ノート:北九州監禁殺人事件

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容疑者の氏名について[編集]

容疑者の氏名は記載しないでください。(Wikipedia:削除の方針#削除対象になるもの)--Huemat 2007年1月25日 (木) 04:52 (UTC)

容疑者ではなく被告人名では?いずれにせよ実名報道されている被告人名の掲載が否定されたと言うことですね。--218.42.15.60 2007年10月10日 (水) 07:06 (UTC)
実名報道されている被告人名も掲載できないことになっているのですが、しかし、「保護」も過剰反応だと思います。半保護でいいでしょう。これほどの事件を起こせば、いずれ宮崎勤や宅間守(付属池田小事件に名前が掲載)のような例外になるのでしょうから。とりあえず死刑確定までは名前を伏せ、確定後はここで議論すればいいと思います。--Pl516 2007年10月25日 (木) 03:54 (UTC)
内縁の妻はともかくとして、被告人の男は詐欺まみれであったとはいえ、株式会社社長ではないでしょうか。--The Side 2007年11月25日 (日) 07:28 (UTC)
存命の死刑囚でも実名記事があるので、死刑確定後なら名前の掲載は問題ない(Wikipedia:削除の方針#削除対象になるものに該当しない)と思います。犯罪史上稀に見る極悪な事件なので、「史実」として実名を掲載しても問題ないと思います。--Monaneko 2008年5月25日 (日) 14:49 (UTC)
他言語版の存在記事(en、es、ko、zh)は漏れなく「事件名」ではなく「犯人の名前」で記事が作成されています。これはある意味ではわざわざjawpで騒ぎながら伏せても意味がない(その他言語版をみれば簡単にわかるから)ことではないかと思います。-Mer du Japon 2009年6月11日 (木) 10:03 (UTC)

豊田正義では被告人の氏名がばっちり明記してありますね。これは削除対象となるのでしょうか。--Keysrapid 2009年6月17日 (水) 02:26 (UTC)

Wikipedia:削除依頼/豊田正義で削除となりました。この記事も保護の長期化が進むと、記事発展に支障をきたすため、被疑者の実名を記載しないことで保護解除の提案をしたいと思います。--経済準学士 2009年11月26日 (木) 13:55 (UTC)

ほとんどの人が不記載の積極的意義を認めていないのに、少数の声高な人に「累が及ぶから」と従う。この事件と同じ構図ですね。日本という民族の性でしょうか。--Extrahitz 2010年10月25日 (月) 13:24 (UTC)

ですね。マスコミも、日本のマスコミは広告費を取れそうにない内部告発は保身のため取り上げないのに対し、アメリカのマスコミは広告費を取れそうにない内部告発でも正義のために取り上げる。国民性の違いで正義の扱い方も違います。私は日本版Wikipediaの、犯人の名前を積極的に記載しない風潮について断固反対です。百科事典として公開されているはずのWikipedia自身が、故意に情報を操作・隠蔽することはあってはいけません。特にこの記事については実名報道が行われ、かつネットで検索すればすぐに被告人名も出ます。記載しない正当な理由が存在しません。ですので史上稀に見る残虐性を持つこの事件については特に被告人名は記載すべきでしょう。タイミング的には死刑確定後に名前の記載をすべきでしょう。--Hide1228 2010年11月1日 (月) 23:48 (UTC)

死刑が確定致しましたので、載せさせていただきますよ--Rondosasami 2011年12月13日 (火) 03:25 (UTC)

たびたび失礼。書いてて思ったんですけど、もう一人の犯人や被害者(関係者)の名前を載せることも駄目なんですかね?検索すればすぐ出るものを。この変な法則に従って何か特があるんですかね?まあ、荒れるのが嫌なので普通にXのところだけ変えておきましたよ。画像の方は誰かXのところ適当に変えといちゃってください--Rondosasami 2011年12月13日 (火) 03:51 (UTC)

なぜ死刑が確定されたにも関わらず、加害者の本名を掲載すると削除されるのでしょう?それだけならまだしも、書いた時にIPごと規制されました。非常に納得がいきません、説明を求めます。--Nagi0330会話) 2016年2月16日 (火) 09:03 (UTC)

wiki初心者なのですがなぜこの記事には実名がないのだろうと以前から疑問だったので実名をいれました。判決は確定しており問題あろうはずもないし風化の兆しもありますし。 ところが反映されないなあと思っていたら消されてたんですね。しかも荒らしをやめてくださいとMee-sanというアカウントから言われました。仕組みがわかりません。私はwikiを辞典がわりによく利用させてもらっていましたがスポンサーがついてからですか、なにやら情報操作が酷いことを初体験し失望しました。 やまたらう会話) 2017年7月20日 (木) 13:50 (UTC)

判決が確定しただけではダメです。スポンサーとか情報操作ではありません。理由についてはWikipedia:削除の方針#ケース B-2:プライバシー問題に関してをお読みください。--Muyo会話) 2017年7月20日 (木) 14:01 (UTC)
これほど著名な人物名を伏せる理由は書いてませんね。確定死刑囚は被疑者や被告ではありませんし、服役囚、元服役囚でもありません。"犯罪歴"という概念にも合致しません。ノンフロン会話

姓のみ記入しました。 犯人は何某であるなどぼやかし事件の具体性どころか信憑性まで風化してしまう恐れを感じます。こと事件そのものが非現実なものであるがゆえに。 麻原彰晃もXにしてしまうつもりでしょうか。 やまたらう会話) 2017年7月20日 (木) 14:04 (UTC)

また消されました。 被告人はだめ、被疑者もだめ、まではわかります。削除の方針も拝見いたしましたので。判決が確定しただけではだめ、これがわかりません。 それ以上に何があるのでしょう。 ほとんどが死亡してからとありますが、その際この記事に実名を記憶し記載するものがおりますでしょうか。その時信憑性がなくなりはしませんか? やまたらう会話) 2017年7月20日 (木) 14:22 (UTC)

既に報道機関を通して氏名も顔も大衆に知れ渡っている。係争中による有罪未確定事案であるとか、冤罪の可能性があるというのならともかく、確定死刑囚でありながら氏名を伏せるという考えが理解不能です。同じ確定死刑囚でも再審請求中とかで冤罪の可能性があるというならまだしも、この事件の犯人で現在「X」と表記されている人物は確実に犯罪を犯したことが取り調べや検証などで証明されている確定犯です。ウィキペディア内部でのみ氏名を伏せたところで何の価値も在りません。そもそも、なぜこの事件では「X」と表記して本名を隠すのに、オウム真理教関係のページでは堂々と死刑囚である旨を書くことが許容されるなど、区別されるのですか?その区別は誰がどういう論議で決めているんですか?事件の重大性を考えれば、この事件もオウム事件と同レベルの凶悪犯罪です。「満20歳以上の犯罪者は氏名と顔を晒して報道する」という報道の原則に従い、このウィキペディアでも「X」と表記されている人物を本名で表記するべきです。

二審判決のメモ[編集]

2007年9月26日、男Xは死刑。女Yは無期懲役に減刑[1]。--Monaneko 2007年9月27日 (木) 00:06 (UTC)

リンク切れしたので参考リンク追加[2]。ちなみに、控訴審判決から三年半が経過しようとしていますが、今のところ最高裁での動きはありません。--Monaneko 2011年2月20日 (日) 09:37 (UTC)
2011年12月12日最高裁判決(と決定)男Xは死刑、女Yは無期懲役確定へ。--Monaneko 2011年12月15日 (木) 05:40 (UTC)

事件の特徴[編集]

  • Xは頭の回転が速く、異常に口がうまさで他人に自分を信用させ、取り込む。その後、その人物や犯罪過去の過ちなどを探る。Xはそれにつけ込んで、その人物を虐待を始める。
  • Xの虐待は通電、長時間に渡る起立の姿勢の強要、食事制限、排泄コントロール。
  • Xが全て金のためで、最初はうまいことやって金を巻き上げ、利用価値を無くなると殺害。
  • Xは高校の同級生だったYに幼稚園児の体罰問題に親である暴力団が関与してきたのをXが介入する形で止めて、XとYの交流が始まる。
  • XはYの右の乳房にタバコの火を押し付けて自分の名前を焼印を入れ、右太ももに安全ピンと墨汁で自分の名前の刺青を入れた。
  • XはYの詐欺や殺人などをYの親に対し弱みとして付け込んだ。
  • Xは虐待相手に家族や友人などに電話をかけさせ、相手を罵るなどさせて険悪な関係にした上で、Xへの依存が高まるようにし向けた。
  • Yは2度逃亡をするが、Yの親に言われ戻ってきた。その内、Yの親が電話でXが投身自殺したと嘘の電話をXの指示をさせて、偽の葬儀を挙げて偽の遺書を呼んだ後で死んだはずのXが登場。Xの号令をかけるや、それまで黙って葬儀をすすめていたYの両親と妹がYを襲わせる。
  • Xは殆ど殺害と死体解体に直接手は出さず、Yらに指示させていた。
  • Yが臨月中(Xとの子供)にも殺害や死体解体を指示させた。
  • XはYらに対して直接的指示は出さず、暗に殺害することを仕向けた。
  • Yの甥を除き、Yの姪までも家族殺しと死体解体に参加させた。犯罪行為への意識から、逃亡する気をなくさせた。
  • Yの姪と甥など子供まで殺害。
  • XがYの母とYの妹と肉体関係にあり、肉体関係をそれぞれの夫に風潮し、家族間を対立させた。
  • Xは元警察官のYの義弟に「Yの家は女癖が悪く、君は馬鹿にされている」として、憎悪をY家にするよう仕向ける。

証拠は少なかったが、脱出したAとYの証言から状況証拠をつめて行った。

  • Yの写真集(Aに偽名を使う一方で完全黙秘を続けていたXとYの身元判明)
  • Aの供述によって殺害現場とされた賃貸部屋を警察が家賃を払う形で現場保全。
  • 部屋からのルミノール反応。
  • Xの指示で書かされた念書。
  • 1997年10月6日に録音された「他の親族とトラブルになったことを記した書面を、XがY家族に朗読や質問をさせたもtの」で「Y家族がXへの従属」を示す会話テープ。
  • 遺体を捨てた大分県国東半島沖の周防灘から約60個の人骨を回収(人物特定はできず)。
  • 遺体解体に使われたノコギリや鍋を北九州市の川から発見(ノコギリを販売した量販店の販売記録から殺害日などを推定)。

…首謀者が弱みと拷問によってマインドコントロール下に置けば、直接殺害や死体解体をせず直接的表現で犯行指示をしなくても、実行犯が実の家族でも殺害してしまう事件として日本犯罪史に残る事件ですね。保護解除されたら、このような点を記載しようと思います。--経済準学士 2009年11月26日 (木) 16:42 (UTC)

文中の人物表記について[編集]

アルファベットで表記されていますが、人数も多いため非常に把握しづらいです。当初のように肩書きや立場(母、娘など)をいちいち書くのも文章としては問題だとは思いますが、もう少し分かりやすくなりませんか?--121.103.18.12 2011年7月5日 (火) 00:38 (UTC)

人物の表記に関して誤植があるように思います。どなたか正確な知識を持つ方の責任において、修正頂ければと思います。

  • 人物>被害者>Fの項:「父親の看病を機に退職して実家に戻ってAが勤務する農協の職員となり」…正しくは「Cが勤務する」ではないか?
  • 事件>父娘二人監禁事件の項:連帯保証人が「A自身」と数回あるが、正しくは「B自身」ではないか?
  • 事件>女性監禁事件の項:この項に登場するAと、一連のAとは別人であると思われる。

概要が概要になっていない[編集]

「人の弱みにつけこんで・・・」にはじまる文章で、抽象的、感情的な、この文章を読んでもどんな事件であったのかまったく具体性がわかりません。書いた人間が怒りにまかせて書いているのが伝わってくる文章で、また「世界的にも殆ど類を見ない残虐な事件」という表現も到底客観的とは言いません。この文章全体の削除を提案します。--79.244.49.106 2011年9月5日 (月) 18:29 (UTC)

「人の弱みにつけこんで」の具体例は節「事件」の中で以下のように書かれています。
  • Bに対しては些細な軽犯罪の過去
  • Cに対しては身内に殺人犯がいること
他にも未執筆ですが、CがB殺害現場の配管を交換したことや、FがB殺害現場のタイルを交換したことなどの証拠隠滅への加担がそれに該当します。
>「世界的にも殆ど類を見ない残虐な事件」
「子供2人を含む7人が殺戮され、その遺体が地上から抹消された犯罪史上、稀に見る凶悪犯罪」(中尾圭司「絶望裁判」)
という文がありますので、問題ないでしょう。--122.215.123.105 2011年9月7日 (水) 07:51 (UTC)
具体的な内容があるなら概要であっても具体的に書いてください。抽象的な表現は主観的です。また「犯罪史上、稀に見る凶悪犯罪」と「世界的にも殆ど類を見ない残虐な事件」は全然表現が違いますので、理由になっていません。--79.244.20.54 2011年9月16日 (金) 21:26 (UTC)

出典の明記[編集]

Wikipedia:出典をつけよう大会で、「保護ページなどで編集できない場合、ノートへの出典の提示でも有効とします。」とあるので、ここで提示します。

「関連書籍」節を「参考文献」節に変更。かつ、

  • 豊田正義『消された一家—北九州・連続監禁殺人事件—』新潮文庫、2009年2月1日。ISBN 978-4-10-136851-1

{{Citebook|和書|author=豊田正義|authorlink=豊田正義|title=消された一家—北九州・連続監禁殺人事件—|date=2009-02-01|publisher=[[新潮文庫]]|isbn=978-4-10-136851-1|ref=豊田(2009)}}とする。

「発覚」節の「2002年3月6日、少女A(当時17歳)が祖父の家に助けを求めてきたことから事件が発覚した。」に<ref>[[#豊田(2009)|豊田(2009)、pp.28-30]]</ref>を付記。「翌3月7日、XとYが逮捕された。」に<ref>[[#豊田(2009)|豊田(2009)、pp.33-34]]</ref>を付記。

加害者Yの「1962年2月25日生。」に「久留米市出身。」に<ref name="豊田(2009)44">[[#豊田(2009)|豊田(2009)、p.44]]</ref>を付記。「短大を出て幼稚園教諭になる。」に<ref name="豊田(2009)46">[[#豊田(2009)|豊田(2009)、p.46]]</ref>を付記。

加害者Xの「1961年4月28日生。」「北九州市小倉北区出身。」「両親は畳屋。」「7歳の時に父が実家の布団販売業を引き継ぐため柳川市に転居。」に<ref name="豊田(2009)67">[[#豊田(2009)|豊田(2009)、p.67]]</ref>を付記。「高校卒業数年後に父の店を受け継ぎ有限会社化のちに株式会社にする。」「社名ワールド。」に<ref name="豊田(2009)68">[[#豊田(2009)|豊田(2009)、p.68]]</ref>を付記。「1992年に前妻と離婚。」に<ref name="豊田(2009)77">[[#豊田(2009)|豊田(2009)、p.77]]</ref>を付記。「1992年に詐欺罪で指名手配されるまで詐欺商法を繰り返す。」に<ref name="豊田(2006)82">[[#豊田(2009)|豊田(2009)、p.82]]を付記</ref>--Fumon1987a 2012年2月8日 (水) 11:44 (UTC)

「その他の被害者」節の「ワールド(Xが経営していた会社)の元従業員男性 - 詐欺罪の指名手配で逃亡中だったXに同行。金の工面をしていたが虐待に耐えかね逃走。」に<ref name="豊田(2009)83">[[#豊田(2009)|豊田(2009)、p.83]]</ref>を付記。「Xの同窓生女性 - 結婚を餌に1180万円を奪われる。1994年3月に大分県の別府湾に飛び込み自殺(他殺説あり)。」で「他殺説あり」を除去。出典として<ref>[[#豊田(2009)|豊田(2009)、pp.83-84]]</ref>を付記。

「Y虐待事件」節の「1980年にXが卒業アルバムを見て同級生のYに電話したことで、YはXと交際が始まる。」に<ref name="豊田(2009)47">[[#豊田(2009)|豊田(2009)、p.47]</ref>を付記。「Yの両親であるCとDはXが結婚していることでYとの交際が不倫関係になっているために、Yに対してXと別れるように主張していた。」に<ref>[[#豊田(2009)|豊田(2009)、pp.50-51]]</ref>を付記。「XがYの父Cの資産状況だけでなく、Yの母Dの実家の資産状況をも調べており、Dは私立探偵にXの調査を依頼していた。」「しかし、XがYの親であるCとDに料亭で会った際に礼儀正しく好青年らしく振る舞い、CとDをすっかり懐柔した。」に<ref name="豊田(2009)51">[[#豊田(2009)|豊田(2009)、p.51]]</ref>を付記。「XはYに当初はやさしく対応していたが、Yが昔交際していた男友達の話をしたのをきっかけに暴力をふるうようになり、Yに古い日記帳を持ってくるように命じ、事細かに詰問しながら殴打するようになった。」に<ref>[[#豊田(2009)|豊田(2009)、pp.52-53]]</ref>を付記。「Xに信用してもらえる方法を懇願したYに対し、XはYに身体へのタバコの痕と刺青に自分の名前を刻ませた。」に<ref>[[#豊田(2009)|豊田(2009)、pp.54-55]]</ref>を付記。「1985年2月にYが実家で自殺未遂事件を起こす。」に<ref name="豊田(2009)56">[[#豊田(2009)|豊田(2009)、p.56]]</ref>を付記。「このことを盾にXの暴力はさらに加速し、Yを幼稚園教諭を辞めさせたり、実家から分籍させたりした。」に<ref>[[#豊田(2009)|豊田(2009)、pp.57-58]]</ref>を付記。

「当初はXとYの2人によるAへの傷害と監禁事件と思われた。」に<ref name="豊田(2009)32">[[#豊田(2009)|豊田(2009)、p.32]]</ref>を付記。「後日、別の場所で、Aが世話をさせられていた4人の子どもが発見された。」「2人については、DNA鑑定でXとYの子供と判明した。」に<ref name="豊田(2009)36">[[#豊田(2009)|豊田(2009)、p.36]]</ref>を付記。「数日後、Aが「BはXとYに殺された」と証言したことから、事件の解明は大きく動いた。」<ref name="豊田(2009)37">[[#豊田(2009)|豊田(2009)、p.37]]</ref>「さらにAは、Yの家族6人が殺害され、遺体は解体されて海などにばらまかれたと証言した。」を「海や公衆便所に捨てられた」に変更。出典として<ref name="豊田(2009)38">[[#豊田(2009)|豊田(2009)、p.38]]</ref>を付記。「最後はYが自白したことで、改めて事件の概要が判明した。」に<ref name="豊田(2009)39">[[#豊田(2009)|豊田(2009)、p.39]]</ref>を付記。--Fumon1987a 2012年2月8日 (水) 14:04 (UTC)