ダビド・ムジリ

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ダビド・ムジリ Football pictogram.svg
名前
愛称 ムームー
ラテン文字 David Mujiri
ジョージア語 დავით მუჯირი
基本情報
国籍 ジョージア (国)の旗 ジョージア
生年月日 (1978-01-02) 1978年1月2日(38歳)
出身地 ソビエト連邦の旗 グルジア・ソビエト社会主義共和国
Flag of Tbilisi.svg トビリシ
身長 183cm
体重 86kg
選手情報
ポジション MF
利き足 右足
ユース
グルジアの旗FCディナモ・トビリシ
クラブ1
クラブ 出場 (得点)
1994-1998 グルジアの旗FCディナモ・トビリシ 59 (24)
1999 グルジアの旗FCロコモティフ・トビリシ 11 (0)
1999-2001 モルドバの旗FCシェリフ・ティラスポリ 61 (29)
2001-2005 オーストリアの旗SKシュトゥルム・グラーツ 106 (21)
2005-2008 ロシアの旗クリリヤ・ソヴェトフ・サマーラ 30 (11)
2008-2009 ロシアの旗FCロコモティフ・モスクワ 23 (1)
2010 ジョージア (国)の旗FCディナモ・トビリシ 12 (4)
2011 日本の旗サンフレッチェ広島F.C 34 (6)
2012 ジョージア (国)の旗FCゼスタポニ 24 (3)
代表歴2
1998-2008 ジョージア (国)の旗 ジョージア 26 (1)
監督歴
2012 ジョージア (国)の旗FCゼスタポニ
1. 国内リーグ戦に限る。2012年2月4日現在。
2. 2008年9月14日現在。
■テンプレート■ノート ■解説■サッカー選手pj

ダビド・ムジリグルジア語: დავით მუჯირიグルジア語ラテン翻字: David Mujiri1978年1月2日 - )は、ジョージア(グルジア)・トビリシ出身の元サッカー選手。ポジションはミッドフィールダー

現在はジョージアサッカー連盟(GFF)事務局長。

来歴[編集]

父親のダビド・ムジリ・シニアジョージア語版は1970/80年代ソ連リーグFCディナモ・トビリシ黄金期のメンバーでDFとして活躍した[1]

1995年に、ジョージア(グルジア)のFCディナモ・トビリシにおいて17歳でプロデビュー。1997/98シーズンのリーグ優勝に貢献。1998年に初めてジョージア(グルジア)代表に選出、年代別代表ではキャプテン[1] を務めた。カハ・カラーゼは同い年であり当時の代表およびディナモのチームメイトであった。

1999年、ディナモは混迷を極め自身も出場機会が得られなくなった[1]。五輪代表でキャプテンを務めていたムジリはナーバスになり出場機会を求めて[1]FCロコモティフ・トビリシモルドバFCシェリフ・ティラスポリへ移籍する。2000/01シーズンにはモルドバリーグ優勝に貢献、自身も得点王を獲得した。

2001年から在籍したオーストリアSKシュトゥルム・グラーツでは、イビチャ・オシムミハイロ・ペトロヴィッチ[2] らの下で主力として活躍し、ジョージア(グルジア)代表にも定着。

2006年からロシアクリリヤ・ソヴェトフ・サマーラでプレーする。2007年はクリリヤ・ソヴェトフでチームキャプテンを務めた[3]。2008年1月30日にFCロコモティフ・モスクワが3年契約での移籍を発表、この際ロコモティフが契約切れによる移籍金ゼロでの移籍を狙ったが、クリリヤ・ソヴェトフとは1月末契約で事前通告がなかったことから、選手登録をめぐってトラブルが発生した[4]。2009年末、稼働率の悪いムジリに対しロコモティフ側は一方的に解雇、これに怒ったムジリはロコモティフを訴えた[5]

2010年に古巣のディナモ・トビリシに復帰したが、シーズン途中に半年で退団[6]。フリーになっていたところを、グラーツ時代の恩師・ペトロヴィッチが率いるサンフレッチェ広島からの誘いを受け来日[6]。キャンプでのトライアルを経て[6]、2011年シーズン開幕直前の2月に1年間の正式契約を結んだ[2]。ジョージア(グルジア)国籍の選手としては初のJリーガーとなる[7]。運動量が少ない中、抜群のテクニックを発揮し数度の決勝点を挙げるなど殆どの試合に出場した。その活躍ぶりは、広島サポータから「四畳半の男」[8]と称され、常にサポーターへの感謝を口にする人柄も含め、短期間の在籍ながらも愛される存在であった。同年末、広島の経営難を理由に構想外となった[9]

2012年、ジョージア(グルジア)リーグで首位を走るFCゼスタポニに完全移籍し[10]、同年度のリーグ優勝に貢献した。翌2012-13シーズンも在籍していたが、シーズン途中にUEFAチャンピオンズリーグ 2012-13での早期敗退やリーグ戦での不調により監督が次々と変わる中で、2012年9月からZaza Zamtaradzeとの二頭体制の形で監督に就任したものの同年12月に解任された。

その後はサッカー解説者などを経て、FCサムトレディアのスポーツディレクターに就任[11]

2015年10月にレバン・コビアシビリジョージアサッカー連盟会長就任を受けて、その事務局長に就任した[11]

個人成績[編集]

国内大会個人成績
年度 クラブ 背番号 リーグ リーグ戦 リーグ杯 オープン杯 期間通算
出場 得点 出場 得点 出場 得点 出場 得点
グルジア リーグ戦 リーグ杯 オープン杯 期間通算
1994-95 ディナモ・トビリシ トップリーグ 3 0 - 3 0
1995-96 5 1 - 5 1
1996-97 9 1 - 9 1
1997-98 28 18 - 28 18
1998-99 14 4 - 14 4
ロコモティフ・トビリシ 11 0 - 11 0
モルドバ リーグ戦 リーグ杯 オープン杯 期間通算
1999-00 シェリフ・ティラスポリ ナツィオナラ 34 12 - 34 12
2000-01 27 17 - 27 17
オーストリア リーグ戦 リーグ杯 オーストリア杯 期間通算
2001-02 シュトゥルム・グラーツ ブンデスリーガ 13 4 - 1 0 14 4
2002-03 26 6 - 2 0 28 6
2003-04 26 1 - 3 1 29 2
2004-05 21 4 - 0 0 21 4
2005-06 20 6 - 1 1 21 7
ロシア リーグ戦 ロシア杯 オープン杯 期間通算
2006 クリリヤ・ソヴェトフ・サマーラ プレミアリーグ 4 2 - 4 2
2007 26 9 - 26 9
2008 ロコモティフ・モスクワ 14 1 - 14 1
2009 9 0 1 1 - 10 1
グルジア リーグ戦 リーグ杯 オープン杯 期間通算
2010-11 ディナモ・トビリシ トップリーグ 12 4 - 12 4
日本 リーグ戦 リーグ杯 天皇杯 期間通算
2011 広島 10 J1 34 6 1 1 1 0 36 7
グルジア リーグ戦 リーグ杯 オープン杯 期間通算
2011-12 FCゼスタポニ 23 トップリーグ -
2012-13 10 トップリーグ -
通算 グルジア 1部 82 28 - 83 29
モルドバ 1部 61 29 - 61 29
オーストリア 1部 106 21 - 7 2 122 27
ロシア 1部 53 12 1 1 - 54 13
日本 1部 34 6 1 1 1 0 36 7
総通算 336 96
国際大会個人成績
年度 クラブ 背番号 出場 得点 出場 得点 出場 得点
UEFA UEFA EL CL予選 UEFA CL
1994-95 ディナモ・トビリシ - -
1995-96 - -
1996-97 - -
1997-98 4 1 - -
1998-99 1 0 - -
1999-00 シェリフ・ティラスポリ - -
2000-01 - -
2001-02 シュトゥルム・グラーツ
2002-03 - -
2002-03 5 3 - -
2005-06
2010-11 ディナモ・トビリシ - -
2012-13 ゼスタポニ 10 - 2 1 -
通算 UEFA

代表歴[編集]

試合数[編集]


グルジア代表 国際Aマッチ
出場 得点
1998 1 0
2003 1 0
2004 2 0
2005 7 0
2006 6 1
2007 6 0
2008 3 0
通算 25 1

タイトル[編集]

チームタイトル
個人タイトル
  • ディヴィジア・ナツィオナラ得点王 (2000-2001)

ギャラリー[編集]

脚注[編集]

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  1. ^ a b c d Давид Муджири – Посол Грузии в Самаре”. クリリヤ・ソヴェトフ公式. 2013年12月25日閲覧。
  2. ^ a b ムジリと契約 1年4000万円”. 中国新聞 (2011年2月20日). 2011年2月23日時点のオリジナルよりアーカイブ。2013年12月25日閲覧。
  3. ^ Леонид Слуцкий: Обеспокоен отсутствием Муджири и колумбийцев”. クリリヤ・ソヴェトフ公式 (2008年1月29日). 2013年12月25日閲覧。
  4. ^ Пресс-релиз ФК "Крылья Советов"”. クリリヤ・ソヴェトフ公式 (2008年2月4日). 2013年12月25日閲覧。
  5. ^ Муджири: буду подавать в суд на "Локомотив"”. championat.ru (2010年1月26日). 2013年12月25日閲覧。
  6. ^ a b c トップ下候補ムジリ、練習に合流 元グルジア代表”. 中国新聞 (2011年1月27日). 2011年2月27日閲覧。[リンク切れ]
  7. ^ 外国人2人、入団会見で自信”. 中国新聞 (2011年2月27日). 2011年3月2日時点のオリジナルよりアーカイブ。2013年12月25日閲覧。
  8. ^ ベガルタ仙台が首位に!”. オシムの伝言公式ブログ (2011年5月4日). 2013年12月25日閲覧。
  9. ^ 経営再建へ厳しい契約交渉 減俸やアップ幅抑制”. 中国新聞 (2011年12月30日). 2012年3月24日時点のオリジナルよりアーカイブ。2013年12月25日閲覧。
  10. ^ საახალწლოდ "ზესტაფონს" დავით მუჯირი შეუერთდა” (ジョージア(グルジア)語). ゼスタポニ公式 (2011年12月31日). 2013年12月25日閲覧。
  11. ^ a b დავით მუჯირი სფფ-ის გენერალურ მდივნად დაინიშნა” (ジョージア(グルジア)語). sputnik-georgia.com (2015年10月14日). 2016年6月30日閲覧。

関連項目[編集]