ナジブ・ラザク

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ナジブ・ラザク
Mohammad Najib bin Tun Haji Abdul Razak
Najib Tun Razak.jpg
生年月日 1953年7月23日(63歳)
出生地 パハン州クアラリピスマラヤ連邦
出身校 ノッティンガム大学
現職 マレーシア首相
所属政党 統一マレー国民組織(UMNO)

マレーシアの旗 第6代首相
内閣 第1次ナジブ内閣
第2次ナジブ内閣
在任期間 2009年4月3日 -
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モハマド・ナジブ・ビン・トゥン・ハジ・アブドゥル・ラザク(Mohammad Najib bin Tun Haji Abdul Razak、1953年7月23日 - )は、マレーシアの政治家。第6代首相。前政権では2004年1月7日より副首相を務め、2009年4月3日アブドラ・バダウィより政権を引き継いだ。統一マレー国民組織(UMNO)の党員で、現総裁でもある。父親は第2代首相トゥン・アブドゥル・ラザク

主に個人名(の一部)で「ナジブ」と呼ばれる。「ラザク」は父称(の一部)であり、姓ではない。

人物[編集]

トゥン・アブドゥル・ラザクには6人の息子がおり、ナジブはその長男である。弟のナジル・アブドゥル・ラザク(Nazir Abdul Razak)はマレーシアで2番目に大きい金融機関 Bumiputera-Commerce Holdings Bhd を経営している[1]

初め Tengku Puteri Zainah Tengku Eskandar と結婚したが、1987年にロスマ・マンソール英語版と再婚した。息子が3人、娘が2人いる。長男と長女はロスマの連れ子である。

初等・中等教育をクアラルンプールSt. John's Institutionで受け、その後イングランドウスターシャーにあるモルヴァーン・カレッジ英語版、続いてノッティンガム大学に学び、1974年産業組織論学士を取得した。

2013年1月、ハマース統治下のガザ地区を訪問した[2]

2014年4月には現職アメリカ合衆国大統領としては約半世紀ぶりとなるオバマ大統領の訪問を実現させ、同年12月には2人でハワイでゴルフを楽しむほどの親密関係を築いた[3]

マレーシア航空370便の失踪で、政権は大きく動揺したが、マレーシア航空17便が撃墜された事件では、欧州諸国が積極的な行動を控える中、独立を主張する武装集団が事実上支配するウクライナドネツク州に調査団を派遣、被害者の遺体とブラックボックスを手に入れ、オランダまで運ぶという成果をあげた[4]

2009年にクアラルンプールを「イスラム金融のロンドン」にすべく、外資企業を誘致する国際金融地区「トゥン・ラザク・エクスチェンジ(TX)」建設に着手し(2018年竣工予定)、その最優先事業として国有投資会社「1Malaysia Development Berhad (1MDB)」を設立したが、2014年時点で420億リンギ(約1兆4000億円)の巨額借金を抱えていることが発覚、ナジブ一族と華僑系大富豪ジョー・ローによる不正疑惑も噴出した[5]。2015年7月には、1MDB(財務省管轄で財務相をナジブが兼務)からナジブの銀行個人口座への約7億ドル(約850億円)の不正入金が報じられ[6][7]、8月には首相退陣を求める大規模デモに発展した[8]。ナジプは内閣改造を行なって反対勢力を締め出し、政府批判をするジャーナリストらの逮捕、不正疑惑を報じた経済紙2紙の発行禁止など強権発令で対抗した[9]

出典[編集]

外部リンク[編集]