Wikipedia:自分自身の記事をつくらない

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
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あなたが個人的に関わっていることがらについて記事を書くときには、あなたは、いつも以上に注意を払い、あるいはそれを控えなければなりません。このルールは、あなた自身、あなたの業績、あなたの会社、あなたが在学している学校および卒業した学校、あなたの出版物、あなたのウェブサイト、あなたの親戚や知人、あなたの上司や部下、その他もろもろのあなたが利害関係を有する事柄についての記事について適用されます。ウィキペディアの中立性を保ち、かたよった観点を押し付けないようにするためには、自分が関わっている事柄についての記事の編集をするときには特に注意する必要がありますし、時にはそれを我慢することも、とても大切なことなのです。

ウィキペディアでは、こういった記事をめぐって、その重要性、事実の正確性、そして中立性について、何度も長い論争になってきました。その1つには、ウィキペディアの共同創立者であるジミー・ウェールズの英語版の記事もあります(参照:ウェールズが自分についての記事を編集していたことについてのレポート(英語))。あなたが何かについてウィキペディア以外の場で公表している場合、その事柄に関するウィキペディアの記事の編集に加わってくださることは歓迎します。しかし、ウィキペディア上の全ての記事は、それぞれの主題について、中立・公正で、包括的な方法により記述し、その事象についての全体像を把握できるような内容とすることを目指しています。執筆者の考えを主張することが主目的の記事は、削除対象となるでしょう。

自分自身の記事を書くことの問題点[編集]

自分で自分のことを書くときには、往々にして次のような根本的な問題が起こります。

中立的な観点に関する問題
自分について書いた情報には、しばしば主観が入り込み、その主観はふつうは自分に都合のよいようにものごとをとらえがちです。おおよそ人には、自分のことを語るときには自分をよりよく、より大きく見せようとする傾向があり、また自分の意見を事実であるように表現する傾向があります。しかし、ウィキペディアは意見を事実として表明する場ではありません。たとえば、マイク・タイソンモハメド・アリがウィキペディアの彼についての記事の中に「おれが最強だ」と自分で書き込むことは、受け入れられないのです。ウィキペディアの記事は中立的な観点から書かれなければなりません(単に三人称で記述すればよいということではありません)。
検証可能性に関する問題
自分について書いた情報は、検証不可能な場合があります。もしあなたに関する事柄についての情報の源があなた自身だけであれば、読者はそのことを検証できません(よく見られる例は、個人の希望、夢、思考、抱負などです。あなたが考えていることを他人が検証する術はありません)。あることがどんなに真実であったとしても、もし他の人がそのことを検証できなければ、その情報はここでは場違いです。ウィキペディアに書かれる記事の内容は、すべて検証可能でなければなりません。
独自研究に関する問題
自分について書いた情報は、独自研究(オリジナル・リサーチ)による場合があります。自伝的な情報には、しばしば公表されたことのない内容や、一次資料から直接もたらされた内容が含まれます。このような情報を検証するためには、利用者は一次資料の調査をしなくてはならなくなります(たとえば、あなたの靴のサイズの情報をあなたについての記事に書き込むことは、特殊な理由でそのサイズが世間に広く知れ渡っていない限り、独自研究となります。なぜなら、そのことを確かめるために、読者はあなたに直接会ってあなたの足の大きさを計らなければならないからです)。ウィキペディアは、世に知られていない情報を初公表する場ではありません。独自研究はウィキペディアでは認められていないのです。

ウィキペディアにすでにあなたについての記事があるとき[編集]

自分のことについて、中立的な立場から書くことはとても難しいものです。そのため、ウィキペディアでは自分のことについては他の利用者に執筆を任せるのが望ましいでしょう。自分自身で編集するのではなく、記事のノートページ出典となりうる情報や、編集の提案をし、あなたとは利害関係にない人物が記事を編集するのを待ちましょう。

また、自分の関係していることの記事についてどうしても編集したい場合は、一度ノートページでご自身が記事の主題となっている本人であることを表明した上で提案を行って、合意を得てから編集することが推奨されます。ここで第三者の目が入ることによって、上に挙げたような問題点が解決されることがあるからです。

ただし、誰の目にも明らかな問題点があるときには、自分が関係していることについての記事を直接に編集することも許されます。たとえば、荒らしを差し戻すような場合です。でも、もちろんこの場合、荒らしは、単純で誰にでも荒らしとわかるような行為でなければなりません。内容へ異論があって行われた編集の場合はあてはまりません。同様に、自分自身についての誤った、あるいは古い基礎情報(例えば、結婚の有無、現在の勤め先、出生地など)を修正することは自由です。ただし、事実に異なる解釈が可能な場合、他の人も編集するであろうことを理解してください。

ウィキペディアは百科事典であり、そのため、二次的または三次的な資料であるべきです。つまり、ウィキペディアには「新情報」や「新理論」が含まれていてはいけない、ということであり(独自研究は載せないについてご参照ください)、すべての情報には内容を確かめることのできる出典が必要です。あなた自身について、あなたが記事に書き加えたい事実、出来事の説明、弁明などは、すべて検証可能でなければなりません。

もちろん、ウィキペディアはあなたについての不正確な記事をそのままにしておくことは望んでいません。我々の中立的な観点の方針は、公正で、偏らない記事を作ることを目指すためにあります。我々の目標は、我々自身の意見を提供することではなく、他の人の意見を正確に再現し、そのもとの意見を参考文献、出典として示すことなのです。出典となる情報のありかを教えてくだされば、それは我々がより公平な観点から記事を執筆することを可能としてくれます。

もし掲載されている写真が気に入らなければ、ご自身のよい写真を、適切なフリーコンテントのライセンスのもとでウィキペディアに寄稿してくだされば幸いです。

自分自身についての記事を新しくつくること[編集]

自分自身についての記事を新しく作ることは、基本的に推奨されません。なぜなら、独立独行の記事作成は、その主題についての重要性と内容の検証可能性の両方について、独自の評価を加えがちだからです。もしそのような記事を作成したときは、削除依頼が提出されるかもしれません。削除されるかどうかは場合によりますが、多くの利用者は「自分自身についての記事を新規作成するべきではない」と考えていることは確かです。記事の編集は、いつ何時でも、独自研究でないこと、中立的な観点から書かれていること、そして検証可能であることが必要なのです。

もしあなたについての記事がウィキペディアのガイドラインに照らして「百科事典的でない」時には、その記事を新規作成することは、「ウィキペディアはフリーのウェブサイトでもプロバイダーでもありません」の方針に違反し、その記事は削除されるでしょう。もしあなたの業績などが検証可能であり、ほんとうに特筆に値し、ウィキペディアに加えるのにふさわしいようであれば、いつか他の人があなたについての記事を作成するはずです(英語版の「自分についての記事のあるウィキペディアン」を見てみてください)。

あなたが投稿するすべてのものが、他の人によって改変されうることをご理解ください。本人が執筆した自伝的記事が、後から他の人の編集を受けた結果、最初の執筆者の気に入らない内容となってしまうことが時々あります。英語版では、このような事態の結果、初版執筆者によって記事が削除依頼に出された例が、少なくとも四例あります。しかし、いくつかの事例では、初版執筆者、すなわち記事の対象となっている人物本人が削除を望んでも、コミュニティが存続に合意することがあります。たいていの人は、自分自身について包括的に(すなわち、百科事典的に)語ることができないものです。

あなたが、他のウィキペディアの執筆者を手助けできることの一つは、もしあなたがすでに公式サイトをもっているなら、そのサイトにあなたがウィキペディアに載せて欲しいと思っていることをすべて書き入れるようにすることです。おおげさな内容、例えば「私がこのウィジェットを最初に作った人物です」とか、「私の本はこの年もっとも売れた本となりました」といったことが書かれていなければ、一般的な伝記的情報の出典として本人のウェブサイトは使用可能です。検証可能性の方針では、「その情報が重要であり、過度に自己を美化するものでなく、第三者によって公表された信頼できる情報源と矛盾していない限り」、「自主公表物やその他の信頼性に乏しい情報源でも、それらの情報源自身に関する記事においては、情報源として使用することができます」とされています。

関連項目[編集]