小の論点は「融資残高の対GDP比半減」だけであり、ノウハウを生かすための民間金融機関との提携まではどこにも書かれていませんよ。ウィキペディアがそういった価値判断の論争にならないためにも、「他金融機関は政府系金融機関のノウハウを生かすことを理由に提携強化の動きを進めており、2008年2月現在、追随する民間金融機関は存在しない」という表現を使ったほうがいいと思います。他の民間金融機関が「ノウハウを生かすこと」を理由に提携を強化していること、追随している金融機関がないこと、というのはそれぞれ事実なんですから。124.44.163.208 2008年3月2日 (日) 13:36 (UTC)
      • 貴方こそ、政府系金融機関の代弁者ではないですか?「ノウハウを生かす」という主張が、事実に基づいたものなんでしょうか?全くないとは言いませんが、「政府系金融機関のノウハウ」が実際に役に立って助かった、などと思っている民間金融機関はどのくらいいるのでしょうか?それは、政府系金融機関の宣伝文句であり、建前であり、存続のための言い訳ではないですか?事実であるといいますが、貴方は、それが事実であることをどのように証明できるのですか?事実であることは証明できませんよ。それを言うならば、「政府や政府系金融機関は、自分達の存在理由として「ノウハウを生かす」ことを目的と称して提携を強要しているが、云々」と書きたいくらいです。「強要や恫喝」があったことこそ、私は、経験者として事実であることを詳細に証明できますよ。ジョアンナ 2008年3月2日 (日) 13:46 (UTC)
      • それでは、妥協案として「政府は『構造改革』の一環として「民に出来ることは民に任せる」という方針の下に、政府系金融機関の大幅な整理縮小を進めてきたが、政府系金融機関は「ノウハウを生かす」という大義名分のもとに民間との提携拡大を図り、民間でもこれに従う動きがある。しかしながら、城南信用金庫は、これに従わず、2005年に「『官から民へ』『構造改革』という国家方針に呼応して、『政府系金融機関の役割はもはや終わった』『もはや政府系金融機関は必要ない』という主張の下に政府系金融機関との提携を解消した」ぐらいではどうですか?ジョアンナ 2008年3月2日 (日) 13:58 (UTC)
      • 「大義名分」が否定的に見えるなら「名目」でもいいですよ。ジョアンナ 2008年3月2日 (日) 14:02 (UTC)
        • お願いですから1回でまとめて書いてください。容量の問題があります。また、こちらは1回書いたのを何回も書き直さなければならないので、やりにくくて困っています。本題に入りますが、そもそも政府系金融機関の整理縮小(融資残高対GDP比半減)と民間金融機関との提携拡大とは直接的な関係はありませんので、むしろわかりにくくなるでしょう。こちらからの案としては、「城南信用金庫は、2005年に『政府系金融機関の役割はもはや終わった』『もはや政府系金融機関は必要ない』という理由の下に政府系金融機関との提携を解消した。対して民間金融機関は「政府系金融機関のノウハウを生かす」との理由のもとで提携拡大を進めている。また、政府系金融機関も「地域の活性化」や「地場産業育成」を理由に民間金融機関との提携を進めている、この結果、2008年2月現在、提携解消に追随する民間金融機関は存在しない」。とさせてもらいます。「国家戦略」というのは事大主義である上に定義が曖昧ですし、「図る」にも「企てる」という意味があるので不適でしょう。また、「城南信用金庫」の項目である以上、一番最初に来るのは「城南信用金庫」であって、政府系金融機関や他の金融機関ではないはずです。(そうでないと、読んでいる人にとってわかりにくくなります)124.44.163.208 2008年3月2日 (日) 14:18 (UTC)
        • それには異を唱えます。賛成いたしかねます。なんで城南のところに他の民間金融機関と政府系金融機関の「言い訳」をこれほどバランスを欠いてたくさん書かねばならないのか、常識というか、常軌を逸しています。ウィきぺディアの「中立性」の考え方である「少数意見をたくさん書くな」という基準に逸脱しています。「政府系金融機関の役割が終わった」というほうが、国家方針であり、多数意見です。事大主義ではなく、事実として小泉首相が政府の施政方針演説で表明していますよ。あなたの意見は、官僚に過度に肩入れしており、かなりの強いバイアスがあり、偏った意見であると、マスコミなど多数の方が思うことでしょう。言論の自由があるのですから、個人的な意見なら、こうした百科事典ではなくて、別途「政府系金融機関の役割」とでもして、別のブログにでもお書きください。ジョアンナ 2008年3月2日 (日) 21:56 (UTC)
        • それから一言。「させてもらいます」とは何ですか?そういう、上からものをいうような勝手な言葉遣いをするのが「官僚さん」の習性ですか?それなら私も一国民として「させません」といわざるを得ませんよ。ジョアンナ 2008年3月2日 (日) 22:15 (UTC)
        • 最大限、貴方に譲って、この案ならどうでしょうか?貴方の言うように事実を列挙しました。「城南信用金庫は、2005年に「小泉首相をはじめとする歴代政府の『構造改革路線』すなわち『官から民へ』『政府系金融機関の整理統合縮小』という方針に呼応して、『政府系金融機関の役割はもはや終わった』『もはや政府系金融機関は必要ない』という判断の下に、政府系金融機関との提携を解消した」ことを発表した。これに対して他民間金融機関は依然として提携拡大を進めており、政府系金融機関も「地域の活性化」や「地場産業育成」「政府系金融機関のノウハウを生かす」ことを名目に民間金融機関との提携を促進しており、2008年2月現在、提携解消に追随する民間金融機関は存在しない」ジョアンナ
        • それから、再度強調しておきますけど、「民間金融機関は「政府系金融機関のノウハウを生かす」との理由のもとで提携拡大を進めている。」といいますが、「いうとおりに提携しないと全面的にやめてもらう」という、政府系金融機関などからの高圧的な「脅迫や強要」ということも、行われていることをお忘れなく。一般に民間は官庁に睨まれたくないから、事を構えたくない。そうしたことを考慮に入れると「ノウハウ利用のため」が自発的判断とはいいがたい面もあります。ジョアンナ 2008年3月2日 (日) 22:44 (UTC)
        • 上記の点で、貴方が「ノウハウ利用のため」という主張の「根拠」だとして挙げているいるリンク先は、国民生活金融公庫、農林漁業金融公庫ではありませんか!つまりは、「自分達には存在意義がある」と主張したい「政府系金融機関」が自分で作っているサイトではありませんか?まさに自作自演です。これが何で客観的な事実を保証する「根拠」なのですか?こうしたことからも貴方の主張が事実であるという「根拠」は崩れています。従って、私が貴方に最大限歩み寄ってご提案しているように「政府系金融機関は「地域の活性化」や「地場産業育成」「政府系金融機関のノウハウを生かす」などを名目として、民間金融機関との提携を促進している」わけです。ジョアンナ 2008年3月3日 (月) 13:34 (UTC)
  • (段を戻します)本論に入る前に、3点ほど。A.1回でまとめて書いてください。Wikipedia:同じ記事への連続投稿を減らすをご覧ください。B.「官僚さん」「城南信金を貶めたがっている」「詐術」といった決め付けはやめて、取り消してください。仮に私が「ジョアンナさんは城南信金の関係者だから、中立的ではない」と書けば(ジョアンナさんが城南信金の方かどうかはともかく)、あなたは不快に感じるでしょう?根拠のない決め付けは、議論の邪魔になるだけです。C.「させてもらいます」という表現が気に入らないようですが、私は「こちらからの案としては(中略)させてもらいます」と書いています。つまり、あなたの案に対して私が代案を出したに過ぎません。気分を害したのならお詫びします。
それでは本論に入ります。
1.国家方針には「政府系機関と提携を解消せよ」とは一言も触れてません。当時、小泉総理の肝いりで開催された政策金融改革推進本部[[8]]では、「政府系機関の融資残高の対GDP比半減」としか触れられていません。むしろ、金融庁はアクションプログラムの中で「ベンチャー企業向け業務に関する政府系金融機関等との連携強化」が必要と書いてあります[[9]]。ちなみに当時の金融担当大臣は、小泉首相の盟友だった竹中平蔵氏です。言い換えると、小泉首相と竹中氏が策定した国家方針には「民間金融機関は政府系機関と提携せよ」と書いてあるわけです。もし、小泉氏が「民間金融機関は、政府系機関との提携を解消すべきだ」とコメントしたのであれば、その旨ご指摘ください。小泉氏は「民でできることは民で」「政府系機関は改革が必要」とはおっしゃっていますが、「政府系機関は不要」とは一言もおっしゃってはいないと記憶していますが。
2.この項目は「政府系機関との提携解消」です。つまり、多数派か少数派かは、「政府系機関と提携を解消したか」「提携を続けているか」で分かれます。マスコミの中で、「民間は政府系機関と提携を解消するべきだ」と意見が出されたことがあるでしょうか?また、ジョアンナさん自身、上のほうで「住宅金融支援機構は、~(中略)~多くの民間金融機関がこれと提携を続けています」「他金融機関は、こうした城南のような明確な方針を出しておらず、提携解消に踏み切れていないという事実」と書かれているということは、「城南信用金庫の提携解消=少数派、他の金融機関の提携強化=多数派」という点では同意していただけると思います。ジョアンナさんが主張している「少数意見をたくさん書くな」というウィキペディアの方針にのっとれば、これくらいの分量が妥当ではないでしょうか?(誤解のないように強調しますが、私は城南信金が少数派だからといって批判するつもりは全くありません。)
3.「政府系機関が民間に提携するよう高圧的な脅迫や強要を働いている」というあなたの主張は、検証可能性を満たさない限り議論の対象にはなりません。もし「強要や恫喝」があったというのなら、それについて書かれた信頼できる資料を提示してもらわなければいけません。Wikipedia:検証可能性を参照ください。少なくともウィキペディアに書けるのは、建前として各機関から提示された文言だけです。(もちろん、これと反することを主張している信頼できる資料があるのなら、それを併記することはできますし、是非ともそうすべきです)
4.「自作自演」というのは、あなたがウィキペディアの方針を誤解しているんでしょう。私は、「政府系機関が主張している、という客観的な事実」を書いているに過ぎません。p 主義者は p が正しいと考えており、一方で q 主義者は q が正しいと考えの節をもう一度読んでください。私が主張している事実は、「城南信金は(政府系機関は必要ないとの理由で)提携解消」「民間金融機関は(ノウハウ蓄積を理由に)提携強化」「政府系機関は(「地域の活性化」や「地場産業育成」を理由に)提携強化」「追随する他の金融機関はない」との4点だけです。ここで、「地域活性化なんてただのお題目じゃないの?」という議論は、他の情報源がない限り、記事の編集という観点からは意味のないことです。
5.以上を踏まえ、こちらからも代案を出します。「城南信用金庫は、2005年に『政府系金融機関の役割はもはや終わった』『もはや政府系金融機関は必要ない』という判断の下に、政府系金融機関との提携を解消し、代理貸付の取り扱いを取りやめた。これに対して他民間金融機関は「政府系金融機関のノウハウを生かす」ことを理由に提携拡大を進めている。政府系金融機関も「地域活性化」や「地場産業育成」を理由に民間金融機関との提携を促進しており、2008年2月現在、提携解消に追随する民間金融機関は存在しない」でどうでしょう?分量調整のため「代理貸付」を新たに加えました。また、直接関係のない「国家方針」をはずしたほか、「旧態依然」という文言からネガティブなイメージのある「依然として」を削除、同様に「実質」との対比でネガティブなイメージのある「名目」を「理由」に置き換えました。124.44.163.208 2008年3月3日 (月) 15:14 (UTC)
  • ジョアンナ様 大変申し訳ありませんが、所要にて4,5日書き込みができません。その間に何かご意見がありました場合は、戻り次第返答させていただきます。ご容赦ください。124.44.163.208 2008年3月4日 (火) 13:02 (UTC)
    • まずご不快な念をおかけしたことをお詫びします。なるべく1回でまとめて書きます。また「官僚さん」「城南信金を貶めたがっている」は推測でものを言ってはいけませんでした。なお「詐術」は決め付けではなく「アントニーの詐術」という有名なレトリックが存在することを一般論として述べたものですのでご理解下さい。それでは本論に入ります。
    • まず、貴方の書かれた文章ですが、『1.「国家方針には「政府系機関と提携を解消せよ」とは一言も触れてません。』『金融庁はアクションプログラムの中で「ベンチャー企業向け業務に関する政府系金融機関等との連携強化」が必要と書いてあります』とありますが、この『』の中は、あくまでも官僚の作文です。官僚が政府の文書を書くときに、都合のよい「部分」を作文して挿入するのは官僚の常套手段ではないですか。
    • それに、ここの箇所も全体の文脈の中で読まなくては、大意を見失い不正確になります。全体の流れは「官から民へ」という大きな動きの中で「政府系金融機関の役割もほぼ終わった」ということであり、だからこそ、統合整理されたのでしょう?それが大きな流れであり、それが事実ですよ。そもそも政府系金融機関に、それほど貴重なノウハウがあって、社会で有益な役割を果たしていたなら、何も整理統合をする必要がなかったはずです。ちなみに小泉首相も、国会予算委員会の答弁で「住宅金融公庫がなくても問題ない。民間で対応できる」と明確に証言しています。住宅金融公庫が多額の赤字を計上し、財政負担をかけていたからです。この事実は重いと思います。
    • ただし、細かい点をいえば、「政府系金融機関」にも、これまで蓄積した「ノウハウ」が無いとはいえない。「それを活用することはそれなりに意味がある」という文脈の中で「提携」という文章が追加されたのではないのですか。しかしそうした「ノウハウ」がどれほどあるのかは疑問です。一例をあげれば、民間が提携しなければならないような優れたノウハウを中金や国金が持っていたと考える民間金融機関人はほとんどいないのが実態です。中金や国金は、民間にとってライバルであり、競合先であり、民業圧迫だという批判があった。つまり民間と同じ事をしていたからであり、民間にまねのできないような、特別のノウハウによる仕事など、ほとんどなかった証拠です。
    • しかし、それはさておき、私は「『民間金融機関は、政府系機関との提携を解消すべきだ』ということが国家方針だった」などとは一言も書いていません。その違いは「決定的な違い」なので、どうかよく読んで誤解しないでください。私は「官から民へ」「政府系金融機関の整理統合」ということが国家方針だったと書きました。事実、政府系金融機関は大幅に整理統合され、住宅金融公庫は廃止されました。これは紛れも無い事実です。これに異を唱える方は誰もいないと思います。
    • なるほど、多数派と少数派を、「提携」という狭い範囲で、考えていけば、「提携派が多数派である」という理屈は、なかなか面白いのですが、あまりにも狭い領域に絞った、テクニカルなやり方によるレトリックであり、まさに「木を見て森を見ない」理屈ですね。全体を見れば、「政府系金融機関の整理縮小」「構造改革」が大きな流れであり、多数派であることは疑いの無い事実です。その大きな流れで勝負せずに、ミクロの問題にすりかえているだけです。論理で言えば「大きな流れの中で城南はAをした」に対して「しかし小さな流れの中で他金融機関はAをしなかった」という展開になっています。なぜ「大きな話」で勝負せずに「小さな話」にずらすのでしょうか?話がかみ合っていないと思いませんか?
    • 貴方は『「政府系機関が民間に提携するよう高圧的な脅迫や強要を働いている」という主張は、検証可能性を満たさない限り議論の対象にはなりません。』と言いますが、すべての記述に証拠が必要とする懐疑主義に陥れば、ウィキペディアでも他の論文でも、その記述は、ほぼ削除対象になるでしょう。しかし、幸いなことに、これは実は私の実際の経験であり、何と物的証拠も確保しています。ただスキャナーでとって、公開するのはどうかと思います。必要なら、一度貴方とお会いして資料を提示してシロクロ決着をつけてもいいですよ。ただし、その場合、貴方はこのウィキペディアで、「強要や恫喝」があったという事実を証言してくださいね。
    • 貴方の代案を最大限尊重しますが、ここは「城南信用金庫」の項目なんですから、肝心の城南信用金庫の行動の背景や意図をわかりやすくするために、城南に関する「事実」を追加しました。また貴方が「異例」ということを強調したいようですので、あえて「城南が異例」という新聞記事も加えてみました。ただし、「政府系金融機関のノウハウを生かすために、当行(当金庫、当組合)は提携を拡大した」、という表現は、正確には、民間金融機関のサイトには、ございません。正確にいうと、政府系金融機関のニュースリリースにある表現です。ですから、正確を期すために、政府系金融機関の主張として記載してみました。
    • 案→「城南信用金庫は、2005年に『日本政策投資銀行などの政府系金融機関との提携解除』を発表した。これは『政府系金融機関の多くは、高度成長期にかけて、民間金融機関の対応できない長期資金の供給を行う等、いわば民業の補完として、日本経済発展の上で一定の役割を担ってきましたが、現在では民間金融機関でも長期の資金供給は十分に可能であり、むしろ政府系金融機関が、民間の仕事を奪い、「民業を圧迫」するという弊害が目立っており、その存在意義は急速に薄れているのが実情です。現に当金庫においても、政府系金融機関の代理貸付はここ数年、新規の取扱実績が無く、今や金庫の資金だけでお客様にご不便をかけすることなく、十分に対応できるというのが実情であり、『政府系金融機関の役割はもはや終わった』『もはや政府系金融機関は必要ない』という考えに基づくものです』(出典:城南信用金庫平成18年度版ディスクロージャー)というものである。日本経済新聞(平成17年11月9日)では「民間金融機関が政府系金融機関との契約を解除するのは異例だ。政府系金融機関については、経済財政諮問会議(座長:小泉首相)が統廃合や民営化などの基本方針を月内にもまとめる予定で、改革論議にも影響を与えるとみられる」と論評した。これに対して政府系金融機関は「政府系金融機関のノウハウを生かす」「地域活性化」や「地場産業育成」を理由に民間金融機関との提携を促進しており、2008年2月現在、提携解消に追随する民間金融機関は存在しない」ジョアンナ 2008年3月4日 (火) 23:10 (UTC)
      • お待たせして申し訳ありません。体を壊してしまい、書き込みができなくなっています。ジョアンナさんの案について一言申し上げると、大意はそれでいいと思いますが、そのまま書かれるとおそらく著作権に触れてしまうと思います(引用をする場合、引用部分は「従」でなければならないので)。代案を示せない以上、こちらから大きなことは言えませんが、そこだけは直さないとおそらく削除の対象になってしまうと思います。124.44.163.208 2008年3月12日 (水) 13:56 (UTC)
      • 了解いたしました。それでは、以下の通りに変換してみました。
      • 案→「城南信用金庫は、2005年に『日本政策投資銀行などの政府系金融機関との提携解除』を発表した。同金庫によれば、政府系金融機関は、戦後から昭和40年代にかけて、長期資金の供給など、民間が対応できない分野で一定の役割を果たしてきた。しかし、今や民間でも長期資金の供給は十分可能であり、逆に政府系金融機関が民間の仕事を奪うなど、民間と競合しており、その存在意義を失っていることから、同金庫では『政府系金融機関の役割はもはや終わった』『もはや政府系金融機関は必要ない』という考えに基づき、提携を解消したものである。日本経済新聞(平成17年11月9日)では「民間金融機関が政府系金融機関との契約を解除するのは異例だ。政府系金融機関については、経済財政諮問会議(座長:小泉首相)が統廃合や民営化などの基本方針を月内にもまとめる予定で、改革論議にも影響を与えるとみられる」と論評した。これに対して政府系金融機関は「政府系金融機関のノウハウを生かす」「地域活性化」や「地場産業育成」を理由に民間金融機関との提携を促進しており、2008年2月現在、提携解消に追随する民間金融機関は存在しない」ジョアンナ 2008年3月4日 (火) 23:10 (UTC)
      • それでは、上記の案で書き込みますのでご了承お願いいたします。いろいろご意見をいただきありがとうございました。自分自身、至らない点について反省しまた勉強になりました。ジョアンナ 2008年3月14日 (金) 02:25 (UTC)
  • ジョアンナ様へ ようやく書き込みができるようになりました。事後的にはなりますが、その案でよろしいかと思います。124.44.163.208 2008年4月19日 (土) 11:45 (UTC)

修正依頼について

修正依頼において依頼がかかっていますが、本文からテンプレートが除去されているようです。当該依頼は修正済みと言うことでよろしいのでしょうか?--Springtide 2008年3月5日 (水) 17:55 (UTC)

出典について

出典注記がありましたが消しました。これらの内容は私の執筆です。根拠は社内記録などから書いていますので不要だと思います。仮に書くなら「根拠は社内資料等より」とでも書けばよいのですか?ジョアンナ 2008年4月18日 (金) 07:48 (UTC)

>根拠は社内記録などから書いていますので不要だと思います。

Wikipedia:信頼できる情報源をお読みください。「ほかの編集者に対して情報源を作成するように求めるのは常に適切です。証拠を提出する義務は疑問の元となる編集を行った人にあり、情報源が提示されていない物は誰でも取り除くことができます。」と書いてあります。「社内資料」は一次情報源であり、公表されていないので、Wikipedia:検証可能性Wikipedia:中立的な観点を満たさないので、ウィキペディアでの記述の出典にはなり得ません。Wikipedia:信頼できる情報源をお読みください。ジョアンナさんは信頼できる情報源がないことを自ら堂々とお認めになったも同然ですから、当該記述は除去いたします。--220.100.69.170 2008年4月18日 (金) 13:41 (UTC)

ジョアンナさんが投稿ブロックされたようです。社内記録は「検証可能性」が全くありません。もし出典として使いたいのならせめてその文書を公に広告してもらってください。「第三者」が見られない・入手できないものは胸にしまっておいてください。下手すると情報漏洩ですよ。--Springtide 2008年4月18日 (金) 18:18 (UTC)

  • 220.100.69.170さんによる本文削除[[10]]についてですが、全項目を消す必要はないかと思います。項目を上から順に見ていきます。「小原鐵学と信用金庫のビジョン」の節については、前半は基本的に事実の羅列です(ただし、酒井氏の「初代信金中央金庫会長」は「初代全国信用金庫連合会会長」の誤り)。後半の「小原哲学」については、城南信金のHPに掲載されています[[11]]。次に「裾野金融」についてですが、昭和41年に金融制度調査会で信金や信組の制度について話し合いが行われたのは事実です(参考:[[12]]の14ページ)。また、そのとき小原氏が全国信用金庫協会の会長として、信用金庫業界の協同組織性を保つよう活動していたのも事実です(参考:[[13]])。もっとも、本文中では小原氏の業績のみが強調されていますが、実際は、「川口試案(信用金庫制度の維持)」「末松試案(信用金庫と相互銀行を一本化)」「滝口試案(信用金庫を銀行型と信組型に分断)」の3つの中で、川口試案が最も優れていると金融制度調査会で判断されたというだけのことです(参考:[[14]]の3ページと[[15]])。百科事典である以上、小原氏の演説部分は削除していいと思います。「貸すも親切、貸さぬも親切」「カードは麻薬」の節についてはエッセイ調ですので、大幅な改編か、もしくは最悪の場合は削除が妥当と考えます。もっとも、ジョアンナさんがブロックを受けているようなので、期間が終わってからの話し合いになると思います。124.44.163.208 2008年4月19日 (土) 11:45 (UTC)
    • 問題は「事実か否か」ではなく「検証できるか否かです」このページ[16]は私も見ましたが、これは今年の行員募集のページですよね。そのページは遅くとも今年の秋には確実に消されます。もともとウェブ上の出典は問題が多いのですが、そのような恒久的でないページを出典とすることはは検証可能性という点で絶望です。Wikipedia:削除依頼/信用金庫も見ましたがその時の転載元のページは既にリンク切れになっています。国会の議事録は紙媒体をそのままウェブ上で公開しているだけなので、出典として問題はありません。しかし、この時小原氏は全国信用金庫協会の会長として活動していたわけで、一信用金庫の理事長としての行動ではありません。このことを城南信用金庫の項目で書く必要があるのかという問題があります。例えて言うなら御手洗富士夫氏の日本経済団体連合会会長としての行動をキヤノンの項目に書くのは適切ではないでしょう。--220.100.55.57 2008年4月19日 (土) 12:50 (UTC)
      • 金融制度調査会での小原氏の活動について「城南信金の項目で書く必要があるのか」という指摘はまさにおっしゃるとおりで、私も城南信用金庫から「小原鉄五郎」という項目を分割するべきだと考えています。このノート上でも分割については上のほうで散々話し合われているようですが、まだ実行に移されてません。次に小原哲学についてですが、民間企業の場合、そのウェブページが「恒久的」であることはまず期待できません。少なくとも現時点で信頼できる情報源が見つかったこと、およびウィキペディアではウェブサイトを出典とすることが許されていることを踏まえると、前述のページが消されるまでは検証可能性を満たしているのではないでしょうか?もちろん、企業の経営理念は不変ではないので、「城南信用金庫が小原哲学を経営理念としている」ことについて検証することができなくなり次第、当該記述を削除することはありえるでしょう。124.44.163.208 2008年4月19日 (土) 14:16 (UTC)
        • 小原鉄五郎という項目名の中であれば、この理念を書かれることはよろしいかと思います。分割でしょうね、どうしても書きたいのであれば。--Springtide 2008年4月19日 (土) 15:19 (UTC)
          • おっしゃるとおりだと思います。私も、以前にSpringtideさんがご指摘されたように、[[17]]小原哲学についてはせいぜい項目の提示程度に抑えるべきだと思います。124.44.163.208 2008年4月20日 (日) 12:35 (UTC)
      • 220.100.69.170さん、よくもブロックしてくれましたね(笑)どうしても出典根拠を示せというなら、一般の市販出版物からでも、何とか探して提出できます。それを探して早く掲示しようとしたら、いきなり削除されて、おまけにブロックされたのでは、ご要望の根拠も示せないではないですか?相手に反論させない、言論の自由はない、というのですか?いきなり削除とかいきなり投稿ブロックするとか、随分ひどいやりかたですね。みなさん、これがwikipedia流ですか?規則をたてにとって、実際には感情的な報復ではないですか?必要性のない「書き込みブロック」など、ただちにやめて堂々と議論をいたしましょう。ジョアンナ--以上の署名のないコメントは、124.32.193.18会話)さんが 2008年4月20日 (日) 11:39 (UTC) に投稿したものです(124.44.163.208 2008年4月20日 (日) 12:35 (UTC)による付記)。
      • ちなみに、城南信用金庫のウェブは、例年この部分は維持させており、今後も削除の予定はありません。しかしウェブではなくて書籍の方が出典としてよいというのなら、これを書いた過去の市販の出版物も沢山あります。投稿ブロックを解除していただければ、直ちにお示しします。ジョアンナ--以上の署名のないコメントは、124.32.193.18会話)さんが 2008年4月20日 (日) 11:44 (UTC) に投稿したものです(124.44.163.208 2008年4月20日 (日) 12:35 (UTC)による付記)。
        • ジョアンナ様へ ブロックは1週間です。それまでは他のIPでも決して書き込まないことを、強く勧めます。ブロック中の別IPでの書き込みはWikipedia:多重アカウントの1.3「規制逃れ」に該当します。個人的にはいきなりのブロックはやりすぎかな?と思わないこともないですが、ルールを破っていたジョアンナさんと、ルールを遵守している220.100.69.170さんとでは、ウィキペディアでは常に後者が支持されます。124.44.163.208 2008年4月20日 (日) 12:35 (UTC)
        • ジョアンナさん、あなたの動き方は残念ながら客観的に見て支持されなくなる方向です。ブロック対象は「アカウント」ではなく「人」と言うことをお間違いなく。ブロック中は冷静に、ウィキペディアのことを忘れて生活されてはいかがでしょうか。その間で方向性が決まるかもしれませんが、一人の意見だけを反映されたものにはならないと思いますよ。こうやって話に入ってきている人間も増えてますから。「あなたがやらないと誰もやらない」ことは客観的ではないという事を念頭においておくと気が楽になると思います。あくまでも念押ししておきますが下名と124.44.163.208さんにコメントしたければ「ブロック解除後」ですよ。それまで二人とも待つと思うのでこれ以上は焦って変なことしないでくださいね。--Springtide 2008年4月20日 (日) 13:33 (UTC)
          • 220.100.69.170さんはじめ、皆様にご迷惑をおかけしまして申し訳ありませんでした。信頼できる出典を調べたので掲示します。客観性を考えて著名出版社の市販されている書籍を中心に示しました。いきなり削除されましたが、昔の金融界では著名な事件と事柄なんです。出典を示さなければならないような、いいかげんな内容では決してありませんので、220.100.69.170さん、どうかくれぐれもご理解下さいますようお願い申し上げます。よろしければ、アドバイスに従い「小原鉄五郎」の項目を新設して、改めて削除された内容をもとにして書いてみます。そして「城南信用金庫」の項目には、簡単な内容と項目を書くことにします。ジョアンナ 2008年4月28日 (月) 08:29 (UTC)
          • 以下出典です。「わが道ひと筋」(日本工業新聞社1969年)小原鉄五郎、「私の履歴書」(日経新聞社1970年)小原鉄五郎、「小原鉄五郎語録―庶民金融の真髄をつく」(金融タイムス社1973年) 小原鉄五郎、「貸すも親切貸さぬも親切―私の体験的経営論 」(東洋経済新報社1983年) 小原鉄五郎、「王道は足もとにあり―小原鉄五郎経営語録」(PHP1985年)小原鉄五郎、「この道わが道―信用金庫ひと筋に生きて」(東京新聞出版局1987年) 小原鉄五郎、「小原鉄五郎伝」(金融タイムス社1980年)、「小原鉄五郎伝Ⅱ」(金融タイムス社1988年)、「小原鉄五郎伝―追悼総集編」(金融タイムス社1989年)、「全国信用金庫連合会四十年史」、「シャンド―わが国銀行史上の教師」(東洋経済新報社1966年)土屋喬雄などジョアンナ 2008年4月28日 (月) 08:29 (UTC)
            • IPが変わっていますが220.100.69.170と同一人物です。私としては出典があるならば小原鉄五郎で記述することには異存ありません。できることなら文の直後に、どの情報源を参考にしたかわかるように脚注をつけていただけるとありがたいです。よろしくお願いします。--220.100.55.57 2008年4月28日 (月) 13:57 (UTC)
          • ジョアンナさんへ、おかえりなさい。過去の経緯を踏まえると「小原鉄五郎」の項目を作成された場合に内容は相当充実したものとなると思っております。執筆されたところで後ほど見に行かせていただきます。--Springtide 2008年5月4日 (日) 19:21 (UTC)